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003:第五講堂で①


第5講堂と小さく彫られた木板が掲げられた扉を奈々樹に続く形で潜れば、すり鉢状に積み上げられた講堂が彼を見下ろしていた。

その座席を見上げると、班毎に固まっているのだろう、6~8人程の集団が4つ、疎らに腰かけている。

何処か重い空気が広がっているのは、初回の訓練を目前に控えているためであろうか。


「アキラ君、こっちこっち! 」


良くも悪くも、張り詰めた空気を壊すように、快活な奈々樹の声が響いた。

講堂の上方、置かれた机から身を乗り出して手を振る彼女に、彼は小さく手を挙げて応える。

彼女の周りに座る面々は彼女の振るまいに苦笑しつつ、興味深そうにアキラに視線を送っている。

その視線に気恥ずかしそうに目をそらした彼は、代わりに空席の目立つ講堂を見渡しつつ、座席間を上がるための階段に足を掛けた。

壁に掛けられた時計は、所定の集合時間までまだ少し時間があることを告げている。


「うん? 」


部屋を見渡していた彼は、奈々樹達とは別の班で、一組の少年少女が此方を見つめていることに気が付く。

アジア系の顔つきが多いこの部屋において、少年はアフリカ系の色黒な肌に黒髪、栗色の瞳という顔つきをしており、少女もまた白銀の髪に青色の瞳でアジア系とは離れた容姿をしている。

彼等の視線は見つめる、と言うよりは睨む、に近い色を含んでおり、それを受けたアキラは肩を強ばらせながら階段を上った。


「やぁ。えっと、アキラ、だったかな? 」


彼女達に意識を割かれていた彼は、その声を受けてようやく、自分が奈々樹達の席にたどり着いてたことに気がついた。

アキラに声をかけてきたのは、通路側の席に腰かけた黒髪黒目で長身の少年であった。

表情の読めない笑顔を浮かべながら姿勢良く席に座る彼は、アキラに向けて小さく手を上げながら、その細い目で彼の方へと視線を送っていた。


(ファン)(レン)。なんとか間に合ってくれて助かったよ。」

「あ、ああ。四条白です。よろしくお願いします。」


蓮の自己紹介を聞いて、アキラも同じく返事を返す。

彼はアキラの様子に驚いたように眉を上げたあとで、畏まらなくても良いよ、と笑ってその手を小さく振った。

数人掛けの長椅子に、彼が奥に詰める形でスペースを作り、アキラがそこに腰かける。

アキラが比較的小柄なこともあるが、お互い腰かけてしまえば、蓮がかなりの長身なことが良くわかった。

座った状態でも上背のある彼を見上げながら感謝の言葉を言えば、彼は変わらずのアルカイクスマイルでそれに応えた。

すると、蓮を挟んで隣に腰かけていた少年が、彼の後ろから身を乗り出して話し掛けてくる。


「俺は長谷川誠人、宜しくな! 」


そういって誠人は、人好きを感じさせる表情でにっかりと笑った。

彼は長身と言うよりは、大柄という言葉が似合うような筋肉質な体つきをしていて、何処か野性味を感じさせる外見をしていた。

好奇心に満ちた彼の視線に気恥ずかしさを覚えながらも、アキラはその口を開く。


「うん、よろしく。遅くなってごめん。」


アキラがそう返すと、彼は気遣いは無用と笑いながら手を振って見せた。

そしてそれから、背後の席へと首を回す。

彼等の後ろの席には、アキラの背後から順に奈々樹、一人の少女、舞が座っていた。


「あとは舞とレイか? 」

「あたしはもうさっき話したな。」


彼女達の方を見ながら訊いた誠人に、舞がそう言って小さく手を振った。

それを聞いた蓮が、背後の少女に振り返りながら口を開く。


「となると、あとはウェストコットさんだね。」


蓮の言葉と視線を追って、アキラはその目を奈々樹と舞の間に座る少女へと向ける。

そこに座る彼女は、絹のように流れる髪に、万人が認めるであろう整った欧州系の顔立ち、透き通った碧眼をしていた。

そのぼんやりとした無表情と小柄な体躯から、良くできた人形のようにさえ見える。

言葉を向けられた彼女はずっとアキラの方を見ていたようで、彼が視線を向ければその宝石のごとき瞳と目が合った。

彼と目が合った彼女は、ゆっくりと一度瞬きをした後で、そのまま何を言うでもなくじっと彼を見つめている。


「あ、えっと。」


無言で問い詰めるような彼女の目に、彼はしどろもどろになりながら言葉を探す。

彼女の吸い込まれるような瞳は、彼の瞳を捉えて離さなかった。

そんな彼に対して、口を開いたのは彼女の方だった。


「レイチェル。」


鈴の音のような透き通る声で手短に告げられたそれが、彼女の名前であることに気が付くのに、彼はしばらくの時間がかかった。

先程、蓮が言っていたウェストコットというのは、彼女の姓だろうか。

とにもかくにも、相手が名乗っていることに気がついた彼は、急いで自分も名乗り返した。


「し、四条白。よろしく。」

「ん。」


彼の言葉に、彼女は小さく喉をならすように応えた。

そしてそのまま、言葉を交わしてもなお、じっとアキラを見つめ続けている。

その瞳に映る自分の姿が滑稽に見えた彼は、いらえに窮してその目を下げた。


「あっ。」


彼の下げた視線の中に、そっと差し出された彼女の手が映った。

所在なさげに机の上にあるそれは、きっと彼に取られることを期待したものなのだろう。

それを見て顔を上げると、彼女はわずかに口唇を小さくして彼を見ていた。

先ほどは気が付かなかったが、その頬はごくわずかに朱を差しているように感じられた。


「ご、ごめん。」

「ぅん。」


そう言いながら、彼はレイの差し出していた手を握る。

気が付くのに時間はかかってしまったが、彼女は溜飲を下げてくれたようで、小さく頷いてそれに応えた。

とても小さく冷たい手は、それでも満足そうにアキラの手を握り返していた。


「んにしても、無事アキラが来てくれて助かったぜ。」


レイとの握手を終えたところで、口を開いたのは誠人だった。

彼は行儀悪く半身で椅子に腰かけ机に肘をつく要領で、背後の奈々樹たちの方を見ながら話している。


「ナナはずっと、円香ちゃんに訊いてたからなぁ。」

「ちょっと、済んだことなんだからばらさないでよ! 」


からかうようにけらけらと笑った彼に、奈々樹が頬を膨らませて見せる。

円香、というのは今朝管理棟で、アキラの対応をしてくれた職員の名前だ。

どうやら奈々樹は、今日にいたるまで到着が遅れていたアキラの消息を、かなりの頻度で受付に確認しに行っていたらしい。

成程、それだけの心配をかけていたのであれば、先ほど中庭での反応も理解ができる。

彼がそうひとりごちていると、誠人の背後に座る舞が口を開く。


「なんだ? 貴様も今朝はやけに早起きしていたじゃあないか。ずっとピリピリしていたのは何故なんだろうな? 」

「なっ!? うっせーな!! 」


上段の机に肘をついて見下す様に嗤った彼女に、彼は席を立って彼女の方へと顔を向けた。

それを見て呆れたように両手を上げて見せた彼女は、片目を閉じて首を小さくかしげながら、嘲笑交じりに口を開く。


「おーおー、野蛮人。急に元気になって、やっぱり怖気づいていたんだろ? 」

「んだとこら、相変わらずいちいち言ってくれるなぁ? 」

「わ、わー!! 」


火に油と言わんばかりに彼女に詰め寄った誠人と、それを嗤う舞。

お互いに額をぶつけんとばかりに詰め寄った二人を仲裁するように、奈々樹が席を立って席を回り込んだ。

そんな彼らのやり取りにアキラが圧倒されていると、隣に座る蓮がそっと口を開いた。


「賑やかだよね。奈々樹さんたちは幼馴染らしいんだ。」


その言葉に視線を向けると、どこか困ったように頬を掻きながら奈々樹たちの様子を眺める蓮の横顔が見える。

曰く、奈々樹と舞、そして誠人はここ新東京都で生まれ育ったらしい。

そう言いながら彼女たちの様子を眺める彼の表情は変わらずの微笑を湛えていたが、アキラの眼には、どこか寂しそうにも映った。


「蓮君も新東京都(ここ)の出身じゃないの? 」


アキラの声に、蓮は小さく眉を上げて振り返った。

彼は、蓮でいいよ、と小さく手を上げて苦笑を漏らした後で、その疑問に答えた。


「地方の観測所出身でね。養成所は大都市にしかないから出てきたんだよ。」


魔法の教育は8歳程度で始まる。

基本教育の中で適性があると判断された子供たちが選び出され、18歳程度になると正式に魔法教会の隊員となるために養成所にやってくるのだ。

蓮の語る観測所というのは、新東京都の様な各地の平野部に置かれた人類の重要拠点とは異なり、日本列島の各所に置かれた観測用の拠点のことを指す。

観測用の拠点とは言うが、場所によっては数千人規模の人口を擁する街を形成しているものもあり、彼はそういった街の出身とのことだった。

ほぅ、と息をつくように頷いたアキラを認めて、彼は、それに、と言葉を続けた。


「それに、ウェストコットさんはヨーロッパの出身だったよね? 」

「ん。」


話を向けられたレイは相変わらずの無表情だったが、小さく頷いて蓮の言葉を肯定する。

そんなやり取りをしていると、誠人と舞の仲裁をしていた奈々樹がぐりん、と振り返った。


「れ、ウェストコット家はすごい大きい家系で、お嬢様なんだって! 」


それだけ言い残すと、彼女は再び仲裁のために戻っていった。

彼女の勢いにアキラが圧倒されていると、レイの腕が動く。

彼女は表情こそ変えなかったが、その手がかたどったVサインは、どこか勝ち誇ったように見えた。

そんな彼女の様子に苦笑を漏らした蓮は、その糸目をアキラの方へと向けて再び口を開く。


「アキラはアフリカの出身なんだろう? 」

「アフリカ? 」


彼の質問に、話を向けられたアキラはオウム返しのようにその問いを返した。

そして、そう返した後ですぐに、彼は過去のリーサとのやり取りを思い出す。


――ま、アフリカで保護したってことにすれば万事オッケー、丸く済むでしょ――


嘗てアフリカと呼ばれた地は、魔獣の出現により統治体制が崩壊、長年"失われた大地"として扱われていた。

それが近年、調査により人類の生存が確認されたのだった。

魔法教会の発令した"アフリカ奪還作戦"によって、大陸の最南端に橋頭堡たる都市の形成に成功したのは、つい最近の出来事である。

彼の地ではまだ戦いが繰り広げられており、魔術師を育成する養成所の設置は進んでいない。

そのため、アフリカ大陸で保護された魔術師の卵は世界各地の養成所で行うと決定が下されていた。

アキラはその決定に基づいて、アフリカから新東京都にやってきたことになっていたのである。


「そうそう、アフリカから来たんだ。……そそ、そうか、アフリカ、っていうんだったね。」


先ほどの問いは肯定で返さなければならなかったのだと思い至った彼は、怪訝そうな表情で見返す蓮の視線に冷や汗をかきつつ、そう答える。

返答が不自然であったためか蓮は小さく首をかしげていたが、付け加えるように告げられたアキラの言葉に、何かに気が付いたように彼は申し訳なさそうな表情を浮かべた。

彼の地で生き抜いていた人々の生活が過酷なものであったのは事実で、自分の立つ大地や地域の名称を知る余裕はなかっただろう。


「そうか、いや、考えが足りてなかった。ごめん、本当に。」


自らの無配慮を悔やむように唇をかみしめる蓮にアキラは、気にしないでいい、と両手を振って見せた。

そんな彼の様子を見て、蓮は一言、ありがとう、と礼を述べる。

その言葉を聞いてアキラはわずかに眉を動かしたが、それを悟られまいと出来る限りの愛想笑いで彼の礼に応えた。

幸いなことに、蓮はアキラの表情の変化には、気が付かついていない様だった。

そんな、彼らの外から、呆れ半分の奈々樹の声が届く。


「ああ、もー!! 」


そんな彼女の声に目を向けてみれば、お互いに視線を合わせようとしない舞達と、その間で頭を抱える奈々樹の姿があった。

彼らの様子をいつも通りの笑顔で眺めたあとで、蓮はゆっくりとその口を開く。

その声には呆れた様子と、少しばかりの寂しさが含まれていた。


「そろそろいい加減にしたら? 」


彼の言葉は、未だいがみ合う舞達には届く気配はなかった。

アキラも何か声をかけるべきかと思案するが、彼より先に人形然とした少女がその小さな口を開いた。


「夫婦」


その声はとても小さく、注意せねば聞き漏らしてしまうだろう。

彼女の方を見やれば、その目は未だにアキラの方へと向けられていた。

そして、彼と目が合った途端に、彼女はその顔を舞達とは逆の方向へと向けてしまう。

ごくごく小さく首をかしげて、わずかに肩をすくめた見せた様は、まるで何事もなかったかのようにとぼけているようにさえ見えた。

しかしそれでも、そんな彼女の声を、彼らは聞き漏らしてはいなかった。


「「誰がこいつと!! 」」


舞と誠人が、完全に同じタイミングで吠えた。

彼らは器用にお互いを罵りながら、レイへと詰め寄らんとする。

そんな二人を、蓮が誠人の前に立って宥め、奈々樹が舞を後ろから抱き着く要領で引き留めた。

無表情で遠くを眺めているレイの肩は、どこか小さく震えている様に見えた。

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