027:前線訓練
前線訓練の日程は、主に5日間で構成される。
初日は新東京都からの移動と第三防護壁を拠点として、魔獣との戦闘訓練を行う。
これは戦闘訓練とは言うが、第三防護壁から防護壁の間までの魔獣の駆除の側面もある。
2日目は支援科の車両に乗って最前線までの往路で、3日目は最前線を拠点としての魔獣との戦闘で、4日目が第三防護壁への復路だ。
そして、その後5日目は第三防護壁を拠点として戦闘訓練を行った後に新東京都への帰還となっていた。
「蓮君、12時の方向から複数体!! 」
敵を察知した奈々樹の言葉が廃墟の中に響く。
アキラ達は第三防護壁に到着した後、奈々樹のコンディションが改善するのを待つために1時間ほどの休憩をはさんでから防護壁のゲートから外に出た。
ゲートの外は所々に木々の生えた廃墟の立ち並ぶ街並みとなっていて、仮想空間を生み出す魔道具で見た風景と恐ろしいほどに大差がなかったことに41班の面々は驚愕した。
──でも、こっちは本物だ──
そんな言葉を、奈々樹は空を見上げながら呟いていた。
初めて仮想空間の中を歩いた時と同様、彼らは廃墟の中を歩み、そしてそんな感傷に浸る間もなく彼らは魔獣の襲撃を受けた。
「わかった、アキラ!! 押さえられる?! 」
「ああ、行ける!! 」
彼女の言葉に小さく頷いた蓮がアキラに問いかければ、彼はそれに返事するよりも先に駆け出している。
現在41班の面々は、2体のガルムと交戦していた。
攻撃役を務める誠人、舞とレイを盾役の蓮が守り、アキラは遊撃手、奈々樹は索敵を担当する。
彼等に襲い掛かった5体のガルムを迅速に2体まで減らしていたのは、ここ半年間の連日の訓練の賜物というべきだろう。
「なるべく早く済ませるから! 」
「確実に仕留めてくれれば……っ。」
残りの2体を倒すことも時間はかからないだろうが、それらの対処がすむより先に襲撃を受けるのは、メンバーに危険が及ぶ可能性が高い。
そう考えたアキラはすぐさま襲来する魔獣に対応するために身構えたが、その魔獣たちを確認して僅かに眉を顰める。
彼女は特に言及もなかったため、彼は追加で襲撃を仕掛けてきた魔獣はガルムだと考えていた。
だがしかし、彼の目に映ったのは魔犬の姿をした魔獣ではなかった。
「アキラ君!! 来てるのはアンギラスだから!! 」
彼がそれを確認するのとほぼ同時のタイミングで、情報共有をするように奈々樹が言葉を投げる。
それを聞きながらアキラは、その宙を泳ぐように接近する魔獣に視線を戻した。
第一種天使型魔獣、アンギラス。
神話に置いて天の使いの名を与えられたそれは、翼を有した宙を舞う巨大な口を有した肉塊のような、鉤頭生物を思わせる姿をしていた。
「わかった。ありがとう奈々樹!! 」
半ば事後報告の様にも感じられるそれに内心で苦笑を漏らしつつ、彼は上空の敵を見上げる。
襲来した魔獣は4体だ。
天使型の魔獣は、最低位のそれでもガルムより討伐が比較的困難とされている。
飛行能力を持つ魔獣との戦闘は、地を駆けるそれよりも機動力で劣勢に立ちやすいからだ。
背後に聞こえる蓮たちの声と戦闘音を耳にしながら立つアキラの頬を、そよそよと廃墟の合間を縫う風が撫でる。
彼の鼻腔には、土煙と共にどこか遠くの血と腐肉と肉が焼ける臭いが届いた。
「それじゃあ、行くよっ!! 」
そう言ってアキラは、魔獣に向けて駆け出した。
その瞬間、彼が直前まで立っていたそこに、宙を舞う一条の魔獣が放った一筋の熱線が突き立つ。
そしてそれに続くように上空からはいくつもの熱線や炎弾が飛来し、アキラはそれらを器用に躱しながら地を駆けた。
アンギラスは空を舞う高い機動性を生かして、獲物の周囲を飛び回りながら熱線や火の玉を放つ生態を持つ魔獣だ。
複数のアンギラスに襲われたときはその動きに翻弄され、部隊内の連携が乱されるのが大きな脅威とされている。
「むしろ、これは一人で好都合かな? 」
アキラはそう独り言を漏らしながら、身体強化と共に地を蹴った。
ばがん、と足元の舗装された道路が砕ける音が、周囲に響く。
彼は宙を飛ぶアンギラスの内の一体にめがけて跳躍し、一瞬で彼我の距離を詰めていた。
「シィ!! 」
その魔獣が彼の接近に反応して身をよじった様に見えたのは、本能によるものだろうか。
彼は鋭く息を吐き出しながら、腰だめに構えていた魔法剣を抜きざまに振りぬく。
その斬撃は身を捩るアンギラスの羽の付け根を捉え、それを両断する──
「っ!!」
──ように見えたが、背筋に悪寒を覚えたアキラは咄嗟に視線を動かして周囲を確認する。
彼の目に映ったのは、回避をあきらめたのだろう魔獣がその長い胴体を捩り大口を彼に向けている光景だった。
自らの命を顧みない、せめて敵を道連れにせんという捨て身の一撃。
それに気が付いたアキラは大きく舌打ちをすると、剣を振りぬくその手を止めた。
大口の中には熱と光が満ちて、今にもその破壊の奔流は放たんとされている。
「熱っ……!! 」
彼が後ろ蹴りの要領でアンギラスの胴体を蹴り飛ばすのと、その魔獣が大口から火炎放射を吐き出すのはほとんど同時だった。
可能な限り首を倒してその熱線を交わしたアキラだったが、アンギラスが炎を吐き出したのは面の攻撃範囲を重視していたのだろう。
耳の先に焼けるような痛みを覚えると同時に、髪の毛が焦げる様な嫌なにおいが彼の鼻を刺した。
その臭いに不快感を隠さずに眉間に皺をよせながらも、蹴り飛ばされたアンギラスの肉体からは目線を逸らさない。
放った斬撃は確かな手ごたえを得られるものではなかった。
しかしそれでも、アキラは切り裂かれた傷口の中に血色の微かな輝きを見出す。
「フゥー」
その輝きを認めて、彼は精神の昂ぶりを落ち着かせるように深く息を吐きながら拳銃型の魔導銃を構えた。
一瞬の悠久の中で目を凝らすように目を細めれば、その輝きが僅かに露出した魔獣の核であることが分かる。
カチリ、と引き金を引く音と共に魔導銃から圧縮された魔力の弾丸が放たれた。
魔獣の討伐は、その核を破壊することが目的となる。
その弾丸はそれを放った彼の狙い通り、一筋の光芒を描き音もなくアンギラスの核を穿った。
まずは1体。
「逃がさな────
1体目の討伐を確信したアキラは、逃がさないよ、と言葉を紡ごうとした。
だがしかし、その言葉はすべてを言い終える前に途切れる。
びょう、と空を切る音と共に彼に叩きつけられたのは、長く強靭なアンギラスの尾だ。
彼が倒したのは4体のうちの一個体に過ぎず、他にも敵となる魔獣は3体が残っていた。
────ぐぎっ!! 」
叩きつけられた尾から身を守る様に咄嗟に身構えた彼だったが、その一撃は強力でミシミシと全身の骨がきしむ音が彼の耳に聞こえた。
弾き飛ばされた彼の肉体はそのまま廃墟の壁に叩きつけられ、それに追撃をするように残りのアンギラスたちは熱線や炎弾を放つ。
廃墟の街並みに爆発が響き、地を揺らす。
宙を舞った瓦礫や破片がぱらぱらと降り注ぐ中で、有翼の魔獣は宙を這いながら威嚇するように甲高い鳴き声を上げた。
その鳴き声は廃墟の街並みに溶けて行く。
刹那。
戦闘の合間の静寂を打ち破る様に、アンギラスたちに向けて魔力の破壊の奔流が襲い掛かった。
「外れた……。」
しょんぼりと落ち込んだような、レイの声がぽつりと聞こえた。
41班の面々が合流したのは、しばらくの間を開けた後で、爆発音に反応してかそれとも合流を果たしたのか、少しの間を開けた後だった。
彼女はショックを受けたような表情で、宙を舞う3体の魔獣を見上げる。
彼女の放った攻撃魔法は3体の内2体に当たったが、1体の半身を消し飛ばし、1体の片翼を負傷させるに留まった。
明確に損害を与えることはできたが、3体とも命を落としてはいない。
不意打ちを行ったにもかかわらず1体も狩ることができなかったことに、彼女はショックを受けている様子だった。
「……アキラ君!! 」
「生きてるか!? 」
そんな彼女を差し置いて、舞に続いて誠人が叫ぶように声を上げる。
彼等の目に映ったのは廃墟の街並みで、ビルの合間を飛ぶアンギラスと、やや離れた場所で濛々と立ち込める土煙に包まれる廃墟の様子だった。
「……絶賛、交戦中か。皆、行くよ。」
そんな光景を目に、落ち着いた様子の蓮が、険しい表情で言葉を漏らす。
アンギラスたちは蓮たちを警戒するように唸り声をあげている。
今にも襲い掛かってきそうなほどの気迫を感じさせる魔獣たちに、誠人と舞は魔道銃を構えた。
魔獣と魔術師──正確には、それを志す者たち、だが──は両者にらみ合い、その緊張は徐々に高まっていく。
その時だった。
「本当に、頑丈。」
ぽつりと、レイが言葉を漏らす。
アキラが叩きつけられ、アンギラスたちが攻撃を撃ち込んだ廃墟。
濛々と立ち込めた土煙から何かが飛び出した。
そしてそれと入れ替わる様に、飛行していた鉤頭生物の如き魔獣の内、レイの攻撃に半身を吹き飛ばされた一体が消えた。
どごん、と何かを叩きつける様な音が聞こえ、その方向を見ると鮮血の花が廃墟のビルに咲き誇っている。
その花の中央ではアンギラスの亡骸を跨ぎながら、アキラがビルの壁面に垂直に立ってい(・)た。
鋭い視線で魔獣たちを睨む彼の足元には騎士と永劫蛇の意匠を象った魔紋が展開されていて、重力に逆らって壁面上に立つことを可能にしている。
彼が拭った口元の血は、魔獣の返り血だろうか、それとも彼自身の物だろうか。
「あと、2体。」
呟くように放たれたアキラの言葉は、だれに聴かれることなく晴天の空に散っていった。
【2024/10/24】誤字の修正




