026:魔道装甲車で
前線訓練の初日、アキラ達は最前線へと移動するために、晴天の空の下を駆ける魔道装甲車に揺られていた。
魔道装甲車は魔道具で構成された装甲車両だ。
それは移動式の砲台として運用されると同時に、少数で構成される特務科では主な輸送手段として採用されている。
「急に揺れたりするので、気を付けてくださいね。」
運転席に座る小柄な少女がハンドルを握りながら、緊張した様子で振り返ることなくそう言った。
彼女は支援科の新人だと、今朝紹介を受けたばかりだ。
名前は初谷万ミコと名乗っていた。
支援科は魔法教会の裏方を担う兵科である。
それの新人である彼女は今回、アキラ達41班の担当として彼らを最前線に輸送する任務を務めていた。
「すっごくいい天気!! 」
「あ、あまり顔を出さないでください!! 」
運転席とは異なり、向かい合うように4人掛けの座席が左右に配された後部座席に、41班の面々は乗り込んでいた。
奈々樹はシートベルトを外して席を立つと、興奮した面持ちで窓から身を乗り出していた。
そしてそれに気が付いたミコが、今度は焦ったような表情で振りっている。
すると、助手席の方から怒鳴り声が聞こえた。
「お前はよそ見しないで前見ろ!! 嬢ちゃんもあんまこの子を困らせるな!! 」
「は、はいっ!! 」
「ひゃい!! 」
助手席に座った大柄の中年男性──支援科の教官だろう──の怒号に、奈々樹は姿勢を正して席に戻り、ミコはハンドルを握りなおす。
ミコがよそ見をすることで運転する車両は道を逸れていたのだろう。
僅かに左右に揺れた車内は、すぐに安定を取り戻した。
「叱られたな。」
「むぅ。」
奈々樹の隣に座った舞が、からかうように笑う。
彼女のその振る舞いに、奈々樹は不満げに頬を膨らませた。
そんな奈々樹に向かって、アキラが苦笑を浮かべながら口を開く。
「いや、今のは奈々樹が悪いと思うけどね……。」
「う……。」
彼の言葉に返す言葉もないのだろう、奈々樹は膝の上で組んだ両手に視線を落とす。
すると、そんな彼女の表情の変貌振りが愉快だったのか、からからと闊撻に笑った誠人が、にしても、と口を開いた。
「にしても、支援科は今回、別に始めてじゃないだろ? 」
彼が指しているのは、支援科の訓練で魔道装甲車の運転は平時から行っていると言うことを指摘するものだった。
新東京都を取り囲む第一防護壁を出発して、第二防護壁を通過し前哨基地である第三防護壁へと物資を届ける、というルートは訓練も兼ねて平時から運転するルートだ。
現在走行しているのは、第一防護壁を出てすぐの区間である。
「いつものコースだって言われてたけど彼女……。」
「ガッチガチに緊張してるな。」
いつもの笑顔を困惑の苦笑に変えた蓮の言葉を、舞が引き継ぐ。
走り慣れたルートだと言っていたのは、助手席に座る教官である。
それは言い聞かせるというか、宥めると言った方が正しいかもしれない。
彼等の声が聞こえていたのだろう、教官の男性が振り返ると呆れた様子で苦笑する。
「此奴ぁ、出来がいいんだけどなぁ。」
「人をお乗せするのが初めてなんですよぉ!! 」
教官の男性の言葉に、ミコが真っ赤な顔で叫ぶ。
「なんだお前さん、いつも隣に乗せてる俺ぁ人間じゃねぇのかぁ? 」
「きょ、教官は別なんです!! 」
ぷく、と頬を膨らませた彼女を見て、教官の男性はそれをからかうように愉快に笑った。
そんなやり取りを後部座席の端、最後部で見ていたアキラは彼等から視線を外すと、首を回してぼんやりと窓の外を眺める。
そして窓の外の光景をその目に入れた彼は、小さくその眉を上げた。
「お。」
アキラの目に飛び込んできたのは、眼前にそびえる堅牢な防護壁だった。
年季の入ったそれは、見上げるだけで首が痛くなるだろう。
それはところどころで損傷が激しく、補修も施されている。
その防護壁には掠れた塗装で”第一防護壁”という文字があり、それを上書きするように”第二防護壁”という文字が書かれていた。
「これが最古の防護壁か。」
「昔はこのあたりに東京都が置かれてたんだなー。」
「ま、ずいぶん昔の話だな。今はもうだいぶ後退してっからに、”第二”になっちまったけどよ。」
呟くように言葉を漏らした彼と、一緒に窓の外を覗いた誠人。
そんな彼の言葉に反応するように、教官の男性が助手席の窓を開けて防護壁を見上げる。
新東京都を出てすぐ、周囲は鬱蒼と茂る森林地帯であったが、今は木々の合間に廃墟となったビル群がちらほらと見えていて、ここにはかつて都市が置かれていたことを覗わせた。
それらを見て、蓮がいつもの微笑みに感傷を交えたかのように、言葉を漏らす。
「本当にここまで、都市があったんだね。」
彼等が第二防護壁を見上げているうちに彼らの乗る魔道装甲車はそれへと接近していき、そこには巨大なゲートが置かれていた。
魔道装甲車が並んで通れるほどの巨大なゲートは大きく開かれていて、それに近づいたアキラ達の車両は速度を落としそのゲートの中を通過する。
距離にして30メートル程度だろうか。
防護壁の内部は兵装や物資が積み上げられていて、所々老朽化は激しくともそれはまさしく要塞の様であった。
「第二防護壁の外に出ると、次は第三防護壁に向けた道になります。」
運転席に座るミコが、少し震えた声でそう言った。
しかしそれはあまりに当然の物言いであって、それを聞いた奈々樹は神妙な表情で首を傾げる。
「うん? それはそうだろうけど……。」
「いや、あのですね……。ここまでは、道中がよく整備されていたので。」
彼女の反応に、ミコは少し言葉を言い淀む。
防護壁内の暗がりを抜けて晴天の下に出るタイミングで、その陽光は彼らの目を焼いた。
その瞬間、アキラの鼻腔を微かな悪臭がくすぐる。
それは奈々樹が開け放しにしていた窓から侵入してきた外の匂いだ。
「悪臭。」
「魔獣の瘴気の匂いか。」
不快そうに顔を歪めたレイに、アキラがそう答えた。
魔獣の死体と血液は、核を摘出したのちに瘴気となって空気を汚す。
第一防護壁──新東京都を取り囲む最終防衛線である──から第二防衛線までは、整備され安定した道路となっていた。
それはこれまでの区間は魔獣の侵入がほとんど防がれている領域で月に1件あれば多いと言われるほどで、人類の管理が行き届いているからだった。
それに対してこれから走る領域はまだ”魔獣が駆逐された領域”とはされているものの、それでも魔獣の侵入件数は比較するまでもなく、月ごとに数件をカウントできるほどには発生している。
それゆえ、道路は整備が完全ではなかった。
「道が悪くなるので、シートベルトをきつく締めてください。」
「へ? 」
ミコの言葉に、奈々樹は間の抜けた様な返事をする。
その返事が聞こえているのかいないのか、ハンドルを握る彼女の表情は未だ緊張した様子はあるものの、何かが切り替わったように真に迫り険しいものになっていた。
ふ、と鋭く息を吐いたミコの背中を見て、神妙な様子で首を傾げた彼女はシートベルトに手を掛ける。
「それってどういう────
瞬間、道路の陥没穴を乗り越えた魔道装甲車が大きく跳ね上がった。
困惑した様子の彼女の声は、すべてを紡ぐ前に大きく車内に弾き飛ばされる。
「速度を上げます。ここからは魔獣の襲撃の可能性も無視できないです!! ので!! 」
「きゃぁあああっ!!?? 」
ミコの言葉と共に駆動音が大きくなるとともに速度が上昇し、再度、魔道装甲車が大きく跳ねる。
大きく暴れた車内には奈々樹の甲高い悲鳴が響いた。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「おえっ。」
「あの……大丈夫ですか? 」
魔道装甲車を降りて、奈々樹は付近の流しへと駆け寄ると胃袋の中身を吐き出した。
そんな彼女に寄り添うように立ったミコが、心配に表情を歪めながら背中をさする。
「あはは……ちょ、ちょっとダメかモ……おええっ。」
「わ、わわ。」
真っ青な顔ながらも弱々しく微笑んだ奈々樹だったが、結局耐えきれなかったのか再び胃袋の中身を吐き出す。
そしてそれを見たミコは焦った様子で、彼女を介抱する。
そんな彼女たちの様子を遠目に見ながら、誠人が口を開いた。
「なんだかんだ問題なく運転して抜けてきたなぁ。」
「道中はすさまじい揺れだったからね。天地がひっくり返ったかと思ったぞ。」
彼の言葉に蓮が苦笑し、舞が渋い表情で続いた。
そんな彼らの言葉に応えるように、魔道装甲車を降りてきた教官の男性が口を開く。
「此奴ぁ、なんだかんだ言って本番に強いからよ。」
「ありがとうございます!! 」
耳ざとく聞いていたようで、奈々樹の傍らに立った彼女は彼の言葉に反応して見せた。
そんな彼女の反応を見て苦笑した41班の面々を背後に、教官の男性は口を開く。
「お前さんは嬢ちゃんの面倒を見といておけ。こっちはこっちで対応しておくからよ。」
「はい!! 」
元気に返事したミコに小さく手を挙げて、それから彼は奈々樹を除く41班の面々へと振り返った。
「てぇわけであんまり締まらねぇがよ、ここが第三防衛線だ。」
彼の言葉に、アキラ達は周囲を見上げる。
ここは第三防護壁の内側だ。
周囲に置かれた装備も備蓄も、その規模は先ほど見た第二防護壁のそれとは大きく異なり、その大きさ自体も一回り以上の差がある。
第二防護壁は所々に老朽化の様子が見えたが、第三防護壁はどこを見てもこれが新しく設営したものだと察することができた。
彼等がこの内側に入るのに使ったゲートとは反対側、そちらには堅牢で固く閉ざされたゲートが置かれている。
この扉の先にあるのは、ここに至るまでの道中とは比べ物にならないほどの危険地帯と、さらにその先に置かれた最前線である。
「こっからが前線訓練の本番だからな。気合い入れろよ!! 」
激励するような彼の言葉に、41班の面々の返事が防護壁内に響いた。




