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025:食堂で

「もう疲れたよ~」


夕方の食堂に、奈々樹の声が響く。

この食堂は寮に備え付けの物ではなく、大学校の学生と正規隊員が共用する共用部に置かれた物で、各々が各席に混在しながら食事を摂っている。

彼女は食堂の机に突っ伏すように座っていて、その正面に座る舞は苦笑しながら手元の定食を箸でつついていた。

更にその隣では誠人とレイが食事をしていて、アキラと蓮はこの場に居ない。


「最近、治癒術の連中はしんどそうだな。」

「そうなんだよ~」


苦笑混じりに告げられた舞の言葉に、奈々樹は器用に首だけ起こして答える。

そんな彼女に餌付けするように、舞は箸で摘まんだプチトマトを差し出し、それを眼前に突き出された奈々樹は呆けた様にそれを見つめた後でぱくりと口に含んだ。

特務科の班分けは各メンバーに役割が与えられている。

それ故にその役割ごとに訓練を行う場合もあり、丁度本日はその役割ごとの訓練が行われた直後だった。

誠人、舞、そしてレイは後衛としての訓練に、奈々樹は治癒魔法の適性があるため衛生兵の訓練に参加していた。

ここに不在のアキラと蓮は、前衛としての戦闘訓練に参加しているはずだった。


「……治癒魔法の使い手は班の中で最も負傷が許されない、ってさ。」


プチトマトを咀嚼して飲み込んだ彼女は、きっと玲於奈の声色を真似したのだろう。

背筋を伸ばした彼女は目を閉じながらそう言った後で、再び机に突っ伏してため息交じりに言葉を続けた。


「散々仮想空間で回避と防御と隠密活動の訓練だよ。少しでも被弾したらすごく怒られるんだよ~。」

「ははは、荒れてるね、奈々樹。」


脱力しきった様子の彼女が誰ともなく不満を漏らしていると、食事乗せた盆を手にした蓮がそう言いながら奈々樹たちの席に加わった。

その後ろにはアキラも続いていて、彼と同様に席に着く。

二人揃って現れたあたり、前衛の訓練がちょうど終わったところなのだろう。

蓮の声を聴いた奈々樹は、机に突っ伏した状態のまま目を開くことなく言葉を返す。


「アキラ君に蓮君かぁ。前衛の訓練が終わったんだねぇ。」

「ちょうどさっきね。奈々樹は食事、食べないの? 」

「私はもうちょっとこうしていたい……ん。」


疲れ切った様子の奈々樹の言葉にアキラが首をかしげると、奈々樹は脱力しきった様子のままそう答えた。

そしてそんな彼女の言葉を見計らったかのようにレイがフォークに差した状態の卵焼きを彼女に突き出し、それを奈々樹は抵抗することなく口に含む。


「ずっとこの調子なのかい? 」

「ん~? まぁな。」


その様を見て困惑を混ぜた笑顔で頬を掻いた蓮に、誠人が食事を続けたまま肯定を返した。

彼の解答に困惑を苦笑に変えた蓮は、奈々樹に向けてお疲れ、と声を掛けた後でいただきます、と食事を始める。

彼女のその様子を気遣うように眺めていたアキラは、少し考える仕草をした後で口を開く。


「奈々樹の分、食事取ってこようか? 」

「大丈夫、自分で取ってくるから……。」


アキラの提案に、彼女は消え入りそうな声で返事をした。

そうした後で彼女は幽鬼の様に立ち上がると、ふらふらと食事の配膳を行うカウンターへ向かって行った。


「……それにしても、今月末に本番を控えてると訓練も本格的になるね。」


奈々樹の後ろ姿に気遣う視線を送りながら、蓮がそう言った。

9月に入り前線訓練の本番まで3週間を切ったこの頃、特務科の訓練はよりハードさを増していた。

日中の訓練が終わった後に行われていた寮地下での自主トレーニングも、ほぼ全員が参加していた一か月前と比較すると、かなりの割合のメンバーが疲労を理由に参加を断念するほどだ。

そんな彼の言葉に、舞が食事の手を止める。


「まぁ、もしもの事がないように、という気持ちの裏返しなんだろう。」

「もしも、か。」


舞の言葉にアキラはポツリと呟く。

ここ半年程の訓練は全て仮想空間や模擬的な環境で行われていた。

彼が顔を上げて周囲を見渡せば、食堂の所々に見える新人隊員らしき面々は仲間達と食事や世間話に花を咲かせつつも、どこかピリピリとした雰囲気を放っている。


「始めての最前線だから、皆緊張してるね。」

「ああ、うん。……そうみたいだね。」


様子を見ていたのだろう蓮がアキラにそう声をかけ、アキラはそれに小さく頷いた。

アキラ達新人はここ半年でかなりの戦闘訓練を積んだとはいえ、前線訓練は例年死者も出ている危険なものだ。

防護壁の外に出たことのない人間からすれば、それは恐怖そのものなのだろう。


「経験者。」

「そうだね、頼りにしてるよ。」


レイがぽつりとつぶやくように漏らし、それを聞いた蓮が微笑みながら言葉を引き継いだ。

41班のメンバーでは奈々樹、舞、誠人は防護壁の外には一切出たことがない。

アフリカ大陸──常に死と隣り合わせだった、魔法教会の庇護が無かった地──の出身と認識されているアキラにある種の慣れの様なものが期待されるのは仕方のないことだろう。


「何言ってるのさ、リーダーは蓮じゃないか。」

「ははは、それはそうだけど、それはアキラが勝手に動きやすいように、という意味もあるからね? 」


しかし、言葉を向けられたアキラは小さく肩をすくめる。

そしてそんな彼の反応をみた蓮は苦笑しながらその言葉に返事を返す。

彼の言葉通り、41班のリーダーはメンバー同士の話し合いの末に蓮が務めることになっていた。

それは防御魔法を得意とする蓮が俯瞰的に戦場を見て判断し、アキラが彼を補佐する、という立ち回りが最も安定して戦闘を行えるとこれまでの訓練で結論付けられたからだ。


「ま、どんどん死傷者は減ってて、昨年度は4人まで減ったんだろ? だったら俺らも出来る事をやるだけだろ。」

「それは貴様の言うとおり……ナナ、そんなのでいいのか? 」


話を締めくくる様に口を開いた誠人の言葉に舞が続く。

だが、その言葉は食事を取ってきた奈々樹の姿を見て途切れた。

舞のその様子に、自然とアキラたちの視線は奈々樹へと向けられる。

彼等の視線の先にあったのは、手に持つ盆に軽食程度のサンドイッチを乗せた奈々樹の姿だった。

舞の言葉を受けた奈々樹は、それを机上に置いて席に着いた後で、げっそりとした表情で口を開く。


「ん、ちょっと今日は無理かも……。」

「無理するものではないから、ゆっくり休もう。」


彼女が無理、と言うのはきっと自主トレーニングのことだろう。

ここにきてまだ訓練のことを気にかける様に、誠人は困惑にも似た苦笑を漏らす。

そんな彼のことを横目に見ながらアキラが気遣う様に声をかけると、奈々樹は影の有る笑顔でありがとう、と呟くように答えた。

すると、その時だった。

食堂の扉が勢い良く開かれる。


「なんだってまた急に僕らに出撃命令なんて出るんさぁ!? 」

「だーっから! あたしに聞いても困るのよ! 」


特務科の正規隊員らしき男女の二人組が口論をしながら、食堂に姿を表した。

その騒がしい二人組に、自然と食堂中の視線が集まる。

アキラ達も彼女達を視線で追いかけるが、ふたりは自身に集まる視線を歯牙にもかける様子はなかった。

彼等は悠然とした足取りで食堂の中を抜けると、ひとつのテーブルに座る三人組──1人の青年と双子らしき男女である──の元で立ち止まる。


「緊急出動。さっさと食べて。」

「うん? あぁ、お前か。」

「どうしたの? 」

「なにかあったの? 」


彼女の言葉に食事の手を止めた3人はめいめいに反応を返した。

そんな彼らの様子を見て、声をかけた女性隊員はこめかみにとんとんと指をあてながら眉を顰めて口を開く。


「そんなのをここで言えるわけないでしょうが。さっさと行くわよ。」

「えー!! 帰ってきたばっかりなのに! 」

「規定日数は休んだでしょ。」

「でーもー!! 」


彼女の言葉に双子の隊員達から不満の声が上がる。

それを聞いた女性隊員は少し苛立った様子で口を尖らせたが不満の声は収まらない。

するとそんな彼女たちの様子を見かねたのか、青年の隊員がそれらを制するように小さく手を上げながら口を開いた。


「仕方ない。命令が出たなら行くしかないな。」


青年はどこか人好きを感じさせるような雰囲気で頬をかきながらそう言った。

それでも双子の機嫌は収まらないようで、幼子のように駄々をこねる双子に彼らの周囲は俄に騒がしくなる。


「……。」


そのような光景を遠目に見ながら、アキラは物思いに更けるように目を細めていた。

この共用部の食堂で食事を摂る特務科の正規隊員の数は、あまり多くはない。

彼らはこの食堂の常連で、遠隔地での調査任務をもっぱら請け負っている班のメンバーだったとアキラは記憶していた。


──魔獣の襲撃件数が降下傾向にあるのよ──


アキラの脳裏には、リーサの言葉が思い出される。

魔獣の襲撃が減るということは、その分の個体がどこかへ移動し、群れを形成している可能性を示している。

その規模大きさによっては人類の生活圏を脅かすリスクが大きくなるため、調査を行っているのだろう。


「でも、あの様子は……。」


彼はそう言いながら、眉を顰める。

遠征は過酷な任務だ。

入念な準備を行うとはいえ、長ければ一か月程度は壁外での任務を行うこともある。

そんな任務から帰還して日が浅いメンバーをすぐに再派遣する、というのはそれだけ喫緊の調査対象が存在するという事だ。

そのようなことをアキラが考えていると、蓮が口を開く。


「あの人達、確か遠隔調査の得意な班じゃなかったかな。」

「……ああ、そうだね。」


考えに耽っていた彼は蓮の声に驚いたようにピクリと肩を動かした後で、そう言って彼の方を向いた。

蓮も彼らの出動に違和感を覚えている様で、怪訝な表情を正規隊員たちの方へと顔を向けている。


「遠隔地調査を頻繁に行ってるのかな? 何かあったのかな。」

「どうだろ、実家は何か言ってた? 」


蓮は観測所の出身だ。

新東京都から見てきたの方角、谷川周辺の山地に置かれた観測所だと言っていた記憶がある。

彼は定期的に実家と連絡を取っていた筈で、彼が何かを聞いている可能性があった。

魔獣の大規模な群れの兆候があるのなら、それを発見していることも考えられる。


「いや、特に何かがあるとは聞いてない。」


しかし、蓮の返事は肯定ではなかった。

アキラは彼の言葉に、そう、と小さく返事を返す。

現状分かっていることは魔獣の襲撃が減っていることで、それ以上の情報は確認されていない。

機密情報として身内にも話さない差し迫った状況、というのも考えられるが、元よりリーサの懸念が杞憂という可能性もある。


「まぁ、いつも通り、ってことなんだと思うよ。」

「それじゃあ、前線訓練の前は調査も増えるって聞いたし……出動要請が必ずしも遠隔の調査とは限らないんじゃない? 」


ひとりごちたアキラは、蓮に対して小さく肩を挙げながらそう答えた。

何も情報がない以上、魔獣の群れの形成は確認されていない、という体であるべきだろう。


「まぁ、先輩様様、ってことだなー。」

「ははは、そうだね。」


彼等の会話を聞いていたのだろう誠人がアキラに続くようにそう言うと、蓮は彼の方へと首を向けて、いつもの様に笑った。

そのまま41班の面々は和気藹々とした雰囲気でいつものように会話を始める。

そんな彼らの様子を見てアキラは、ふ、と表情を緩めた。

そして特に意識をするでもなく、双子の隊員を引きずりながら食堂を後にする正規隊員達へとアキラは視線を向ける。

彼等は丁度、食堂出口の扉の前に立ったタイミングだった。

そしてアキラは、彼らのリーダーらしき青年隊員と目が合った。


「……!! 」


その瞬間アキラは、驚いたように目を見開く。

なぜなら彼は、先ほどまでのアキラの思考を見透かしているように笑うと、それの口外を禁じるかのように人差し指を口元に当てる仕草をして見せたからだった。

それは本当に彼らが食堂を出た時の一瞬の出来事で、そのあとすぐに扉は閉まり食堂にはいつも通りの喧騒が戻る。


「アキラ君、どうかした? 」

「……いや、何でもない。」


それでもなお、彼らの過ぎ去った後の扉を見つめ続けるアキラに気が付いた奈々樹が、ゆっくりと首をかしげながら彼に声を掛けた。

それでようやく、彼女の言葉に我に返った様子のアキラは、誤魔化すように笑ってから41班の面々の会話に戻った。

彼の様子に奈々樹はしばらく怪訝な表情で首を傾げていたが、アキラが返事をすることはないと悟ったのだろう。

彼女は神妙な面持ちで食堂の扉へと視線を向ける。


「なぁ、奈々樹はどう思う? 」

「え、あ、へ? 」


だがしかし、そんな彼女もすぐに舞に名前を呼ばれる。

話を聞いていなかったために素っ頓狂な返事をした彼女に、仲間たちはそれが可笑しかったのか笑い声が上がった。

奈々樹は気恥ずかしさが勝ったのだろう、赤い顔を誤魔化すように、もう、と小さく声を上げて頬を膨らませる。

それはここ半年で築きあげられた、41班の面々の日常の様な光景だった。

その後も皆が食事を終えるまで、食堂の喧騒に混ざる様に彼等の会話は続けられていた。

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