023:座学で②
「なに、もっとわかりやすく言うなら、貴方達には実戦でやらかすと何が起こるのかを教えてあげるのよ。」
そう言うと彼女は手元の端末を操作した。
スクリーンや映写機が格納され暗幕が上がり、ミーティングルーム内には光が溢れる。
玲於奈は教壇を降りると、ついてこい、と一言だけ告げて部屋の扉を通った。
「今日貴方達が味わ──貴方達に見せるのは、魔獣の"狂食化"現象よ。」
新人達が彼女に続くように廊下を歩いていると、先頭を歩く玲於奈は振り返ることなくそう言う。
そんな彼女の言葉に引っ掛かりを覚えたのだろう舞が首をかしげた。
「味わ……? 」
「なんか言った? 」
「いえ、何でもありません。」
彼女の声を聞き逃さなかったのだろう、薄暗い笑みで振り返った玲於奈の視線に、舞は背筋を伸ばして勢い良く首を振った。
間もなく彼らは仮想空間を生み出す魔道具の入口に到着し、その扉がモーターの駆動音と共に漆黒の口を開く。
「今日は全員まとめて中に入れ。戦闘準備をする必要はない。……ほら、さっさと入れ。」
入口の傍らに立った彼女は先ほどの舞とのやり取りを無かったことにするかのように、新人達を魔道具の中に入るように急かす。
新人たちはこの仮想空間での訓練には慣れてきていたものの、先ほどの彼女の言動に一抹の不安を覚えながら促されるように、ぞろぞろとその扉を抜けていった。
そして最後に、彼等に続くようにガイウスがその扉をくぐる。
「君はどうするかね? 」
彼は何かを思い出したように振り返ると、扉の入口に立っていた玲於奈へとそう言って首を傾げた。
ガイウスの問いかけに彼女は小さく鼻を鳴らすと、彼だけに聞こえるような声で答える。
「私は、外で魔道具を操作しないといけないので。」
「ふむ、そうか。なら頼むよ。」
彼女の解答にガイウスは小さく頷くと、彼女は彼の返事に応えるように手元の端末に視線を落とす。
玲於奈が操作をしたのだろう、仮想空間を生み出す魔道具が駆動を開始する電子音と共に、自動扉はモーターの音を立てながら閉ざされた。
「キョウショクカってなんだろ。」
「なんだったか、座学じゃやってねーよな? 」
仮想空間の魔道具の中央では、奈々樹がうーん、と唸る様に首を傾げ、それに誠人もまた同調するように首をかしげていた。
彼らが頭上に疑問符を浮かべていると、傍らにたっていた蓮が口を開く。
「狂食化……魔獣同士の補食行為、かな。」
「黄君の言うとおりだな。」
蓮の言葉を引き継ぐように、新人達のもとに歩み寄ったガイウスがそう言った。
その言葉に聞いてか聞かずか、アキラやアクア、ハサンが顔をしかめる。
そんな彼らの反応を見てガイウスは、ふむ、と小さく唸った。
「どうやら皆の中には幾らか思い至る者達も居るようだな。」
そう言いながら彼は新人達のなかをゆっくりと歩くと、最初に目があった光へと声をかける。
「竹光くん、魔獣の倒し方は解るね? 」
「んぁ? あー、動きを止めてから核の摘出か、または破壊ですかね。」
「そうだ。では、それはなぜかね? 」
気だるげに告げられた光の回答にガイウスは一度満足そうに頷くと、では、と重ねて彼に質問をした。
その質問に光は一度面倒そうな表情を浮かべたが、ふむ、と考え込むように口を閉ざした。
魔獣と戦う際に、その核を摘出ないしは破壊することで倒すことが出きる、と言うのは魔術師を志す際に最初に学ぶことだ。
それは常識であって、その根拠を問われると光は返す回答が無かった。
「ちっ。」
光は回答の替わりに舌打ちを返す。
そんな彼の反応をまるで愉快なものを見るように笑ったガイウスは、さて、というと場の空気を切り替えるように小さく言葉を切った。
「魔獣は魔力を元に活動する生物だ。そしてその魔力の源泉となるのが核と呼ばれる器官になる。」
ガイウスがそう言うと、魔導具が起動し仮想空間が構築される。
そこには2体のガルムが存在していた。
その姿を確認した新人達はすぐに身構えるが、そんな彼らにガイウスが警戒を解くように命令した。
「これは解説用に投影したものだ。訓練ではない。」
その言葉通り、ガルム達はうなり声こそ上げるがその場を動く気配すらない。
その様子に安心したのか彼らは警戒を解き、それを確認したガイウスは再び口を開いた。
「つまり、核の破壊や摘出は、肉体への魔力供給を絶つことが目的だ。動力源が無ければ肉体は滅びを待つのみだからな。」
ガイウスの言葉は、魔獣は魔力さえあれば生き永らえる事を意味していた。
そしてさらに、核を失っても魔獣はすぐには命を落とさないと言うことも示唆している。
「一般に魔獣との戦闘は、体外組織への攻撃による無力化と核の破壊が基本だ。特に核の破壊を徹底しなくてはならない。」
彼がそう言うのと同時に、何処からともなく飛来した幾つもの瓦礫がガルム達に直撃する。
もうもうと立ち上がる土煙が晴れると、攻撃を受けたガルム達は半身を瓦礫に押し潰され、息も絶え絶えと言わんばかりの様であった。
瓦礫の飛来した方向を見ればそこには、ガイウスの魔紋たる稲穂と短銃の意匠の紋が浮かんでいる。
それは射出魔法と呼ばれる一般魔法だ。
血統によって受け継がれる生得魔法と異なり、原理さえ理解すればだれでも習得できるそれであったが、この場にいる者の一切がそれに気がつくこと無く発動し攻撃を行ったのは彼の技量の高さを伺わせた。
「このように、魔獣に致命傷を与えたとしよう。あとは核を摘出すれば討伐完了と言うわけだ。」
彼は弱々しく鳴き声を漏らしもがくガルムを眺めながらそう言って、それでも止めを指すこと無く放置していた。
そして、そのままガイウスがそれらを眺めていると、それが始まった。
「うおっ!? 」
その光景をみた新人達からは、何処からともなく悲鳴のような声が上がる。
攻撃を受けたガルム達はお互いにじりじりと這い寄ると、それらは片方がもう一方を喰らい始めたのだ。
ぶちぶちと肉を噛み千切る音が周囲に響く。
時間にして数分だろうか、魔犬が同胞の肉を喰らいきるのには、あまり多くの時間は必要としなかった。
「戦うことの出来なくなった魔獣は、他の魔獣によって補食される。核を失った上位の魔獣が核を求めて他の魔獣を喰らうこともあるな。」
ガイウスがそう語るうちにも、その変化は始まっていた。
著しく損傷していた筈のガルムの肉体が、ぼこぼこと変形を始める。
傷ついていたはずの肉体はそのあらゆる傷が再生を始めていて、さらに肉体は大型化していた。
その光景を見ていた奈々樹が、驚きを隠さない様子で声を漏らす。
「頭が……ふたつ………?」
彼等の目の前に立ったのは、頭部を二つ持った狼型の魔獣だった。
瀕死のガルム達がお互いを捕食することで、そこからはそれよりも一つ危険度の高い魔獣が産声を上げた。
奈々樹の言葉に対してガイウスは、いかにも、とその言葉を肯定する。
「いかにも、第二種狼型魔獣のオルトロスだ。傷ついた魔獣たちはお互いに食らい合うことで回復するばかりでなく、より危険度の高い個体へと進化する。これが狂食化と呼ばれる現象だ。」
彼の目の前で、オルトロスはその牙を剥きながら大音声を上げた。
そんな魔獣の姿を眼前に、彼は冷淡な視線を向けたままその口を開く。
「そして、だ。」
ガイウスはそう言うと、ぴ、と指を立てた。
その瞬間、どこからともなく飛来した瓦礫が屹立したオルトロスに殺到する。
「まじか? 」
その光景に信が、絞り出すように声を漏らす。
先ほどはガルム達に致命傷を与えた攻撃。
しかしそれでも、その攻撃はオルトロスに十分な傷を与えることは叶わなかった。
ある程度の傷を負いながらも、その魔獣は土煙の中から健在という様子で姿を表す。
「硬ぇ……」
第二種にカテゴライズされる魔獣の堅牢さに、新人達からは驚愕の声を漏れる。
彼らのこれまでの訓練では第一種の危険度の魔獣のみ戦闘を取り扱っていた。
その力の差には歴然と言って良く、逆説的に第一種の魔獣が新人の訓練に用いられる理由を良く表していた。
「なっ?」
「まじかよ……。」
そんな彼らの眼前で、更に信じられない光景が繰り広げられる。
ガイウスの攻撃によって傷を負ったオルトロスだったが、その傷が瞬く間にふさがり再生していくのだ。
その様子を眺めながらガイウスは、淡々とした様子で口を開く。
「狂食化が発生すると、当該の固体の核が活性化し膨大な魔力を発生させる。今みてもらった通り、異常な回復速度もまたひとつの特徴だな。」
彼らがその強力さに冷や汗を垂らしている間に、ガイウスはそう言うと次段の攻撃を行っていた。
これまでの物よりも大量の瓦礫が、凄まじい速度でオルトロスに撃ち込まれる。
その地を震わせるほどの攻撃は、双頭の魔獣の肉体を削り落とし、破壊していった。
オルトロスの肉体は破壊されるそばから再生し、ガイウスの攻撃が再生するそばからそれを破壊する。
やがて薄黒い血色の光を放ち燦然と輝く核が露出し、ガイウスの魔法がそれを貫いた。
「より強固な魔獣になると同時、高い再生力を得てしまう。狂食化を防ぐためには核を残すことなく除去することだ。」
彼の魔法によって核を破壊されたオルトロスは、死亡という判定を受けたのだろう。
仮想環境によって生み出されたそれは、光の粒子となって消えていく。
双頭の魔犬が光の残滓となって消えようとも、残された新人たちはその光景に圧倒されたように押し黙っていた。
「必ず、忘れることの無きように。」
ガイウスの言葉は、どれだけ彼らに届いているだろうか。
この三か月程、彼らは魔術師として魔獣との戦い方を学んでいたが、それは第一種の魔獣との戦闘訓練でしかなかった。
メンバーによっては手ごたえの様なものを覚え始めていた頃だ。
しかしそれでも、オルトロを倒したガイウスの魔法をみて、彼らは自身がまだまだ未熟な新人であるという事を殊更に感じ取っていた。
今回のオルトロスは参考のために彼の攻撃を甘んじて受けていたが、実戦ではそうはいかないはずだ。
彼等は実戦でその魔獣に遭遇することなど考えたくない物だと思っていた。
「君たちに、三か月後の訓練までに身につけてもらうことは主に二つだ。狼型以外の魔獣との戦闘、および第二種の魔獣との戦闘・退却の判断ができるまで鍛える。」
だがしかし、ガイウスの言葉は彼等の思惑を大いに打ち破るものだった。
魔獣の危険度は最低ランクを第一種と定義されているが、上限は設けられていない。
第一種の魔獣しか倒すことのできない魔術師など、使い道のない存在だ。
彼の言葉は無理もないだろう。
しかしそれでも、これから続くガイウスの言葉は、新人達から悲鳴に近い不満の声が上がる。
「そうだな、今日の午後は実際にオルトロスと戦ってみようか。」
その言葉は新人たちにとって、死刑宣告に近い絶望感を以って迎えられる。
新人達からは不満の声、もとい懇願の声が上がるが、それらは聞き入れられることはなかった。
その日の午後、第二種の魔獣と戦う訓練は実施され、その訓練はまさしく血祭のごとくであった。
彼等がチームとして戦い、大きな損耗なく第二種の魔獣を討伐できるようになるには、二か月の時間を要したという。




