022:座学で①
翌日、午後の訓練ということでアキラ達1年目の新人は仮想空間を生み出す魔導具の置かれた訓練場にやってきていた。
「午後って座学ってことになってなかったか? なんでまた訓練場で集合なんだ? 」
訓練場に併設されたミーティングルームに到着したタイミングで、誠人がそう言いながら椅子に腰を下ろす。
座学となっている場合、これまでの場合は講堂で授業を行うという形式が取られていた。
「わからないけど、何かしらの事情はあるんだろうね。」
「ガイウス教官が講堂を予約し忘れたとかかな? 」
順に蓮と奈々樹が、不可解な状況の原因に首をかしげる。
これまでの訓練でも訓練場の確保を忘れたということで、直前の集合場所変更と言った事態は何度か発生したことがあった。
しかしそれでも、それらの変更はフロアが変わったり訓練場の建物がひとつ隣に移動する、等と言った変更だった。
「今回の集合場所の通知は最初からここだったよ。」
「人為的なミスで変更があったってのは考えにくいかもね。」
少し考えるような仕草をした後で放たれたアキラの言葉に、蓮が続くようにそう言うと微笑む。
彼らがその様な会話をしていると、少しはなれた場所で固まっていた42班の面々から光が首を向けてきた。
「まぁ、ここの設備が必要ってことなんじゃねーか? 」
「仮想空間? 」
彼の言葉にレイが反応する。
光はレイの言葉へ生返事のような声を返し、再び口を開いた。
「動画見せるみてぇなことしてぇんだろ。わざわざ仮想空間を使うってんのもよくわかんねーけどな。」
そう言うと彼は椅子に体重を預けて気だるそうに伸びをした。
光の腰かける椅子がきしむ音が室内に響く。
「それで──
欠伸混じりに何かを言いかけた光だったが、訓練の開始時刻を告げる鐘の音が聞こえたことで彼はその口を閉ざす。
そして、鐘の音と同時にミーティングルームの扉が開かれた。
開かれた扉から室内に入ってきたのはガイウスと玲於奈の教官たちだ。
「皆、揃っているな? 」
ガイウスは一度室内を見渡した後でその様な最低限の確認を行い、訓練の本題である講義を始めようとする。
それはいつもの座学の時間とまったく同じ流れだったが、今回はいつもと異なり講堂ではなく訓練場の一室に集められている。
新人達の困惑の色を感じ取ったのだろう、ガイウスは、む、と小さく唸った後で顎髭を撫でながら口を開いた。
「今日君達をここに集めたのは、本日の講義内容に関係している。色々、体験した方が早い事でな。」
彼はそう言いながら、傍らに控える玲於奈に視線で合図をした。
それを受け取った彼女が手元の端末を操作すると、部屋の照明が落とされ窓には暗幕がかかり、天井に取り付けられたスクリーンと映写機が動作を始める。
「航空写真? 」
「いかにも。正確にはそれを繋げたものだな。」
スクリーンに写し出された映像を見てレイがポツリと言葉を漏らし、その言葉をガイウスがゆっくりと頷きながら肯定する。
そこに写し出されたのは、新東京都を中央にとらえた写真地図だった。
「君たちは後三か月後に前線訓練を行ってもらう。前線訓練が何かは、分かっているな? 」
「実際に最前線での戦闘業務に従事するものです。」
ガイウスに視線だけで問いかけられ、信は立ち上がるとそう答えた。
彼の解答によろしい、と答えたガイウスはそれで、と話を切り出す。
「それで、最前線がどこか、という事だが……私達が今いるのはここだ。」
ガイウスはそう言いながら写真地図の中央に写る新東京都を指した。
ほぼ正方形の都市部と、それに付随するように置かれた西部の魔法教会大学校の敷地は房総半島の付け根に置かれていて、北西の二方向に展開された三重の防護壁が、半島を関東平野から切り出すように置かれていた。
「新東京を直接囲む第一防護壁から、最前線までは2つの防護壁がある。1つ目の壁が第二防護壁。ここは、かつての最終防衛線だな。」
そう言いながら彼は、新東京都から出て1つ目の防護壁を指した。
それは広がる森林地帯の中を駆ける白線の様に写真上に写されていた。
東京都はかつて、今の位置よりもずっと西に位置しており、今の新東京都は魔獣との戦闘を繰り返して東へ東へと移動してきたものだ。
ガイウスが指したのは増築されてはいるものの、かつての都市部を守る防護壁だったものであり、現存する最古の防護壁だった。
かつての魔獣侵攻は現第二防護壁で魔獣の侵攻を止める間に第一防護壁を建立し現在の新東京都の形となった。
ガイウスはさらに、そのひとつ外側の防護壁を指して言葉を続ける。
「そしてこれが第三防護壁。こちらは最前線を支える拠点でもあり、近年完成したものだ。」
彼はそう言うと第二防護壁よりも一つ外側の防護壁を指す。
第三防護壁は第二防護壁から森林地帯を挟んで置かれていたが、航空写真で見比べただけでも第二防護壁のそれよりも厚さが一回り違い、規模の大きさを感じることができた。
新東京都から遠く離れた最前線まで直接物資を届ける兵站を確保するのは困難だという判断なのだろう。
ガイウスは一度咳払いを挟むと、それで、と再び口を開いた。
「それで、第三防護壁を越えると、ここからは魔獣の出現リスクが大きく向上する。まだ魔獣の駆逐が完了していないエリアが多数有るからだ。」
そう言いながらガイウスは更にもうひとつ外側の防護壁──つまり、最前線と呼ばれているものだ──を指し示した。
その瞬間、ミーティングルームの各方で新人達の息を呑む音が聞こえた。
それは中継拠点も兼ねる第三防護壁よりももともと小規模に作られているのだろう。
最前線となる防護壁は、第三防護壁よりも一段細い白線の様にそこに写っていた。
しかしそれでも、彼らが息を呑んだのはその航空写真の見た目からこそだった。
否、正確には彼らにそれを見せるためにこそ、ガイウス達教官はここで写真地図を用いた講義を行っているのだろう。
「いい趣味だね……。」
それを見た蓮が、いつもの笑顔に苦々しいものを交えながら言葉を漏らす。
最前線の防護壁は、変わらず航空写真上で一本の白い線として写っていた。
それは他の防護壁と共通している。
だがしかし、その白い線は白黒様々な色の煙に包まれ、所々で途切れていた。
大規模な爆発があったのだろう、煙を上げる円形の陥没穴が白線を中心に点在している。
延々と続いていた森林地帯の緑は、最前線の周辺では土がむき出しになっているのか黒々とした大地を見せていた。
写真地図は瞬間を切り取ったはずのものであるはずなのに、その様はそこで激しい戦闘が行われていることを十二分に覗わせた。
「ここが最前線となる。見ての通り、ここは戦火の残り火が常に燃える場所だ。」
ガイウスはそう言いながら、ミーティングルームの暗幕から微かに漏れ入る初夏の陽光へと目を向ける。
彼はその航空地図上では一本の線に過ぎないそれを見つめる新人達に目を向けた後で、僅かに言葉を切って瞑目する。
そうして暫くの間を空けた後で彼は、ゆっくりと口を開いた。
「君たちは三か月後、実際にここを訪れる。担当するのは各エリアの魔獣の掃討だ。」
その言葉は押し黙る新人たちの間を冷水の様に流れていった。
”エリア”というのは各防護壁の間の区間を小型の防護壁で柵状に分けた領域の事だ。
最前線となる防護壁で魔獣の侵攻を食い止め、そして内側を各エリアに分割する。
そして各エリアで魔獣の個体数を管理しそれを掃討する。
これを繰り返すことで人類の生存圏を段階に広げていき、また魔獣に侵攻された場合も各エリアごとに被害状況を観測することでダメージコントロールする、というのがこの新東京都で取られている魔獣との戦闘の基本戦術である。
「最前線は危険だが、魔獣との実戦を行えるもっとも安全な危険地帯はここしかないからな。」
沈黙に包まれる室内で、心してかかる様に、と言葉を締めくくったガイウスは彼の目的を話し終えたのだろう。
彼は視線を落とす新人たちを尻目に、脇に控えていた玲於奈に目配せをした。
その視線を受けて小さく頷いた玲於奈は彼と入れ替わる様に教壇に立つ。
教壇に立った彼女のことを見上げる視線はまばらだった。
彼女は鋭い目でそんな新人達を見渡すと、わざとらしく咳ばらいを一つした後でその口を開いた。
「そういうわけで、これから貴方達には魔獣との実戦で必要な知識を学んでもらうわよ。」
「実戦の知識? 」
急に言い放たれた彼女の言葉に、新人たちは僅かに間を開けた後で首を傾げる。
これまでの訓練でも彼らは魔獣と戦うための知識や実際に戦闘訓練を行ってきた。
ここにきてさらに『実戦に必要な知識』と改めて銘打つのは何故なのかと、彼らは疑問に思っていた。
その疑問を代弁するように声を上げた奈々樹のことを正視しながら、玲於奈は、はい、と言葉を続けた。
「はい、貴方達はこれから実際に実戦の知識を身につけてもらいます。」
「……よくわかんねーな? 」
彼女の言葉の真意を測りかねた誠人が小さく呟く。
それは彼にとっては独り言のつもりだったが、どうやら聞こえていたのだろう。
玲於奈は彼の言を鼻で笑うように小さく嗤った後で、再び口を開く。
「なに、もっとわかりやすく言うなら、貴方達には実戦でやらかすと何が起こるのかを教えてあげるのよ。」
【2024/09/18】誤字脱字の修正




