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19/35

019:模擬戦闘で

ガイウスの掛け声とは裏腹に、2人の戦いの始まりは静かだった。

アキラも聖も、お互いの出方を伺うように動かずにいる。

彼は聖の様子を伺いながら、どうしたものかと思案した。

自身のミッションは彼女と戦える相手がいることを示すことである。

そう、考えた瞬間だった。

目の前に彼女がいた。


「っ!! 」


反応が出来ても体が追い付かない、並大抵の相手だったらこの瞬間に敗北に持ち込まれているだろう。

そんな彼女の神速の縮地に、彼は身体強化を発動して強引に追い付く。

がぎん、という鈍い音と共にアキラは一文字に振られた彼女の模擬刀を防いだ。


「考え事? 舐めないで。」


何処か不満げな表情でポツリと聖が告げる。

それはアキラが戦いの最中に関係の無いことを考えた事に対するものだった。

今の一瞬さえも隙足り得るのか、とアキラは戦慄し、その戦慄と言う思考の瞬間、彼の目の前に聖は踏み込みを済ませている。

意識の合間を縫うように、上段から振り下ろされる一撃。


「っ、またか! 」


だがしかしそれをアキラは、先程よりは余裕をもって反応した。

彼は既に身体強化は済ませている。

体が高速で動くのであれば、後の先をとるのは容易い。


「なっ!? 」


しかしそれでも打ち合いの瞬間、アキラは思わず驚愕の声を漏らす。

彼が左手で握った模擬刀には一切の手応えが無かったからだ。

それだけではない、聖は既に逆袈裟の一撃へと移行していて、そこまで確認して初めて彼は先程の上段からの一撃がフェイントであったということを理解する。

アキラは寸でのところで彼女の放った逆袈裟斬りを防いだ。

特に構えるわけでもなく無造作に放たれた一撃にもかかわらず、彼はその勢いに弾き飛ばされる様に後退した。


「ん。思ったより出来るね。」


それが防がれると思っていなかったのか、聖は逆袈裟斬りを振り抜いた姿勢のままで、興味深そうな視線をアキラへと向けている。

見知らぬものへの興味関心、といった方が近いかもしれない。


「それじゃあ、こっちからも!」


彼はそれを隙と見出だし、ホルスターに仕舞われた魔導銃を引き抜いた。

それを聖に向けて引き金を引く。


「遅いよ。」


瞬間、彼女が右にずれてアキラの放った魔力の弾丸は宙を切った。

2発目を放っても結果は変わらない。

何度照準を合わせて、何度引き金を引いても、彼女はその瞬間にはその場を動いている。


「何度撃っても、変わらないよ? 」

「っ! そう言うことかっ!! 」


聖の言葉にアキラは小さく舌打ちをする。

彼女は弾道を回避している。

向ける銃口と引き金を引くという行為から、彼女は自分に向かう攻撃を避けているのだろう。


「そう言うことならっ!! 」


魔導銃が有効でないと判断した彼は、瞬間的に身体強化に使う魔力の量を増やすと、前へと踏み出す。

銃が駄目なら斬るしかない。

それは聖の縮地とはまた違った力任せの移動だった。


「……捻りがない。」


聖の目の前に移動したアキラは、何処か失望したような彼女の言葉と共に背筋が凍る威圧感を感じ取る。

いつの間にか、彼女は上段で模擬刀を構えていた。

確かに、遠距離の攻撃が通用しなければ近距離に切り替える、というのは安直な判断だろう。

まさに餌にかかった獲物だと、彼女の目は語っていた。


「ほんとにそうかな? 」

「……! 」


だがしかし、彼女の目の前に踏み込んだ彼の口元は笑っていた。

それを見て聖は、小さく眉を動かす。

更にもう一段、アキラの魔力の気配が膨れ上がり、白い稲妻が迸った。

刹那、彼の肉体の速度が跳ね上がり、彼はそのまま手に握る模擬刀を一文字に振り抜く。


「くっ。」


轟音といっても差し支えないほどの剣戟の音が訓練場に響く。

意表をついた一撃と思われたアキラの剣に、聖はいとも容易く反応して見せた。

だがしかし、その一撃の重さは想定の範囲外だったのか、彼女は彼に弾き飛ばされる様に後ろに跳んでいた。


「今のに間に合うんだね……。」

「でも驚いた。結構速かった。」


少し呆れたような声色でアキラがそう言えば、聖は淡々と、それでも何処か嬉々とした様子で応える。

元々顔付きだけは活発に見える彼女がそうしていると、それはとても凛々しく眩しく見えた。

彼女のその表情に眩しそうにアキラが目を細めていると、聖が口を開く。


「四条さん、とても(ぎょ)された剣だと思ってた。」

「御され? 」


彼女の言葉に彼は要領を得ないように首をかしげる。

そんな彼の返事に僅かに間を開けた後で、彼女は改めて説明するように口を開いた。


「打ち合うまで、見てるから。」


きっと聖は、アキラが反応速度が高く、フェイント等にも反応して身体強化で追い付いてきたことを賞賛していたのだろう。

アキラはまだ神経強化を使用してはいない。

しかしそれでも、彼は生来の反応速度が他人より高く、それを彼女は数回の打ち合いで見抜いていた。


「……む。」


自分の言葉が通じなかったことに、聖は僅かに眉をしかめて小さく唸る。

アキラの最後の一撃は、そんな思考の速度を上回る暴力的な一撃だったと、彼女は思っていた。

不満そうに頬を膨らませた彼女は、模擬刀を正眼に構える。


「よく解らないけど、少しやる気が出たみたいかな。」

「む……誉めたつもりなのに。」


アキラの言葉に聖は更に不満げに頬を膨らませる。

彼女の表情にそれほど気を害するような何かを言っただろうかと、彼は首をかしげる。

その瞬間だった。


「っ!! 」


彼の目に写ったのは、限界まで見開かれた聖の両の瞳と、突き出されるように放たれた模擬刀の切っ先だった。

的確に喉元を狙ったそれを、彼は首をそらすことで避ける。

刃のつけられていない筈の模擬刀が、アキラの髪を数本切り飛ばした。


「っ!! 」


アキラはその光景に、戦慄した表情を浮かべる。

回避したところで聖の剣は止まらなかった。

突きはそのまま袈裟斬りに移行し、それを防ぐと逆袈裟、一文字と連激に繋がる。


「くそっ! 」


聖の攻撃を防ぎながら、アキラは悪態を漏らす。

彼女の攻撃を受け流すように、時折は模擬刀で受けながら、アキラは適宜反撃に移ろうとした。

しかしそれらは、事の起こりの前に全てが潰される。

彼が反撃をしようと武器を構える頃には、聖は次の動きを始めているのだ。

必ず一拍子先の手を打たれる、そんな状況がそこにはあった。


「っの! 」


アキラは模擬刀を振り上げ、袈裟斬りを放つ。

否、放とうとした。

振り上げた彼の腕は、そこでびくとも動かない。

聖の掲げた模擬刀の切っ先が彼の模擬刀の柄頭に刺さっていて、彼がそれを振り下ろす前にその攻撃を殺していた。


「残念。」


何処か陶然とした表情で、彼女はそう言った。

その薄く浮かべられた蠱惑的な笑みに、アキラは冷や汗を垂らす。

きっとまだ彼女は、少しやる気を出した程度なのだろう。

それでも彼が思いつくような攻撃の全てが防がれ、或いは今の様に攻撃の前にすべてが潰されるように威圧感があった。


「投了する? 」

「冗談かな? 」


聖の言葉にアキラは笑って答えた。

この状況でも、ガイウスは止めの合図を出さない。

ならば戦いを続けるべきだろう。


「そう。」


彼の言葉に、聖は呟くようにそう答えた。

瞬間、対するアキラは全身が総毛立つのを覚える。

聖の間合いから逃げるように咄嗟に後ろに飛びながら、自身の身体を庇うように模擬刀を立てて構えた。

その瞬間、彼の模擬刀はその半ば当たりで両断される。


「良い直感。」


トンボを切って着地したアキラに、模擬刀を振り抜いた姿勢の聖がそう言った。

対する彼は、何処か呆れたような表情で両断された模擬刀を見ながら口を開く。


「模擬刀に刃はついて無い筈なんだけど? 」

「刃の有無は斬る斬らないに関係ないよ? 」


アキラの言葉に聖はそう言って答える。

彼女の物騒な言葉は、剣士としての実力の高さから来たものなのだろうか。

その言葉に苦笑した彼は、少し残念そうな表情で小さく肩をすくめると、腰に差した魔法剣に手を掛ける。


「先に抜かせたかったんだけどね、太刀(それ)。 」

「冗談? 」

「そうかもね。」


彼の挑発するような言葉に、聖は細目になりながら呆れたような声色で答えた。

きっと彼女のそれは、自信の発露だったのだろう。

しかし次の瞬間、彼女の目の前には飛来する模擬刀の片割れがあった。


「っ!!?? 」


完全に意表を突かれたのだろう。

聖は飛来物を難なく弾きながらも、自身が意表を突かれたということに驚愕の表情を隠さない。

彼女はこれまでの戦闘で、アキラの言葉に対する受け答えの全てで油断したつもりはなかった。

しかし、今の武器の投擲に対する自身の反応は僅かに遅れていて、自分の精神の波の僅かな合間を突かれた様な焦燥感に彼女は襲われていた。


「え? 」


ぱん、と言う乾いた破裂音がした。

先程までアキラがいた筈の場所には、白い火花が残照の様に散っているばかりだった。

その火花は、きっとあの少年の肉体から溢れだした魔力だ。

そう本能的に理解した彼女は、視界の隅に同様の火花が散っていることに気が付く。

アキラは神経系が焼き切れない程度の軽度な神経強化を発動し、身体強化を全開にしていた。

彼は人間の限界を超越した思考速度の中で、最高速度で彼女の背後に回り込んでいたのだ。


「シィッ!!」


鋭く息を吐き出しながら、腰だめに構えた魔法剣をアキラはそのまま振り抜いた。

きぃん、と鋭く澄んだ剣戟の音が訓練場に響く。

聖の身体はアキラの逆袈裟に弾き飛ばされる様に宙を舞ったが、彼女は空中で体勢を立て直し着地した。


「ほら、抜いた。」

「──!! 」


挑発するかのような口調で、アキラがニヤリと笑う。

そんな彼に言葉にならないのか、着地した姿勢の聖からは悔しそうなうなり声だけが聞こえた。

彼女の左手には、空になった太刀の鞘が握られている。

聖の瞳は泣き出しそうに潤み、その頬は見るに容易いほどに紅潮していた。


「……もぅ、本気でやる。」


絞り出すように、聖はそう告げる。

彼女の右手には、鞘から抜かれた太刀が握られていた。

聖は反応の遅延を最大化され、僅かな隙をえぐられた様な感覚でいる。

それがアキラの狙った物かは定かではなかったが、結果としてそのような状況に至っていた。


「それは光栄──

「ふんっ!! 」


アキラが魔法剣を構えた次の瞬間、大上段に太刀を構えた聖がそこに踏み込んでいた。

真っ向から打ち下ろす様に三回、連続して振り下ろされた太刀の斬撃。

彼はその攻撃になんとか反応し、魔法剣の根元の部分で受ける。

神経強化でも追い付くのがやっとの超速の剣技にアキラはその目を細めた。

その剣戟の威力は凄まじく、魔力によって強度が格段に強化されている魔法剣であっても、なんとか折れずに受けきることが出来たといっても良いだろう。


「受けきったつもり? 」

「ぐっ!! 」


だがしかし、太刀を防いでも聖はもう片手に鞘を握っている。

彼女は逆手に握ったそれを、無造作に薙ぎ払うように振った。

アキラはそれを咄嗟に空いた右の手の平で受けるが、勢いを受けきることはできない。

聖の鞘の一撃に弾き飛ばされた彼は、魔法剣を取り落とし、そのまま訓練場の壁の当たりまで吹き飛ばされた。


「っこの──

魔導銃(そんなもの)、意味ない。」


魔導銃を抜いたアキラは、それを聖に向けようとするが、その頃には彼女は彼の眼前にいた。

彼女は深く踏み込みながら、腰だめに構えた刺突を放つ。

加速された時間のなか、アキラはゆっくりと迫る切っ先に右手に握る魔導銃を向けた。


「っ! 」


魔導銃の銃口に聖の太刀の切っ先が差し込まれ、魔導銃を破壊していく。

アキラはその光景に眉をしかめながら、その刺突を受け流すために魔導銃を握る腕を捻った。

彼によって受け流された彼女の突きはその勢いのまま訓練場の壁に突き刺さる。

突き刺さった太刀を中心に広がる亀裂の深さが、その刺突の威力の高さを物語っていた。


「こ、殺す気かな? 」

「大丈夫、その時は寸止めする。」


刺突によってバラバラに粉砕された魔導銃のパーツが飛び散るなか、彼等はそんな言葉を交わしていた。

冷や汗を垂らすアキラを前に、聖はまるで油断することは無いと言わんばかりに彼を正視しながら、それでもどこか歯切れ悪そうに答える。


「……本当だよ。 」


疑いの視線に耐えられなかったのだろう。

聖は淡々と、それでも僅かに頬を赤らめながらそう言うと、壁に突き刺さったままの太刀を捻りその刃を脇に腰かけるアキラへと向けた。


「……っまず!? 」


アキラは彼女の狙いを察し、転げるようにその場を逃げた。

対する聖は、半ばまで壁に埋まった状態の太刀をそのまま振るように、訓練場の壁を斬り砕きながらアキラを追いかける。

そうして壁から引き抜きざまに放たれる彼女の一太刀を、彼は懐から抜いたナイフで受けた。

パラパラと飛び散る大小の破片をその身に浴びながら、弾き飛ばされたアキラは空中で体勢を立て直す。


「っ!?」


空中の彼へと追い討ちを掛けるように、聖が何かを投擲する。

反射的にそれを弾いた彼の目に写ったのは、宙を舞う1つの木簡だ。

その表面には墨で文字が書き込まれており、それが旧式の魔導具であると察せられた。


「しま──


次の瞬間、木簡の文字が桜色の光を放ち魔導具が発動した。

もうもうと煙幕が立ち込め、周囲の視界を埋め尽くす。

着地したアキラは周囲を見回すが完全に視界を潰されていて、聖の姿を確認することはできなかった。


「くそっ! 」


だがしかし、彼はその表情を戦慄に変えると、転げるように横へと跳んだ。

瞬間、元々彼のいた立ち位置に煙幕の向こうから飛来した何かが通過した。

それは聖の太刀だった。

それは柄紐が解かれて三鈷柄が露になっていて、柄頭に繋がれた柄紐に引かれるように煙幕の向こうへと回収されていく。

そしてそのまま次の瞬間には、アキラの眼前に飛来する太刀があった。


「ぐぅ……ギィッ!! 」


膝立ちで体勢の整わないまま、それでもアキラはその手に握るナイフで太刀の投擲を防いだ。

とはいえ投擲武器などとは異なり質量のある太刀の威力は凄まじく、アキラはその勢いを殺しきれなかったためナイフは煙幕の彼方へと弾き飛ばされていった。


「柄紐を解いてアウトレンジから攻撃してくるなんてね。」


遮られた視界の中に、観念したような様子のアキラの声が溶ける。

残された武器は腰に差した魔法剣が一振だ。

だがしかし、彼はそれを引き抜くことは出来ない。

彼の左腕には聖の柄紐が巻き付いていた。

聖の張った煙幕が薄れていく。


「四条さん、速いから、見られない様に煙幕(めかくし)が必要だった。」


そこには片ひざを突いた姿勢で固まるアキラと、そんな彼に太刀を突きつける聖の姿があった。

腰に差した魔法剣に伸ばした彼の左腕は、彼女が端を踏んだ柄紐に絡め取られ拘束されている。

両手で太刀を握り肩で息をする彼女は、油断することなく気を張ったままの表情を彼に向けていた。


「私の勝ち。」

「はは、降参かな。」


淡々と呟くように聖が勝利を宣言する。

首筋に突きつけられた太刀の切っ先に生唾を飲み込みながら、アキラは彼女の言葉に苦笑で答えた。


「二人とも、止め。」


アキラの降参が聞こえたのだろう、2人の戦いを見守っていたガイウスが模擬戦闘の終わりを告げる。

彼の表情は満足そうに見えていて、どうやらアキラは彼の要望を満たせた様だった。

少しの間を開けて聖からは戦闘中の様な威圧感が消え、その手に握った太刀を腰に差した鞘に納める。

柄紐による拘束が解かれた彼は、柄紐を巻きなおす彼女を横に見ながら立ち上がり、うん、と伸びをした。


「四条さん。」

「うん? 」


ふたりともこちらに来るように、と呼び掛けてくるガイウスの元に向かおうとしたアキラを、聖が呼び止める。

彼が振り返ると彼女は汗の滲む顔で少し恥ずかしそうにしながら、それでもしっかりとした目でアキラのことを正視していた。


「手応えある戦いができた。なかなかない。」

「どういたし……まして? 」


聖の言葉はお礼、なのだろう。

神妙な表情でアキラは返事をした。

すると彼女は不満げな半目に目を細めながら、でも、と言葉を続ける。


「でも、性格悪い。……次はもっと何もさせないから。」

「ははは、肝に銘じておくよ。」


それはきっと、戦闘中の遣り取りを指摘した言葉なのだろう。

怨めがましいような、いたずらっぽいような口調で聖はそう言うと、きろり、とアキラを睨む。

対するアキラはどこかごまかすように笑って答えた。

彼の反応に彼女は一度不満そうに頬を膨らませたあとで、ふ、小さく笑った。


「二人とも、早くこちらへ来なさい。」


2人に待ちくたびれたようなガイウスの声が、訓練場に響いた。

【2024/10/24】一部表現の修正

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