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018:訓練場の片隅で

新人達の模擬戦を見ながら、玲於奈は内心頭を抱えていた。

教官同士の打ち合わせで、対人戦闘訓練は実力の拮抗した者ごとに分けて行うことにしていた。

初日の実践訓練やここ一週間の訓練で、魔法に関する戦闘能力はある程度目算がついていて、今回は魔法なしでの戦闘力を測るつもりだったのだ。


「明らかに強すぎませんか? 彼女。」

「ああ、そうだな。」


いつもの仕事人間然とした雰囲気に疲れたような色を混ぜた玲於奈が、溜め息混じりの声を漏らす。

その視線の先には、奈々樹に肩を貸しながら訓練場の休憩スペースに歩いていく聖の姿があった。

聖は顔つきだけは活発そうに見える外見をしながら、気弱そうな表情が彼女の人間性を伺わせている。

彼女の声にガイウスは、何処か愉快そうな表情で応えた。

彼の反応が気に障ったのだろう、玲於奈は不満げに眉をしかめながら彼の方へと視線を向ける。


「ここ一週間、座学や基礎体力向上がメインでしたが、嫌な予感はしてましたよ。」

「嫌な予感か? 」


とぼけるような反応を見せるガイウスを、彼女は半目になって睨む。

新人の教育課程が始まってから一週間程が経過し、今日が初めての対人戦闘訓練だった。

大きなため息をついた彼女は、少し憂いを帯びた目を聖に向ける。


「あれだけの成績で特務科に配属されるのには、何かからくりがあると思っていたので。」


初日の訓練でこそ魔獣を斬り倒す活躍を見せた聖だったが、ここ一週間の訓練の成績は惨憺たる物だった。

魔導銃をはじめとした魔道具の扱いや座学といった、魔術師の基礎の部分がまるで出来ないのだ。

魔力量もからきしで、すぐに魔力切れを起こす有り様だった。

誉められるのは体力などの身体能力だけで、延々とジョギングをしていたのが思い出される。


「彼女の実力を測りたいと思ってたんです。噂の件もありますから。」

「噂か。まぁ、前評判などは当てにならないものだがな。」


聖柄の長女は出来損ないで、道場に一度も足を踏み入れたことがない。

それは、聖柄が拠点を置く関西では広く流布した噂だった。

玲於奈の脳裏に、普通科で指南役をしている聖柄流師範で、聖の兄でもある男の声が響く。


──聖は本物の天才だからね──


何年も前にそんなことを言っていた気がする、とその言葉を思い出した彼女は、大きく舌打ちをした。

あれは身内贔屓な男の戯言で、噂が真だとこの一週間で彼女は思っていたのだ。


「それに君は、聖柄君の兄上殿とは仲良くしていなかったか? 彼から子細は聞いていると思っていたが。」

「ただの腐れ縁です。それに、あの人とは何年も会っていません。」


丁度当人のことを思い出している時にガイウスから指摘が入り、彼女の眉間の皺は一層深くなる。

鼻を鳴らしながら吐き捨てるように告げられた言葉に、彼は少し驚いたように、ほう、と小さく声を漏らした。

そんな反応を横目に、彼女は言葉を続ける。


「……とにかく、私は彼女……も含めた皆のベースとなる戦闘能力を確認したかったんです。」

「それはその通りだな。」


僅かな間を空けてから、話をもとに戻さんと咳払いをした玲於奈に、ガイウスは合意を返す。

ここ一週間の訓練や入隊時の書類をみる限りでは、光と蓮がこの代のトップになると玲於奈は目算を立てていた。

聖は高い戦闘能力を垣間見せてはいたが、魔法に関してはからきしで、戦闘中は視野も狭い。

それらの要素が対人戦闘に置いてどのように影響するのか、彼女は測りかねていたのだ。

先ほどの奈々樹を叩きのめした実力をみて、彼女は聖の評価をどう判断するか、とても揺れている様だった。


「ガイウスさんはこの事を知ってたんですよね。」


彼女はガイウスに恨めしそうに唸りながらそう言った。

玲於奈はもともと特務科に在籍していたが、若くして除隊となり紆余曲折を経て今年から教官職となった人間だ。

その人事の決定は例年より遅れていて、それ故に教官達が同席する特務科人員選出の場に彼女は不在だった。


「む? ……そうだな。だが、アフリカからの子達については私の裁量ではないぞ。」


彼女の視線を受けてもなお、何処か楽しむように微笑を浮かべていた彼は、彼女の言葉に物思いに耽る様に顎髭をさする。

玲於奈の目算が崩れたのは、聖の実力がずば抜けていたことだけではない。

アフリカ出身のメンバーが軒並み、上位陣に食い込む様な実力を見せたことも、彼女の混乱を増長させている様子だった。

彼の言葉に、玲於奈は口を尖らせる。


「何ですかそれ、慰めですか。」

「君がそう受けとるのならそうかもしれんな。」


そう言ってため息をついた彼女は、人の悪い笑みを浮かべるガイウスの姿に少しの間を空けて気が付く。

それを見た彼女は、何度目かもわからない盛大なため息を吐くと、呆れたようすも隠さずに口を開いた。


「……『これが特務科』とでも言いたげな顔ですね。そうですよ、誤算だらけですよ、もう。」

「ははは、そうか。それは元特務科の我々は一番よく知っていることだと思ったんだがね。」


音を上げるように肩を落とす彼女の姿がよほど愉快だったのだろう、声を上げて笑い出した彼に、彼女の絶対零度の視線が突き刺さった。

その視線を涼しい顔で受け流しながら、ガイウスはそう言って訓練場で戦う新人達に視線を戻す。


「まぁ、君も教官を続けていくならこういう事には慣れなさい。それに私は、彼女が皆に良い影響を与えてくれると思っているからな。」

「良い影響……ですか? 」


その言葉に彼女は、隣に立つガイウスの横顔を見上げながら首を傾げた。

彼はそんな彼女の疑問に答えるように口を開く。


「剣術、武術に長けるのは良いことだ。状況に左右されない絶対的なカードは、我々に最も求められる適性だからな。」

「それにもっとも長じる人材、という事ですか。」


彼の言葉に玲於奈はそう言って小さく頷く。

一通り新人の動きを見たが、聖は新人のなかでは剣士として余りに突出している。

下手をしたら、魔法教会の正規隊員をも上回りかねないだろう。

同期にこれだけの使い手がいることは、確かに新人達にも良い影響が期待できるのだろう。


「それでも、それしかカードが無い人材が有りますかね? 」

「それはまぁ、彼女が他のメンバーから学んでもらえばいいだろう。教えるのは我々の出番でもある」

「物は言いようですね……。」


自信なさげに言葉を濁したガイウスに、彼女は半目になりながら呆れた様にそう言った。

そして、それにしても、と言葉を続ける。


「それにしても、状況に左右されない絶対的なカード、ですか。」


その声は、先ほどよりも一段暗い物であった。

彼女のその反応は、自身の経験からだろうかと独りガイウスは考える。

玲於奈が除隊となった理由は、異端者との戦闘が原因だ。

高い知性を持つ敵、特に魔術師同士の戦いは、お互いの手管が割れていない初手の攻撃が最重要と言われる。

魔術師にもよるがネタの割れた魔法が戦闘において有効に働かないなど、情報は大きな不利につながることがあるからだ。


「我々は初手の有利に期待をしてはならんからな。」

「……。」


異端者は愚かではない。

異端者の間で、取り締まる側の魔術師の情報は集められ、共有される。

それはつまり、魔法教会の魔術師は常に情報的に不利を負うことを意味した。

それ故、様々な装備やサポートツールはあるものの、魔術師が最後に頼るのは基礎的な戦闘能力であるとされていた。

ガイウスの言葉に、玲於奈は考え込むように沈黙で応える。

この話題を選ぶべきではなかったか、と彼が言いかけたとき、それを制するように玲於奈が口を開く。


「あたしはあの件は乗り越えて……すみません、私はあの件については大丈夫です。」


彼女は一瞬、仕事人間然とした表情を崩したが、気持ちを落ち着かせるためか間を挟むと、そう言って小さく鼻を鳴らした。

そんな彼女の様子に、ガイウスは眉尻を下げて両目を細める。

言葉を切った2人は並んで、訓練場で行われる新人達の模擬戦を眺めた。


「……それで、今後の対人戦闘訓練の組分けはどうする? 」


暫くの間を空けて、両者の沈黙を破ったのはガイウスだった。

彼の問いは宙に溶けていくようであったが、少しの間を空けて玲於奈の声が返ってくる。


「一先ずもともとの方針……黄、竹光は確定です。アフリカ3人組も含めて5人で一纏めでいいでしょう。」

「概ねそうだな。……聖柄君はどうする? 」


彼女の言葉に、ガイウスはそう言った。

彼の言葉に玲於奈は眉間に皺を寄せながら唸る。


「問題はそこです。あまりに突出しすぎているので、現状で相手になる存在がいるかが問題です。」

「……それはどうだろうな? 」


彼女の言葉にガイウスはふむ、と顎に手を当てながらそう返す。

そして彼の言葉に玲於奈は少し目を細める。


「どうだろう、というのは? 」

「そもそも魔法込みで戦わせてみれば、存外、言うほど突出してはおらんと私は思うよ。」

「そうですかね? 」


ガイウスの言葉を聞いて、玲於奈は疑問の声を漏らす。

その声は彼の言葉を疑っているようだった。

彼女のその反応に、ガイウスはそれでは、と言葉を続けた。


「それでは、実際に見てみようか。」

「はい? 」


彼の言葉に玲於奈は要領を得ない表情で首をかしげた。

そんな彼女を置いて、ガイウスは訓練場に散っていた新人達を呼び集める。

彼らが自分たちの前に集合するのを待って、ガイウスは口を開く。


「君達の実力は大体理解できた。これから、魔法有りでの模擬戦を行ってもらう。」

「ちょっ、ガイウスさん!? 」


彼の言葉に彼女は驚いたように声を上げる。

というのも、当初の予定では本日は魔法を用いての訓練を行うつもりはなかったからだ。


「いやなに、問題はないさ。これが一番早いだろう? 」

「いやでも予定にないことは……。」


詰め寄る玲於奈に、ガイウスは小さく手を上げて応える。

彼女は何度か口を開閉した後で、何を言っても無駄と悟ったのだろう、不満げな表情で引き下がった。

そんな彼女の反応を生暖かい目で見ながら、ガイウスは一度小さく息をついた。

そしてそれから新人達の方へと向き直ると、彼はそれでは、と口を開く。


「それでは聖柄君と四条君、やってみなさい。」

「えっ!? 」

「はい。」


ガイウスの声に、新人たちの中から各々の反応が返ってくる。

自分が呼ばれると思っていなかったのだろう、聖は驚愕の声を上げて固まっていた。

対してアキラは、落ち着いた様子で返事をしている。

彼は対戦相手となる聖に一度目を向け、それから一度思案するような様子を見せると模擬刀を手にして訓練場の中央へと歩いていく。


「え、……ええ? 」

「さっさと準備しろ馬鹿。」


未だに目を白黒とさせている聖に、隣に立っていた光がそう言った。

彼の言葉にようやく現実に引き戻されたのだろう、少し気落ちしていているかのように肩を落とした彼女は模擬刀を片手に訓練場の中央に向かう。

開始の声を待つように両者が向かい合い、その審判となる様にガイウスがその傍らに立った。

彼ら以外の新人は、玲於奈に連れられて訓練場の外に向かった。

きっと訓練場の外に、観戦するための設備があるのだろう。

アキラは模擬刀を片手に中段の構えをとっている。

対する聖は特に構えるでもなく、無表情でその場に悠然と立っていた。

訓練場の緊張感が高まり、ガイウスの一声で戦いは始まるだろう、と聴衆となる新人達がそう思った瞬間、彼が口を開いた。


「二人とも、それじゃあダメだ。」

「「……? 」」


どこか呆れた様子のガイウスに、2人は怪訝そうな表情で彼へと視線を向けた。

そんな彼らの反応に彼は、君たちは何のつもりだ、と言い出さんばかりの口調で口を開いた。


「聖柄君、刀を取ってきなさい。」


そう言って彼は、訓練場の隅を指さす。

そこには一振りの太刀──聖の専用装備である──が置かれていた。

原則として、新人は魔法教会大学校の敷地内での武装は認められていない。

だがしかし、依代を携行し魔力を込めるなど、魔道具を常時携行することが必須な魔術師の家系が存在する。

そのため、それらの場合は特定の武装の携行が許可される場合があり、聖柄の魔術師はその例外として認められていた。


「これは魔法有りの演習だからな。君の魔法はあの太刀が必要だろう? 」


聖はガイウスの言葉に、面倒そうな表情を隠さずに口元を曲げている。

彼女は気弱そうに目を揺らし、太刀を使うわけにはいかない、と語っているように見えた。

そんな彼女の反応が可笑しかったのだろう、ガイウスはにこにこと笑いながら言葉を続ける。


「本気でやりたいときは抜刀も許可する。」

「ですが……。」

「とりにいきなさい。」


彼女は何度かぱくぱくと口を開閉させていたが、一度小さく唸り声をあげた後で観念したのか、太刀を取りに踵を返した。

彼女の燃える様な紅色のポニーテールがゆらゆらと怪しく揺れている。

そんな彼女の後姿を見て、どこか疲れたような声色でアキラが口を開く。


「先生、僕を殺す気ですか……? 」

「何を言っている、四条君は大丈夫だろう? 」


彼の言葉に、ガイウスは満面の笑みで応える。

アキラが不死だと知っているのは、この場ではガイウスと訓練場の隅に居るアクア達だけだ。

それを踏まえたうえで彼は、この言い回しをしているのだろう。

アキラが呆れたような視線を彼に向けていると、ガイウスが彼だけに聞こえる様な声で口を開く。


「君も、()()()()()()()()な? 」

「……!! 」


ガイウスの言葉に、アキラはその目を僅かに見開いた。

彼は怪しい光をたたえた目を彼へと向けている。

ガイウスの意図していることを理解して、アキラはその表情を硬くした。

きっと自分の役割は、聖に本気を出しても問題ない相手がいる、という事を知らせることなのだろう。

そこまで理解して、アキラは何かを考えるように、その目を細めた。


「ガイウス先生、僕も装備を使用させていただいてもよろしいでしょうか。」

「ああ、もちろんだとも。」


アキラの要望に、ガイウスは特に迷うことなく頷いて答える。

それにより、アキラは自身の装備を受け取るために装備預け入れ窓口へと向かった。

アキラは自身の専用装備から、拳銃型の魔導銃と二振りの魔法剣、一振りのナイフを用意する。

それらは演習用に防刃のカバーがつけられていて、拳銃型の魔導銃も演習用に威力が調整されていた。

急遽装備の準備を行うことになり、アキラと聖が再び向き合うのはそれから10分程度の時間が経過した後だった。

両者はそれぞれの装備を身につけた状態で、訓練場の中央で再び向かい合う。

武装が変化しただけ、ともとることができる訓練場の空気は、先ほどよりも確かに硬く冷たいものに変化していた。


「ところで聖柄さんの太刀(それ)って、斬れちゃうんじゃないかな? 」

「ひ、聖でいいよ。えっと……?」


開始のかけ声を掛けられる前に、アキラは努めて明るい声で、そう言って聖に話しかけた。

対する彼女は、話しかけられたことに驚いたように眉を上げながら、その大きな紅色の瞳でアキラの顔をじぃ、と見つめ返してくる。

どうやら彼女はアキラの名前を憶えてなかったのだろう。

先ほど名前も呼ばれたはずだが、と思いつつ、アキラは彼女に向かって口を開く。


「四条アキラ。」

「んぁ、よ、よろしく。……大丈夫だよ、この子を使うほどじゃないと思うから。それに斬り殺さないくらいの手加減もできるし……。」


彼女はそういうと、少し安心したような表情で腰に差した太刀の柄に手を掛けつつ、先ほどのアキラの言葉に当然というように答えた。

その手には模擬刀を持っていて、それだけで十分だ、という雰囲気をその言葉の端々から感じ取ることができる。

兎にも角にも、彼女のその振る舞いと言葉に彼は少しの苦笑を漏らして、それから、自身もその手に持った模擬刀を彼女によく見せるように掲げながら口を開く。


「……それじゃあ、まずは太刀(それ)を抜かせるとこからかな? 」

「そう。」


アキラの言葉に、聖はぽつりと小さく答えた。

彼の挑発が効いたのか、その表情は先ほどよりも少しだけ目に灯りがともっている。

気弱な振る舞いが多いために誤解していたが、思ったより彼女は好戦的な性格なのかもしれない、とアキラはひとりごちた。


「それでは二人とも、準備はいいかね。」

「「はい。」」


ガイウスの言葉に、2人は向かい合って、言葉だけでそう答えた。

それだけで両者の間の緊張の糸が張り詰め、和やかな雰囲気が消え去る。

アキラは緊張した面持ちで模擬刀を中段に構え、聖からは表情が抜け落ちて悠然とその場に在るだけのように立つ。


「……。」

「…………。」


2人は無言で向かい合い、息の一つでもしようものなら今の一瞬で打ち合いを始めそうな、そんな沈黙が両者の間にはあった。

空気さえも止まってしまいそうなほどの静寂、そこにガイウスの口が開かれる音が聞こえた。


「それでは、はじめ!! 」


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