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017:対人戦闘訓練で

「オラよぉ!! 」

「くっ!! 」


アキラがアクア達に襲われてから1週間ほど時間がたった。

屋内訓練場にはハサンの声が鳴り響き、彼の拳を防いだ光はその勢いを殺しきれずに吹き飛ばされる。

空中で姿勢を取り直した光は器用にとんぼを切ると、着地を決めて体勢を整えた。


「まだまだ行くぜ!! 」

「っ!! 」


顔を上げた光の目には、眼前に迫るハサンの姿があった。

光は彼の放つ右の拳を、左の掌で受け流す。

受け流すように、引き込むように、彼のパンチの勢いを生かして、ハサンの体勢を崩させていた。

そしてその勢いのまま体を回転させ、左の肘鉄で彼のがら空きになった背中を狙う。


「うぉっ!? 」


だがしかし、彼の肘鉄はハサンを捉えられず宙を切った。

光の視界からはハサンの姿が消え去っていたのだ。

一体なぜ、という疑問を抱くよりも先に、光は直感的に危機を覚え、全力で体を後ろに引く。

その瞬間、彼の鼻先をハサンの蹴りが掠めた。

肘鉄をするために体を回すその一瞬、光がハサンから目を離した瞬間に、彼は受け流される体の勢いに任せて前方に飛び上がり、体を捩じって蹴りを放っていたのだ。


「へぇ、やるじゃあねーか。」


光が床を転がった後すぐに立ち上がれば、ハサンもまた床に片手を突きながら変則のロンダートの要領で光の方へと向き直っている。

屋内訓練場に集められた新人隊員たちは、対人戦闘訓練として模擬戦を行っていた。

訓練場はある程度の広さがあるため、訓練場内では各所で新人たちがペアを組んで訓練を行っている。

何度目かもわからない、2人の徒手の模擬戦はお互いに構えながら向き合う形へと戻っていた。

模擬戦のルールは、魔法使用は厳禁という一点のみだ。

なるべく実力が拮抗した者同士でペアを組ませるために、ひとまず適当なペアで模擬戦を行え、という玲於奈の指示とともに訓練は始まった。

たまたま最初からちょうどいい相手(・・・・・・・・)に当たった二人は、ひたすら戦闘を続けているのだった。


「救護だけのもやし野郎じゃあねーんだな。」

殴り合い(こっち)も家業みたいなもんだからな。」


挑発するような口調のハサンに、光はそういうと構えなおす。

聖柄が剣士の家系であれば、竹光は拳士の家系である。

主な家業は魔法薬学を主とする治癒術として認識されているが、聖柄家と共に存続してきた竹光家もまた荒事は得意とするところであった。


「フゥー……。」


深く息を吐きながら腰を落とし構える光と、特に体勢を作るでもなくその場に立つハサン。

それは武術の心得がある者とそうでない者の対比の様であった。

両者、数メートルの間合いを開けてにらみ合う。

先に動いたのは光だ。


「シィッ!! 」


鋭く息を吐きながら、光はハサンとの彼我の距離を詰める。

移動に際して力む様子を見せない武術の基礎ともいえる縮地法に、ハサンは反応して見せた。

光が自身の間合いに踏み込むころには、彼はそれに拳を合わせるように左のストレートを放っている。


「舐めんなよ!! 」


きっと彼は、ハサンのその反応を読んでいたのだろう。

屈むように腰を落とすことで彼の拳を回避した光は、がら空きになっていたハサンの脇腹に向かい腰だめにしていた右の正拳突きを繰り出す。


「そう、来るよなぁ? 」

「っ!! 」


瞬間、光は両目を大きく見開く。

正拳として伸ばした右腕に、ハサンの左手が上から押さえるように添えられていた。

ハサンの左のストレートはフェイクだ。

それが明らかになった頃には、光の視界にハサンの姿はなかった。

ハサンの攻撃を避けるために姿勢を下げた光を見下ろすように、彼の身体は宙を舞っていた。


「そら……よっ!! 」

「チッ!! 」


空中で体をねじったハサンが右の肘鉄を放ち、光は大きく舌打ちをする。

彼の肘鉄は、光の頭部を捉える──かのように見えた。

彼の右肘は光の頭部を捉え、捉え、捉えているはずなのに、手ごたえの無いままどんどんと押し込まさせられていく。


「……!! 」


ハサンの目が捉えたのは、不敵な笑みを浮かべる光の口元だった。

迫る危機を察知し全身が総毛立つのを感じる。

攻撃を受けるよりも早く、光が動いていることに、彼はようやく気が付いた。

だがしかし、すでに空中に飛び上がってしまったハサンは、それ以上のアクションを起こすことはできない。


「クソァ! 」


彼ができるのは、ただ一つ、悪態をつくことばかりであった。

両脇に光の脚が差し込まれ、両腕が拘束される。

空中に浮いていたハサンの身体はその勢いのまま、うつ伏せに訓練場の床へと叩きつけられた。


「ガハッ!! 」


ハサンの肺から空気が吐き出され、目の前に星が飛ぶ。

光はすぐに拘束を解いたが、ハサンはすぐに立ち上がることはできなかった。


「上に逃げたら、こうなるだろ。」


仰向けになって荒い息をつくハサンに、光はその傍らに腰を下ろしながらそう言った。


「誘った……のかよ。」


ゲホゲホと咳き込みつつ荒い息をしながら、ハサンは光の言葉に答える。

彼の言葉に光は、どうだろうな、と言葉を濁しつつ天井を見上げた。


「雰囲気だよ。俺は跳ばれた後は足が来ると思ってた。」

「跳ぶまでは読み通りだったんだな……。」


不愛想に放たれた光の言葉を聞いてハサンはため息交じりにそう言った。

ハサンの拳を、姿勢を落として回避する。

そうすることで空中へ跳ぶことの選択肢を相手に与える。

それは光がハサンに張った罠だった。


「くっそ、まんまと乗せられちまったな。」

「なにいってんだ強かったよ、お前。」


自嘲するようにつぶやいたハサンに、光はそう言って、に、と笑う。

その表情を、彼はどこか呆気にとられたような表情で見つめていた。

そしてすぐに、ハサンの表情は笑顔になって、に、と笑った。


「お前、見た目と違って良いや────

「聖ちゃんギブギブギブ!! 無理無理無理!! 」


ハサンの言葉は、すべてを言い終わる前に悲鳴にも似た叫び声によって遮られた。

突然訓練場内に響いた大声に、ハサンは焦ったように飛び起きる。

光はどこか思いを巡らせるような色が混ざった表情で声の主の方を見つめている。

彼の視線をハサンが追うと、その視線の先には訓練場のほぼ反対側で聖と奈々樹の模擬戦が行われているのが見えた。

彼らの模擬戦とは異なって、聖も奈々樹も模擬刀をその手に握っている。

奈々樹の正面には、彼女に向かってゆっくりと歩みを進める聖の姿があった。

彼女の手には奈々樹と同様に模擬刀が握りしめられていて、目にも留まらぬ速度で振り回されている。


「ちょ!! 聞いて!! 聞いてってば!! 」

「……。」


焦った様子で叫ぶ奈々樹に対して、汗一つ無く悠然と歩みを進める聖は、袈裟、逆袈裟、一文字、と腕の動きだけで模擬刀を振る。

息も絶え絶えに、構えさえまともに取れていない奈々樹は、辛うじて何とかその斬撃を防いでいた。

斬撃を防ぐたび、その細腕のどこに力があるのかと問いたくなるような剣戟の音が鳴り、奈々樹は一歩、また一歩と弾き飛ばされるように後退していく。


「うぁっ!!?? 」


もう腕も足も限界だったのだろう。

何度目かの逆袈裟斬りを防いだ奈々樹はその勢いのまま尻餅をついた。


「ひっ!! 」


尻餅をついた姿勢のまま聖を見上げた彼女は、冷徹に落ち着き払った彼女の視線に小さく悲鳴を上げる。

模擬刀の両端を握りしめて盾にするように頭上に構えた刹那、聖の真向斬りがそれに向けて放たれた。


「ひ! や、ちょ!! ゆるして! ゆるして! 」


一度ではない、何度も何度も、彼女は右手で握る模擬刀を奈々樹に向けて振り下ろし続けた。

がんがんと、訓練場には模擬刀同士がぶつかる硬質な音が響く。


「……。」


そうして何度目だろうか、みしみしと悲鳴を上げていた奈々樹の模擬刀に限界が訪れる。

ばき、という乾いた音共に模擬刀は中央で折れてしまった。

絶望に満ちた表情で聖を見上げる奈々樹の鼻先には、彼女の模擬刀が寸止めの要領で突きつけられている。

ひゅ、ひゅ、と奇妙な息をしながら大きく見開かれた目で奈々樹がそれを見つめていると、聖の口が言葉を紡ぐ。


「……よわ。」

「────っ!! 」


止め、と言わんばかりに聖の一言が奈々樹を貫き、彼女は心折れたように床に手をついた。

息の一つも乱れていない聖に対して、頭から水を掛けられたかの如く汗をかきながら息も絶え絶えな奈々樹。

力量の差は歴然であった。


「あ、ごめ……。」


崩れ落ちるように床に手をついた奈々樹を見て、聖は我に返ったように彼女へ歩み寄った。

訓練場の片隅でその光景を眺めていた咲と舞が、苦笑交じりに声を漏らす。


「えぐいねぇ……。」

「ナナはこの手はからきしだからな……。」


奈々樹と聖の模擬戦、もとい聖の圧倒的な強さは目を引くものがあり、周囲の新人達も訓練と手を止めてそれを見ていた。


「聖ちゃんは、聖柄の剣士……だからね。」


咲達の言葉が聞こえたのだろう、付近で休憩していた界が何かを言いよどむような口調でそう言った後に苦笑いを浮かべた。

聖柄家は魔法剣士の名門である。

そして今代の長女──つまり、聖のことである──は、落ちこぼれの出来損ないである、ということは有名な噂だった。

彼女が言葉を濁したのは、その噂の事を思い出したからだろう。


「別に言葉を濁さなくても、これを見れば噂が噂だというのは一目瞭然だと思うぞ。」


気落ちした様子の界に、舞がそう言って力強く微笑んだ。

少女にしてはハンサムなその微笑に界は、少し驚いたような表情で、ありがとう、と小さく呟くと、ほう、と小さく自嘲気味にため息をつく。

界は舞と模擬戦を行い敗北していた。

彼女は、自信なさげな弱々しい声で口を開く。


「私、立派な鬼狩りになれるのかな。」

「……鬼狩り? 」


彼女の声に、近くで仰向けに横になり、タオルを顔にかけて荒い息を整えていた少女が反応する。

聴く限り、その声の主はレイのように見えた。

その声を聴いて咲が、猫を撫でるような外連味たっぷりの声で口を開く。


「ん、お人形様が目を覚ましたかな? 」

「あそこまで模擬戦で追い込んだ人間がよく言うな……。」

「ははは、それはまぁ申し訳ないと思っているさ。」


咲の言葉に呆れた表情の舞がそう言うと、彼女は帰す言葉もない、と言わんばかりに気持ちの良い声で笑って見せる。

そんな彼女の様子にペースを崩されたのか、舞がもの言いたげな表情で口を開閉していると咲は言葉を続けた。


「鬼狩り、というのはこの国の古い言葉で魔術師を差す言葉の一つ……だったものだよ。オンミョージやらなんやら、色々言い方はあるみたいだけどね。」


魔獣の広範な出現は21世紀の終わり、とされているが、存在自体は紀元前から確認されていたとされている。

そしてそれらを狩る存在として魔術師は存在していて、それをこの国では”鬼”とそれを狩る者、という形で言い表していた。

それらは空想の物語や英雄譚という形で言い伝えられていて、現在では歴史的文献の一つとしてとらえられている。


「うち……糸色家と、咲ちゃんの神楽家は関東の鬼狩りの血統なの。聖柄は関西の家系なんだけど、色々あって関東で──

「もー強すぎるよー!! 」


咲の言葉を引き継ぐように話していた界は、奈々樹の興奮した声が聞こえたことでその口を止めた。

彼女たちが声の主の方に視線を向けると、床にへたり込んだ奈々樹が音を上げるように天井を見上げていた。

対する聖は、人付き合いが苦手なのだろう。

膨れ面を浮かべる彼女を前に、彼女は目を白黒とさせながら両手をあわあわと揺らしている。

そして、視線を外しながらもごもごと、彼女は言葉を紡ぐ。


「それは、森崎さんが弱いだけ……手も抜いた……。」

「もっとひどい!! 」


もじもじと手遊びしつつ告げられた割には辛辣な彼女の言葉に、ショックを受けた様に奈々樹が肩を落とす。

そんな彼女たちのやり取りに、周囲からは自然と笑いが聞こえた。


「そこ、訓練中はふざけるな。さっきから手が止まっているぞ!! 訓練に戻れ!! 」


俄かに騒がしくなったためか、訓練を見守っていた玲於奈から注意が飛ぶ。

聖の戦闘に目を奪われていたのは玲於奈も同じだったが、自らを棚に上げて彼女は新人全体を厳しい目で見渡していた。

それによって周囲は訓練を再開し、聖と奈々樹だけが残される。


「……だ、大丈夫? 」

「ま、まだ立てないかな。」

「肩、貸すよ。」


未だに荒い息で汗を流す奈々樹に、聖は両眉を下げながらそう言った。

彼女の言葉に奈々樹は、ありがとう、と笑う。

聖は奈々樹よりも一回りほど小柄であったが、一切バランスを崩すことなく彼女に肩を貸しながら歩き始めた。


「……ごめんなさい。手を抜くの下手で。」


二人で歩いていると、聖が小さく俯きながらそう言う。

そんな彼女の言葉を聞いて、奈々樹は小さく考えるような間を開けた後で口を開く。


「ん-、聖ちゃんは謝りすぎだよ。せっかく強いし、私は近接戦闘(こういうの)苦手なんだから。……でも、そういわれるとちょっと傷つくかなぁ。」

「あ、ごめ……あぅ。」


奈々樹の言葉に彼女は申し訳なさそうに更に俯くが、言葉の迷路に迷い込んだ様にぐるぐると目を回している。

そんな彼女の様子が可笑しかったのか、奈々樹は吹き出すように笑ってしまった。

ひとしきり笑った彼女は、頬を上気させつつその目を聖に向けた。


「どうせだったら、色々教えてほしいな。苦手なりにどうにかしたいし、戦えるようになりたいから。」

「えと、……ありがと。できるか分からないけど、そうする。」


彼女の言葉に聖は自信なさげに、それでも僅かに光の灯った目で応える。

そんな彼女の目を見て、奈々樹は満面の笑みを浮かべた。


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