016:食堂で
昼食時、管理棟に置かれた食堂にアキラ達の姿はあった。
彼等は今、訓練の合間の空き時間に昼食を摂っている。
『前日完了したアフリカ奪還作戦。戦いの爪痕深く残る現地では、新たな人類の拠点を構築するための工事が懸命に────
食堂に備え付けられた映像端末からは晴れやかな雰囲気と共に、アフリカ奪還作戦によって取り戻した大地で進められる復興作業のプロモーションビデオが流されている。
「アキラ君、あれ気になる? 」
アキラがそれをぼんやりと眺めていると、彼の正面に座る奈々樹が伺うようにそう言った。
彼女はサラダを頬張る手を止め、食事をのせたプレートに手を掛けている。
彼等の席取りは丁度映像端末の見易い場所だ。
彼女はアキラがあの映像に不快感を覚えていると誤解して、席の移動を考えているようだった。
「あ、そういうのじゃないよ。ありがとう。」
アキラは奈々樹の誤解を解くように手を振ってそう言うと、気遣いの礼を述べた。
そしてそのまま彼は、でも、と言葉を続ける。
「でも、すごい喜びようだなと思って。」
「んー、確かにそうかも。ここ数日はずっとあれが流れてるよ。」
彼の応えに彼女は、指を顎に当てて記憶を辿るような仕草をする。
彼等がその様な会話をしていると、誠人を挟んでアキラの反対側に座る蓮が口を開いた。
「人類初の大型拠点奪還だからね……ここ数年は暗い話題が多かったから、その反動もあってお祭り騒ぎだよ。」
「南アメリカ支部、中国支部の壊滅、小さいところも上げるとキリがないくらいだもんな。」
蓮の言葉に誠人が続く。
誠人が挙げた南アメリカ支部の壊滅、中国支部の壊滅はそれぞれ百数十年、数十年単位で過去の出来事だが、確かにそれらのなかで見れば今回の奪還作戦成功は華々しいものなのだろう。
アキラがそれらに納得したように頷いていると、奈々樹があ、と声を挙げた。
「あ、リーサ様だ。」
聞きなれた名前を呟く彼女の声に、アキラは反射的に視線を向ける。
奈々樹はその目を映像端末の方へと向けていて、彼はその視線を追った。
そこには画面一杯に写るリーサの姿があった。
『本日未明、アフリカ奪還作戦成功の立役者たる純白の英雄、リーサ=ルーツ氏が新東京都本庁に出勤しました。同氏は今年度より新東京都配属となり────
「ええっ!? 」
端末から流れる音声を聞いて、奈々樹が驚いたように声を上げる。
急に声を上げたからだろう、周囲の席から視線が集まり、それに気が付いた彼女は頬を赤らめて俯いた。
彼女の大袈裟な反応に驚いたように、彼が目を見開いていると蓮が口を開く。
「……驚いた。リーサ様が新東京都に、か。」
「サプライズ人事。」
蓮に続いて、レイがポツリと言葉を漏らす。
彼等だけではない、奈々樹の反応は大袈裟なものだったが、食堂内は至る所でどよめきが起こっている。
どうやらリーサの新東京都配属はかなりの意外性を伴った人事だったらしい。
アキラが自身の認識を改めていると、やがて対面の奈々樹が物言いたげに視線を向けていることに気が付いた。
「アキラ君は、この事知ってた? 」
彼と目が合うと、彼女はそう言って小さく首をかしげた。
気恥ずかしさを紛らわす意図もあったのだろう彼女の疑問に、彼は一度考え込むように唸る。
「うーん、僕とは別の日の転移魔方陣で新東京都に来たって噂は聞いていたかな。」
転移魔方陣とは神代に世界中に置かれたとされる、人や物品を転送することが出来る儀式装置だ。
数日に一回程の頻度でしか使用できない、新設が不可能など制約も多いものの、魔獣によって寸断された世界では貴重な移動手段となっている。
アキラがアフリカから転移するのがリーサと別日になったと言うのは事実で、それ故彼の到着は遅くなった。
「僕は入隊に間に合うギリギリの日程でこっちに来たから、噂に聞く程度でしかなかったよ。」
「それはたしかに……そうだね……。」
アキラの言葉を聞いて、彼を除く41班の面々は納得したように頷く。
彼の到着は昨日だった。
きっと彼等はその事を思い出しているのだろう。
僅かな沈黙を挟んだ後で、舞が口を開く。
「それだと、他のアフリカ出身の連中も知ってたのかも知れんな。」
舞はそう言って、両腕を組んだ。
アキラが思い出すのは、昨日のリーサを見た彼女たちの反応である。
リーサが現れた時、彼女たちは意外感を示している様に見えた。
あの反応はリーサの配属を知っていてのものだろうか。
「そういえば彼ら、初日から反省室送りらしいね。」
「そりゃあ大したもんだ。」
「傑物。」
彼が物思いに耽っていると、蓮がいつもの微笑と共にそう言った。
蓮の言葉に、誠人とレイが続く。
思わず触れがたい方向に話題がそれてしまい、アキラはぴたりと動きを止める。
すると、彼の正面に座った奈々樹が顔を覗き込むように首をかしげた。
「どうしたのアキラ君? 元気ないみたいだけど。」
「え? あ、いや、何でもないよ。」
彼女の疑問に、彼はしどろもどろになりつつ答えを返す。
アクア達がアキラを襲ったことは公表されなかった。
とは言うものの、夕刻に鳴り響いた警報と、蒼炎に焼かれた雑木林は隠すことができなかったのだろう。
昨日の出来事は過度な個人訓練だったこと、そしてそれらの犯人がアクア達だったことは、新人隊員たちの間で専ら話題になっていた。
話題が話題なだけに怪訝な表情をする奈々樹の視線から逃げるように、アキラは手元の食べかけの昼食に視線を落とす。
「そういえばアキラ君は、だいぶ出かけているようだったがどこに行っていたんだ? 」
「確かに、昨日は遅くまでどこかに行っていたね。」
彼女の隣の舞が何かを思い出すように虚空を見上げながら話を切り出し、それに蓮が続く。
昨日アキラは新しい軍服を手に入れた後で寮の私室に戻った。
寮に戻るころには時間は21時を越えていて、41班の皆は談話室にいなかったが、どうやらアキラの不在は認識されていたらしい。
「昨日はジョギングしてたら警報が鳴って。遠目から見えた、ってくらいだけど警備員に事情聴取されてたんだ。」
彼は舞の質問に用意していた答えを返す。
彼は内心冷や汗を流していたが、どうやらそれは隠し通せている様だった。
なにも知らないって言ってもしつこくてね、と最後に言葉を付け足すと、同情するような表情でアキラの隣に座る誠人が口を開いた。
「あー、そりゃあ災難。態々個人で鍛練してたってのに疑われちゃあ敵わんわな。」
そう言いながら誠人は箸でつまんだ唐揚げを頬張る。
そして、それを咀嚼し飲み込んだ後で、それにしても、と言葉を続けた。
「それにしても、アフリカ出身の奴らはストイックっつーか、自主的に鍛練してんだな。」
「……うん? 」
意外な方向に話が流れ、アキラは小さく首をかしげる。
何かを察したのか、蓮がアキラに向かって口を開いた。
「アフリカから保護されてきた人達は、皆昨日は訓練後に訓練施設に足を運んでいたらしいんだ。」
「へぇ……。」
彼の言葉に、アキラは小さく息を漏らす様に応えた。
自分がジョギングをしていた、と言うのは嘘であったが、意外なところで話に説得感が生まれていた。
そんなことをアキラが考えていると、奈々樹が不満げな表情で口を開いた。
「でも、アクアさんたちはやりすぎだよ。そーゆーの、良くないと思う。」
「ああ、そうだね。」
口を尖らせた彼女に、アキラは苦笑交じりでそう返した。
口が裂けても、アキラやアクア達が鍛練などはしていなかったとは言えないだろう。
ふと、その時だ。
人の溢れる食堂の中、こちらに向かって歩みを進める人物の姿がアキラの目に写る。
「目的が正しくても、人に迷惑をかけるのは──
「少し、良いか? 」
──ぴゃっ!? 」
歩み寄って来ていた人物はハサンだった。
奈々樹からすれば背後から急に聞こえた彼の声に、彼女は驚いたようにびくり、と肩を飛び上がらせた。
ぎぎ、と音がしそうな程にぎこちない動きで振り返った彼女は、腕組みをして不機嫌そうに立っているハサンの姿を見て、ひゅ、とよく分からない音を喉から鳴らす。
「は、ハサンくん……。」
「? ちょっとこいつ、借りるぞ。」
ちょうど今まで自分のことを話していた等とは露程も知らないハサンは、奈々樹の様子に怪訝そうな表情を見せるも、そう言ってアキラのことを指差した。
彼の登場に面喰らっていたような風の41班の面々だったが、やがて彼等の視線はアキラの反応を伺うように彼に向けられる。
彼等の視線を受けつつ、彼がため息混じりに口を開く。
「……僕が来るのは前提なのか。」
「あ? 来るだろ? 」
アキラの言葉に彼は、さも当然と言わんばかりにそう言い放つと、少し不機嫌そうな表情で首をこきこきと鳴らす。
そんな彼の態度にアキラは再度深くため息をついて、それから椅子を鳴らしながら席を立った。
「アキラ君。」
「大丈夫、先に移動してて。」
心配そうに眉を下げる奈々樹を安心させるように微笑んだアキラは、41班の面々に次の訓練へは先に向かうようにお願いする。
「食器は俺がやっとくぜ。」
アキラが食器を乗せたプレートに手を掛けると、誠人がそう言ってハサンの方へと向かうように視線で促した。
彼の視線をアキラが追えば、少し不機嫌そうな様子を見せるハサンの姿があった。
「ん、ありがとう。」
彼はそれを確認して苦笑いと共に誠人へと感謝の意を伝える。
そしてそのまま、彼はハサンに引き連れられて食堂を後にした。
「……アクアさんは居ないの? 」
「あいつは来ないとよ。」
廊下を歩きながら、前方を歩く彼の背中に訊いてみると、ハサンは振り返ることなくそう答えた。
先日に見た二人の雰囲気から、いつでも一緒にいるものだと思っていたアキラは、彼の答えにへぇ、と小さく息を漏らす。
そんな彼の反応を聞いてか聞かずか、ハサンは言葉を続ける。
「別に俺らだっていつも一緒って訳じゃねーよ。それに今回の話は、あいつは来たがらない話題だからな。」
「それなら僕は襲われなさそうだ。」
アキラの言葉に、ハサンは苦笑するように鼻を鳴らした。
彼等は食堂がある建物を抜けて、晴れ空の下を歩き始める。
「怪我、もう治ってるのか? 」
先導されるアキラは何処につれていかれるのかと警戒していたものの、特に目的地がある様ではなかった様だ。
フェンスに囲われた屋外訓練場の脇を歩きながら、ハサンがそう言った。
「まぁ、粗方治ったよ。」
彼の言葉にアキラは、一度考え込むように脇腹に手を当てた後でそう答える。
彼の言葉にハサンは何かの返事を返すわけではなかった。
しかし、これだけの質問を訊くために呼び出したのではないのだろう。
アキラの側からはハサンの顔を覗うことができなかったが、彼の背中は何か言葉を探している様に見えた。
春風がそよそよと立ち木の葉を揺らす音の中、2人は淡々と足を勧めた。
「その、悪かったな。」
どれだけの間歩いていただろうか、ハサンがぽつりと告げた。
呟くように告げられた彼の言葉に、アキラは要領が掴めずに首をかしげる。
するとハサンは立ち止まって、少し苛立った表情で振り返った。
「昨日のことだよ。勝手にボコして、それっきりだったからな。」
彼の言葉を受けて、アキラは僅かに中空を見上げながら昨日の記憶をたどる。
思い返せば確かに、昨日の一件でハサン達から謝罪の言葉は無かった。
そこまで思い至ってようやく、成程彼の目的はこれだったのかと、彼は独り納得したように小さく頷いた。
そんな彼を置いて、ハサンは言葉を続ける。
「ケジメ……にゃあならねえが、侘びのひとつもしねぇのはねーからよ。」
気恥ずかしいのだろうか。
そう言いながら彼は視線を他所へと向ける。
「それは……律儀にどうも。」
特に意味はないであろう彼の視線を追いつつ、アキラはそう言った。
再び両者の間に沈黙が戻る。
「恨みごとの一つもねーんだな。」
少しの間を開けて、沈黙を破ったのはハサンだ。
アキラが彼の言葉に視線を戻すと、そこには少し呆れる様な、気味の悪そうなものを見る様な彼の顔があった。
「ん? どういう意味? 」
それに対してアキラはぱちくりと瞬きをした後で神妙な表情を浮かべて聞き返す。
彼の問いを受けて、いよいよ笑うしかなかったのだろう、ハサンは苦笑と共に口を開いた。
「まぁ、俺がいう筋合いでもねーと思うが……。致命傷受けてんだから、もっとキレても良いんじゃねーか? ビョーキの治療にも影響あるんだろ? 」
「ん? あー、それはそうだ。」
彼の指摘にアキラは一度、驚いたように大きく目を見開き、それから思い出したかのようにそう言った。
そんな彼の反応に、ハサンはどこか、力の抜けた様に大きくため息をつく。
「死なねぇってなるとそうなんのか? 」
「どうなんだろ、他は知らないからなぁ。」
彼の言葉にアキラは、どこか自嘲する様にふ、と小さく微笑んだ。
彼の反応に毒気が抜かれたのか、ハサンは少し疲れた様にため息をつく。
「相当ずれてんな、お前。」
「……。」
アキラは彼の言葉に、何か言葉を発する口を開いた。
しかし、彼の口は声を発することはなく、言葉にならなかった息が春風に溶けていった。
そしてしばらくの間を開けた後で、ようやく彼は言葉を紡ぐ。
「ははは、そう言われるとショックかな。」
どこか萎れたような様子で、アキラはそう言って苦笑した。
目に見えて気を落としたように見えた彼の様子に、ハサンの表情が少し硬くなった。
そうして再び両者は押し黙ってしまったが、春の陽気に照らされた静寂の中に、アキラの小さなため息だけが聞こえた。
「……それじゃあ、用はこれだけかな? 」
少し疲れたような雰囲気のアキラが、そう言って小さく首を傾げた。
ハサンからは返事がなかったため、彼は彼の脇を抜けてこの場を後にしようとする。
次の訓練まではまだ時間があるが、彼の足はこの場から逃げるかのように見えた。
「一条。」
「四条だよ、四条アキラ。」
だがしかし、そんな彼のことを呼び止めるようにハサンが声を発した。
背中に投げ掛けられた彼の言葉に、アキラは振り返ることなくそれを訂正する。
「そうか、わりぃな。」
しかしハサンは、彼の訂正の言葉に対して悪びれる様子もなかった。
ひょっとしたら彼は、アキラを呼び止めるために故意に名前を間違えたのかもしれない。
そう考えてアキラは少し不機嫌そうな表情を浮かべたが、彼はその様なことは気にする様子もなく言葉を続ける。
「俺の言うことを聞く義理もないだろうけどよ、そのズレ、あんま無視すんなよ? 」
「……!! 」
意外なことに、ハサンの言葉はアキラのことを気遣ったものだった。
驚いたように目を見開いたアキラは彼の方向へと振り返ったが、何処か遠くを見るような目をした彼の横顔がそこにはあった。
それは、それ以上告げる言葉はないと言っている様で、そしてどこか言い負かされてしまったような感覚をアキラに覚えさせた。
「忠告、痛み入るよ。」
アキラは苦虫をかみつぶしたような表情になった後で、そんな言葉を残してその場を後にする。
彼の背中が十分に小さくなってから、ハサンは視線をその背中に戻した。
「忠告……忠告、なのかもな。」
独り呟くような彼の言葉は、誰に聞かれることもなく春空に消えていった。




