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015:執務室で③

「……。」

「……ああ、そうか。」


彼が不死である、ということを実際に目の前で示されたことに、真っ先にガイウスが硬直から復帰できたのは長年の経験によるものだろう。

彼はアキラに、アクア達の隣に並ぶように指示をする。

そして彼等の背後でニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべるリーサを意識的に無視しながら、口を開いた。


「それで、確認するがアクア君が彼を二途の服用者だと判断した理由は何だね? 」


ガイウスは空気を切り替えるように手を叩きながらそう言ったが、アクアは俯いたままで返事がない。

彼は少しの間を空けてから、改めて確認するように声をかける。


「……アクア君? 」

「……もの。」

「アクア君? 」


彼女は小さく肩を震わせていて、ぶつぶつと何かを呟いているように見えた。

ガイウスの三度目の声かけに対して、彼女はようやく、大きな動きを見せる。


「バケモノ!! お前がマザーの──


突然、彼女は悲鳴のような大音声と共に、アキラに向かって飛びかかろうとした。

その顔は悲壮感と憎悪に満ちていて彼女の魔法である蒼炎を身にまとう。

だがしかし、そんな彼女の突進を止めようとしたガイウスよりも先に、彼女の背後から、リーサが彼女を取り押さえた。

後ろ手に拘束され、容赦なく床へと叩きつけられる。


「あたしはこいつから魔獣の魔力の気配を感知したんだ!! 間違いない!! このバケモ──

「黙りなさい。」


取り押さえられてなお、必死にもがきアキラを睨む少女を、リーサは床に押し付け黙らせる。

首が絞まっているのだろう、アクアはみるみるうちに顔が赤くなり、転じて血の気が引き、そして、ふっと体の力が抜けるのが見えた。


「リーサ君!! 」

「っ!! 」


ガイウスの言葉に、リーサは我に返ったかのように目を見開き、アクアを解放した。


「げほっ!! ご、ゴヒュッ!! 」

「アクア!! 大丈夫か!!?? 」


ハサンが彼女に駆け寄ると、彼女は意識を取り戻したのか、激しく咳き込みながらも床に手をついて上体を起こし、リーサのことを睨んだ。


「全く今日は何度、私の部屋で荒事をおこすつもりだ……。」

「一度は先生が起こして……いえ、掃除に戻ります。」


呆れたようにガイウスが呟くと、それに反抗するようにリーサが口を開き、そして彼の絶対零度の視線を受けて、引き下がった。

そんな彼女の背中を親の敵のように睨み付けるアクアの姿に、彼は隠す様子もなく盛大なため息をついた。

彼はアクアの入隊時の書類をホログラムの画面に表示する。

そこには彼女が優れた魔力感知能力を有している旨の記載があり、それを確認したガイウスは、ちらりとリーサの方へ視線を向けた後で、疲れきったようすで口を開いた。


「まずこれは揺るがない事実として、四条君は、入隊時のメディカルチェックを通過している。魔法教会は、非魔術師を受け入れるわけにはいかないからな。……二途の服用者ではない。」


彼はそう言いながら、手元のホログラム画面をアクアの方へと向ける。

そこにはアキラが事前のメディカルチェックを通過していることが示されていて、それを見たアクアは一度動揺したように目を見開いた後で、それでもすぐに、ぷい、とその目を反らした。

それはとても子供の様な反応で、そして、受け入れがたい現実からの逃避の様であった。


「書面を見なさい、アクア君。」


だが、そんな彼女の反応を、ガイウスは咎める。


「書面を、見なさい。」


ガイウスは、絞り出すように言葉を紡ぐ。

それは確実に怒りの兆候であって、それ故にアクアは、その視線を彼の下へと戻した。

アクアの眼がいまだ反抗的な色を残していたのは、彼女の胆力がなせる業だろうか。


「ここに彼がバケモノだと、判断できる材料は、ない。」

「それでも、 これだけ追い詰めてもしぶとく生き残って……。 」


口答えをする、という言葉が適しているような、弱々しい反論がアクアの口から発せられた。

それは反論というよりも、自身の中にある都合のいい現実に縋るような色が濃いといった方がいいかもしれない。

そんな彼女の言葉に、リーサが止めを刺すように口を開いた。


「それは、アキラ君の生得魔法よ。彼は魔力が続く限り死なないの。」


リーサの言葉に、今一度、アクアの眼が大きく見開かれた。

しかしそれでも、アクアはまだ納得が行かない様子で首を降りながら口を開く。

その目からは涙があふれていて、反駁というにはあまりにも感情的な言葉だった。


「こいつは魔力が尽きても回復してました! 急速に、あり得ない早さで! 」


そう言ってアクアは、きっ、と睨むようにリーサを見上げる。

対してリーサの眼はとても冷淡で、感情の起伏が無い目をしていた。

彼女の視線を受けたリーサは彼女の言葉を聞いて小さく頷いた後で、そうね、と呟く。


「それも、この子の生得魔法よ。」

「そんな、魔力があれば生きれて、魔力が際限なくあるなら、そんなのただの不死じゃないですか!! 」


地面にへたり込んでいた状態のアクアが、感情を爆発させたように立ち上がる。

彼女の叫ぶような言葉が執務室に響いた。

そしてその音が暗がりに溶けて行った後には、壁に掛けられた時計が時を刻む、その音だけが聞こえた。

どれだけの間が開いたのだろうか、やがて静寂を絶ち切るように、リーサがぽつりと、答える。


「そうよ。」


アキラは事実上の不死である。

その回答にアクアは言葉を失ったように口を開閉するばかりだった。

そんな彼女に向けてリーサは、でも、と言葉を続ける。

その目は彼女ではなく、その隣で俯くアキラへと向けられていた。


「でも、魔力の無限は少し違うわね。……彼は、獣性の魔力障害を受けていますから。」


彼女の声色は、少し悲しそうに聞こえた。

そして、彼女の言葉はガイウスも含めた、この部屋の人間全員に向けて放たれているようにも聞こえた。


「獣性の魔力障害……か。」


彼女の言葉に、ガイウスが反応する。

確かに、アキラの入隊書類には”魔力障害あり”、という記載があった。

手元の端末を操作してそれを確認した彼は、小さく息を吐いた。


「獣性の、魔力障害、というのは……? 」


いたたまれない空気の中、ハサンが口を開く。

相方のアクアが完全に黙り込んでしまった中、彼なりのフォローの意味合いもあったのだろう。

彼の疑問に答えたのは、ガイウスだった。


「……時折、魔獣の体組織を体内に取り込んだ魔術師が発症するものだ。」

「体組織を……取り込むのですか? 」

「事故としてな。色々経路はあるが……大量の血液を浴びるといった場合でも発症することがある。」

「……ああ。」


日中の仮想空間での訓練映像を見れば、アキラが大量の魔獣の血液を浴びることは想像に容易い。

言い聞かせるような口調で放たれた彼の言葉に、ハサンは得心が逝ったように頷いた。

そして、そんな反応を見つめていたリーサが、彼の言葉を引き継ぐように口を開いた。


「獣性を宿す……要するに魔獣の魔力を体内に宿すことになるの。魔獣の魔力は魔術師を蝕む。魔獣の魔力に呑まれた結果は、人間性の喪失。貴方達は見慣れているでしょう? 」

「それって……。」

「実質、二途の服用者の様なもの、と言うべきでしょうね。」


彼女の言葉に、ハサンの隣に立つアクアが勢いよく顔を上げた。

彼女が思い出すのは、アキラの言葉だ。


──認めるよ。僕は二途の服用者、なんだろ。君の言葉を借りるなら──


リーサの言葉は、彼の言葉と同じものだった。

アクアとハサンは、その言葉の意味をようやく理解し、お互いに視線を見合わせた後で、その視線を落とす。

そんなアクア達に向けてリーサは少し言葉に詰まったような沈黙を挟んだ後で、言葉を続けた。


「時間はかかるけど、治る物よ。魔術師なら、体内の魔力を抑え込めるからね。魔獣の魔力は抑え込めば、少しずつその勢いを落としていくの。」


うつむくアクアとハサンの頭に、リーサの言葉が投げかけられる。

心なしか、その声は少し震えているようにも聞こえた。


「でも、魔獣の魔力が抑え込めなくなると、その魔力は一気に人体を汚染する。……そういうのはあなたたちが一番見慣れているわよね? 」


淡々と告げられたその言葉に、アクアは自分が何をしたのかを理解する。

彼女が二途の服用者と断じた魔獣の魔力は、もっと別の、さらには病によって生ずるものであった。

彼女たちの脳裏には、二途の服用者たちが人間性を失い、人々を襲う姿が思い出される。

最悪、あの結果になる原因を、自分が作りかけていた。

その事実に顔を青くする彼女達を置いて、リーサはアキラに歩み寄りその左手首に装着された小型の端末を指さした。

そこには『9%』と表示されている小さな画面が備え付けられている。

リーサはその画面を見ながら、これはね、と口を開く。


「これはね、魔獣の魔力の浸食率……朝は8%だったわ。」


十数%辺りから人格に影響が出始めるのよ、とため息交じりに言ったリーサに、アクア達は俯いて押し黙る。

そんな彼女達へと視線を向けて、その反応に満足したのか彼女は小さく眉を下げた。

再び口を開いた彼女の口調は、打って変わって穏やかな優しいものに変化していた。


「まぁ、分かってくれればいいのよ。魔力を遮断するアンダーアーマーとか、解らないように色々と手を尽くしていたのがこんなにぼろぼろになっちゃったけど。」


そう言うと彼女は降参するように両手を挙げて、わざとらしく肩をすくめて見せた。

その言葉がどこかあっけらかんとした雰囲気を持っているのは、意識的なものだろう。

そんな彼女に向けて、ガイウスが声をかける。


「それだけアクア君の魔力感知能力が高い、と言うことなのだろう。四条君、軍服等は予備を用意できる。」

「ありがとうございます。」


ガイウスの言葉に、アキラが頭を下げる。

彼らの遣り取りが繰り広げている中で、アクア達の顔色は幾分か明るいものになっていた。

彼女の表情を見て会話が再開できると踏んだのだろう、一度咳払いをしたガイウスは、さて、と口を開いた。


「要するに、君達が四条君を襲ったのは認識の相違、と言うことだ。」

「う……。」


気まずそうに顔をしかめたアクアにちらりと目を向けた後で、ガイウスは言葉を続ける。


「本件は私闘ではなく、君たち二人の過剰な個人訓練として処理することになっている。」


私闘であれば追放や収監といった厳罰は避けられない。

それを本件は、別の問題として処理することにした、とガイウスは手短に説明した。

そして、アクアとハサンには大量の、そしてアキラにも少量の反省文を提出することが課される。


「僕も書かないといけないのですね。」

「当たり前だ。君も戦闘に応じたのだろう? 」


自分にもペナルティが課されたことにアキラが不満の声を上げると、ガイウスが呆れたような口調で答えた。

その言葉に返す言葉もなかったのだろう、アキラはうぐ、と言葉を漏らして押し黙る。

そんな彼を見ながら、ガイウスは話をまとめるように口を開いた。


「これ以上は本件について、不問とする。優秀な魔術師になることが期待できる、君達3人を安易に処分するようなことはしたくないからな。」

「それは……。」

「ありがとうございます。」


ガイウスの言葉にアクアがもの言いたげな表情で何度か口を開閉するが、その機先を制するようにアキラがゆっくりとその頭を下げた。

彼に続くように、ハサンもまた頭を下げた。

彼女は少し不満げな表情を浮かべていたが、何かを言い出すことができなかったのだろう。

言葉を飲み込むように喉を鳴らした後で、彼女はぎこちない仕草で頭を下げた。


「なら、君たちはもう退室しなさい。もうだいぶ夜も更けてしまった。四条君は調達に寄りなさい、新しい軍服が受け取れる。」

「はい。」

「承知しました。」


気が付けば窓の外は暗く夜の帳が下りている。

ガイウスが退室を促したので、アキラ達は執務室を後にしようとその扉に手を掛けた。

しかし、そんな3人の背中に向けて、リーサが口を開く。

声がかけられたのはアクアとハサンだった。


「ああ、2人とも、今日見たこと、話したことは他言無用でお願いね? 」

「……はい。承知しました。」

「よろしい。」


それは、今日見聞きしたことについて秘匿するように釘を刺すものだった。

彼女の言葉に、萎縮したような表情のアクアが、瞳を揺らしながら頷いた。

そんなやり取りを彼女たちがしていれば、ふと、ガイウスが何かに気が付いたように声を上げる。

それは、アキラ達と共に執務室を後にしようとするリーサを呼び止めるものであった。


「ところでリーサ君は、どうして部屋を出ようとしているんだ? 」

「ふい? いったいどういう意味でしょうか? 」


彼の言葉に、彼女は小さく首をかしげる。

そんな彼女の反応に彼は、何を言っているのだ、と言わんばかりに呆れた表情で口を開く。


「掃除が終わっておらんだろう。終わるまでは帰さんからな。」


ガイウスの言葉に、リーサはぴたりと動きを止める。

ガイウスの執務室は未だに大量の土と泥、木片、そして血痕で汚れていた。


「そんな、あんまりじゃないですか!!?? 」


夜、人気のない廊下にリーサの情けない叫び声が響いた。

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