014:執務室で②
執務室の外に立っていたのは、リーサに命令されていたアクアとハサンだった。
部屋へと通された彼女達は、土くれや木片の散乱する執務室の惨状に目を丸くする。
そして床にうずくまったままのアキラの姿に気が付くと、その目は侮蔑の色に満ちた物へと変わった。
「貴方達のせいで、ほん──
「君は床を片付けなさい。もちろん魔法は禁止だ。」
──えっ!? これをですか!? 」
そんな彼等の様子を見ていたのだろう、リーサが不機嫌そうな声色で口を開く。
だがしかし、そんな彼女の言葉を遮るようにガイウスが彼女を冷たい目で睨んだ。
芝居っぽく驚いて見せる彼女に彼は溜め息混じりに、当たり前だろう、と言葉を続けた。
「当たり前だろう、これだけ人の部屋を滅茶苦茶にしてくれたんだ。片付けするのが道理だろう。」
「うう……。」
彼の言葉に彼女は精一杯の反駁とでも言いたいのか唸った後で、観念したように肩を落とした。
きん、という召喚音と共にその手には箒と塵取りが握られ、おまけのようにエプロンを着込んでいる。
「あれは何なんでしょうか。」
「リーサ君は自分のやったことに責任を取っているだけだ。」
そそくさと掃除を始めたリーサの姿を、ガイウスは満足そうに、アクア達はえもいわれぬ微妙な表情で見ていた。
暫くはリーサの掃除する音ばかりが執務室に響いていたが、その沈黙を破って口を開いたのはガイウスだった。
「……アクア君にハサン君。ここに呼ばれた理由は解っているな? 」
「はい。」
彼の質問に、アクアは短く一言で答えた。
その彼女達の声色は不満に満ちていて、俯いた口元はきつく結ばれている。
この場に呼ばれている理由はわかっていても、納得はしていない。
彼女の態度にはそう言った思いがありありと示されていた。
そんな彼女達の様子を見てガイウスは、小さく溜め息をついた後で再び口を開く。
「ある程度、話はリーサ君から聞かせてもらっている。まぁ、一つ一つ事実確認をしていこうか。」
空気を切り替えたいのだろう、その口調は先程とはうって変わり、心なしか明るいものになっていた。
そして、ガイウスは深呼吸するように息をついた後で、アクアに向けて口を開く。
「魔法教会では私闘が厳禁なのは知っているな? 」
彼は一言、そう訊いただけであった。
しかし、その問いを聞いた瞬間、アクアの眼の色が変わる。
「こいつは二途の服用者です!! あたしは服用者のクズを駆除しようとした、それだけです!! 」
彼の言葉にアクアはバネのように顔を上げると、そう言った。
私闘などはなかった。
今回の出来事がそう処理されると聞いていた彼女は、ガイウスの言葉に何かの希望を見出だしたのだろう。
彼女はアキラを指差しながら執務机に詰め寄り声を上げていた。
「こいつは裏切り者です! 直ちに処分を──
「私は、私闘が厳禁だと、訊いたのだが? 」
だがしかし、彼女の言葉を遮るように、ガイウスが言葉を放った。
捲し立てるように言葉を並べていた彼女に向かって、彼は一段低くなった声と共に首を傾げた。
彼の眼はとても冷たい。
背筋の冷えるような、そんな視線に貫かれた彼女は、ひゅ、と小さく喉を鳴らして言葉を止めた。
だがしかし、黙るだけでは足りなかったのだろう、彼は眉間に皺を寄せながら言葉を続ける。
「私闘は、禁止だと、解って、いるな? 」
「は、はい。」
とんとんと机を叩きながら告げられた彼の言葉に、彼女は消え入りそうな声でそれでも悔しそうに俯きながら答えた。
彼はそれを、よろしい、と頷きながら聞き入れる。
その瞬間、威圧するような気配は直ちに立ち消える。
アクアが内心ほっと溜息をつく中、彼はそのまま、重傷程度まで回復したように見えるアキラへと視線を向けた。
「それで、どうして今回の、そんな状況になった? 」
「それは──
「まずは、四条君からだ。」
ガイウスの疑問に答えようとしたアクアを、彼はそう言って小さく手を挙げて制した。
当事者からの聞き取りはガイウスのコントロール下で行う。
彼の見せる断固なその姿勢に彼女は不服そうな表情を見せていた。
だがしかし、先程のことを思い出したのだろう、言葉を飲み込んだ彼女は不満げな足取りで引き下がった。
それらのやり取りの後で、アキラが震える口元で言葉を紡ぎはじめる。
これだけの傷を受けているのに声を発せられるのか、と、アクアとハサンは改めて驚愕する。
しぶといやつ、という彼女の独り言は、幸い誰も聞き取ることがない様子だった。
「……急に、襲われました。奴らの仲間、と言われて。」
「成る程。」
彼の返答を聞いて、ガイウスはふむ、と頷く。
そしてその視線をアクアに向ける。
彼女は不満そうな表情で俯いていて、それを見て小さく息をついた彼は、その隣に立つハサンへと改めて視線を向けた。
彼は顔を上げていて、ガイウスから返答を求められていることにすぐに気づくことができた。
「……ああ、そうだよ。」
「ありがとう。」
ハサンの回答を聞いて、ガイウスはそう言うとふぅ、と息を吐いた。
彼は手元のノートにさらさらとなにかを書き取っていて、それを見ながら、とんとん、と指先で机を叩いている。
彼はきっと、脳内で何かの情報を整理しているのだろう。
どれだけの時間が過ぎただろうか、言葉を選んでいるような沈黙が続き、やがて彼はその顔をアクアとハサンへと向けた。
「それで、なぜ君達は四条君を襲った? ……やつら、とは何だ? 」
きっとアフリカでのことが関係あるのだろう、と独り言に近い言葉を漏らしながら、ガイウスは手元の端末を操作する。
彼の口ぶりから察するに、彼はアフリカ奪還作戦当時の報告資料を探しているのだろう。
そんな彼に向かって、アクアがぴ、と勢いよくアキラを指差しながら口を開いた。
ようやく発言を許された彼女は、まるでうっぷんを晴らすかのような勢いで話し始めた。
「こいつが二途の服用者だから!! 卜術院の連中を生かしておけません!! 」
勢いよく話し始めたアクアに、ガイウスは少し驚いたように身を引いたあとで、ふむ、と唸る。
物思いに耽る彼を一人置いてアクアは言葉を捲し立てているが、どうやらその多くは聞き流されている様だった。
考え込むように細められた目は虚空を見つめているようで、そして数刻の間をおいて、彼は小さく手を上げてアクアの言葉を遮った。
彼は彼女の言葉に引っかかる点があった様子で、その疑問を口にする。
「卜術……中国系の異端者の集まりだろう? 」
「中国支部崩壊事件の生き残りが、アフリカまで流れ着いていたようです。」
彼の疑問に答えたのはリーサだった。
掃除の手を止めた彼女はガイウスに向かって説明するように言葉を続ける。
「その他の異端者組織を吸収しながら、アフリカまで流れ着いたみたいですね。魔法教会の管理がないからと、かなり好き勝手にしていたみたいです。」
「二途……か。」
ガイウスは端末に表示されたアフリカ奪還作戦の報告書を眺めながら、ポツリと呟いた。
それはアフリカの地で横行していた人体改造の一種と、報告書には記載されている。
そしてさらに同薬品を接種することで、体内に魔獣で言うところの核が生成され、それにより一時的な魔法の行使が可能になる、とも記載されていた。
「それで、君達は卜術院と、どんな関係があるのだ? 」
ガイウスの問いに、アクアは言葉を選ぶように黙り込んだ。
それは彼女にとって、触れて欲しい話題ではないようだった。
思い出したくもない、という方が正しいかもしれない。
彼女は怒りに両目を潤ませながらも口を閉ざし、長い沈黙が続く。
「俺達は、孤児院で育ったんだ。」
「ハサン!? 」
「仕方ねぇだろ、話した方がいい。」
沈黙を破ったのは、彼女のとなりで腕を組んだまま目を瞑っていたハサンだった。
彼を咎めるように顔を上げたアクアに、ハサンは一言だけ告げると、ガイウスの方へと視線を戻す。
「俺らは孤児院で育ったんだ。つっても、廃墟に寄って集まってたお粗末なもんだったけどな。」
そう話す彼の目は優しく、何処か懐かしそうに、遠くを見つめているようだった。
一言さえも大切にするような、そんな口調で彼は言葉を続ける。
「魔法が使えたマザーのもとに、身を寄せあっただけの集まりだったけど、楽しかったよ。」
「あたし達は生きるための全てをマザーから教わりました。でも、それを壊したのよ……ニ途の服用者を率いた男が。」
彼の言葉を引き継ぐように、アクアが怒りに震える声でそう言った。
彼女は泣き出しそうな、そんな怒りの表情で言葉を続ける。
「二途の連中を色々聞いて回って……それで、卜術院の名前を聞きました。」
聞く、という言葉にぼかされているが、きっと話をした二途の服用者は命もなかったのだろうと察せられる。
とにもかくにも、ガイウスは彼女を制するように手を上げたあとで、そのまま彼女に向かって口を開いた。
「それで君は、彼が二途の服用者と見て、卜術院の仲間と判断した訳か。」
「ええ。基本的に二途の出所は奴らでしたから。特にこいつは特別強力で──
彼女はそう言いながら、アキラへと視線を向け、そして驚愕したように目を見開いて硬直する。
彼は回復が終わったのだろう、ちょうど立ち上がるところだった。
彼がこの部屋に召喚魔法で移動してきてから、時間にして数十分程度だろうか。
下腹部の風穴等肉の失われた部分は未だに凹んでいるものの、はっきりとした足取りで立ち上がるアキラの姿に、死力を尽くして戦っていたアクア達は言葉を失う。
それは彼女たちの努力をあざ笑う様な、そんな理不尽な回復だった。
アキラが高い回復力を有しているという事はある程度予測はしていたものの、それでも実際にそれを見せつけられると、彼女達の眼には受け入れがたい現実として映っていた。
彼は自身に集まる視線に気がついた様で、その視線に居心地の悪さを覚えたのだろう。
一度顔を歪めた彼は、いつもの習慣として彼の上官に教え込まれた報告をする。
「四条アキラ、無事回復しました。」




