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013 : 執務室で①

「あの愚か者め! まさか本気で召喚()ぶとは! 」


管理棟の一角に、怒気をはらんだガイウスの声が響く。

そこは彼に与えられた執務室だった。

どん、と叩きつけるように執務机に置かれた彼の手は、握りしめる力の余り真っ白になっている。


「っ……。」


頭に浮かぶ言葉の数々を、彼は眉間に皺を寄せながら噛み潰す。

どれだけ激しようと当人の不在なこの場では意味がない。

彼は自分にそう言い聞かせながら、先程まで座っていた椅子に再び腰を下ろした。


「まったく、少しは落ち着いたように見えたんだが。」


それでも耐えきれなかったのだろう、心なしの悪態が彼の口から漏れる。

一瞬の沈黙を挟んだ後で、彼の言葉に応えるように、カラリと硬質な水音が彼の鼓膜を揺らした。

天井を見上げていたガイウスは、その音に視線を向ける。

執務机を挟むようにグラスが置かれていて、そこに浮かぶ氷が揺れていた。

それと同時に、そのグラスの更に向こう側、執務室の床に花紺青色の魔紋が怪しく輝いているのが彼の目に映る。


「はぁ……まぁ、リーサ君らしいとも言えるが……。」


この部屋にいた魔女の名前を呟きながら、執務室には幾度目になる彼のため息が広がった。

以前の教え子として見覚えのある顔が自らの執務室を訪れた時は、彼も心の底から彼女を歓迎していた筈だった。

当時彼女の教官を担当していたのはガイウスではなく、まだ教鞭をとっていた由利亜だった。

彼女の破天荒振りはかなりの話題で、やれ同期と大喧嘩をした、教員に悪戯を仕掛けた、訓練を無断欠席した、等々、彼女の悪行は枚挙に暇が無い。

そんな問題児も、時を経れば英雄とさえ呼ばれるようになるのかと、彼女を迎え入れたガイウスは感心さえしていた。


「老師の心労が思い浮かばれますな……。」


何度目になるかもわからない深い溜め息と共に、彼はその体を椅子に沈める。

グラスに注がれた琥珀色の液体を喉に流し込み、鼻を抜ける独特の風味に気を紛らわせる。

執務室の壁にかけられた時計の針が時を刻む。

窓の外はすっかり日が落ちていた。


「む? 」


ガイウスの視界の隅から、何処からともなく現れた木の葉が宙を舞って来る。

手元に落ちてきたそれを見て、彼は目を細めた。

その葉は大学校の敷地内に広く植えられている樹木のもので、彼にとっては見慣れた物だ。

しかし現在、窓は締め切られていて、木の葉が滑り込む隙間も、舞い上がるだけの風も存在しない筈だった。


「そろそろ、か? 」


呟くように、ガイウスの口から言葉が漏れる。

その瞬間、執務机の反対側、床に描き出された魔紋の放つ光がひときわ強くなった。

バリバリと硬質な破砕音が鳴り響くと、魔紋を中心に風が吹き荒れ、その表面から何かが溢れだす。


「これは……木か? 」


執務机の上に積まれた書類が飛ばされないように手をおいて押さえる彼の頬に、砕かれた木々の屑が当たった。

それだけではない、土くれや木の葉など、種々の欠片や屑が飛来し彼の頬を叩く。


「本当に、滅茶苦茶してくれる! 」


彼が吐き捨てるようにそう言うと、禍々しい光とは対極的な、染み渡る金属音が鳴り響く。

それは召喚音と呼ばれる召喚魔法特有の、魔法によって物体の位置情報が変更される際に発生する音である。


「……っ。」


魔紋の光が一際明るくなった後、ガイウスの執務室にはひどい有り様が広がっていた。

大量の土や泥、木の葉や木屑が床を埋め尽くしている。

巻き上げられた土煙の中に、魔女の声が響いた。


「っ痛ぅ……やっぱしんどいわね、これ。」


先程まで魔紋の輝いていた中央で、ヨロヨロと立ち上がったのはリーサだ。

怪我をしたのだろう、彼女の法衣の隙間からは血が流れ出している。

一般に召喚魔法とは物質を運ぶ魔法であり、生物の移動は大規模儀式の設備を用いて行う奇跡に近い魔法だ。

生物の召喚を無理に行えば四肢がバラバラになるリスクがあり、それが修正力による魔法災害なら尚更だった。


「っ!! 」


リーサがほぅ、と息をついたその瞬間、何かが彼女の元へと飛来する。

寸での瞬間、それに反応した彼女は、血の滴る法衣の袖を翻した。

召喚音と共に彼女の手には長剣が一振握られていて、飛来物を弾き落とす。


「あら。」


その瞬間、リーサは小さく眉をあげて微笑む。

飛来物がナイフであると彼女が認識する頃には、彼女の目の前にはガイウスがいた。

彼女は彼が投擲したナイフを弾くために腕を振り上げた体勢であり、その隙に懐に踏み込んできたのだ。

胸元を捕まれた彼女は、その力に逆らうこと無く床へと組伏せられる。

彼女は仰向けに倒され、それに馬乗りになったガイウスはその首筋に長剣の刃を突き付けた。


「どうしたのですか? ガイウス先生。」

「どうした、は私の台詞だ。」


蠱惑的な笑みを浮かべるリーサに、厳しい面持ちのガイウスが唸る。

そんな彼の言葉に彼女が小さく首をかしげて見せると、苦々しそうな表情で彼は口を開いた。

彼が指差した先にあるのは、帰還したときに彼女が手にしていたそれだ。


「これは四条君だろう。」


それは、傷だらけで物言わぬアキラの躯だった。

本来であれば命を落としてもおかしくない魔法災害、アキラはそれによって命を落としていた。

魔法災害に巻き込まれた、と言うのであればまだ事故とすることが出来ただろう。

だがしかし、彼女は帰還したとき、その少年の亡骸を地面に拘束するように押さえ込んでいた。


「意図的に魔法災害に巻き込んで殺害……審問会議物だ。」


ガイウスの口は呟くようにポツポツと言葉を紡ぐ。

その言葉は静かな怒りに満ちていて、異様なほどの穏やかさをはなっている。

しかし、そんな彼の言葉を受けても、リーサはひどく落ち着いた様子のままだった。


「先生、安心してください。彼は死んでなど……いえ、もうそろそろですね。」

「……もうそろそろ?」


リーサはアキラの亡骸に視線を向けて、それから僅かに目を細めた後で、困ったような表情で笑う。

おおよそ、死ぬ、という単語に対して使われない言葉に、ガイウスは少し面食らったような表情をした後で眉間の皺を深めた。


「アキラ君、いつまでも寝てないで起きなさい。」


ガイウスは未だにリーサの拘束を緩めてなどいなかったが、彼女は彼を置いてアキラの躯へと声をかける。

それは彼にとって、己の罪から必死に逃れる様な、ひどく滑稽な行動に見えた。

しかしそんな彼の認識は、物言わぬ躯──そう、彼が思っていた、と言うべきだろう──によって、いとも容易く砕かれた。


「ぅぐ。」


それは、声と言うにはあまりに不鮮明な、喉をならす程度の音だった。

返事と言うにはあまりに拙いそれでも、少年の遺体から返ってきたとなれば話は別だ。

声だけではない。

手足がぴくり、と動いたかと思えば、白い魔力の火花がぱりぱりと彼の肉体から放たれた。

微かな火花程度だったそれはすぐに勢いを増し、彼の体は白色の稲妻に包まれた。

アキラの肉体が稲妻に包まれる度に、その肉体は修復されていく。

やがて彼の、虚空を見つめる生気の無い瞳に灯が点った。


「なん、だと。」


事切れた亡骸と、そう思っていたその少年はやがて、震える腕でその身を支えながら体を起こす。

その傷はまだ致命傷といえるように見えたが、それでも彼は確かに息をしていた。

ガイウスがその光景に圧倒されているなか、彼は少しぼんやりした様子で周囲を見渡すと、ガイウスに取り押さえられたままのリーサの姿に気が付く。


「どうして取り押さえられてるのさ? 」


アキラからすれば、目覚めると見知らぬ部屋でリーサがガイウスに取り押さえられている、という光景な訳だが、ガイウスからすれば彼の言葉は間の抜けた言葉に聞こえたことだろう。

ガイウスの執務室には一瞬の静寂が広がる。

ガイウスは何かを言いたげに口を何度か開閉させたが、最初に言葉を発したのはリーサだった。

彼女はからかうような、いたずらっぽい表情でガイウスを見つめながら言葉を紡いだ。


「あら、確かに彼の言うとおりね。せんせ、放してくださる? 」

「む。」


彼女の表情はにんまりと神経を逆撫でするようなものだった。

そんな彼女の表情を見て、彼は少し不機嫌そうに唸る。


「アキラ君は生きています。先程のあれは……悲しむべき成り行きです。」

「成り行きで殺さないで欲しいけどね。」


言葉を続けた彼女に、アキラが不満そうな声で反応した。

それを聞いた彼女は、あら、と小さく声を上げると、少し機嫌の悪そうな表情を彼へと向ける。


「それは貴方が悪いわ。なんで初日から問題を起こすのよ。」

「それは、ごめん。」

「よろしい。」


アキラは返す言葉が無かったのだろう、ばつの悪そうな表情で小さく唸った後に肩を落とした。

そんな彼の様子を見て満足そうに頷いた彼女は、再びその目をガイウスへと戻す。


「という訳で、先程のはアキラ君も同意の上でやってます。」


心の内を見透かすような白銀の瞳と共に、彼女はそう言って薄く微笑んだ。

確かに彼が彼女を拘束していたのは、彼女がアキラを害したからと判断したからだ。

結果的に彼の生存──おおよそ無事、とは言いがたいが──を確認した上に、アキラとリーサの間には敵対の雰囲気も見られない。

彼女が彼に拘束されるいわれはない、と言うのはその通りだった。


「ありがとうございます。」

「ふん。」


渋々と言った風に拘束を解いたガイウスに、リーサ恭しい態度で礼を告げる。


「ずいぶんと得意気だが、事情は説明してもらうからな。」

「あら、お手厳しい。」


彼女の言葉に顔をしかめた彼は、不機嫌そうな色を隠さずにそういった。

唸るような声色できろり、と睨むガイウスに、リーサは愉快そうに涼しい表情で答える。

けふ、とアキラの血を吐き出す音だけが、執務室には聞こえていた。


「それで、先ほどのあれはなんだ? 四条君は命を落としていた様にみえたが? 」


ガイウスは執務机のところまで歩きながら、2人に向かってそう尋ねた。

手にしていた長剣を机の下に置かれていた鞘に納め、跳び出すときに蹴飛ばしていたワークチェアを引き起こす。

そのまま彼が、起こしたワークチェアに腰を落とし、深く溜め息をついていれば、彼の問いにリーサが口を開いた。


「ガイウス先生、不死者、と言う存在はご存知でしょう? 」

「リーサ!? 」


その回答にアキラがなにかを言いたそうに顔を上げるが、彼女は視線を向けるだけで彼の言葉を遮った。

対してガイウスは、彼女の回答に何処か納得をした様に、息を吐く。


「ほう、不死、か。」


不死者、と呼ばれる存在がいる。

それは無限の寿命や老いぬ肉体、そして異常と言える程の再生能力といった不死性に繋がる能力を以て死を克服した存在だ。

不死性を得られる魔法は生得魔法の中でも特に稀少で、実際に不死者される程の魔術師となると、それは奇跡の域に達する。

人類の歴史で見ても不死者と呼ばれる存在は数える程しか存在せず、語る者によっては未だに真の不死者は現れていないと言う者もいる程だった。


「まさか、四条君が? 」


彼はそう言いながら、机に備え付けられた端末を操作する。

空中に投影されたホログラムの画面上にはアキラの入隊に関する書類が表示されていた。

そこには彼の不死性を示唆するような魔法の適性は記載されていない。


「どうやら書類のほうには、ずいぶんと不備があるみたいだな。」


一通り書類に目を通したのだろう。

ガイウスが端末を操作するとホログラムは消え去り、その後に彼は眉間に手を当てながら唸るような声でそう言った。


「多少のアレンジを加えているだけですよ。」


悪びれる様子もない彼女の言葉に、彼は言葉を飲み込むような沈黙を挟んでから、一度溜め息をついた後で話を切り出した。


「それで、そんな君のお気に入りが、どうしてまたそんな目に会っている? 」

「それは、そうですね……そろそろいらっしゃる頃かしら? 」


ようやく本題に入れた、といった様子のガイウスだったが、リーサは直接それに答えることはなかった。

彼女はふふ、と微笑を浮かべながら執務室の扉へと視線を向けている。


「待ってくれ、今回の件、まだ関係者がいるのか? 」

「あら、申しておりませんでしたか? 」


彼の反応に、彼女は小さく眉をあげて驚いたような表情を作る。

彼女はアキラのバイタルに異常があることを察知し、彼の存在する座標に向かって逆召喚の魔法を使用した。

そして、転移した先ではアクア達がアキラと戦闘していたのだ。

それらを説明すると、ガイウスは深い溜め息をつきながら眉間の皺を揉んでいた。


「君は……はぁ、いや、そうか。……続けてくれ。」


彼女の言葉に彼は、ぱくぱくと口を開閉した後で、あらゆる言葉を飲み込んだかのように深い深い溜め息をついた。


「私闘は厳罰ですから、個人訓練中の事故として処理するために丈夫な方を回収してきたのです。アクアさんとハサンさんはそろそろいらっしゃるかと。」

「ああ、そうか……。」


彼女の言葉にガイウスは天井を仰ぐと、これ以上は十分、と言わんばかりに小さく手を上げる。

警備兵へは口利きしました、と彼女が自信満々に言えば、彼はきろり、と睨むように視線を向けた。


「今回の件、君達が隠したい、と言うのはわかった。」

「ありがとうございます。」


彼の険しい表情に反して、その返事は協力的なものだった。

それを聞いてリーサが恭しく頭を下げると、その頭に向かって、だが、とガイウスの声が投げ掛けられる。


「だが、そこまでして庇う理由は何かしらあるのだろう。私闘の理由も解らん。それだけははっきりさせてもらうからな。」


彼の言葉にリーサはぴたりと動きを止めた。

壁掛け時計の針が動く音が聞こえる。

少しの間を空けて、こんこんこん、と執務室の扉がノックされる音が部屋に響いた。


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