012:雑木林で④
「私闘は禁止されているのだけれど」
周囲を見渡した後でリーサは、不機嫌そうな気配を隠さずにそう呟く。
その顔は足元に向けられていて、その目の先には彼女に頭部を踏みつけられる形で地に伏せるアキラの姿があった。
「侵食率が上がった、って聞いて速攻で跳んで来たのよ? 」
彼女はそう言いながらアキラの左腕を確認する。
彼の左腕に取り付けられた端末の小型ディスプレイには、11%、と数値が映し出されていた。
それを確認した彼女は一度大きなため息をついた後で、蒼炎の燃える戦場を見渡す。
「これ、いったいどう言うことなのかしら? 」
「いや、急に襲われ──
「黙りなさい。」
アキラの言葉を遮るようにそう言ったリーサの顔にはいつもの愛嬌はなく、英雄然とした、有無を言わせない威圧感があった。
そのとき、アクア達が硬直から復帰する。
彼女達は、魔法教会大学校の新人同士の私闘という、およそ彼女が姿を表すにはそぐわない場面に現れたリーサの姿に圧倒されていたのだった。
「あ、あの!! 」
「あら? 」
声をかけられた彼女は、初めて少女の存在に気が付いたと言った様子で、地面に腰をついたままのアクアに顔を向ける。
故郷を救った大英雄の視線に緊張した面持ちで、彼女は言葉を続けた。
「し、新人に紛れた二途服用者のクズを発見しました!! 」
アクアは少し紅潮した顔でそう言いながら立ちあがると背筋を伸ばした。
彼女の報告を聞いたリーサは僅かに眉を動かし、なにかを考える様子で、彼女を頭から爪先まで確認するように視線を動かす。
そうした後で彼女は、何事もなかったかのようにアクアから視線を外した。
「通常の服用者とは異なり、強力な個体です。おそらく、卜──
「少し、静かにしてもらっていいかしら? 」
興奮した様子で口を動かす彼女に、リーサは目を向けることなくそう告げた。
言葉を遮られたアクアは所在無さそうに彼女を見上げるが、それに気をかけることなくリーサは懐から通信端末を取り出す。
彼女が再び彼女に視線を向けることはなかった。
──ちら、こちらB班。もうすぐ交戦地帯に到着します。』
彼女が端末を操作していると、やがて警備兵の通信チャンネルに通信が繋がる。
通信端末の向こうからはアキラ達がいる地点に彼らが接近している様子が聞こえてきた。
それを聞いたリーサは、やや安堵した表情を浮かべた後で、すぐに毅然とした表情に切り替わり口を開く。
「こちら、交戦地点です。当該の新人隊員を確保しました。」
彼女が通信端末に向かってそう告げると、端末内での警備兵達の会話が停止した。
任務中の回線に予測しない発言があれば仕方のないことだろう。
僅かな沈黙が挟まれた後で、通信端末の向こうから返答が返ってくる。
『何者でしょうか、突然。所属を述べて下さい。』
その声色は先程よりも警戒心に溢れていた。
それを聞いた彼女は、落ち着いた様子で口を開く。
「リーサ=ルーツ中佐、所属は……西区画長です。」
所属が曖昧だったのか言葉を少し止めながら、彼女はそう言って小さく微笑む。
新東京都は東西南北で区画を分けていて、区画長は各区画における魔法教会隊員の長である。
彼女の言葉に、通信端末の向こうでは警備兵達がどよめく声が聞こえた。
少し意地悪だったかしら、とリーサが苦笑と共に独り言を漏らしていると、ざわざわと何かのやり取りが聞こえた後で、やがて彼らからの返事が返ってくる。
『こ、これは区画長!! この度はどのようなご用件で!!?? 』
「騒がしかったから来ただけです。それで、当該の隊員を確保しました。」
相手の変容ぶりに苦笑を漏らしながら、彼女は再び、アキラ達の現場をおさえた旨を伝える。
彼女の言葉に、通信機の向こうでは再びなにかを話す声が響く。
やがて聞こえた彼らの返事は安堵の色が見える、緊張感の薄れた声だった。
『成る程、お手を煩わせてしまい誠に恐縮です。処理は我々で行います。今すぐ向かうので──
「いいえ、結構よ。此方で処理します。」
『……ですが、軍規上は私闘は厳罰に処すと決まっていまして、中佐殿の手を煩わせてしまうのは……。』
彼女の言葉に、警備兵から抗議の声が上がる。
それを聞いたリーサは、ふむ、と小さく考える素振りを見せた後で、いいえ、と口を開いた。
「いいえ、本件は此方で処理します。そもそも私闘ではありませんでしたから。血気盛んな新人が、個人訓練でやり過ぎてしまったみたいです。」
「なっ!!?? 」
朗らかな声色で告げられるリーサの報告に、アクアが抗議の声を上げる。
しかしその瞬間、彼女が威圧するように振り返り、その視線を受けた彼女は、小さく悲鳴を上げて押し黙った。
圧倒的な強者が放つそれは、言葉を遮ることを優先させた、命の危機さえ錯覚させる物だった。
カタカタと小さく肩を震わせながら、混乱した様子で呆然とする彼女を確認してから、リーサは再び手元の通信端末に視線を戻す。
『私闘、ではなかったのですか? 』
「ええ、個人で訓練していたわ。アフリカで保護した子で、ルールを知らなかったみたいね。」
魔法教会大学校の規則で、個人訓練自体は禁止されていない。
勿論、これだけの被害を訓練施設外で出していれば問題行動ではある。
ではあるのだが、処理の担当が変わってくるのだ。
「お世話になったから、丁度ガイウス先生の所に行こうと思っていたのよ。ついでに私が連れていくわ。」
『そうですか……であれば、我々は撤収します。』
新人隊員の問題行動は教導部の管轄である。
警備兵達の声はまだ疑うような色が見えたが、それでも彼らは上官の言葉に従うほか無い。
彼らの返事に、彼女は満足そうに頷いていた。
周囲に響いていた警報音が止む。
『それでは、失礼致します。おい、撤退だ!! 』
通信端末の向こうからは、警備兵達の撤収の声が聞こえる。
それを確認したリーサは、これでよし、と言わんばかりに息をついて、通信端末を懐に納めた。
「むぐ……。」
「何勝手に動こうとしてるの? 」
先程から彼女に乗られる形で、地面に伏した状態のアキラが声を上げる。
そんな声に対してリーサは、冷ややかな目で彼を見ながら彼の頭をげしげしと踏みつけた。
「ど、どうして……に、二途の服用者とリーサ様が……? 」
アクアの声が響く。
彼らのやり取りを、彼女は困惑の目で見ていた。
希望的に見れば、アキラの存在を抹消するために警備兵の関与を断ったのかもしれない。
二途の服用者とは言え、私闘であることに変わりはないため、アクアの処分を避けるために何も無かったことにしたともとれるだろう。
だがしかし、アキラとリーサの間に流れる雰囲気は敵対や反目ではなく、親交のある者達のそれだ。
そしてなにより、リーサは自分を相手にしていない、と言うことが、行動の端々に現れている。
「そんな……嘘よ……え?? 」
片や敬愛するべきアフリカの大英雄、片や敵として憎むべき二途の服用者。
彼女は自分が正しい行動をしているという自負があったからこそ、目の前の光景が理解できなかった。
夜空に描かれたリーサの魔紋が、ぬらぬらと怪しい光を輝かせている。
「今期入隊で、43班のアクアとハサンね? 」
渦巻く思考の中にいる彼女に、リーサの声がかけられる。
急に名前を呼ばれ顔を上げたアクアの表情は、これまでのやり取りのせいだろう、警戒の色が色濃く現れていた。
「あら、嫌われちゃったかしら? 」
アクアの反応をみたリーサが全く悪びれるようすもなく肩をすくめる。
咄嗟に出てしまった彼女の反応に対して、リーサの反応はむしろ、何処か嬉しそうにさえ見えた。
得体の知れない存在。
大英雄として憧れてさえいた相手に抱いてしまったその感情に、罪悪感と困惑を覚えたアクアの思考回路は焼き付いてしまったかのように停止していた。
「ガイウスさんの所に連れていく、と言ったけれど、自分達で歩いてきなさい。」
ここにはこれで来たからね、と彼女は、上空に描かれた魔紋を見上げる。
花紺青の光を放つ魔紋はパキパキと、薄氷に亀裂が広がるような音を立てていた。
その様子を見た彼女は、あらあらといたずらっぽい微笑を浮かべると、言葉を続ける。
「そろそろ時間ね。ハサン、死にたくなかったら彼女と共に魔紋の外に出なさいな。」
「は、はい! ……し、死ぬ? 」
名前を呼ばれたハサンは彼女の言葉に威勢良く返事したが、その言葉に引っ掛かりを覚える。
彼の反応に、知らないのね、と少し驚いた表情を見せた後で、彼女は応える。
「これから、魔法災害が起こるのよ。私がここに来るのに使った逆完全召喚魔法は中途半端だから、世界の修正力が働くの。」
そう言いながら彼女は、茶目っ気たっぷりに片目を閉じて見せる。
魔法とは魔術師が世界を思いのままに書き換える力だ。
だがしかし、この世全ての魔術師達が思い通りに魔法を使えば、世界は混沌の末に破滅を迎えてしまうだろう。
そんな破滅が起こらないのはひとえに、この世界には修正力と呼ばれる防御機構が存在するからだ。
魔法による書き換えを打ち消し世界の歪みを復元する、そんな修正の力は書き換える事象の大小によって指数関数的に増加し、魔術師にそれに抗うだけの魔法の才が求められる。
リーサが使った完全逆召喚魔法は自身を目的の位置へと転送する魔法で、完全に物体の位置を書き換えるかなり高度なものだ。
「サクッと帰れるのは良いんだけど、巻き込まれたら普通の人は死ぬわね。」
「なっ……。」
まるで当たり前のことのように告げられた彼女の言葉を聞いて、ハサンは、滅茶苦茶だ、という言葉を全力で飲み込む。
不完全な完全逆召喚魔法を応用した一時的な移動と、修正力を利用した帰還は彼女の十八番とする戦法だ。
だがしかし、それは同時に修正力による魔法災害を引き起こす物でもある。
「これを回収したいだけだから、この子を連れて離れてくれると助かるのだけれど。」
彼女はそう言いながら、足元のアキラを指差す。
どうやら彼女は、ハサンにアクアを連れて離れるように指示をしている様だった。
「り、リーサ様!! 貴女は我々の、え、英雄ではないのですか!? 」
硬直から復帰したアクアが声をあげる。
それは彼女の命令に対する返事ではなかった。
「ええと、私の命令は聞こえなかったのかしら? 」
彼女の反応にリーサは、少し困ったような表情で小さく首をかしげる。
上空に浮かぶ魔紋からはミシミシと空間が軋む音と共に、薄紙から切り抜いたような乳白色の五本指の腕が這い出し始めていた。
ゆらゆらとゆらぐ白い腕は世界の修正力が形を得たひとつの姿だ。
それらを見上げながら呟くように告げられた彼女のそれは、疑問の形をしていたものの最後通牒としてハサンのもとに届く。
「アクア! とにかく離れるぞ、あれに巻き込まれるとヤバイ!! 」
「なっ!? ちょっと待って!! まだ話したいことが──
ハサンの言葉に、アクアが口を尖らせる。
だがしかし、そんな彼女の言葉を遮るように、彼は口を開いた。
「とにかく!! 今は撤退だ!! 」
「そんな!! 離して!! 」
ハサンに拘束されて引きずられるように運ばれる彼女は、状況が飲み込めていないのか文句を言いながら暴れている。
上空に浮かぶ魔紋からは乳白色の腕が複数延びていて、それに触れた周囲の物体は触れられる側から弾け、分解され、小さな破片となって魔紋の中へと消えて行く。
「私達は先にガイウスさんの居室に居るから、忘れずに来なさいよ? 」
淡々と告げるリーサの体に、修正力の顕現たる白腕が巻き付き、包み込んでいく。
それは、彼女の足元に伏せる少年も例外ではない。
「逃げても、無駄よ──
そのとき、周囲に鉄瓶が砕けるごとき金属音が鳴り響く。
今一度、花紺青の光が煌めき、アクアとハサンは眩しそうにその目を覆った。
──必ず、来るように──
残響の様に、彼女達の耳にリーサの声が聞こえた。
その声にゆっくりと目を開いた彼女達は、蒼炎に焼き拓かれた雑木林と静寂に満ちた星空を見上げる。
まるで最初から誰もいなかったような、木々のさざめきさえ聞こえる中、リーサ達が立っていた地面だけが、まるで空間そのものを切り取ったかの様に深く抉れていた。




