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010:雑木林で②

見上げるほどの無数の魔紋から炎の槍を乱射し、それらの攻撃をアキラは何とか回避していく。

足元も悪く木々に動きを阻まれる雑木林の中でも、射線を予測し最低限の動きで攻撃を避け、時に立ち木を盾とする。

一帯の木々が蒼炎に包まれ倒れていき盾となる遮蔽物がなくなる代わりに、回避のための空間が広がっていった。

ある種の膠着状態、そう見えた戦況を変えたのは彼女だった。

炎の槍の魔法の中で彼女は、別の魔法を構築していた。

魔紋が幾重にも重なったその魔法は、蒼炎を射出する魔法の多重発動である。


「っ!? 」


回避に意識を取られていた彼は、その魔法の発動に気が付かなかった。

ひたすら速度を高めたそれは、これまでの魔法とは異なり、音速を越えた蒼炎を射出する。

それは並大抵の相手なら反応することさえ許さない、彼女の最速の魔法だった。

蒼炎の槍と表現するにはあまりに速すぎ、熱線というには短すぎる蒼の閃光が一閃、雑木林を照らした。

先ほどまで彼の立っていた位置に立ち上る爆炎に、彼女は勝利を確信した笑みを浮かべる。

否、浮かべようとした。

爆炎の中に、白い稲妻が見えた気がした。


「いてて。」


爆炎が晴れると、中から盾にするように右の掌を彼女に向けるアキラの姿が現れた。

彼女の熱線を右手を犠牲に防いだのだろう。

彼自身はいたって健在の様に、その場に立っていた。

アクアの眼には、彼女の魔法が直撃するその瞬間まで、彼は彼女の魔法に全く反応できていないように見えた。


「……嘘でしょ。」


だがしかし彼女の目の前で彼は何事もなかったかのように、軍服に燃え移った蒼炎を消すよう何度か手を振っている。

そしてその炎が消えないことに眉を顰めて右の袖を破り捨てたあとで、彼は呆然とした表情で視線を向ける彼女に口を開いた。


「へぇ、いい顔するね。」


アキラの言葉はアクアに届いていないのだろうか。

彼女は何度か口を開閉した後でなんとか、という風に声を紡ぐ。

しかしそれは、彼の問いに対する回答ではなかった。


「どうやって、防いだの? 」

「話を……はぁ。防ぐも何も、ちゃんと喰らっているけれど。」


彼女が絞り出した質問に対して、彼は小さくため息をついた後で、右腕を彼女に見せるように掲げる。

彼の右手は蒼炎に焼かれ、ぼろぼろと小指と薬指が焼け落ちていた。

焼け落ちてはいるものの熱を感じることはなく、ただ命を散らし朽ちていく。

その蒼炎は熱を伴わない、ただ命を燃やす魔法だった。

それは確かに彼女の魔法で、それによって右手を燃やされる彼は魔法を防いだ、と言わないのかもしれない。


「このために訓練でも魔法を隠したし、意表を突いたのに……!! 」


しかしそれでも、彼を仕留めることが出来なかった彼女は声を荒げる。

彼の返事に苛立ったように顔を歪めた彼女は、彼の目元に迸った白色の稲妻を見て言葉を切った。

魔力とはエネルギーであり、それが空中に漏出すると、その魔術師固有の色と性質を示す。

彼が放つ白い稲妻は、彼の体内に膨大な量の魔力が循環していることを示していた。

高純度のエネルギーに肉体が耐えられなかったのだろう、彼の鼻や目尻からは血液が流れだし、迸る稲妻がそれを焼く。

神経強化。

脳や神経内に流れる電気信号を魔力で増幅することによって、反応速度や思考速度を上昇させる魔法である。


「自殺行為でしょ、それ。」

「まぁ、禁止されてる魔法? らしいからね。」


彼女の言葉に、彼はどこか他人事のように答えた。

より強く、より速く。

戦闘中に力を求めるあまり、魔力のコントロールを誤り術者が死亡する。

そのような事故が多発した結果、神速は禁止された魔法だった。

その魔法を、恐らくは身体への負荷など度外視して使用している。

そんな彼の様子にうすら寒さを覚えたように表情を険しくしながら、アクアは再び魔法を展開した。

彼女の展開する魔紋の量は先ほどよりも多くなっている。


「だったら、自分で窮地に陥っているようなものじゃない。ただのジリ貧よっ!! 」


そう言って彼女は、彼に向けて再び蒼炎の槍を振らせ始めた。

しかしそれでも、彼はそれらの魔法を先程よりも余裕をもった様子で回避していく。

魔法の多重発動は高等技術であり、彼女も連続での使用はできないのだろう。

先ほど見せた高速の蒼炎の射出は時折挟まれるものの、単発のそれではアキラを捉えることはできなかった。


「ほらほら、もっといくわよ!! 」


だがしかし、アクアの苛烈な攻撃が続くほどに彼の攻撃を避ける速度は落ちていて、だんだんとその身を攻撃がかすめるようになっていく。

現在アキラはその肉体の許容量を大幅に上回る強化を行っており、神経系を焼きながら戦っていた。

彼と同様に彼女もまた消耗している筈だったが、それでも勝負の天秤は確実に彼女の方へと傾いていく。


「あはは! 結局はぶっ殺されるだけじゃないの! 」

「くっ。」


彼女の言葉通り、このままでは彼女の攻撃の物量に圧されるばかりで、やがて攻撃を回避しきれない時が来るだろう。

であれば、多少の被弾を覚悟の上で、反撃に移るべきである。

そう考えた彼が、力を溜めるように足を踏み込み込んだ、その瞬間だった。


「シィッ!! 」


アキラの背後には、いつの間にか現れたハサンが、彼を標的として拳を構えていた。

アクアの攻撃が繰り返されている中で、その中心にいるアキラの元までたどり着くのは、自殺行為とさえいえる。

それゆえアキラは、彼の存在を意識の外に置いていたのだった。

しかしそれでも、その攻撃をかいくぐり、彼は彼の下にたどり着いて拳を振り上げている。


「このっ! 」


完全に虚をつかれたとは言え、今の彼は神速の反応速度と、身体強化で底上げした運動能力がある。

アキラは彼の攻撃に難なく反応し、そして、大きく踏み込んできた彼に上段の回し蹴りを放った。


「なっ!!?? 」


彼の放った上段の回し蹴りは、確かにハサンを捉えた。

だがしかし、そう彼が認識したその瞬間、彼の脚は何も捉えることなくハサンの体をすり抜けた。

攻撃の後隙で棒立ちとなった彼の脇腹に、ハサンの右の拳がねじ込まれる。

彼の拳はその見た目とは異なり、重く鋭かった。

めきめき、ごきごきと嫌な音と共に彼の拳は深々とアキラの肉体に突き刺さり、そして、彼を吹き飛ばす。

吹き飛ばされたアキラはその勢いのまま数本の木々をなぎ倒して薄暗い雑木林の闇に消えていった。


「……ご苦労様、ハサン。」


魔法の連続行使で消耗していたのだろう。

汗だくで紅く上気した彼女は、アキラが吹き飛ばされたのを見てから小躍りするような歩調でハサンに歩み寄る。


「結局、卜術院の情報は握ってなかったみたいね。まぁ、いつもの事だから仕方ないかしら。」


そんな事を言いながら、彼女は彼の背後でぴたり、と立ち止まる。

そして、アキラを殴り飛ばしてから俯いたままの彼をいたずらっぽい笑顔で覗き込むように、彼女は彼の正面へと回り込んだ。


「いつもどーり、ゴミ野郎を一匹……!! 」


彼の顔を覗き込んだ彼女は、その笑顔はさっと消し去り、目を大きく見開いて口を閉した。

そこにはアキラを殴り飛ばした右の拳を庇うように押さえ、苦しそうに顔を歪めるハサンの姿があった。


「っ……あいつ、マジで中身どうなってんだ……? 硬いってどころじゃねぇぞ。」


彼女が言葉を失っていると、ハサンが苦しそうに声を絞り出す。

彼の右手は、指がところどころおかしな方向に曲がっていて、傷口からは血が滴っていた。

それを見たアクアは、目を白黒とさせながら真っ青な表情で口を開く。


「だ、え、あ、は、ハサン……手が……? 」


ハサンの魔法は、彼が攻撃を行う最後の一歩を踏み込んだ時に発動する。

その魔法を発動したが最後、攻撃の終わりまで彼の体はあらゆる攻撃を受け付けなくなる。

そうして無効化した攻撃の全ては彼の攻撃の威力に上乗せされる、絶対のカウンターが約束された魔法だった。

世界の法則をねじ曲げるそれは、ハサンがアフリカの地で生き残ることを許されたゆえんたる、奇跡の生得魔法だった。


「す、すぐに治す──

「落ち着け、お前の下手糞な治癒魔法は要らない。」


狼狽えた様子のアクアが左手で彼の手をとり右手をかざすと一瞬、大鎌と仮面の意匠の魔紋が出現したが、ハサンの言葉でそれは消え去った。


「ちょっと、それどういう……!! 」


彼の言葉に不満そうな表情を浮かべる彼女は、なにかを言いたそうに口を尖らせる。

だがしかし、そんな彼女の言葉を封じるように、雑木林に警報音が鳴り響いた。

魔法教会大学校に置いて、魔術師同士の私闘は禁止されている。

周囲を燃やす蒼炎を見れば、気づかれない、というのが無理だろう。


「さっさと、止めを刺してずらかるぞ。」


そう言いながら、ハサンはアキラが吹き飛ばされた方向へと足早に歩き始める。

実際にアキラへと一撃を入れた彼は、かえって拳を潰されたことから、致命傷を与えられていないと考えていた。

対して魔力の探知に優れているアクアは、アキラが殴り飛ばされた先に魔力の気配が感じられていないという事実に、彼の討伐という目的の達成を確信している。

それ故彼女は、そんな彼の後を歩きながら、どこかリラックスした様子で口を開いた。


「大丈夫よ、魔力の反応はなくなってる。」

「それがそのまま殺れてるってんなら、いいんだがな。」


彼女の言葉に、彼は小さく鼻を鳴らしながらそう言った。

彼の反応が不服だったのだろう、アクアは小さく頬を膨らませる。


「なによ、あたしがそう言ってんだから大丈夫なもんは大丈夫なのよ。」


口を尖らせた彼女は、僅かに声を荒げる。

足を止めたハサンに追いついた彼女は、後ろから彼の足を蹴りながら言葉を続ける。


「だから、さっさとずらかり……。」


しかし、その言葉は、僅かに聞こえた木の葉の擦れる音によって遮られた。

なぜならそれは、彼女が聞こえると思っていなかった音だったからだ。


「本当に、魔力の反応はねーのか? 」


確認するようなハサンの声は、僅かに震えていた。

前方からは、ざりざりと、再び地面をこするような音が聞こえる。

自分にとっては大きなハサンの背中の、その後ろから恐る恐る顔を出した彼女は、雑木林の奥から姿を現したそれを見つけた。

それを見つけて、ハサンが足を止めた理由を理解する。


「嘘でしょ……。」


絞り出したその声を、それが聞き取れているかは分からない。

彼らの視線の先には、幽鬼の様な足取りで現れたのはアキラの姿があった。


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