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<番外編> 最愛〜夫婦の二人〜

本編に出てくるあの子たちの馴れ初めとその先です

きっと私は幸せになれない。いくら世界が変わったとか国が変わったと言っても、私の周りは何も変わらなかった。

「え、女の子が好きなの?」

そんなに男を誘うようなことしといて。だったら最初から思わせぶりなことするなよ。

「ごめん。そのつもりなかった。」

「じゃあ。俺行くから。」

何度目だろう。女の子が好きだからって男の子と仲良くなりたくないわけじゃない。仲良くなりたいし、遊びたい。ただ、友達になりたいだけなのに。どうしてかいつも上手くいかない。

「耀さん。聞いて下さいよ。この前のやつもその前のやつも、どいつもこいつも。自分勝手過ぎます。信じられない。普通に、お友達って分からないんでしょうか。少しくらいいるでしょ、遊びに行くだけとか、ご飯を食べるような友達。近寄ってくる女の子みんなが身体目当てだなんて思うな。信じられない。あーぁ。もうやだ。」

バイト先の先輩である耀さんに準備しながら愚痴る。いつものことのように聞いているか聞いていないか分からないようなタイミングで相槌をするこの人は、すれ違う人みんなが振り返るような美しい人だった。艶のある黒くて長い髪は綺麗にまとめて括ってある。細いその体はまるで少女のようだとよく常連さんが言っていた。でもよく見れば私のワイシャツとボタンの位置は逆だし、靴のサイズだってぜんぜん違う。正真正銘の男だった。

「耀さんが女の子だったらいいのに、でしょ?」

全く似てない私の真似をした耀さんは態とらしくため息を吐いて私の方をとんと叩き、食材の確認へと行ってしまった。

「本当に、女の子になってくれないかな。」

「ならないよ。」

いつの間にか入口にいた人に気が付かず肩が上がる。

「お、オーナー。いたんですか。びっくりさせないでくださいよ。」

「ごめん、店に入るなり中々の衝撃発言を耳にしたからそっと入ってみたんだよ。相田くんとは上手くやっているみたいだし、もう大丈夫だね。」

「もうってなんですか。別に最近は上手くやれてますよ。オーナーこそ最近あんまり来てくれないじゃないですか。」

オーナーこと、緑谷玄は数カ月ぶりにこの扉を潜った。私は大変お世話になったので、あまり軽率な態度はとれないが、玄さんの人柄もあってフランクに関係を作らせてもらっている。

「ちょっとね色々と忙しくて。有彩には言ってなかったんだけど、弟が死んだんだ。」

持ち上げた椅子が音を立てて落ちる。大した高さではなかったことが救いで、損害はなかった。

「だから、お葬式とかその他諸々の後始末っていうのかな。だからちょっと忙しくて。」

「なんで、そんなに平気な顔してるんですか。弟さん死んだんですよね。辛くないんですか?」

会ったこともない人なのに、まるで当事者のような気持ちになってしまう。少し水分量の多くなった目で玄さんを見つめた。

「辛いよ。でもね、自分より辛そうな人を見ると弱音なんて言ってられないんだよ。だからね、案外乗り越えられてる。落ち込んでいる暇なんで無いほどに、助けてあげたい人がいるから。」

そう言った玄さんの目は確かに濁ったりしていなかった。

「そうなんですか。その人玄さん以上にショック受けてるんですね。」

「そうなんだよ。だから、今度この店に呼ぼうと思って。大学生だから有彩と年齢も近い子なんだ。」

こうして玄さんが誰かを連れて来るのは初めてだった。私と耀さんだけで十分に回せていた店に新しく蓮という仲間が加わった。

「初めまして、三隅蓮です。玄さんの紹介でこれからここで働かせていただきます。理由あって休学中なのでシフトは空いてるところに勝手にいれてもらって大丈夫です。よろしくお願いします。」

玄さんがあんなにも気にかけているから余程危なっかしい子なのだろうと思っていたが、受け答えも会話もしっかりできていて、働いている間も何一つ問題を起こすことなんてなかった。

「玄さん、あの子どうして休学してるんですか?あれなら大学でも問題ない気がしますけど。」

お店を閉めた後どうしても気になって玄さんに電話をかけた。きっと本人に直接聞くのが一番いいのだろうと分かっていたが、彼女はシフトが終わるとすぐに二階の自室に戻ってしまう。

「有彩にはわからないか。蓮も上手く隠してるからね。でも、分かってると思うけど僕の口からは話さないよ。明日にでも聞いてみたら?」

「ですよね。分かってました。」

おやすみなさいと言って電話を切る。あと数時間で日が昇る。スマホのスケジュールを見て大きなため息が出た。今日は二時間目から大学だった。数時間のアラームを設定して帰宅時のままベッドに沈む。

「ちょっと、有彩。大丈夫?隈がすんごいことになってるけど。だから夜のバイトはやめたほうがいいって言ったじゃん。」

気がつけば授業は終わっていて隣で講義を受けていた友達に起こされる。やってしまったと後悔していた時期は疾うの昔に過ぎていて、静かに寝れたなんて思ってしまう始末である。

「大丈夫。私、今日はこれだけだから帰るね。お疲れ。」

後ろから何か言っているのが聞こえる気がしたが、それに構っていられないほど体力が限界を迎えていた。なんとかかき集めた体力で帰宅すると、店の前に一人の女性がいることに気がついた。店に入れないと分かっているだろうに、入口の段差に座り込んでいる。

「あの、どちら様ですか?」

このままでも良くないと思い一応と心のなかで呟き、声をかけた。するとその子は勢いよく立ち上がって頭を下げる。

「ここで働かせてください!!!」

呆気にとられた私の手を取り、水膜の張った瞳を近づけてくる。状態が最適であればきちんと対応できたかもしれないが、生憎有彩のHPは殆ど0。その結果気がつけばその子を自分の部屋にあげていた。

「あの、私ここの求人見て来たんですけど。面接とかってありますよね。」

部屋の中で小さくなっているその子にそう言われてはっとした。とにかく寝たいから部屋に来たものの、この子をどうしよう。店を開けるのは日付を超える直前だし、それまで耀さんも玄さんも連絡がつかないことが多い。まぁ、玄さんなら出てくれそうだと思い電話をかける。

「もしもし、玄さん。今、大丈夫ですか?」

大丈夫ですよねと勝手に続け、事の概要を伝える。すると渋々これから来てくれることになった。

「あのさ、これからオーナー来るので下で待っててもらっていいですか。」

そろそろ本気で瞼が重力に負けそうになっている。開店前の店内に一人残して上に戻ろうとすると服の裾をそっと引かれた。

「あの、失礼なのは分かってます。ここにいていただけませんか。」

「い、いいですけど。ものすごく眠いので横の机で寝ます。」

そこから30分くらいでオーナーは店に来たみたいで、気持ちよく寝ていたのに無理やり起こされた。

「有彩。起きて。この子、ここで働くから。仕事教えてあげて。」

そうして数ヶ月の間に従業員は倍の人数となった。きっとシフトが減るだろうと思っていたが、なんの奇跡か客足は増えていくという現象がおきた。

「有彩さん、すみません。レジのこれが分からなくて、教えてもらえますか?」

眠すぎて殆ど覚えていないあの日に働くことが決まった彼女こと、水青はバイト経験が一回もなかったようで随時確認をしてくる。最初は面倒くさいと思っていたが、重ねるごとに何故か愛らしさを感じ始めて今では呼ばれると嬉しいとすら思い始めていた。

「耀さん。まっずいです。」

「あー、分かった。」

普段は店でしか会わない耀さんを日中に呼び出してまで私は悩んでいた。

「分かるんですか?耀さん、分かるんですか!?」

立ち上がる勢いで顔を近付けると軽く手であしらわれた。大人しく背を預け真剣な顔を作り、口を開く。

「水青が。可愛いです。」

「だろうね。それで、好きなんだ。いいんじゃない?あの子真面目だし、明らかに訳ありですって雰囲気はあるけど実害はないし。」

「まぁ、そうなんですけど。」

耀さんに背中を押して貰えるのは凄く自信に繋がるはずなのに、今回ばかりはあまり効果がなかった。

「何が問題なの?」

「単純ですよ。水青は別に女の子を好きになったりしないでしょ。」

分からないじゃん、と言いながら耀さんはスマホを触り始めた。来てくれただけ感謝ではあるが、もう少し話に興味を持ってくれないかな。

「そうですけど。やっぱり一度水青に過去のことを聞いてみることにします。それとなく話題にしようとしても全部上手く躱されてるんですよ。」

「そうしな。この後用事出来ちゃったからもう解散でもいい?」

いいですよ、と拗ねたように言ったが耀さんの意識はスマホに奪われていてさっさと店を出て行ってしまった。

会計をして数時間前にお疲れと声をかけた水青に連絡をしようとスマホを開く。しかしまだ寝ているだろうと思いとどまり、店に戻って直接様子を見ることにした。

自室の隣をノックすると返答はなくて、そっと扉を開けると苦しそうに布団を抱きしめている水青を見つける。慌てて駆け寄って名前を呼ぶ。

「水青?大丈夫?水青!」

そっと触れた額には汗が滲んでいて少し体温より高い気がした。自分より小さいその体を抱えて布団に優しく寝かす。背中を擦り落ち着くのを待ってみると、少しずつ呼吸が落ち着き安定していった。静かになった呼吸を確認して一階にある救急セットを部屋に運ぶ。体温計は平熱よりも高い温度を示していて、落ち着いていたはずの呼吸が通る口からは熱い息が吐き出されていた。流石に一度起こしたほうがいいと思い優しく揺すり起こす。

「水青、起きれる?大丈夫?痛いところとかある?」

「んぅ。え?ありささん?」

熱のせいか水分量の多い瞳はゆらゆらとしていて、暴力的に不謹慎に、欲望を掻き立てられた。

「熱あるよ。咳とか鼻水とかある?」

「えっと。大丈夫です。あ、喉が少し痛いかもしれないです。」

「やっぱり熱だね。病院行くよ、保険証どこにある?」

布団から離れてオーナーから車を借りようとスマホを開くと熱い手に拒まれた。

「ないんです。病院行けないんです。」

苦しそうに身体を起こした水青の言葉を信じられず、開いた口が塞がらない。

「どうしてか教えてもらえる?」

そこから休憩を挟みながらも水青はこの店に来るまでの経緯を話してくれた。

「私、有彩さんたちに隠してたんですけど、神宮寺家の者なんです。正確に言うと今の取締役会長をやっているのは私のお祖父様で、一番市場が広いところの社長がお父様です。家柄とお父様の考えが古いこともあって、何度もお見合いをさせられてきました。そうしていく中でいつしか男の人に対して恐怖心を抱くようになってしまいました。家の中ですれ違う使用人すら怖くて、逃げるように家を出てきたんです。その時お店でバイトを募集しているとオーナーさんに声をかけてもらい、この店に来ました。」

話し終わった頃少し無理をしすぎたのか水青の視線はふらふらと安定していなかった。そろそろまずいと思い、起こしていた身体を布団に倒す。

「話してくれてありがとう。食べれそうなもの用意してくるから、寝てていいよ。」

そう言ってゆっくり扉を閉めて部屋を出た。隣の部屋にいるであろう蓮に声をかけて近くのスーパーまで買い物に行き、店の厨房を勝手に使ってお粥を作る。普段仕事以外の会話をすることがない二人での空間は気まずい感じになるかと思ったが、意外にも会話をすることができて、楽しかった。今まで会話をしてこなかったのは、自分の心の整理がついていなくて八つ当たりをしてしまいそうだったから人を避けていただけで、今では落ち着いているが今更どうやって関わっていけば良いのか分からなかったと蓮は話した。

「水青さん大丈夫ですか?」

「蓮、タメ口でいいよって言ったじゃん。ほら、直して。」

「あ、大丈夫かな?」

少し小さくなった声でそう言った蓮は耳をほんのり赤くして照れていた。トレーにお椀とスプーンを乗せて二階に上がる。自分の部屋に戻ろうとしている蓮を引き止めて私と水青の部屋で三人でご飯を食べた。

その日から私達三人の距離はぐっと近づいた。会話の中の敬語は徐々に無くなり、2つの部屋を行き来してどちらかの部屋に三人がいることが多くなった。

そんなある日、私はまだ耀さんと食事に来ていた。

「耀さん、聞いて下さい。流石にそろそろきついです。」

注文した品が届いて箸を進めながら、一方的に話しかける。

「水青って何であんなに可愛いんでしょうか。何か纏ってる空気が可愛いというか、守りたいというか。あんなに可愛い子が外を歩いていると思うと心配になるというか。逆に毎日隣で寝ていてよく手を出していないなと思っていて。耀さん、どう思います?」

箸を止めること無く耀さんは食べ続けて、返答をくれるような感じがしない。別の人に相談すべきなのかもしれないが、自身の状態を知っている人が耀さんしかいないため結局この人に相談をするしかなかった。

「水青、可愛いんですよ。この前流石にそろそろいいかなって寝顔の写真撮ったんですよ。可愛くないですか?見てください。」

スマホの画面を顔の前に突きつけると、耀さんは一瞥してまた食事に戻ってしまった。一通り食べ終わった耀さんは、仕切り直すように大きく息を吸って真っ直ぐ私を見る。

「有彩、あんた水青のせいにして逃げてるよ。覚悟を決めなさい。僕は覚悟を決めたよ。」

「えっ。耀さんの覚悟って。」

耀さんはスマホを私の目の前に向け、ある人とのやり取りを見せた。

’今度の休みの日、お時間ありますか。’

”空いてるよ”

’お話したいことがあります。いつものところで待っています。’

”分かった”

「この人に告白してくる。振られたら話聞きなさいよ。」

ご馳走様でしたと丁寧に手を合わせて耀さんは口を閉じてしまった。逆に開いた口が塞がらない私は、己の覚悟の弱さを突きつけられて固まってしまう。

その後は会話1つもなく店を後にして、耀さんは買い物へ私は店に戻った。太陽に照らされる耀さんの後ろ姿は輝いて見えて、遠い人のように感じてしまった。

「戻りました。あれ?水青?」

まだ寝ているだろうと思って入った部屋で水青は起きていた。

「おはよう。有彩どこか行ってたの?」

「う、うん。何か食べた?」

耀さんと会っていたことを隠すつもりはないが、どうして会っていたのかと聞かれて答えられないため何だか怪しい返答になってしまった。一度この場を去ろうと話題を逸らすが、珍しく水青は引かない。

「誰と会ってたとか聞いてもいい?言いたくなかったら別にいいんだけど。」

どこか緊張感を感じる声に誘われるように身体に力が入った。動きが止まったことで怪しさが増した私に水青が近づく。

「有彩、ごめん。困らせるつもりはなかったの。言いたくないこともあるよね。ごめん。コンビニ行ってくる。」

財布とスマホを持って横を過ぎ去っていった水青に伸ばした手は空を切っただけで、届かなかった。どうして水青はあんな顔をするのだろう。まるで、私と一緒にいた誰かへの嫉妬みたいな。

「まさかね。」

頭ではそのまま部屋で寝るつもりだったが、心は水青を追いかけるために身体を動かしていた。

「待って。」

「有彩。欲しいものあれば連絡してくれればいいのに。」

こちらを向かないまま水青が話す。勢いで掴んでしまった腕から手を離し、そっと華奢なその肩を引き寄せた。

「ごめん。水青がそんな顔するから、我慢できなくなった。」

耳元でできる限り落ち着いて、優しく話すと水青は強張っていた身体の力を抜く。そして涙が零れている瞳を私に向け、震える両手で頬に触れる。

「有彩。好きだよ。」

一粒、また一粒と落ちていくその涙を拭ってあげるべきなのに身体は不思議と動かなくて、目の前の現実が信じられない。動かない私を見て苦しそうに笑顔を作った水青は一歩身体を引き、ごめんと小さく言って来た道を引き返していく。

「み、水青。」

いくら名前を呼んでも振り返らない水青に、込み上げる思いが堰き止められず満開になる。

「水青。好きだ。大好きだ。」

周りに誰がいるかなんて分からない、今が太陽の昇っている時間で多くの人が働いている時間だなんて知らない。私には水青しか映ってない。

大声で叫んだ私の声で水青の足は止まり、そのまましゃがみ込んだ。そっと近寄り手を差し出すと、苦しいくらいに抱きしめられた。背中にまわった手が力なく叩いているし、小言のようにずっとバカと言われてるけど、それでもあり得ないほどに幸せだった。

「そんなにバカって言うなよ。」

「あんたはバカよ。」

だってこんなにもあんたのこと好きになっちゃったんだもん。最上級の殺し文句を差し出されて思わず腕に力が入る。

「水青って女の子が好きなの?言ってなかったけど、私は小さいときから女の子しか好きになれなかったから。」

「いいえ。分からないわ。だって、」

その先を言わなくなってしまった水青の顔を覗くと、真っ赤な頬に水分量の多い瞳があって、こっちまで照れが移る。

「言いたくないなら言わなくてもいいよ。水青が私を好きってことは分かったから。」

「言うよ。有彩が、初恋だから。だから、分からないの。」

抱きしめた腕の中から顔を上げた水青が真っ直ぐ私を見る。人目をはばかるような状況のはずなのにどうしてもその腕を離したくなかった。

「私がどうして有彩を好きなのか。でもね、有彩を好きなのは分かるの。どうしてかな。」

ふんわりと微笑んだ水青への愛おしさが抑えきれず、唇を重ねた。そっと後頭部に手を添えて髪の毛を指で撫でる。鳥の啄みのように重なる唇に生娘のような恥じらいを見せる水青に自分が持つ欲望を浅ましく感じてしまう。

「有彩?」

何も言わなくなった私に不安そうな瞳を向ける。少しずつ戻ってきた理性が状況を把握して、水青の手を引いた。店まで戻り、二階の二人の部屋に入る。

「水青、きちんと言わせて。私は水青のことが好きです。付き合ってください。」

正面にいる水青の手を取り、真っ直ぐに見つめて言う。

「有彩、ありがとう。私も有彩が好き。よろしくお願いします。」

仰々しく座ったままお互いに頭を下げた。顔を上げた時、二人で顔を合わせて思わず笑ってしまった。

二人の笑っている声が隣まで聞こえていたみたいで、何事かと蓮が部屋に入ってきた。

「ちょっと、楽しいことやってるなら私も声かけてよ。」

飲み物を片手にやってきた蓮を見て、水青が私の方へ寄り1人分のスペースを空ける。そこに座った蓮へ私が話をしようとすると横から水青に止められた。

「蓮さん、お話したいことがあります。私達、お付き合いすることになりました。」

正座のまま蓮に話す水青をただ見ているだけの私に、蓮がクッションを投げた。

「ちょっと有彩。有彩から何かないの?」

「えっと。水青と付き合うことになりました。」

慌てて話すと満足したように蓮はクッションを回収する。その後は三人で女子高生の頃のような恋バナをして、疲れた頃に雑魚寝をした。

「ちょっと有彩たち、準備するよ。」

耀さんに呼ばれて私達は急いで起きた。慌てて下に降りると、いつもより元気のない耀さんがフロアの用意をしている。水青たちが離れている間にこっそりと耀さんに話しかけた。

「耀さん。大丈夫ですか?体調悪いんですか?」

「何も聞かないで。大丈夫じゃないから。明日空けといて。」

「今日空いてます。」

そう言って店の裏にいる水青の元に行く。

「水青。今日仕事終わった後耀さんと外行ってきてもいい?」

「いいけど。耀さん、どうかしたの?」

ちょっと、それ浮気じゃないの?と外野で蓮が騒いでいるが、聞こえないふりをして話を続ける。

「少し調子が良くないみたいで、悩み事があるんだって。だから、話聞くだけでもできないかなって。」

「分かった。先に寝てるね。」

水青いいの!?と驚いている蓮はそろそろ諦めたのかフロアに向かっていった。本音を言うなら水青と夜を過ごしたかったし、同じ気持ちであるということをもっと実感したい。

だけど、散々迷惑をかけた手前断ることはしないつもりだったし、きっちりと最後まで付き合うつもりだった。

「ありがとう。帰る時連絡するから。」

そう言って看板を出すために入口に行こうとすると後ろから水青に抱きつかれた。腹部に回された手が弱々しく服を握っていて、そっと手を重ねると指を絡ませる。

「これは普通じゃない?」

背中から小さく聞こえたその言葉にはっとした。水青は行かないで欲しいときっと言いたかった。でもどうしたらいいのか分からないのだろう。

「普通だよ。何もおかしくないよ。早く帰って来るから、少しだけ待っててくれないかな。」

そう言うと満足したのか腕を目いっぱいに広げて力を込めた水青は、それまでは近くにいてねと爆弾を落として準備に行ってしまった。残された私は力なくその場にへたり込み、大きく息を吸って気持ちを切り替える。

耀さんがあまり本調子ではない事以外、いつも通りの店は問題なく営業を終え、閉店となった。

「それじゃ、行ってくる。眠かったら寝てていいから。無理して待ってないでいいよ。」

「分かった。」

これは多分テレビの前で寝落ちしているパターンだなと思いながらも、あまり追求することでもないと思い、耀さんと外に出た。

「有彩、どっか連れてってくれない?」

「何でもいいですか?」

返事のない耀さんの横を歩きながら知り合いの店に電話をかける。そろそろ閉めようと思っていたがわざわざ開けておいてくれるようだった。

「知り合いの店があるんです。閉店の時間なのでほぼ貸し切りですが、いいですよね。」

「逆にいいの?迷惑でしょ。」

「こんな時間までやってる店ですから一時間くらい伸びても大した差にはなりませんって。」

そこからの会話は何もなくてただ一方的に私が耀さんを道案内するだけだった。

「ここです。」

通してもらった席に座ると耀さんは制御が効かなくなったのか、無表情でただ涙を流す。内心慌てたが力ずくで隠し、適当に注文を済ませる。

双方、会話がないまま時間だけが過ぎていく。新手の我慢比べに先に白旗を上げたのは耀さんだった。

「あの人ね、言ったの。人としては好きだけど、恋人にはなれないって。」

注文のときの雰囲気を感じ取ったのか料理は全部最小限の干渉だけで運ばれてきた。

「分かってたよ。勝てないってことくらい。でもさ、振るならもっと言葉を選べないのかな。優しくしないでよ。諦められるくらい、振って欲しかった。」

耀さんの嗚咽と鼻をすする音だけが聞こえ、気がつけば店内のBGMも消えていた。きっと耀さんは同情してほしいわけじゃない、ただ誰かにその辛さを分けたかった。それだけ。

「本当に好きなのに。」

そろそろ料理が冷めると思い、小皿に分けて目の前におく。いつもより少なめに盛っておくと、小さい声で足りないと返された。

「食べれるなら安心しました。忘れなくていいですから、まずは食べましょう。美味しいお酒もありますよ。」

「お酒も飲む。有彩の好みでお願い。」

耀さんの好みと絶対逆なんだよな、と心の中で思いながら比較的近いところを狙って注文した。特に会話はないものの、料理を食べ進めていく。すると、耀さんが意を決した顔をして真っ直ぐに向けられた目が合う。

「僕、諦めないから。振り向いてくれるまで絶対に、諦めない。」

思ってたのと違う発言に食べている手が止まる。何も言わない有彩を見て少し笑った耀さんは、大きく伸びをして食べるぞと意気込んでいた。

「えっと。それはつまり。」

「落ち込んではいるよ。当然。だって振られたもん。でもだからといって離れてなんてやらないから。振り向いてもらうまで何度だって好きって言う。迷惑とか、分かってる。でも、諦められない。」

今までで一番鮮明に言葉を正面から受け取ったのは初めてだった。こんなにも真っ直ぐな言葉があるだろうか。

「耀さん、すごいですね。私はそんなに強く誰かを思えたことがないです。愛おしいとか、一緒にいたいとか、思うことはありますけど、耀さんに比べたら軽い気持ちですね。」

言いながら落ちてしまった視線はそのまま机にある空のお皿に止まる。耀さんを慰めるはずなのにどうして私が落ち込んでいるのだろう。自分で言葉にしたことが巡り巡って自分に返ってくるなんて、自爆行為だ。

「気持ちは比べるものじゃないだろ。人それぞれだし、目に見えないんだから。だから、軽いとか弱いとか思うなら目に見えるように行動してみればいいじゃない。そうすれば相手にも伝わりやすいし。」

「そ、うですね。今までの人と水青は違うんです。何と言うか、他の誰かのものになってほしくないというか、私だけを見ていて欲しいというか。」

「何だ、大丈夫そうじゃん。それじゃ、そろそろ帰ってやりな。早く帰るって言ったんでしょ?」

ここは僕の奢りだから、と言って手で私を追い払った耀さんの顔は涙で赤い目だったが笑顔だった。

帰ってきた自室の明かりは付いていて、そっと扉を開けるとテレビの前で船を漕いでいる水青が目に入る。音を立てないように近寄ると、少し唸ってこちらを見た。

「有彩?おかえり。」

溶けているような声で名前を呼ばれて思わず抱きしめる。腕の中に収まるこの愛しきものにどうやって抱えている愛を伝えようか。どうやって愛を与えようか。

「水青。ただいま。」

水青と私が付き合い始めて2ヶ月後、のある日。真っ青な顔をした水青が私を叩き起こした。

「有彩!起きて!どうしよう!」

まだ寝ぐせのある髪を振り乱して私を布団の上から叩くその姿があまりにも可愛くて、思わず口元が緩むと今度は直接お腹を殴られた。

「ちょっ、お腹殴らなくても。起きてるよ。」

「どうしよう。家にバレたかもしれないの!どうしよう。」

事の内容を確認すると、家出して家族が探偵とか色々使った結果この店が突き止められてしまったということだった。

「まずいか。どうしよう。店に迷惑はかけられないし、とりあえずオーナーに相談しよう。」

「あ!その手があったか。」

時計を見ずにかけた電話の先で玄さんは、何時だと思っているんだ、と低い声で怒っていた。謝罪に謝罪を重ねて話だけでも、と説得し状況を話す。

「あーぁ、なら結婚でもすれば?それで解決でしょ。それじゃ、おやすみ。眠いんだよ。」

「えっ!?玄さん?ちょっと。」

一方的にかけた電話ではあったが、まさか一方的に切られるとは。横で聞いていた水青を見ると、まるでアニメのような閃いた顔をしていた。

「そうよ!そうしましょう!結婚するの!」

「え、っと。つまり?」

結婚式しようよ!と隣にいる蓮にまで聞こえる声量で水青は叫んだ。案の定驚いて起きてきた蓮も含めて、深夜テンションで私達の結婚式は計画されていく。

翌日、三人とも床で寝ていたためきしむ身体を動かしながら店に降りると、同じタイミングで玄さんが店に入ってきた。

「こんばんは。今日はどうしたんですか?」

「どうしたじゃないよ。電話で変なこと言ったかもしれないと思って直接確認子に来たんだよ。」

心当たりがはっきりあるため、裏にいた水青と蓮も呼んで事の顛末を話す。全て話終わったあと、玄さんは

「僕も協力するよ。知り合いにホテルで働いている奴がいるんだ。どうせ身内でやるんだから、贅沢しようよ。」

そこから半年弱かけて手配やら準備をすすめた。招待するのは一緒に店で働いている蓮と耀さんと、玄さんに加えて玄さんには想い人にも招待状を渡してと伝えておいた。それなりに嫌な顔をされたけど、勝手に事情を話した水青と私でサプライズを用意してるから絶対に来て欲しかった。

「水青、緊張してる?」

「有彩こそ。何回そこ歩くのよ。落ち着きなさい。」

「だって水青が綺麗過ぎて直視できない。」

「有彩だって素敵よ。自信もって。」

二人きりの控室。昨日も一緒にいたし、明日だって一緒にいるのにどうしてか落ち着かない。

「水青、」

何かを察した水青は有彩の口を塞ぐ。折角リップ塗ったのに、なんて野暮なことは誰も言えない。

「その先は、まだよ。みんなの前で言ってもらわなきゃ。」

「そうだよね。それじゃあ、行こうか。」

その日私達は純白の花々に囲まれて永遠の愛を誓った。

「それではブーケトスを行いたいと思います。皆さんご注目ください。」

水青と私で一緒に持っているその花束を、投げることなく耀さんに手渡しする。驚いて何も言えなくなっている耀さんに私達は声をそろえて言った。

「耀さん。幸せになってください!」

美しく涙を零した耀さんはその花束を持って、とある人の前に立つ。

「守さん。僕とお付き合いしてください。」

周りから歓声があがる。耀さんの相手について詳しく聞いたことはなかったが、まさかあの人だったとは。

花束を渡された守さんは、愛おしそうに耀さんを見ている。どうしてそんな顔をするのに一度振ったのだろうと思ったが、すぐに理由が分かった。立っている守さんの後ろから小さな女の子が現れたから。

「折れないな。耀は。」

「言ったでしょ。僕は諦めないって。」

「俺の負けだ。耀を好きになったからな。」

そう言って二人は抱き合った。自分たちも幸せになり、大切な人たちも幸せになったこの空間がきっと人生のハイライトになるだろう。

「水青、幸せだね。」

「有彩、幸せだよ。」

後日、水青の家に二人で行き現状を説明した。どんなことを言われても耐える覚悟だったが、意外にもあっさりと帰された。後から水青に教えてもらったが、水青を探している体で優秀な養子をとっているようだった。

「つまり私に帰るところはなくなったってことよ。」

食事をしながらそう言った水青の手を握り、伝わるように力を込める。

「違うよ。水青はこれからずっと私のところに帰って来るの。でしょ?」

「そうだね。」

私達はこうやって、手に入らないと諦めていた愛と幸せを手に入れた。

耀さんもね。


本編はこの話の数カ月後くらいと思ってください

耀さんは守さんと付き合ってすぐに、娘ちゃんと三人で暮らし始めます

守さんが夜に働いている時間が多いことから耀さんは日中に働いて娘ちゃんが一人にならないようにします

そのため本編では店を辞めたあとなので、出てきません

本編で守さんが話していたのは耀さんと娘ちゃんです

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