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トラブるナースの旅   作者: 白都 アロ
7/20

夜の仕事で演技力が試された話(−1)

 その時ボクは、施設で夜勤のアルバイトをしていた。奨学金という名の重い借金は数百万あったものの、病院の奴隷として職務に従事していた為取り立てがあるわけでもなく、目下特にお金に困っていたわけではない為、別にしなくて良かったのだが、学生時代の酔いどれ恩師に「人が足りないからヨロシク!」と頼まれた為、本勤務先の夜勤の明けからまた夜勤でアルバイト夜勤に入っていたのだった。勿論本業先はアルバイト禁止・・・なのだが、ボクはアルバイトのことを特に隠すこともせず開けっぴろげにしていた。隠したってどうせこのクソ田舎の看護師の掃き溜めの様な職場ではいずれバレるのだ。隠すだけ無駄な労力。現に行きずりの近所のスナックでママだけに語った私の将来の夢は職場の大お局に漏洩したことすらある。

 バイト先は地味に距離が遠い為、初代愛車のオンボロ原動機付き自転車「千代丸」に乗って眠い目を擦りながら出勤したのだった。

 で。出勤して始業前から患者全員分の薬を千切った後。「日中で喉詰めして急変したけど、今晩が山だね!」的な申し送りを貰う。DNRだから何もしなくても良いと許可は貰っているが、死にそうになったらDrコールと家族呼べ、と。

 …なるほど。マズイですね。患者…と言うより私が。コーヒー買いに行くついでにウッカリ死体を発見した事はあったが、それ以外にこの手の経験はない。知識もない。死の過程は愚か、エンゼルケアだって参考書でチラ見した程度だ。どうしようか。出勤してから「無理、アデュー!」とは、小心者の私にはなかなかどうしてできそうもない。

 で、小心者は「大丈夫、私は日頃の行い100点満点だからきっと大丈夫」そう心の中で自分に言い聞かせ、看護師一人となるドキドキの夜勤に臨むのだった。


 いやー、どうしようかなー。私の日頃の行いは文句なしの百点満点のはずなんだけどなー…。

 首を傾げながら、参考書を捲る。バイタルは変わっていないが、呼吸がおかしい。けれどspo2は正常値…うーん、Google先生も知恵袋先生もこんなピンポイントな事は記されていない。参考書だってなんの役にも立ちはしない。

 深夜0時を待たずして崩れて来るバイタル。Dr callと正規の職員に電話する。出された指示は「家族を呼ぶ」「医者は朝6時まで行かないから、完全に逝っちゃったら可出君判断でエンゼルケアして良い」との事。

 なぜ医者が6時まで来ないのかが疑問で仕方がないのだが、若年のアルバイターの私にはこの業界あるあるの闇に突っ込めやしない。

 なので、家族を呼ぶ。患者の横たわる個室に家族を入れる。とりあえずバイタルを取り続ける深夜3時。一応数字は出るのだが…既に死んでいる気がする。呼吸を注視して確認するも、してないんだかしているのだかよくわからない。顔に布でも当てれば簡単に分かるのだが、家族の前でいきなり顔に白い布をかけるのも中々に刺激が強い映像になりそうなのでコミュニケーション能力ZEROな私には出来やしない。

 モニターは無いので貼っていない、脈拍はとっくに取れなくなっているが、パルスオキシメーターで数字こそ出ないが波は出ている。

 瞳孔確認…するが肝心の黒目が真っ白で瞳孔なんてわからない。

 一番恐るべきは死後処置したけど実は生きていた事態。これだけはなんとしても避けたい。

 となると、この手しかないか。

 ボクは精一杯の切ない顔を浮かべ、

「あとは…30分おきにバイタル取りに来ます…。その間に、状態が変わりましたら、お呼びください…。」

 と、ぼかした説明を施し、退出する。よし、振った。顔で全てを語って、家族に振った。コレでウッカリ生きているのに死後処置しても責任は痛み分けのはず…!

 起死回生の一手だったのだが、何十分、待てど暮らせど家族は何も言ってこない。

 …うーん。朝6時に医者が来てから「とっくに死んでますね!」も中々にマズイ気がする。困った。朝6時迄もそうは遠くない。ならば…っ!!

 30分おきのバイタルから、15分おきに切り替える。家族には

「バイタル…落ちてきたので、15分おきに測定しにきます…。」

 やはり全力の切ない顔で説明する。そして、15分おきに憂いを秘めまくった俯きがちの切ない顔(そもそも家族の顔直視できない)で数字を測り、去って行く。

 やっと迎えた朝6時。ようやく来る医者とバイト先の正職員の看護師。けれど、私はその人達に「あとお願いします!」と、死んだ笑顔で状況を託し、朝の検温配薬食事介助の戦争時間に突入していく。

 全てが終わったあと、結果を聞く。まごう事なく速やかに死亡判定が下り、死後処置がなされ、家族は特にクレームもなく去っていったそうだ。

 果たして、正確な死亡時間はいつだったか、全ては謎に包まれているが、それで良い。やはり世の中need to know 、知らなくて良いことは知らなくて良いのだった。

 そして、この「患者の死がよくわからない」課題は未来のボクに託され、未来の旅先で数多に学ぶこととなるのだった。

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