放浪者ジョー
ソード帝国。
ガスタ大陸唯一にして最強の勢力である。
最初は弱小ソードマンが集まる最弱騎士団であった。
しかし当時の騎士団長のウィリアムが古代遺跡で邪法を編み出し、情勢は変わった。
動物と機械を融合させ、凶暴な「ハンター」とする術式だ。
ハンターの台頭により他勢力の魔術師、アーチャーといった者は次々と一方的に駆逐されていった。
ウィリアムは反抗するものは残虐な方法で処刑し、屈した者は配下に加えていった。
ジョー一家は高名な科学者の家系であった。
ウィリアムに反抗したことで、シゲルの祖父は無残に処刑された。
生き残った一家は地下に潜り、ウィリアム率いるハンターへの対抗策を考えていた。
「…ふぅ」
街角でタバコを吸う一人の男がため息をつく。
服装はボロボロで、ぼろきれをマント代わりに羽織っている。
フィルターまで吸い終わった男は、地面にタバコを投げ捨て踏みつぶす。
「兄さん、見ない顔だね。
ラップルの実でもどうだい?
ハンタードラゴンの森から盗んできた新鮮なもんだよ。」
「俺に盗品食わせるつもりか。
しかもハンターの巣から盗み出しただぁ?
黙っててやるからただでよこせ」
小太りの女性店主に嫌味を言い、立ち去ろうとする。
ぐうう。
確かに腹はへっているが、戦士は食わねど高楊枝というやつだ。
近くの井戸で水を汲み、注射器に薬剤を入れて混ぜる。
「ふぅー…」
男の腕に開いた注射の穴は、すぐさま埋まっていく。
「なんだい、そりゃ?
お前さんのメシかい。それが」
店主が腹を抱えて笑う。
「知ってんだろ。ハンターは帝国の所持物だ。
ハンターを放してる森もな。
そこからブツを盗んでバレたらタダじゃすまねえぜ。
盗品食って捕まるくらいなら、俺はこれと煙でいいぜ」
穴が完全にふさがった腕を見せ、得意げに笑う。
男が城下町を歩いていると、偉そうな騎士が呼び止める。
「貴様、余所者だな?通行料は収めたのか」
「お前らへの小遣いか?払うわけねーだろ。
門番なら片手でボコボコにしてやったぜ」
「死にたくなければついてきてもらおうか?」
「断る」
「貴様!」
騎士が男の左腕の包帯を破くと。
そこには銀色の腕があった。
目を見開いた騎士は、その腕に一撃で鎧を砕かれて昏倒する。
「粗悪なプレートアーマーだな。ウィリアムの野郎は圧政で儲けてるくせにケチなんだな
うートイレトイレ」
刹那、後頭部を殴られて男は倒れた。
「…なんだここは」
城内部と思われる地下牢に男は繋がれていた。
「見りゃわかるだろ。拷問部屋だよ。
俺の部下がやられる前に通報してくれてよかったよ。
この非帝国民が。」
「あー、番人かさっきボコった奴の上司か?
はっきり言って、あの鎧は見直した方がいい。
帝国統一で粋がってるようだが、農民は制圧できても騎士クラス以上の奴相手には無理だね。」
「黙れ!」
顔を大男の拳で殴られる。
ペッと血痰を吐き返す。
「きさまぁ…騎士団長相手にナメてんのか!」
「目的は拷問だろうが。すぐ殺しちゃウィリアムちゃまに粛清されちゃうんじゃねえの?
ギャハハ!」
「安心しろ。貴様は本拠地で調べられることになっている。
安物の鎧とはいえ、素手で易々と砕ける化け物なんてうってつけの研究材料だ。
ドクトルの笑顔が目に浮かぶぜ…ケッ!」
「ドクトル?」
「帝国きってのマッドサイエンティストって噂だぜ。
ハンターの基礎を造ったのもそいつだって話だ。
ウィリアム王以外に謁見できる奴は稀だ。
光栄のまま解剖されて死ぬんだな!はは!」
大男は大きな声で笑ったまま去っていく。
「…ひどいことをされましたね。」
少女の声がした
暗がりでよく見えないが、隣で鎖に縛られている子のものだろう。
「こんなもん大した事じゃねえよ。
あんたは何でこんなとこにいる?税金払わなかったんか?」
「…母が帝国領地内で勝手に果実を採取して販売していたのがバレちゃったんです。
罰金代わりに私を連れていくって、帝国兵の人が」
(…あのババアのか?)
「…ひょっとしてラップルの実を売ってたりしねえか?」
「はい。でも仕方がなかったんです。
お父さんは徴兵されてしまって、母が元々やっていた食堂は運営に莫大な税金を取られるようになって…」
「すまねえ。きっと俺が接触したせいだな。」
「…え?」
「あんたのお袋さんだと思うんだが、ラップルの実を売りつけられかけてな。
その直後に帝国兵に喧嘩売られてそれを買っちまったんだ。
とんだ巻き添えだったな。すまん」
「…いえ、こちらこそ旅人さんに母が怪しいものを売りつけてしまってすいません。
でもこんな帝国領によくやってきましたね?」
「色々事情があってな。おやじのおつかいだ」
その時、ドタドタと数人の足跡がやってくる。
「…ふ。気が変わってお処刑のお時間か?
それとも馬車で優雅に本拠地やらに送ってくれるのかい?」
「用があるのは貴様ではなーい!
休憩時間なんでな。そこの小娘をオモチャにするのさ。」
「いや!やめて!」
ガチャガチャと鎖が外れる音がし、何かがズルズルと引きずられる音がする。
「…何しようとしてやがる」
「へへ。地下牢なら監視カメラもねえからな。
王への貢ぎ物にする前に、俺らで慣らしてやろうって寸法よ」
「さすがにやめとけ。俺が怒る前にな。
洒落にならねえぜ…」
ガチャガチャと力づくで鎖を外そうとするが、何も食べていないので力が出ない。
「ぎゃはは!!今の貴様に何がぁできる?
それにはプロテクトがかかってんだ。お偉いさんの
護送されるまでおとなしくショーを見ていな!」
目が暗がりに慣れてきた。
三つ編みの少女が、両腕を二人の騎士に掴まれている。
団長と思わしき大男が、剣の切っ先を少女の胸元に添わせる。
「…」
少女は抵抗もせず、服を切り裂かれる。
胸元からお腹にかけてつー、と血が流れる。
「娘ェ!逃げろォ!」
男は必死に叫ぶが、少女はあきらめたかのような表情で微笑んだ。
「いいんです。これでお父さんとお母さんが助かるなら…」
「…」
血走った目で騎士を睨む。
バチバチという音が鳴り、男の鎖から電流が流れる。
「ぐっ…てめえら…」
「おとなしくしてろ!」
騎士団長が少女の露わな肌に舌を這わせる。
「お前はそれでいいのか!?
言われるままに消費されて、売られて!
それで人生終わっていいのかよ!」
ミシミシと鎖がきしむ。
白煙が立つ。
「…嫌です」
「なんだって?もう一回言ってみろ」
「…帝国の勝手で家族を売られたり、自分を売られるのも…
理不尽に振り回されるのはもう嫌です!」
ペッ
男は鋼鉄の唾を吐き、騎士一人の眉間に貫通させる。
血しぶきに怯んだ相方騎士の手が緩み、少女が一時的に開放される。
鉄唾を避けた団長は、いきなりの奇襲で尻餅をついている。
「少女ォ!生きたいか!」
「生きたい…です!」
「俺の足元の箱を取れ!中に入った注射器の中身を俺にぶちまけろ!」
少女はダッシュし、あたふたと男の足元の箱を開ける。
そしてぎこちない手で男の腕に注射をする。
「うおおおおおおおおおおおお!!
親父ィィィィ!アンロックしろ!」
カチャ、と鎖が根元から外れる。
男はダッシュして手刀で騎士団長の頭を割る。
目をさざなみのように泳がせ、倒れる。
「少女ォ!名前はなんて言う!?」
「…い」
「なんだってぇ!?」
「アオイ!アオイです!」
「気に入った!
アオイ!自由を掴むぞ!生きる為に!!」
ガッと生き残りの騎士の首を掴み、揺さぶる。
「王室はどこだ」
王室
「なんだよお前、何横取りしてんだよ?
ガキは俺たちへの供物なんだが?」
「クセェな…お前」
バキバキと髭面の王の顔が歪み、目が8つになる。
「クモ型ハンターか。人間と融合させるたあな」
「ひえええ!?なんだ。王の姿が!?」
「自分の主君の正体も知らないで仕えてたのか。おめでてえな」
背中から6本の腕を生やした王は、荒い息をして襲い掛かる。
「アオイ!生きたいなら下がってろ」
バッと、男は自分の羽織っていた布をアオイに投げる。
左腕は肘から先が銀色だった。
騎士から奪い取った剣で、伸びてくる腕を斬っていく。
だが即座に再生し防戦一方だ。
「効果が切れるまでに…やるしかねえか!」
男がクモ王の懐に飛び込む。
しかし、一瞬早く男の全身を8本の腕が貫く。
「がはは!やりすぎてしまったかな!?
内臓が全部貫通した手ごたえがあるぞ!!」
男はニヤリと笑い、王の顔面を銀の腕で殴りつぶす。
即座に再生されるが、動揺は隠せない。
「なんだお前…」
「あいにくおれの心臓は鋼でできてるんだ。
こんな程度どうとでもねえ」
腕に貫かれたまま、王の首をゴギリと捻る。
「まだ生きてんのか。流石にしぶてえな」
銀の腕を横薙ぎにし、首を跳ね飛ばす。
死後硬直が速攻ではじまり、男を貫く腕が硬化していく。
「フンッッ!!」
左胸を貫き、グシャッと心臓を潰す。
王は爆散する。
「えーと…名前のわからない人ー!!」
アオイが叫ぶ。
「シゲルだ」
爆風が過ぎ去った後に男が戻ってくる。
クモ腕を一本一本抜いていく。
「え…?」
「俺はシゲル・ジョー。
騎士団殺しの男だ!」