【第二十五話】 -杖の魔法II-
杖から生まれた水球が庭に崩れ落ちた後の数秒、俺の頭は考えることが出来ていなかった。
唯一考えられたことは『何故』と言う所だけ、思考がそれ以上深く動くことがなかった。
「だ、大丈夫ですか?」
こちらの様子を伺うように声をかけたティズ・グラントリアの方を向く。
後ろに構えていた3人も、何が起こったの分かっていないようだ。
「……少し待ってください」
少し経って頭が落ち着いてきた俺は思考を巡らせる。
何故杖から魔法が離れない、まず考えられることは俺が悪いと言う事だ。
「ほい!」
瞬間的に魔法陣を形成して水球を創造する、そして目の前にある藁人形に水球を飛ばす。
俺が作り出した水球は魔法陣から離れ一直線に突き進み、藁人形にバシャっと勢いよく当たった。
「…早い」
ティズ・グラントリアがボソッと呟いた。
「…ふむ」
俺の魔法は正常に働く。
杖を使った時のように魔法陣から離れないなんて事が起こるはずもない、ならば杖に問題あり…
「と、言うわけでもないと思うんだよなぁ」
だからと言って、この杖に問題があるとも到底思えない。
まさかティズ・グラントリアが俺に不良品を渡してくる訳がない。
「…この杖、持って帰ってもいいですか?」
「えぇ、大丈夫ですよ、と言うよりもうその杖はジェイクさんの物として渡した物なのでご自由にどうぞ」
そうなのか、杖が持って帰っていいのがわかったと言う事でやることは一つだ。
「今日はもう帰らせてもらってもいいですか?少しやる事が出来たので…安心してください、明日には全て終わっていますから」
「…そうですね、今日のところはお引き取り願います。あぁそれと…はいこちらをどうぞ」
ティズ・グラントリアは大きな袋包みを取り出して、それをラフィに渡した。
受け取った瞬間、ラフィの腕が僅かに下に動いたことから予想以上の重さがある。
「これは?」
ラフィがそう言うと、ティズ・グラントリアは更に一枚の硬貨を取り出した。
「この国の通貨ですよ、それだけあれば十分に生活できるはずです」
「…これ大体何円ぐらいあるんですか?」
「そうですねぇ…取り敢えずは不自由ない生活が送れると金額を渡したと思います、またこの通貨は5週間ごとにに支給いたしますので、いきなり使いすぎないようにしてください」
何不自由ない暮らしのその裏腹に、絶対に試験に合格しろよと言う強い意志を感じるた俺は少し身震いがする。
そうだ、肝心なことを聞いていなかったではないか。
「そう言えば、その試験は一体いつ何ですか?」
「試験は今から1週間後、その時の朝にここに来てください、手続きなどはこちらでやっておきます」
1週間…そんなに時間がもらえれば流石に上澄みの構造は理解できるだろう。
それに何から何まで全部やってくれているこの家のためにも絶対に合格しないといけない。
「分かりました、何から何まで有難うございます」
「いえ、恩人なのでこれぐらいは当たり前です、ではまた明日にお会いしましょう」
「はい、また明日によろしくお願いいします」
俺の代わりに、ラフィがティズ・グラントリアに別れの言葉を言って、俺たちは門からグラントリア家を出た。
────
──
空が暗くなり、俺の家族は全員眠りに落ちている。
俺は自分の持っている杖と向き合う。
部屋に誰かはいられると集中できないのが問題になってくるからな、この時間帯にしか親ばかの二人は心配で入ってくる恐れがあるので、やるなら今しかない。
「…さーて、やるか」
朝と同じように杖に魔力を流し込み魔法陣を形成して水球を作り出す。
「……ふむ、流石にか」
杖から形成された水球を空いている手で触ると、柔らかい感触が手に伝わる。
そして水球の底を少し押し上げるとズッシリとした重い感覚。
「重さはある、虚像ではない…ちゃんと存在している」
次に、魔法陣と水球の間にある少しの隙間に手を通す。
「…これも違うか」
魔法陣から水球が離れない、ならば何かで引っ付いている可能性があってもおかしくはなかった。
杖を扱う魔法使いだけが何故か無意識にできるなんて事と思ったが、違ったか。
「…次だ」
俺が今やっているは、俗に言う対照実験というものだ。
俺は朝、杖の魔法で魔法を飛ばそうとしたが、肝心の水球が離れて飛ばなかった。
逆に俺が自ら作り出した水球はちゃんと魔法陣から離れて飛んでいった。
不良品などではなく、俺の魔法と杖の魔法では絶対的な何かが違っているはずなのだ。
それを確認するためにも、俺の魔法と杖の魔法の違いを比べるのが対照実験だ。
「違ったか」
次だ、今日考えていた中で最後の候補、これが違えば…また考えるしかないな。
「さて、どうなるか」
動揺にまずは杖を使って杖から魔法陣を形成する。
そして次に、俺の手から魔法陣を生み出す。
ここまでくれば、俺が何をやっているのか、やろうとしているのかなど赤ん坊でも分かる。
俺が一番最後に考え付いた事、最も根本的な間違いがあるのではないかと予想したの、がこの二つの魔法陣がどこか違うという所だ。
ここからは目視、注意深く二つの魔法陣を見比べる。
今思えば、紙でもなんでも持ってくればよかったと後悔している。
まず大きな主役となる部分、これはどちらの魔法陣にも同様にあるし形は両方同じだ。
それは水の魔法、火の魔法、風の魔法ではそれぞれ違う、それぞれに主役の部分が存在している。
…正直、二つの魔法陣の違いはこれであって欲しかった。
主役の部分ではないと言うのならば問題点は周りの細かい部分…大きな大地の中から小さな小さな宝石を見つけるに等しいその光景に、やるしかないと分かっていても嫌気が差すような地道な作業だ。
「…ぐぬぬ」
一瞬でも気が抜ければ何処まで見たかわからなくなるのが魔法陣の欠陥探しに自分の精神がすり減るのが分かる。
今回は何が多くて何が少ないのか、欠陥を見るのではなく二つの魔法陣の違いを見なければならないのが難点だ。
今のところ、俺が作った魔法陣との間に特に違った編み込み文字は見られない、少しだけ変わって似ているのは無視だ。
「…やっぱり気になる」
杖には一つおかしな点があった。
俺がティズ・グラントリアからもらったこの杖、初めて持ったのにもかかわらず何故か今まで使い込んだものを使っているかのような感覚…杖が俺の体と一体化したかのような、そんな感覚。
「……ん?なんだこれは」
そんな事を考えていると一つ不自然な点がある。
それは杖から形成された魔法陣の方にあった。
その正体は一つの小さな編み込み文字…今まで生きてきた中で、俺が全く見たことがそれは、俺の顔を歪めるには十分すぎた。
「…これが、そうなのか」
しかし、本当にこれが正体だと結論付けるには早すぎる、まだ二つの魔法陣を完全に見比べることが出来たわけではない、まだ検証が必要だ。
「さて…まだまだ行くぞ」
もしも仮にあれが魔法が魔法陣から離れない正体だというのなら、あの編み込み文字は一体どんな役割を担っている?俺の知らない概念だ、仮定以外は慎重に考えて確信づいた結論以外は出してはいけない。
とにかく今は見ろ、絶対に不自然な編み込み文字は見逃すな。
「……ふむ、特にないな」
もっと細かく言うならば、俺が感じた不自然な点はさっき見つけた今まで見たことがない編み込み文字だけだ。
恐らくこれが俺を苦しめている物、つまり杖から魔法が離れない原因であるとすれば、こいつはどんな役割を担っているのだろうかと考える。
「魔法を扱う資格…まだ準備段階だった…本人の意思…意思?」
『簡単です、杖に魔力を流し込んで、自分が使いたい魔法を頭の中で想像する…本当にこれだけですよ』
ティズ・グラントリアの言葉が頭の中で反復する。
杖に魔力を流し込んで想像するだけで…想像とは一体なんなのだ?、やつの言っている想像とは何を指している?
「……まさか」
俺が杖を手に取り急いで魔力を流し込むと早い速度で魔法陣が形成され、そこから水球がいつものように現れる。
そして、俺は何もしていないのにも関わらず一人でに水球が動き始めた。
しかし速度はなく、この部屋を吟味するように飛び回っている。
「……はぁ」
下を向いてため息をつく。
この研究を一番苦しめていたのはあの見た事がない編み込み文字ではなく、それを哀れにも原因だと思い思考していた俺が一番の原因だった。
ティズ・グラントリアが言っていた想像と、俺が思っていた想像は全く違っていた。
「本当に動きを想像するだけでよく動くものだ、俺の前世では考えられないな」
俺が思っていた想像というのは、魔法陣の数値を頭の中で変える事だったが、ティズ・グラントリアが言っていた想像は魔法の動きを想像だと言った結論だ。
「これで杖を扱えたことは間違いない、練習を重ねていけば絶対に試験には合格できるだろう…ただそれでは駄目だ」
決して杖の存在を否定するわけではないし、これはとても素晴らしい道具だった。
だからと言って、今まで使ってきた魔法式を捨てる選択が生まれるわけでも決してない。
「なら、こうしよう」
俺はあの編み込み文字は、間違いなく魔法を動かすのに関係していると結論づけ、そして新しい事に挑戦する。
「杖を使わなければどの道処刑だ、かと言って杖を使うのは自分で自分の顔に泥を塗るような行為、なら仕方がないと思わないか?」
杖には使用者の手によく馴染むようになると言った変な特徴がある…なら、出来るよな、いや出来るさ。
自分の誇りのために命を投げ打ってでも成功させてやる。
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