【第二十一話】 ‐門番‐
「……遅い」
あれから、俺たちの逃亡劇は随分と過酷な物だった。
俺の飛行の魔法も、置物や家具が多い家の中では速度をだすことが出来ない。
槍をもって追いかけてきている追手たちも、各所に何人かを規則的に配置して俺たちの逃走経路を阻んできたことからそれなりの軍隊なのだろう。
何とか逃げ回っていた俺たちだったが、奴らの軍隊じみた動きと家の構造理解の浅さが不幸を呼び、俺たちは行先のない行き止まりのところまで誘導されてしまったのだ。
絶体絶命というやつだな。
じゃあ、その絶体絶命の状況でどうするのかっていうと…
「おい、降りてくるんだ!今すぐ降りてくるならば弁明の余地をくれてやることもない」
三十人以上の兵隊の中から一人の男が上を見上げながら答える。
そうなる状況も仕方がないことで、俺たちは飛行の魔法でずっと屋根に近い場所で高度を維持して飛んでいるから、そこまでくれば持っている武器の射程から外れることが出来る。
「だから言っているじゃないですか、こちらの家主様にこの子を見るまでそれは待っていただきたいんですよ」
「悪魔憑きの言葉など信用に値しない!」
はぁ、すーぐこれだ。
何だよ悪魔憑きって評判悪そうな名前しやがって、その事もおいおい聞くとしよう、今はそれよりも別の問題がある。
「遅いなぁ…何やってるんだ」
先ほど早くこちらに来るように家主には伝言を伝えてきてもらったはずだが、まさか悪魔憑きの戯言だと思われ取り合ってくれなかったか?
いや、アミの名前が出てきたのなら絶対に一度は確認するはずだ、家主のティズ・グラントリアは絶対に来る、絶対に。
「ちょっといい?さっきから言ってる悪魔憑きって言ってるそれ、全然心当たりがないんだけど一体なんのことなの?」
おいおい聞こうと思っていたが、今どうしても気になったことを聞くと、先ほどの男に笑い飛ばされる。
「悪魔憑きがそんな事を言うとは!よっぽどお調子者の悪魔が憑いているようだ」
俺は的外れな返答にがっかりした。
もう彼らからの回答で悪魔憑きについて分かることはないだろう…この場でただ一人、彼だけが喋っているこの状況だからな。
もしかして、今目の前で返答しているやつが一番偉いとか…そう言うやつか?俺からしてみればこいつよりも門番のあいつの方が強く賢そうな感覚がある。
「いや待てよ?」
今、俺は衝撃に事実に気づいた。
今門番のあいつがアミの母親より先にこの場に着いてしまったら、俺たちはなす術なくやられるのではないか?いや十中八九やられ牢の中へ…それだけはまずい、まずすぎる。
門番のあいつは見ただけで別格とわかる実力者、手が届かず見上げることしかできないこいつらの状況を打開できるのはあいつしかいないと考えるのは当然の判断!
それに悪魔憑きの戯言を取り合う筋は…それはアミがいるから大丈夫だと、名前を出せば絶対に来てくれる。
そもそも向こうの伝達人がアミの母親に俺の言葉が伝わっているかどうかも、俺たちには知る由がない。
今、この状況で一番大事なのは次にこの場に入ってくるのが、門番かアミの親かでおおよその未来が決まる。
ギィっと、俺たちが入ってきたドアから鳴った。
俺はドアの方を見る。
「ッ!何者だ!?」
数人余りの者が俺たちのに向けている槍をドアに向ける。
運命よ来い…来い。
ギィとなり続け、ついにドアが完全に開いた。
そこには華奢な女性なんて者はいなかった。
居たのは俺が伝言を預けた男とここにいる全員で掛かっても負けると思わされる肉体を持った男。
「……なるほど」
門番がそこにいたのだ、アミの母親よりも先に門番が来た。
クッソ…そっちか、でも何故だ?
「どうして家主様が居ないんだ?ちゃんと伝言は伝えていないのか?」
「伝えたが、家主様はどこかに走り出した…自室に帰り避難したのだろう」
「……へぇ」
確信した、アミの母親は絶対にこの場所に来る。
つまり、ここからは別の勝負になる。
「全員俺の後ろに下がり、全力で入り口を守れ」
門番がそう言うと、さっきの代表っぽいやつ含めて全員ドアの前に鎮座する。
その中で門番は槍を二つ貰う。
「さて、見た感じお前は悪魔憑きだな?」
「だから、その悪魔憑きっていうのは一体なんなんですか?」
「自覚なし…もういいな」
会話にならないと言った感じを出しているが、それを言いたいのは俺なんだが、俺からしたら全員会話が成り立ってないんですけど。
まぁでも、この感じは所謂あれだろうな。
「さて、最後の忠告する、今大人しく降りてくれば苦しまずに二人とも牢に入れる」
「絶対に嫌よ」
それを言ったのはアミだ。
門番は「そうか」と槍を構えた。
その姿から発せられる殺気に冷や汗が垂れる。
さぁ、ここからは耐久勝負、アミの母親がここに来るまでの間耐える。
絶対にこちらの方が有利な位置だ、この場所はあいつの攻撃範囲ではない。
警戒が最高潮に届いた瞬間、ジリッと門番の足が動く。
その瞬間、目の前から槍が現れた。
「……ッ!」
その槍が腕を擦りながらもなんとか回避する。
咄嗟に飛んでいった槍を見ると、天井に大きなヒビを入れて刺さっていた。
そう言う闘い方なら、俺の方が何倍も有利だ。
天井に刺さるほどの勢いの槍をなんとか避けられることが証明された今、それ以下の速度は避けられ、今の速度を避けたら奴の手持ちはなくなる。
「フゥッ!!」
門番の持っていた2本目が俺の前に飛んでくる。
先ほどよりも何倍も遅い緩やかな軌道、欠伸をしながらでも避けられる。
「…え、は?」
飛んできた二個目の槍から視線を下に移すと、そこからは奴の姿を確認できなかった。
「悪魔と言っても拍子抜けだな、まるで戦いなれていない」
何故かさっきまで下にいた門番は俺たちの真上まで来ていた。
刹那、体に勢いが乗り全体の視野が低くなり、次の瞬間には体の勢いが力で留められてうめき声を出してしまう。
「まさか簡単な注意そらしに乗ってくれるとは思わなかったな、子供の悪魔が憑いたのか」
気が付けば、俺たちはこいつに両腕で抱きかかえられている状態になった。
こいつは…やばい、絶対に正面から打ち合ってはいけない相手だったんだ、この結末はこいつが来てからすでに決まっていたことだったんだ。
「さて悪魔憑き、抵抗したな?」
門番はアミから俺を引き離そうとする。
当然抵抗するが俺の力もむなしい抵抗となり、簡単にアミと俺は別々に引き離され、首根っこだけで俺を持つ形になる。
「ぐ…あ」
奴の腕を握り自分の首から引き離そうとするが子供の力ではそれは叶わない。
やっばい死ぬ…マジでやばい、頼む…早く。
「……しぶとい悪魔だ」
門番の俺の首を絞める力がさらに強くなる。
意識がかすれて、視界にもやがかかったような状態になった時、門番の腕の中で、アミが何かを叫んでいる、しかし俺には何を言っているのかはかすれてよく聞こえてこない。
瞼が重くなり、俺の意志と関係なく眠るように俺は意識を手放した。
その時俺は確かに負けたが、俺は確かに勝っていた。
俺は確かに何かを開ける音を聞き逃さなかった。
────
──
「……はぁ」
目が覚めて一番最初にそんな気を落とすようなことを思う。
最近気を失う事ばっかだな強制的に眠らされたり今度は首絞めで…なんと不幸な人生なのだ。
まぁそれもこのフカフカのベッドですべてがどうでもよくなってくる。
是非とも俺の家に置いておきたいところだ。
それにしても何処だここ、そんなに寝ていないと思うんだが。
「目が覚めたか悪魔憑き」
声を聴いた瞬間、反射的に体が飛び跳ね、声の主と真反対の窓側に移動して距離を取る。
俺の行動に対して、声主は少し気を落としたような声を上げる。
「まて、何故距離を取る」
「なんで距離を取らないと思ったんだ」
「理解できないから疑問にしているのだろう」
門番が、俺の横にただ沈黙を貫いて居座っていたのだ。
俺はさっきお前に首を絞められていたんだぞ、なんで恐怖の対象になっていないと思っているんだ。
「首を絞められていたんだぞ?」
「それがどうした」
自分は悪くありませんと言いたげの門番にもう何もいいことが見つからない。
こいつ、良くも悪くも自分の意見は曲げない厄介な体質らしいな。
「というか、ここに俺がいる時点でうすうす感じているがアミは今どうなっているんだ?」
「お嬢様は今、家主様と戯れている」
「お嬢様、ねぇ…」
アミの事をお嬢様と言っているという事はどうやらこの勝負俺の勝ちのようだ。
あと数分遅ければ、俺たちは本当に牢獄の中だったからマジで本当に助かった。
「俺としては悪魔憑きのお前だけは牢獄に入れてもよかったのだがな、お嬢様が駄々をこねる」
「あぁ…アミには俺を言っておこうか」
「そうしておけ、お前の話もある程度お嬢様から聞いた、不本意ではあるが悪魔憑きであるお前に感謝する」
目の前の門番は、本当に不本意そうな顔で俺に感謝を述べた。
そんな顔しながら言うなら言わなくても別にいいのにな。
「それでどうする、お嬢様に会いに行くか?」
「じゃあ…あぁでも」
会いに行こうかと思った瞬間、俺は一人でこの街に来ているわけではないことがようやく頭の中を巡り、ハックとラフィの存在を思い出す。
起きたら俺がいなかったら大慌てするだろう。
「そうしたいのは山々だけど、今日は帰らせてもらうことにするよ」
「そうか、次に会うときは敬語を使うことを覚えるんだ」
「俺の事を殺そうとしてきた人に敬語が使えると本気思っているのなら戦慄するよ」
窓を開けてその縁に足をかけて踏み込んで飛ぶと同時に飛行の魔法で舞い上がる。
「また明日な悪魔憑き、できるなら来てほしくないが」
「来てほしいならそう言ってよ」
さらに空高く舞い上がった俺はある程度の高さになってから自分の家に向かった。
ひとまず、殺されかけたけど何とか一番最初の目的は達成できた。
まだ一番最初、ここからが勝負だっていうのに初めがこんな困難だったとは、一番最初に知っていればこんな苦労はせず、もっと簡単な方法を見出せたはずだろに。
「…俺もアミに変えられたかな」
それでも、アミの我儘は聞いてあげたかった。
なぜそう思ったのかは張本人の俺でも分からないがな、まぁそんなに深く考えることもないだろう
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