9.変化
ん…暖かい。
目を開けると、誰かの胸が見えた。
あぁ、ノエルさんに抱き上げられたまま眠っちゃったんだ。
久しぶりのノエルさんに、そのまま胸にぽすっと顔をうずめる。
ぎゅうっと抱き着くと、ノエルさんが動いて起きたのが分かった。
「ルーラ?起きたか?身体は大丈夫なのか?」
私が抱き着いたままノエルさんが起き上がったから、
そのまま引っ付いたままで私も起き上がった。
あれ?ここ寝台?私、ノエルさんと一緒に寝てたの??
「ん…胸…え?」
何かに驚いたノエルさんが後ろに後ずさって、そのまま寝台から落ちた。
ドンっと大きな音がした。痛そう…。
「ノエルさん、大丈夫?」
寝台から落ちたままの姿勢で、ノエルさんが固まって私を見ている。
ん?めずらしく目を見開いているけど、どうしたんだろう?
「おま…おまえ、ルーラ、なんだな?」
「何言ってるの?」
「気が付いてないのか?自分をよくみろ!」
見る?身体を見ると、胸の谷間が見えた。谷間?
いつも服が大きくて、少しだぼっとした感じで着ているのに、
なぜかきつくて、手足がはみ出してしまっている感じだ。
いや、違う。私、大きくなってる?
髪の毛も伸びているのか、肩までだった髪が腰まで伸びていた。
「…ノエルさん。私、大きくなっている?」
「…そのようだな。
魔力暴走を起こしかけて三日も寝ていたんだが、どういうことだ?」
三日も寝ていた。ここで?もしかしてノエルさんと一緒に?
「もしかして、ノエルさん、ずっと付き添ってくれていたの?」
「ああ、これ以上魔力が増えたら対処できないって言われてな。
俺がいれば吸えるだろう?」
「ご、ごめんなさい。お仕事の邪魔して…。」
「何言ってんだ。これも仕事だって。大丈夫だよ。」
ようやく動けるようになったのか、ノエルさんが立ち上がった。
「ちょっと待ってろ。女官たちに新しい服を持ってこさせるから。」
そう言って部屋から出て行った。
新しい服。確かに、この格好は人に見せていいものではないよね。
ノエルさんには見られてしまったようだけど…まぁ、ノエルさんならいいか。
「あらあらあら。」
緊急事態だと思ったのだろうか、
女官三人だけではなく、ユキ様も一緒に部屋に来ていた。
ミラさんはただ驚いているようだが、
ユキ様は面白そうに笑うと私の身体を調べるために手首をとった。
「ふたたび魔女の器が成長し始めたのだろう。
それに合わせて、止まっていた身体の成長もしたんだ。
そうだな。身体の成長は終わっただろうが、器はまだ成長するな。」
ユキ様の検査はすぐに終わり、
新しい服に着替えソファに移動して話を聞くことになった。
私の横にはノエルさんも一緒に座っている。
「それは、まだ俺が必要だってことですか?」
「もちろん。魔力の量に器の大きさが合ってないのは同じことだ。
離れれば同じことになるし、何よりもまだ魔力暴走の危険があるよ。
昼は仕方ないけど、夜は一緒にいるように。」
「え?まさか一緒に寝ろって言いませんよね?」
「その通りだけど?今朝までも一緒に寝てただろう?」
「女性と一緒に寝ろって言うんですか!?」
思わずノエルさんを見てしまう。顔を真っ赤にしている。耳まで真っ赤だ。
でも、私の年齢はずっと変わっていないんだけどなぁ。今更恥ずかしがられても…。
同じように思ったらしく、女官三人も私と同じ目でノエルさんを見ている。
誰からも同意されないことにノエルさんは動揺し始めた。
「いや、だって。」
「ノエルさん、私ずっと子どもじゃないって言ってましたけど。」
「それは聞いていた。だけど!」
「私は最初から恥ずかしかったんですけど、ようやく慣れてきたんです。」
「それは…すまなかった。ルーラ、何歳なんだ?」
「十六歳です。」
「そりゃ…恥ずかしかったよな。ごめん。」
「いいえ。助けてもらってるので、それはいいんです。」
ユキ様が何かに気が付いたようで席を立った。
「さすがにルーラが大きくなったし、あの寝台では小さいだろう?
ノエルの部屋と交換しようか。」
ノエルさんの部屋と交換?
この部屋ではなく、ノエルさんの部屋に移動するのかな。
ユキ様が寝台の部屋とつながっているとびらを閉めて、もう一度開けた。
開けた先には、大きな寝台が見えた…え?
「今、何をしたんですか?寝台が変わりました!」
「寝室を部屋ごと交換したんだよ。これはノエルが使っていた部屋。
この大きさの寝台なら二人で寝ても落ちないだろう?」
新しくなった部屋に入って見ていると、ユキ様が面白そうに言う。
ノエルさんは渋い顔になったが、それ以上はもう何も言わなかった。
その日の夜になって、ノエルさんが再び部屋にやって来た。
魔獣を倒しに行ってきた報告を陛下にしに行くと言っていたので、
今まで仕事をしていたのかもしれない。
「おかえりなさい。」
「あ、ああ。ただいま。」
騎士服を脱いでくつろごうとしているのを見て、用意していた薬を持ってきた。
それを見て、ノエルさんが不思議そうな顔をする。
「なんだ、それ。」
「傷跡に塗る薬です。私が作ったの。
ノエルさんになら塗ってもいいって、ユキ様に許可もらった。
…こんなにお世話になってるのに、私は何もできないから。
薬くらいはと思って。」
「そんなこと気にしなくても良かったのに。」
「塗ってもいい?…見せたくない?」
もしかしたら、傷を見せたくないかもしれない。
そう思って、恐る恐る聞いてみた。
ノエルさんはにやっと笑って、
「大きくなったけど、そういうとこ、やっぱりルーラだな。
塗ってくれるか?」
「うん。」
長くしている前髪を手で上げて、傷を見せてもらう。
四年前の傷だから、もうふさがって長いはずと思ったのに、
魔獣から受けた傷だからだろうか。ふさがって間もないように見えた。
これなら、治りも早いかもしれない。
痛くないように、そっと薬を塗る。
目を伏せたノエルさんはやっぱり綺麗な顔をしていた。
髪で隠すのはもったいないな。早く治ると良いのに。
「これで終わり。毎日、寝る前に塗るね。
だんだん治りかけてくるとかゆくなるけど、頑張って耐えてね。」
「かゆくなるんだ。だけど、この傷はずっと痛痒いんだ。
いつものことだから、気にしないと思うよ。」
ずっと痛痒い。じゃあ、やっぱり傷はふさがってない。
そんな状態で四年も我慢してきたんだ…。
思わずノエルさんの頭を撫でてしまう。
「ん?」
「ずっと痛みと戦っていたんだなって思って。
これは、頑張りました、のなでなで。
痛いのを我慢した時に母様がよくやってたの。」
「そうか。なんだか痛みが和らいできた気がするよ。
ありがとう。」
「あ、寝る時だけでもいいから、髪を上げておいていい?
薬がつくと、髪が変色するかもしれない。」
「ああ、そうなんだ。わかった。縛っておくよ。」
両目が見えると、表情もわかりやすい。
これからもっといろんなノエルさんが見えるかな。
奥の寝台に移動して寝ようとすると、ノエルさんが固まっていた。
ん?また顔が真っ赤だ。
「…ノエルさん。大丈夫?」
「…大丈夫。気にしなきゃいいんだろ。大丈夫。」
いや、全然大丈夫って顔していないんだけど。
仕方ないから、ノエルさんの手を引っ張って、一緒に寝台の中に入る。
くっついていないと効果ないから、ノエルさんの左腕に抱き着くことにした。
「うっ。」
なぜかノエルさんがうめいている。
そんなに強く引っ張ったつもりはなかったのだけど、痛かった?
「これが一番楽かと思ったんだけど…。
いつもみたいに抱きしめるのは無理でしょう?」
「だ、抱きしめる。そうだな…今日は腕で我慢してくれ。
ちょっとずつ慣れると思うから。」
「うん、わかった。おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
抱きしめられていないのは少し寂しいけど、
この前まで一人で寝ていたのに比べたらなんてことない。
抱き着いている腕からノエルさんの匂いがする。
安心するいい匂い。その匂いに包まれるように、すぅっと眠りについた。
…の後も、ノエルさんが眠れなかったことを、私は知らなかった。