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ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る  作者: gacchi(がっち)


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45.薬茶

処方台にはたくさんの薬草が並べられていた。


「ユキ様、この材料には見覚えがあります。でも、一つだけ違いますね。」


「見覚えが?どこで?」


王宮に来てもうすぐ一年が経とうとしていた。

次期王宮薬師長の修業も本格的になって、魔力の器を育てる薬茶の処方を学ぶことになった。

処方台に並べられた薬草の種類と組み合わせが、見たことのあるものだった。


「母様とお茶していた時に飲んでいた薬茶です。

 母様は成長を促すお茶と言ってたのですが、材料が一つだけ違います。」


「なんだと。どれが違うかわかるか?」


「はい。リーニャの実ですが、実のまま使うのではなくて、

 完熟して木から落ちたものの種だけを乾燥させて使っていました。」


「リーニャの実か。それも完熟したものの種だと?

 すぐに手に入れるのは難しいか。」


「あぁ、薬屋の裏の畑にリーニャの木がありますよ。

 収穫せずに放っておいてますから、完熟して落ちてるんじゃないでしょうか。」


「そうか。じゃあ、取りに行かせるか。」


近くにいたユキ様の護衛はそれを聞くと、外に待機している侍従に伝えた。

誰かに取りに行ってもらうのだろう。

リーニャの木はいつもなら二か月前には収穫時期になっている。

今年は誰も収穫していないだろうから、そのまま完熟して落ちて残っているはずだ。

でも、それを試してどうするんだろう。



昼食を食べてお茶を飲んでいると、薬屋に取りに行ったものが戻ってきたようだ。

袋にリーニャの種だけをつめたものをユキ様に手渡している。


「ルーラ、乾燥はこんなもので大丈夫か?」


「そうですね。いつもはもう少し天日干ししますが、

 このくらい乾燥していれば大丈夫だと思います。」


「よし、じゃあ、その薬茶を処方してみてくれるか?」


「はい。」


母様が処方する時はいつも横に椅子を持っていき、その椅子の上に立って見ていた。

母様の魔力が吸いこまれていくように消えて、しだいに薬茶の色が変わっていく。

魔法使いのようだねって言ったら、母様は魔女なのよ!って楽しそうに言っていた。

そのことを思い出しながら、丁寧に処方していく。

母様が亡くなって、一人でお茶をするのが耐えられなくて処方できなかった。

だけど記憶の中にはいつも母様の処方する姿が残っている。忘れるわけが無い。


ゆっくりとすべての薬草に魔力がいきわたり、色が定着した。

あぁ、懐かしい匂い。あの頃の小さなテーブル、水色のティーカップ。

たまに食べた焼かれたマシュマロ入りのサンドクッキー。

薬茶と共にいろんなことが思い出された。


「…できました。母様とよく飲んでた薬茶です。」


ユキ様に差し出すと、手でつまんだり匂いを嗅いだりして確認している。

薬茶を入れると、少しだけもわっとした匂いと魔力が立ち上がる。

口に入れたユキ様が、そのまま少し止まった。


「ユキ様?」


「これは…改良されている。」


「え?」


「私がミカエルに教えた、魔力の器を成長させる薬茶が改良されているんだ。

 これならもっと効率よく器を育てられるだろう。

 ルーラ、今ならまだ王子たちに間に合うかもしれない。

 陛下たちよりも器を大きくすることができるかもしれん。」


「本当ですか!」


「ああ。なんてすばらしいんだ。

 ミカエルはやっぱり研究を続けていたんだな。

 そうか…ルーラがいたからか。」


「私ですか?」


ふとユキ様が私を見て何かに気が付いたようだ。

私がいたから?


「最初会ったとき、魔力の器の成長が止まっていただろう?

 おそらくルーラは産まれた後で器の成長が遅いことがわかったんだ。

 だから魔力の器を育てる薬茶を与え、ルーラのために改良し続けたんだ。」


「…父様が。私のために?」


父様が亡くなったのは私がまだ幼いころ、確か四歳の時だったはず。

いつも本を読んでいる人だった。

今考えれば片足が不自由だったから歩けなかったのだろう。

その分母様がいろんなところに連れて行ってくれた。主に薬草を取りにだけど。

取ってきた薬草を父様に見せると、うれしそうに一つずつ説明してくれた。

薬草じゃないものもたまに混ざっていて、それも面白がって説明してた。

父様が教え、母様が処方し、私に受け継がれて来たもの。

今ここに私がいるのは両親がいたから、両親から受け継がれたものがあったから。


「明日から王子に飲ませる薬茶はルーラの処方に変えよう。

 王宮薬師としての初めての担当だな。」


「本当ですか!?」


「ああ。この処方で間違いない。

 私が処方する薬茶よりも優れているんだ。自信を持っていい。

 明日、王子たちに会わせよう。

 直接ルーラが薬茶を出すことは無いが、

 誰が処方しているのかは教えておかなければいけないからね。

 公爵の時のようなことがあっては困る。」


「わかりました。」








「王子たちの担当になるのか。」


「うん。器を成長させる薬茶の処方担当になったの。

 母様から教えてもらっていた薬茶が、父様が改良した薬茶だったみたい。」


「そっか。うれしそうだな。」


「うん。父様が改良した薬茶を、ちゃんと王族に伝えられて良かった。

 私がここに来た意味があった気がして、うれしかったの。」


「ルーラは、伝えるためだけの存在じゃないよ。

 もう俺には、いや俺たちにはルーラがここにいてくれることが大事なんだ。

 でもよかったな。父親のことが誇らしいんだろう?」


「うん。」


夜着に着替えて寝台の上で今日あったことを報告する。

お互いに忙しくても、この時間だけは大事にしていた。

私からは新しい修業が始まった報告や、

もしかしたら新しい王宮薬師が入ってくるかもしれない噂。

ノエルさんからは白の騎士が引退し辺境伯が変わったという話、

レミーラ様の所に訪ねている陛下が、週一から週二に増えたという話だった。

陛下は三人の妃へのかかわり方を反省したようで、

正妃様や側妃様とも王子たちを呼んで一緒にお茶をするようになったらしい。

ようやく親子で会話ができるようになったとユキ様も安心していた。


「親子か。俺はよくわからなかったな。

 ミラさんが母親代わりで、ユキ様がお祖母様のようなものだったからな。」


「それは…すごい家族だね。ちょっとうらやましいかも。」


「ははっ。それもそうか。…なぁ、ルーラ。」


「なーにー?」


「俺と家族を作る気はあるか?」


「え?」


「だから、結婚したけど、そういうことしてこなかったから。

 だけど、そろそろ夫婦らしいことしてもいいか、って聞いてる。」


夫婦らしいこと…そういうこと…あ。


「…ノエルさんがしたいなら、どうぞ…。」


「…抵抗しなくていいのか?嫌ならいくらでも待つよ?」


「あまりにも自然に一緒に寝てたから、考えてなかったの。

 ごめんなさい。私が子ども過ぎて待っててくれたんだよね?

 …あの、よろしくお願いします。」


「…じゃあ、こちらこそよろしくお願いします。」


お互い真っ赤になって挨拶してる姿がなんだかおかしくて、

目を合わせたらどちらからともなく笑ってしまった。

笑ったあと、真面目な顔をしたノエルさんが私の頬に手をそえて来る。

そのまま目を閉じて、ノエルさんのくちづけを受けた。


少し震えたノエルさんの手が私の夜着を脱がせていく。

恥ずかしいけど、少しも嫌じゃなかった。

初めてふれた素肌のノエルさんの胸はいつもよりも暖かくて、

このままずっと閉じ込められていたいと思った。




もうすぐ十七歳の誕生日が来るこの日。

ようやく本当に意味でノエルさんの妻になった。





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