40.辺境の地
辺境の地に来て一週間が過ぎた。
森に入ってすぐのところに野営を設置し、私たち王宮薬師はそこで後方支援を行っている。
一緒に来たのはフォゲルさんとジュリアさんで、
何度か討伐隊に参加したことのあるフォゲルさんが先頭に立って指示を出してくれる。
その指示に従い、薬を処方し、騎士たちの治療にあたるのだが、
次期王宮薬師長である私が直接騎士の治療にあたるのはまずいらしく、
治療はジュリアさんが主にがんばってくれている。
私は必要な薬を処方することに専念し、薬師用に張られた天幕の中で作業を続けている。
処方している私のすぐそばには、
近衛騎士のアランさんと女性騎士のリリアナさんがついている。
私が動くと二人も一緒に動くことになるので、他の騎士の邪魔にならないように、
私はなるべく動かず天幕の中にいることにしていた。
「そろそろ休憩に入りましょうか。」
ずっと立ったままの二人に申し訳ないと思い、座ってほしいとお願いしたこともあった。
だけど護衛中に座るのはダメだと断られてしまったので、こまめに休憩を入れることにしていた。
大きな天幕の奥に薬師用の休憩室が用意してあるが、
小さめの休憩室は三人で中に入ると狭く感じられる。
でも、おかげで内緒話をしているような感覚になって、二人と打ちとけるのは早かった。
「ヘレンさんの淹れてくれるお茶が恋しいです。」
休憩中は自分でお茶を淹れるのだが、
どうしてもヘレンさんたちが淹れてくれるようにはうまくいかない。
同じ茶葉なはずなのに、微妙に味が違うように感じる。
「あぁ、ヘレンの特技でもあるのよ。お茶淹れるだけじゃなくて、水の浄化とか。
あの子は生活魔術に特化しているのよね。」
「ヘレンさんって、どうして女性騎士にならなかったんですか?
ものすごく騎士にあこがれてますよね?」
「うん、そうだね。ずっと練習とか熱心に見に来てたよ。
俺が入団する前から来てたらしいから、
それこそ十歳になる前から王宮にあがってるんじゃないかな。」
「それでも入団しなかったんですか?」
「…ヘレンには言っちゃダメだよ?ヘレンね、剣技だけ不器用なんだ。」
「そうね…小さいころ木剣で練習している時に、
よく木剣がすっぽ抜けて壁に突き刺さってたわ。
なんでだろうね…力はあるからあれさえなければ騎士になれたのに。」
「逆に力がありすぎたからじゃないか?手で殴る分には良いんだけどなぁ。」
「…えーっと。目指したけど、無理だったってことですか?」
「うん。泣く泣くあきらめてた感じだね。
生活魔術が得意だから女官になった方がいいって説得されて。
最後は俺と婚約することであきらめたみたいだよ。」
「え?婚約することであきらめたんですか?」
「うん。俺が代わりに騎士になるって約束して。なんとか納得させた。」
「ふふふ。見てて可愛かったわよ。十五歳の頃だったかしら?
アランがヘレンに騎士の誓いをたててね。
お前の代わりに俺が騎士になってやるって。
騎士団の中では有名な話なのよ。」
「…リリアンさんは全部見てきたからな…。
本人にはもう言わないでやって。」
「言わないわよ~。暴れたら剣技以外でも怖いんだもの。」
意外…。なんでもできそうな完璧女官のヘレンさんだと思ってたのに。
騎士じゃなくて女官になったのにはそんな理由があったんだ。
それでも騎士が好きってあれだけあこがれているのって、なんだかいいなぁ。
「あ、そろそろ仕事に戻ろうか?
次の休憩あたりでノエル様が戻ってくると思うし。」
「はーい。」
次の休憩に入れば私の今日の仕事は終わり。
ノエルさんが戻ってきたら、ノエルさんに魔力を補充しなければいけないので、
そちらを優先するようにと言われている。
夜遅くのほうが魔獣が活発化しやすいそうで、いつものように一緒に寝るわけにはいかない。
そのため朝と夕方に仮眠しに帰ってくるノエルさんの側にくっついて、
魔力を補充することにしていた。
「ただいま~。」
全力で魔獣を討伐してきたノエルさんは、汗の匂いの他に草の匂いが混ざる。
魔獣と一緒に草や木も薙ぎ払っているんだろう。
新しい魔剣のおかげで討伐は順調のようだ。
ノエルさんが来なかったら間違いなく大発生になっていたと聞いた。
そうなれば少なくない犠牲が出ていただろう。
それを聞いて無理を言ってついてきて良かったと思えた。
「お疲れ様。横になるまえに薬湯飲んで。少し楽になると思うから。」
どうしても夜間はずっと討伐に行かなければいけないし、
日中も一度は様子を見に戻らなければいけない。
ノエルさんの睡眠時間は通常の半分以下しか取れず、体力も削られて行く一方だった。
もう少しで討伐が終わると言っても、まだ危険な状態に変わりはない。
少しでも体調を回復してから討伐に戻ってほしかった。
「うん、美味しくない。でも、ありがとう。」
一気に飲み干した後、顔をしかめていたけど、
それでも笑顔でお礼を言うノエルさんに抱き着いて押し倒す。
「じゃあ、少しでも眠ろうね。」
「ルーラ。押し倒すのは止めて…。」
「ごめん。少しでも早く寝てほしくて。」
仕方ないなぁってクスクス笑いながらも私を抱きかかえて眠ろうとするノエルさんに、
抱きかかえられたまま魔力をゆっくりと流し込む。
前みたいに力が入らなくなるような吸い込まれ方じゃなく、
ゆっくりと魔力を混ぜ合うようなそんな気持ちで。
そうするとノエルさんから寝息が聞こえて、ようやくほっとする。
あと数日もすれば魔獣の発生も終わるはずだ。
それらをすべて討伐できたら、この野営地を片付けて王都に帰ることになる。
…一度は行きたいけど、ダメかな。
母様の眠る場所に行って伝えたかった。
こんなに素敵な騎士様と結婚して、幸せになっているんだと。
母様と父様から受け継いだ薬師の知識がちゃんと人の役に立っているんだって。
すべての討伐が終わったらお願いしてみよう。
ノエルさんならきっと母様の眠る場所に連れて行ってくれると思うから。




