34.夫です
「みなさん、協力感謝する。騎士も来たので、もう大丈夫だ。」
「あんた、ルーラちゃんのなんなんだ?」
悪気はないのだと思うが、私を抱えているノエルさんを皆は知らない。
集まっていたおじさんたちがノエルさんに誰だと詰め寄ってくる。
私が小さいころから育つのを見守って来た近所の住民たち。
亡くなった父様の代わりに私たちを守ろうとしてくれていた人たちだった。
「俺は…ルーラの夫だ。」
「夫!ルーラちゃん、結婚したのか!そりゃめでたい。
こんな強い人なら、ルーラちゃんも安心だろう。」
「そうだな。ルーラちゃん一人でいると危ないからな。
しばらく見ないうちに大きくなったようだが、ルーラちゃんだからな。
目を離すとすぐに迷子になりそうだ。」
「そりゃ、違いない。あんた、ルーラちゃんをよろしく頼んだよ。」
思ってもいなかった祝福に驚いてしまうが、
ノエルさんは顔色一つ変えずに真剣に答えていた。
「ああ。任せてくれ。もう危ない目にはあわせない。」
「そうか。安心したよ。じゃあな~。」
おじさんたちが去って、騎士が男たちを一人ずつ荷馬車にのせている。
あの人たちはこの後どうなるんだろう?
私をハンナニ国に連れて行くって、あの貴族から頼まれたんだろうか。
「あ、そいつらは街の牢じゃなく、王宮の牢へ運んでくれ。」
ノエルさんが何か書きつけて渡すと、騎士たちはその紙を見て頷いた。
王宮の牢に入れるのは王宮騎士の指示が必要なのかもしれない。
「わかりました。すぐに王宮まで運びます。」
最後の一人を荷馬車に乗せたのを見届けて、ノエルさんは歩き出した。
…私は抱きかかえられたまま。
「ここまで馬で来ている。
向こうの大通りの所でつないであるから、それに乗って帰ろう。」
「うん、わかった。」
大通りにつないでいた馬は、見たこともないほど大きい黒馬だった。
おとなしい性格なのか、じっと待っていたようだ。
ノエルさんは馬を綱から外すと、私を抱えたまま馬にまたがった。
またがった後で横向きに座るように馬にのせてくれた。
「横向きだと安定しにくから、俺のほうに体重かけてしっかり捕まって。」
「うん。」
抱きかかえられるようにノエルさんの腕の中にいて、
その温かさに包まれているうちに気が緩んでいくのがわかった。
さらわれたと思ったら街にいて、店にいたと思ったらまたさらわれそうになって。
あまりに色々とありすぎて、心が追いついていなかったようだ。
まだ王宮への道は半分以上あると思うのに、なぜか道から少し外れた。
道から少し森に入った所、旅人用の休憩場所になっているのだろうか。
湖のほとりで開けている場所についた。
「ここは?」
「ちょっと寄り道。…ルーラ、顔を見せてくれ。」
「ん?」
見上げると、不安げな顔のノエルさんが頬の涙をぬぐってくれた。
「…何もされていないか?」
「うん。大丈夫、なにもされてないよ。
ハンナニ国に連れて行かれそうになったから、旅に行く準備をするって言って時間を稼いだの。
王宮に知らせを送ってあったから、迎えが来るまでなんとか頑張ろうと思って。
時間稼ぎが難しくなった頃にドアの外からノエルさんの声がして、
あの男たちがドアの方に注目した隙に虫よけの煙幕をはって外に出た。
私のことはハンナニ国から家出した貴族の娘だと聞いてたって。
連れてくれば大金を渡すって言われてたみたい。
だから、おとなしくついて来れば何もしないって言われてた。」
「…良かった。ルーラが無事で良かった。
もう気が狂いそうだった。ルーラに何かあったらどうしようかと。
開かないドアの中で何が起きてるのかと思ったら…心配でおかしくなるかと思った。」
「心配させてごめんなさい。」
「いいんだ。お前が悪いんじゃない。リリアンに連れ出されたんだろう?」
「…知ってたの?」
「リリアンが俺に言いに来たんだ。
ルーラは貴族をやめて街に帰ったってな。
だから急いで馬で迎えに来たんだ。
ごめん、俺のせいでルーラを危険な目に合わせた。」
「…違うよ。ノエルさんが悪いんじゃない。
私のせいでノエルさんはリリアン様と結婚できなくなったんだもの。
リリアン様が怒るのも無理ない。」
「…ルーラ。俺がリリアンと結婚したいと思ったことなんて無い。」
「でも…。」
「ルーラ。俺が結婚したいのはルーラだよ。」
「え?」
その言葉に驚いて聞き返したけど、ノエルさんの目は嘘じゃなかった。
まっすぐに見つめられて、手を伸ばせばすぐにふれられるほど近くに顔があって、
濃い青の瞳から目をそらせなくなった。
ノエルさんが結婚したいのは私?
「ルーラが王宮からいなくなったって聞いて、もう無理だった。
俺のそばにルーラがいない。いなくなるって想像しただけでダメだった。
もうルーラと離れたくないんだ。
ずっと俺の隣にいてほしいし、俺はルーラのそばにいたい。
だから、結婚してくれないか?」
「ノエルさん…本当に?後悔しない?」
「俺はルーラが好きなんだ。
いつから好きなのかわからないけど、薬師のルーラも女の子としてのルーラも、
人間としてのルーラも大好きなんだ。ルーラは…?」
「…いいの?ノエルさんを好きって言っても困らないの?
こんな子供みたいな私でも、それでもいいの?」
「それでもいい、じゃない。
そういうルーラが全部ひっくるめて好きだって思うんだ。
俺を好きだって言ってくれるか?」
「…好き!ノエルさんが大好き!」
「うん、俺も好きだよルーラ。」
抱き寄せられるままに身体をゆだねて、ノエルさんの存在を感じる。
大きな手が頬に添えられて、ゆっくりと上を向かされた。
重なったくちびるが、ノエルさんのほうが大きくて、ぴったり重ならなくて。
何度も何度も角度を変えて、全部のくちびるが重なり合わないか確認するみたいに、
ずっとそうしていた。




