25.任命
「陛下たちが入場したら夜会が始まる。そのあとすぐに任命されると思う。」
「そうなんだ。今は公爵家の入場?
陛下の入場まではもう少しかかるのかな。」
身分が下のものから入場することになっているらしく、
私たちが入場した時にはもうほとんどの人が入場した後だった。
王宮薬師は伯爵の位だけど、私自身がフォンディ伯爵家の当主でもある。
エスコートしているのが侯爵の位のノエルさんだということもあって、
かなり後ろの入場になったらしい。
一度きりの夜会なのであまり覚えてなくてもいいかと思うけど、
その辺のことは一通りミラさんから説明された。
自分たちの後から入場するのが自分より上の位の人だから、
こちらから話しかけないようにと。
向こうから話しかけられたら失礼のない程度に話せばいいそうだ。
もちろん、二人きりで話そうとか踊ろうと言われたら断っていいと言われた。
ノエルさんのそばを離れちゃいけないし、ダンスはそもそも踊れない。
何かあればノエルさんを頼りなさいと言われたので、
人が増えてくるなか離れないようにノエルさんの袖をつかんだ。
「どうした?不安か?」
袖をつかんだのが不安そうに見えたのか、ノエルさんがのぞきこんでくる。
「あのね、人が多くなってきそうだったから、離れちゃダメだと思って。」
「ああ。はぐれないようにつかんでたのか。なるほど。
そういう場合は腕に手を添えていてくれればいいよ。ほら。」
なるほど、つかんでいいところが決まっているらしい。
差し出された腕に手を添えて、身体を少し寄せた。これで大丈夫なはず。
「ノエル兄様…?」
少し高い声で呼ばれノエルさんが振り返る。
それにつられて私も振り返ってみたら、赤色のドレスを着た令嬢が立っていた。
私と同じ年くらいの令嬢だろうか?胸に白い薔薇をつけている。
顔色が悪く、声も震えていたけど、体調が悪いのだろうか?
それに…兄様って呼んだ?ノエルさんには兄と姉しかいないはずなのに?
「ああ、リリアンか。久しぶりだな。四年ぶりか?」
「…ノエル兄様、どうして隣に女性を置いているのですか?
私のエスコートはしてくれないのに、どうして!」
あぁ、体調が悪いんじゃないくて悲しんでいたのか。
ノエルさんのことが好きなのかな…そう思うと胸が痛んだ。
「どうして俺がリリアンのエスコートしなきゃいけないんだ?」
「だって、ノエル兄様は私の婚約者なのに!」
「いや、お前との婚約は解消されているだろう?
親戚ではあるが、俺がエスコートする理由は無いよ。」
「そんなの私は認めません!
それに、お父様がもう一度婚約させてくれるって言ってました。
侯爵家にも話が行ってるはずです。」
「…いや、それは無理だな。
俺はもう侯爵家に籍はない。ユキ様が後見人になってる。
だから、いくら父上が良いと言っても婚約できないよ。」
あ。そうか。ノエルさんが色付きの魔剣騎士に戻ったら、
公爵家に呼ばれても不思議じゃないんだ。
もう一度必要になったから婚約し直すって言われてもおかしくない。
でも…もうすでに私と魔力の共生の儀式をしてしまっている。
もし私がいなくなったとしても、他の人と結婚することは出来ない。
だからノエルさんは、この令嬢の気持ちにはこたえられない。
「そんな…そんな女のどこがいいの!
兄様は私と一緒になって公爵家を継いだ方が幸せに決まってるわ。
その汚らしい手を放しなさい!」
怒りで染まった目で睨まれて、どう答えていいかわからない。
この令嬢からノエルさんを奪ってしまったのだろうか?
私がいるから一緒になれなくなってしまったの?
「リリアン!それ以上は止めろ。ルーラが何したって言うんだ。
それにお前の態度は不敬だぞ。」
「どうしてよ!私は公爵令嬢なのよ。
こんな女に不敬だなんて言われるわけ無いわ!」
「わきまえろ。お前は公爵家の令嬢だが、お前自身に爵位は無い。
ルーラは伯爵家の当主だ。お前のほうが身分は下だ。
ちゃんと理解して謝れ。」
「…そんなわけないじゃない。
こんな若い女性の当主なんて聞いたことないわ。
ノエル兄様、だまされてるんじゃないの?
いいわ。そのうちお父様がちゃんと婚約させてくれるから。
そうなったらノエル兄様は返してもらうんだから!」
もう泣きそうな顔で去っていく令嬢に何も言えなかった。
どうしよう。私があんな顔させちゃった?
「ルーラ、ごめんな。嫌な思いさせて。
あれが前に言ってた公爵家のリリアン。
公爵家から一方的に婚約解消になったから、
リリアンも納得してるんだと思ってたんだがな。
侯爵家のほうは言われても何とでもなるから気にしなくていい。
…大丈夫か?」
優しい目で慰めてくれるノエルさんに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。
私のせいで結婚できなくなったというのに、責めないでくれている。
謝りたいけど…謝っても意味が無いんだろうな。
これ以上ノエルさんが気にしないように顔をあげて微笑んだ。
「大丈夫。もうすぐ任命始まる?」
リリアン様と話していた間に王族の入場が終わっていた。
これから王族への挨拶が始まるが、そのまえに任命があるそうだ。
「ああ、そろそろだ。行こうか。」
ノエルさんの腕につかまったままエスコートされてついていく。
王族の席に座る陛下を見ると、こちらを見ていたようだ。
なぜか唖然とした顔をしている…どうかしましたか?
ゆっくりと陛下の前に進み、礼をして待つ。
「…ノエル、ルーラ、顔を上げよ。」
その声で顔を上げ、静かに任命されるのを聞く。
「ノエル、再び魔剣との契約を結び、
最上ともいえる魔力をまとわせた魔剣を持つ騎士となった。
青の騎士として王宮薬師のルーラ付き護衛を任命する。」
「はっ。」
「ルーラ・フォンディ。
王宮薬師として任命するとともに、次期王宮薬師長に指名する。
ユキ王宮薬師長について王宮薬師長の修業をすることを命じる。」
「はい。ご任命を承ります。」
「皆のもの、ルーラは亡くなったミカエル元王宮薬師長の娘だ。
王宮薬師であるとともに、フォンディ家当主であることも認める。
異議は認めない。ユキ姉様がルーラの実力を評価している。
同時に、その身の安全が保障されるまで青の騎士をルーラ付きに任命した。
これにも異議は認めない。よいな。」
広間いっぱいの貴族たちが口々に騒ぎ出した。
フォンディ家?無くなったんじゃないのか?分家が継ぐって言ってなかったか?
青の騎士を護衛に?なんてもったいない。それだけあの女に価値があるのか?
あの令嬢は未婚なのか?すぐに取り込め。どうにでもできるだろう。
ノエル様が戻ったのなら結婚相手にどうだろう。婚約は解消されていたはず。
それぞれの思惑が聞こえてくるが、その声はどれもあまり良いものではなかった。
私とノエルさんは再び礼をして陛下の前を去った。
声をかけたそうにしている貴族たちは一切無視して、そのままバルコニーにでる。
広間の中では息が苦しくなりそうだった。




