2.どうして王城に?
連れて来られたのは、本当に王城だった。
初めて近くで見る王城の大きさに圧倒されてしまう。
出迎えた使用人達の前で馬車から降ろされると、お客が使用人達に指示を出した。
「俺の妃にする。部屋に通して整えさせろ。」
「は?」
「いいから、早くしろ。」
「はい!」
命令されて慌てた使用人達に囲まれ、王城の部屋に通された。
とても広く綺麗な部屋ではあるが、奥に大きな寝台があるのを見て、これはまずいと気が付く。
あのお客はおそらく国王陛下だ。そして、俺の妃にすると言っていた…どうして!?
「お妃さま、湯あみをしましょう。衣服をお預かりいたしますね。」
綺麗な女性が部屋に入ってきたが、同じ服を着ているから女官だろうか。
どう説明しようかと口を開く前に、三人がかりで私の服を脱がせようとしてきた。
ここで抵抗しなかったら終わりだ。そう思って、身体を両腕で抱くようにして全力で抵抗する。
「嫌ですっ。放して!脱がさないでください!」
「そんなことをおっしゃられても。
陛下のお妃さまになられるのですから、湯あみをして身なりを整えましょう?」
どうして私が陛下の妃に!そんなわけはないのに!
困った顔になる女官たちに向かって、力いっぱい叫ぶ。
「私にそんな気はありません!絶対に嫌です!」
「…えええ?どういうことなのですか?」
とりあえず脱がすのをやめてくれた女官たちに必死で訴える。
平民がお妃さまになれるわけがない。
一夜の相手にされて放り出されるくらいなら、無礼だと処刑される方がましだ。
「私は薬師です。店から無理やり連れて来られました。
陛下からお妃になどという話はされておりませんし、承諾もしておりません。
私をここから帰してください。」
女官たちが顔を見合わせて、小声で相談をし始めた。
このまま私に湯あみをさせるのは無理だと判断したのだろう。
そのうちの一人が部屋から出て行った。
「今、女官長を呼びに行っています。
女官長が来たら、もう一度詳しくお話ししていただけますか?」
「わかりました。」
この女官たちには私を帰すことはできないのだろう。
女官長なら、もしかしたら陛下に意見できるのかもしれない。
少しの希望を持って、女官長が来るのを待った。
「あらまぁ、こんなに可愛らしいご令嬢を連れて来るとは…。」
少しの時間の後、対面した女官長はそう言って驚いていた。
そう思われるのも無理もない。私は小さい。とても十六歳には見えないだろう。
両親が亡くなった十二歳の頃から、まったく成長していないのだから。
「とりあえず、座って話を聞かせてもらえるかしら?」
近くにあったソファに座るように言われ、おとなしく座ることにする。
精神的な疲れで、もう立っていたくなかった。
座って、あらためて女官長と向き合うと、今日起こったことをすべて話した。
できるだけ詳しく、私にはどうしてこうなったのか全く分かっていないことを。
話し終わった時に、女官長は考え込んでいるようだった。
そして、扉のところにいた衛兵に向かって声をかけた。
「一人はユキ様を呼んできて。
もう一人は宰相の所へ、何が何でも陛下をお止めするように、と伝えてきて。」
「「はっ!」」
衛兵たちがすぐさま部屋から出ていく。
それを見届けて、女官長はふんわりと微笑んだ。
「怖かったわね。もう大丈夫だから、安心していいわ。
陛下はここに来させないから。」
「…っ!ありがとうございます!」
女官長からの優しい言葉を聞いて、張り詰めていた気持ちが緩んだ。
ぼろぼろと涙があふれてきて、止まらなかった。
殺されるかもしれなくても抵抗するつもりだったけど、やっぱり怖かった。
いったい自分をどうするつもりなんだろうと、気が気じゃなかった。
あらあらと女官たちがハンカチを貸してくれる。
その優しさを素直に受け取って涙を拭くと、少し気持ちも落ち着いてきた。
「ユキ様が来るまで、少しあなたのことを聞いてもいいかしら?
薬師なのよね?それはご両親から?」
「はい、そうです。もとは父が薬師だったそうです。
父に弟子入りした母も薬師になっていましたので、私は母から受け継いでいます。」
「ご両親が亡くなったのはいつ頃?」
「父は私が小さい時に亡くなっています。母は四年前です。」
「あぁ、四年前に…。あの時はたくさんの方が亡くなったものね。
それじゃあ、それからあなた一人で店を続けてきたの?」
「そうです。周りの店の協力もあって、今までやってこれました。」
「…年齢を聞いてもいいかしら?」
「先週、十六歳になりました。」
その言葉に女官長だけでなく、周りの女官たちも驚いているのがわかる。
それはそうだろうと思っているので特に気にはしない。もう言われ慣れている。
「成長が十二歳で止まってしまっているんです。理由はわかりません。」
「そうなの…それで。でも、話していると十六歳なのはわかるわ。
今まで一人でお店を続けてこられたのも納得だわ。
頑張ってきたのね。」
お店を続けてこれたことは自分にとっても誇りだ。
そのことを褒めてもらえて、こんな時だというのに嬉しくなった。
「遅くなってしまってすまないね。
陛下のほうを先になんとかしてきたよ。」
そう言って部屋に入ってきたのは、はきはきと話す高齢の女性だった。
もともとは赤髪だろうか、白髪が混ざって桃色のように見える。
女官たちとは服が違っていた。
ふわっと薬草の匂いがするのは、もしかして薬師なのだろうか。
「ユキ様。お待ちしていました。陛下はどうでしたか?」
「あれは、魔力酔いの一種だね。
薬を飲ませて寝かせてきた。一晩寝れば治るだろう。」
「それは良かったですけれど、魔力酔いの一種ですか?」
魔力酔い?そんな症状は知らない。
このユキ様に聞けば教えてもらえるのだろうか?
「名前は?」
ユキ様が私を見て、聞いてきた。
「ルーラです。」
「ルーラ、お前は魔女だね?」
「いいえ。母が魔女だとは聞いていますが、私は魔女じゃありません。」
その答えがおかしかったのか、ユキ様は首を傾げた。
「気が付いていないのか。陛下の魔力酔いはお前の魔女の魔力が原因だ。」
「えええ?」