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EP-8 くも 1/2

 塔ヶ崎さんの胸の中には、消えない孤独がある。

 家庭の問題という、世にも珍しくもないけど、その分だけ身近なその苦しみを、少しでも慰めてあげたかった。


 だから俺は週末の土曜日、バイトが始まる前の午前中を指定して、一方的に押し切るように二人を遊びに誘った。

 塔ヶ崎さんには兄貴が必要だ。そう信じて、二人で映画を見に行こうと嘘を吐いた。


「さ、ささささ、さと、さと、し、ししし……っ!」

「ぇっ、ぇぇっ……!? と、博嗣……くん……!?」


 兄貴と一緒に映画館の前に行って、実はもう一人誘った人がいると打ち明けた。

 そこに塔ヶ崎さんが時間通りに現れると、俺だけ動ける三すくみの完成だ。


「ごめん兄貴、実はその相手って塔ヶ崎さんなんだ。……おはよう、塔ヶ崎さん」

「お、おはよ……。あ、あの……博嗣くんも、おはよう、ございます……」

「ぁ……ぅ……ぁ……ぁっ……ぅ……っ」


 兄貴は何か言っているけど、全く言葉になっていない。

 普通の女の子と喋るだけでも無理なのに、塔ヶ崎さんみたいな黒髪美少女を前にしたらそれはそうだろう。


「兄貴、昨日カラオケ頑張り過ぎちゃったらしくて、上手く声が出ないんだって」

「聡、お前、何を言って……」

「そうなんだ……。大丈夫、博嗣くん……あ、これ、よかったら……どうぞ」


 塔ヶ崎さんが小さな飴を取り出すと、兄貴はブリキのオモチャみたいに曲がらない腕を突き出して受け取った。

 ダメだ。レトロ映画の警察ロボットみたいなギクシャクした動きで、小袋を開けて口へと運んでいる。


「ロボの真似にもハマってるんだって」

「あ、そうなんだ……博嗣くん、面白い……」

「さ、さささ、さと、おまっ……は、謀ったなっ、謀ったなっ、うぐはぁっ?!」


 塔ヶ崎さんの笑顔が突き刺さったのか、兄貴はダメなオタク丸出しに意味不明な悲鳴を上げた。

 予想した通りの要介護カップルだ……。

 俺が何か言葉を発さない限り、二人は強烈に意識し合って、顔を上げたり下げたり赤面を繰り返した。


「映画、何見ようか?」


 そんなブリキの彫刻みたいな二人を導いて、映画館に入った。

 兄貴の好みを考慮して、塔ヶ崎さんにはアニメ映画を見ようと言って誘った。

 下調べによるとこれは名作だ。共通の話題から、二人が打ち解ける可能性を俺は期待している。


「――!? 見ろ、聡……今日はデバステート・ハード5の公開日だったようだぞ……っ! これを見よう! これのアーケード版なかなかのクソゲーだぞっ!」


 そのはずだったんだけど、兄貴はハリウッド・アクション映画が見たいと言い出した。

 これはタフガイ刑事による、ガンアクション盛りだくさんの復讐劇だ。

 断言出来る。絶対に、塔ヶ崎さんの趣味ではない。


「却下」

「なぜだっ!?」

「わ、私、博嗣くんが見たいなら……それでも、いいよ……」


 なぜも何も、二人をデートさせるのが俺の目的だからだよ。

 血と硝煙と絶叫と死があふれる映画が初デートの思い出だなんて、俺の偏見で申し訳ないけど、普通の女の子は嫌に決まっている。


「兄貴、予定通り『テメェの名は何色だ!』にしようよ。兄貴が好きな監督だろ?」

「そうなの……?」

「そうだとも! 前作は素晴らしかったっ、まさかあのヒロインが――」


「待った兄貴っ! 映画館でネタバレ発言はダメだってっ!」

「む、では小声で……い、いや、やっぱり、止めだ……」


 小声で話すにはもっとくっつかなければならない。

 兄貴は塔ヶ崎さんの期待の眼差しと目が合うと、1秒で諦めた。


「ポップコーン奢るよ。新しいバイト、前の店より時給が良いみたいから。……あ、キャラメルと塩どっちがいい?」


 そう聞くと、二人は遠慮がちにまた視線をぶつけ合ってはそらしていた。

 よくわかんないけど、なんかそろそろイラッとしてきたな……。


「じゃあ、間をとって味噌にするね。すみません、味噌味下さい」


 売店のお姉さんにそんなのないと言われたので、俺は食べやすい塩味を買って兄貴に押し付けた。

 それから兄貴を真ん中にして指定の座席に座る。

 ちょいちょいと兄貴のポップコーンを摘まみながら見る映画は、なんだかちょっと懐かしい感覚をくれた。


 そういえば昔、こんなふうに兄貴と一緒に映画を見に行ったな。

 兄貴は不器用な癖に、涙腺が緩くて――


「うっ、うぐっ……えぐっ……ズッズズッ……」

「兄貴、泣くの早くない……?」


「だ、だから独りで見たかったのだ……うっ、ズルルルルッ……」


 そんな兄貴を塔ヶ崎さんは不思議そうに見ていた。

 学校で見せるクールな兄貴とは、まさに真逆だっただろう。

 映画の方は兄貴が鼻水をすすりまくるせいで、あまり集中出来なかった……。


 塔ヶ崎さんの初デートの思い出は、鼻水の音で染まったのかもしれない。

 気になって兄貴の長身の向こう側をのぞき見ると、塔ヶ崎さんも涙を流して映像に夢中になっていた。


 この二人、純粋だな……。



 ・



 映画が終わると、凝った肩や腰をほぐしながら繁華街に出た。

 兄貴は自慢げに映画監督と作画と声優の話を始めて、塔ヶ崎さんを当惑させている。

 兄貴は好きな話になると非常に長くて鬱陶しいので、そろそろストップをかけよう。


「そ、そうなんだ……凄いね……」

「監督のデビュー作はあまり知られていないが、これは知る人ぞ知る名作で、荒削りながら異色を放つ独自性が――」


 兄貴に失望させないようにしよう、という目的からすると止めるのが遅すぎるくらいだった。


「兄貴、その話は一端置いといて、これからどうしようか? 俺バイトもあるから、最後は二人で遊んでもらうことになるけど」

「ま……待ってくれ聡っっ?! 兄はそんな話は聞いていないぞっ!?」

「さ、聡くん……私、無理だよ、そんなの……」


 話を止めるために一番強烈なカードを引いた。

 言葉だけだ。最初から無理なのはわかっているから、最後は俺が抜ける形でお開きにする予定だった。


「それよりこれからどうしようか。二人とも行きたいところとかある?」


 どうしてだろうか。そこまで口にすると、自分の感情が急激に冷めてゆくのを感じた。

 今日の俺は何か変だ。二人とも俺の大好きな人なのに、どうしてかいつもよりも楽しくない……。

 感覚が鈍っているような、体調が悪いのか気分がモヤモヤした。


 二人はまた互いを意識するばかりで、俺の質問に返事すら返してくれなかった。

 手が焼けるから、疲れてきたのかな……。


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