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EP-13 あめつちの詞

 いけないことをしているようで楽しかった。

 寂しさにかられた塔ヶ崎さんは積極的で、繋いだ手と手はトイレをのぞくと、常にすがるように結ばれたままだった。


 チャットで兄貴に事情を簡潔に伝えると、父さんはこっちでどうにかしておくと言ってくれた。

 俺たちは画面ばかりに目を向けて、あまり目線を重ねなかった。


 雪のようにうずたかく降り積もった寂しさが、あまりに近過ぎる互いの距離が、俺たちから正気を奪おうとしていたからだ。

 会話がないと余計に変な雰囲気になるので、俺はときどき世間話を投げかけながら、画面だけを見続けた。


「兄貴たち、もしかしたら付き合ってる振りしてるのかも……。だって不自然だよ、あの不器用な兄貴に、いきなり彼女だよ……? いくらなんでも、不自然だよ……」

「そうかもね……。でももういい。そうだとしても、それって、振られたも同然」


 彼女の様子をうかがおうとのぞき見ると、寂しそうな横顔がこちらを向いて痛々しい笑顔を浮かべた。

 ドクンと心臓が暴れて、理性が吹き飛びそうになった。

 そこにいきなりチャイムが鳴ってさらに驚いた。


「ピザ届いたみたい」

「いやいつの間に……」


「聡くんがお風呂に入ってる間に、初めてだけど、勇気を出して頼んだ……。受け取ってくるね」


 塔ヶ崎さんが玄関から戻ってくると、シーフードとマルゲリータのハーフが現れた。

 それを口に運びながら、コーラで硬いピザの耳を喉から流して、まただらだらと夜を過ごした。


 映画のクライマックスが訪れると、俺たちは食べることすら忘れて、手を結んだまま画面に見入った。


「あのね、もう苦しくないの……。代わりに、寂しくなっちゃった……わがまま言って、ごめんね」

「誰だってそうだよ。塔ヶ崎さんの場合は、特にそうなんじゃないかな……」


「うん……。やっぱり、コレミチから、私のこと、聞いた……?」

「それは……それはまあ、うん……心配していたよ」


「やっぱり……」


 ここで塔ヶ崎さんに手を出してしまうと、惟道さんに対する裏切りになってしまう。

 店長の作った美味しいカレーを、自腹を切って食べることになる。それはかなりいただけない現実だ。


 隣を見ると、ヨシュアが愛らしいいびきを立てて眠っていた。


「お父さんとコレミチは私のことを大切にしてくれるけど、向こうの家族は良く思っていないみたい。だからこっちに来たの。この別荘が、小さい頃の思い出だったから……」

「じゃあ、どこかですれ違っていたのかもね。その頃の塔ヶ崎さんに会いたかったな」


「私も。そうしたら聡くんとの関係も、もっとドラマチックだったのかも……」

「実は幼なじみでした。なんて恋愛ものじゃよくあるよね。ああいうのは羨ましい……」


 ここ最近、全く食欲がなかったせいか、その反動でピザが凄く美味しかった。

 イカってこんなに美味しいものだったのかと、シーフードピザの発明者に感謝せずにはいられなかった。


「いいこと考えた。ヨシュア、散歩、行こ。さ・ん・ぽ」

「――?! オンッッ、オンオンンッッ!」

「え、ええっ……今から行くの……? もう、10時半みたいだけど……」


 ヨシュアの散歩魂に火が付いて、もう行かないなんてとても言えない。

 輝くその黒目が、俺と塔ヶ崎さんを嬉しそうに見て、尻尾がブンブンと左右に振られていた。


「身体もほぐせて、ヨシュアも嬉しくて、新しい思い出も作れて、一石二鳥だと思う……」

「それは……世間体はともかく合理的だね。何より楽しそうだ、行こう!」

「クゥゥンッ♪」


 戸締まりをして、月夜の下を塔ヶ崎さんとヨシュアと一緒に歩いた。

 昼間の気候が嘘のように涼しくて、星空が青白くぼんやりと輝き、昼間には聞こえない水路のせせらぎが聞こえた。


「私ね、この島に来たその日、博嗣くんが子供たちと楽しそうに遊ぶ姿を見たの。そのときね、この人なら、知らない私にもやさしくしてくれるかも……。そう思ったのかもしれない……」

「え……。え、塔ヶ崎さん、兄貴のあっちの顔知ってたの……!?」


「うん……子供と一緒にはしゃいでる姿が、頭から離れなかった……」

「なら、なら俺のあの苦労はいったい……。てっきり、学校で演じてる堅物の兄貴に一目惚れしたのかと……」


 空を見上げると、サラサラと街路樹が風にそよいでいる。

 夜になると嗅覚まで敏感になって、土や植物の匂いがよくわかった。


「ふふ……でも今は、聡くんのことしか見えないよ。私、聡くんのことが、好きすぎて依存すると思う……。それくらい聡くんが好き。寂しい私を救ってくれたのは、聡くんだから」

「依存……確かに、これって依存っぽいかもね……。わっ、ちょ、えっ!?」


 開発時に伐らずに残された、立派な榎木の木が街路の外れにあった。

 俺はその幹に叩き付けられるように、急に胸へと飛び込んできた塔ヶ崎さんに押し込まれていた。


 塔ヶ崎さんは寂しい。家族がいない。そんな子が人の温もりを求めるのは当然で、モラルと節度を要求するなんてそれこそ間違っている。


 だから少しでも慰めようと、これってかなりまずいけど、同じように背中へと手を回した。

 シルクのように滑らかな後ろ髪がくすぐったかった。


「私、聡くんのことが好き。博嗣くんよりも聡くんが好き。まだ高校生だけど、聡くんが嫌じゃなかったら……お願いします、形だけでも、私と家族になって下さい……」


 それが本当の好意なのか、あるいは寂しさゆえの逃避であり依存であるのか、それは彼女にもわからないことだろう。

 こんな若さで母親を失って、苦しくないはずがない。実の父親は別の家族を作ってしまっていた。


 そんな塔ヶ崎さんが家族を求めるのは当然だ。何も悪いことではない。

 塔ヶ崎さんにはどうしても、自分は孤独ではないという証拠が必要なのだ。


「塔ヶ崎さん」

「は、はい……っ」


 彼女は拒絶されることに怯えている。

 それはきっと、父親の家族に強く拒絶されたからだ。


「俺も塔ヶ崎さんが好きです。最初は友達として、今は女の子として、君を守りたくてたまらない。だからどうか、俺と将来家族になること前提で、付き合って下さい」


 感激か、あるいは安堵のあまりか、大粒の涙がこぼれ落ちた。

 この関係は間違いなく依存だ。しかし塔ヶ崎さんはこうするしかない。ならば俺が塔ヶ崎さんを守り続けよう。


「はい……私とずっと一緒にいて下さい……。お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、私は、聡くんとずっと一緒にいたい……」

「それはさすがに未来を見据えすぎじゃないかな。……それにヨシュアが退屈そうだ、そろそろ帰ろうよ」


 俺がそう伝えると、路上に座り込んでいたヨシュアが立ち上がって、帰ろうと言わんばかりにクルリと回った。

 それから塔ヶ崎さんを慰めようとしたのか、やさしい声で鳴いて手の甲を舐めた。


 犬って凄い生き物だな。たったそれだけで塔ヶ崎さんの泣き顔に笑顔が生まれた。


「うんっ、一緒に帰ろう。聡くん、これからはずっと一緒だよ……」

「何度も言わなくてもわかってるよ。俺たちはずっと一緒だ」


 その確認は塔ヶ崎さんにはどうしても必要なことだったんだろう。

 俺は彼女の手を握って、ヨシュアのリードを任せてちょっと引っ張るように道を進んだ。

 塔ヶ崎さんは思っていたよりずっと、愛の重い女の子だった。


 それから家に戻って、映画の続編を見て、ようやく最後まで見終わった頃にはすっかり夜も更けていた。

 三本目の映画を見ようという気分にはならなかった。


 ふと隣を見ると、塔ヶ崎さんが眠そうに目を細めてこう言った。


「聡くん……私、眠い……」

「うん、それは見ればわかるよ」


「だから、あの……私を、部屋まで連れてって……」


 思わせぶりな言葉だった。絶対そういう意図があったんだと思う。


「わかったよ。連れて行くだけだからね……?」

「うん……」


 すっかり握り慣れたその手を引いて階段を上り、彼女のベッドまでやってくると、その日はそこで寝た。

 一緒に寝て欲しいと、独りで眠れない子供みたいに言われて、断れなくなってしまったからだ。


「聡くん、私、聡くんとキスしたい……」

「まずいよ……それはまずいってば……っ」


「嫌なの……?」

「嫌なわけないよ……っ。だけど、同じベッドでくっついて、そこにさらに……これ、まずいってば……っ」


「私……何をされてもいい……。聡くんになら、なんでもしてあげたい……」

「……じゃあ、そこまで言うなら、少しだけ……少しだけだよ……?」


「うん……」


 僕たちは不器用に唇を重ねて、その晩は少しだけ大人になった。もう彼女のことしか見えそうもない。



 ・



 もうすぐ夏休みだ。街もビーチも山も観光客でごった返す季節が来る。

 この先、俺たちの関係がどうなるかなんてわからないけれど、暗礁から這い上がった今は、何もかもが希望に満ち満ちているように見えた。


 長い人生だ。この先だって物語のように上手く行くとは限らない。

 それでも二人で手を取り合ってゆけば、きっとどうにかなる。


 俺たちはこの島で、天と土と共に生きよう。

 愛を深めて、結婚をして、家族を作って、老いて、その身が滅びて土に還るまでずっと、ずっと一緒にいようと誓った。


 雨、土、星、空、山、川、峰、谷、雲、霧、室、苔、人、犬、上、末、硫黄、猿。生せよ、榎の枝を、馴れ居て。


 まほろばの時代の手習い歌も、この世界と共に、ありのままに生きろとそう詠っている。

 塔ヶ崎さんの笑顔がいつだって僕の隣にあった。


 ―― あめつちの詞 ――

ここで完結です。ここまで付き合って下さりありがとうございます。

恋愛小説って難しいなと、悩み悩み書き上げました。今思うと甘い部分も多いなと、反省、反省の日々です。まだまだ修行が足りない……。この兄弟みたいなキャラの立っている登場人物を、これからも出していきたい!


で、新作の話をさせてください。

盗賊を主人公にしたファンタジーを始めます。ただ準備が整っていないので、結局公開せずそのままだった数々の短編をこれから定期的に投稿してゆく予定です。

もし興味が湧かれましたら、作者をお気に入り登録して通知を待ってくださると嬉しいです。基本割烹とかあまり書かないので、ログが流れることもないかと!


・うっかり関係ないやつが聖剣を抜いてしまった話

・激太りしてしまう加護に苛まれるお嬢様が幸せを手にする話

・他界したオリジナルを演じるオートマタ令嬢の物語

・ロリコンが追放された男の話

 色々隠し持っています。


それでは、ここ半月間ありがとうございました。

次の新作はもっともっとクオリティを上げてゆくので、ぜひ追ってくれると嬉しいです!

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