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EP-12 そら

 全ての物事には因果関係が存在する。その因果さえ揃えば、空からぼた餅が降ってくることもないこともない。

 落とした握り飯が転がって、巡り巡ってネズミの国で財宝を得ることも、藁が巨万の富に変わることも、馬から落ちて足を折り、結果として戦死を免れることもある。


 ただ今回の件は、俺には最初意味が分からなかった……。

 兄貴がすることなのだから、当然と言えば当然なのだが、これは常人の理解を超えていた。


「聡、今夜、俺は結婚する。立会人を頼む」

「結婚……? うん、いいよ、わかった。…………え、結婚って何の話っ!?」


「俺はゲーム内結婚をする。相手はそびえ立つクソ女だ」

「体温計どこだっけ……。兄貴、今日は風邪薬飲んで寝なよ」


「信じられない気持ちはわかる。だがこれは事実だ。俺はあのクソ女、和邇皆子とゲーム内結婚を前提にして付き合う。わかったら部屋に来い」


 何がどう転がったらこんな展開になるのだろうか……。

 兄貴が和邇さんにさらわれたあの夜、いったい何があったのか……。


 これは塔ヶ崎さんからすれば悲劇だろう。

 けれど俺にとっては、空から降ってきたぼた餅だった。


「って、ちょっと待って兄貴っ、このキャラ男じゃんっ?!」

「ああ、和邇はイケメンをずっと眺めていたかったそうだ。問題ない、このゲームは同性愛婚に寛容だ」


「兄貴……。最近のゲームって、凄いね……」

「お前も始めるか? なかなかマゾいゲームだぞ」


「遠慮しておくよ……。サトシが二人になったらややっこしいだろうし」

「ああ。仲間が俺のことをサトシと呼ぶからな、和邇が混乱してくれてなかなかに愉快だ」


 俺の知らないところで、二人はねんごろになっていた。

 もしこの事実を塔ヶ崎さんが知ったら、傷つくことになるだろう……。


 だというのに俺の心は喜びに沸き立ち、未来が拓けたような気分になっていた。俺は酷い奴だ。

 どんなに理性的であろうとしても、感情には勝てない。


 ヒューマン♂とエルフ♂のホモホモしい接吻と抱擁が行われると、兄貴を慕う女性ユーザーは相手を羨み、ある者は妄想をたぎらせて、リアルでの祝杯が上がり、怒濤の祝福がチャット欄を押し流した……。



 ・



 それが一昨日の晩のことだ。

 今日も放課後が訪れて、廊下に出ると兄貴を追いかけ回す和邇さんの姿を見つけた。


「待ってよ、ヒロくん♪ 今日は勉強教えてよ、勉強♪」

「離れろ……人前でくっつくな……」


「なら家ではくっついていいってことだよね? やったっ、いこいこっ♪」

「くっ……そういう発言を人前でするなと言っている!」


 やっぱり信じられない……。

 端から見る限りでは相性もバッチリで、和邇さんは兄貴の彼女にピッタリの気の強さだった。

 二人は俺に見せつけるようにイチャ付きながら、下駄箱への階段を下ってゆく……。


「ッッ……」


 振り返ると塔ヶ崎さんの姿を見つけてしまった。

 逃げるように彼女は走り出して、奥の階段から一階に下りて行った。


 まさかとは思うけど兄貴たち、わざと俺たちに見せつけたのだろうか……。

 ゲーム内結婚の立ち会いになれと、そう言い出した時点でおかしい。


「ちょうどいい海原、暇ならちょっと手伝え」

「なんで人の顔を見るなり、暇って決めつけるんですか……まあ、いいですけど」


 塔ヶ崎さんを追いかけるか迷っていると、担任の先生に捕まった。

 読書を容認してもらえるなら、媚びを売っておいても損はない。塔ヶ崎さんをすぐに追いかける勇気もなかった。


「お前、文芸部には入らんのか?」

「気乗りしないです。だって部活って、楽しさより苦労の方が大きいんじゃないですか」


「はぁっ……。男子高校生って、どうしてこんなにかわいくないんだろうなぁ……」

「勝手にかわいさを求められて困りますよ」


 先生と一緒に明日の教材を整理して、校門前を軽く掃いた。

 海の方を眺めれば、海面の蒸発で肥大化した太陽が海に沈みそうになっている。


「助かったよ、海原。ほらこれ、お前の本だろ。返してやるよ」


 先生の雑務を手伝ったら、他教科の先生に没収された本を一冊返してもらえた。

 ホウキと交換で本を受け取ると、俺はその足で帰路についた。


 赤くて、薄暗くて、陰影深い山道を下ってゆく。

 やがて俺は、別荘地へと繋がる分岐点で立ち止まった。

 ヨシュアと塔ヶ崎さんの顔が浮かんで、招かれざる客を拒む性質を持つ向こう側の世界を見上げる。


 スマホのチャットソフトを起動して、『ちょっと寄り道して帰る。心配しないで』と兄貴にメッセージを打つと、俺は別荘地への坂を歩き出した。

 塔ヶ崎さんが心配だ。軽く玄関先で言葉を交わすだけでも、慰めになると思う。


 等間隔で並ぶ街道の青白い光に照らされながら、俺は整備された道を歩いた。

 海の向こうでは太陽の残り火が微かに残っている。


 心地よい潮風が肌を撫でて、ときおり届くヒグラシやツクツクボウシの甘い声に耳を傾けた。

 気が高ぶっているせいか、いつもよりもずっと世界が生々しく、夜の訪れと場違いな場所に迷い込んだ疎外感が、俺にわずかな不安を植え付けた。


 いきなり訪ねたら気分を害するだろうか。

 塔ヶ崎さんにもメッセージを送ろうかと再びスマホを取り出して、また引っ込めた。

 これから行きます。だなんて伝えたら情緒がない。


 別荘地のある高台から自慢の国津島の絶景を眺めながら、俺は白亜の豪邸までの道を歩いていった。

 やがて屋敷の軒先までやってくると、押すべきかと迷うよりも先にチャイムを鳴らした。


 不安に迷い震えるくらいなら、何も考えずに行動した方がいいことも多い。兄貴や和邇さん、店長ならきっとこうするだろう。


「ぁ……さと……聡くんっ!?」

「オンッ!? オンッオンッ!」


 モノラル変換された塔ヶ崎さんとヨシュアの声が、スピーカー越しに響いた。

 どこかにカメラがあるみたいだけど見つからない。探しているうちに塔ヶ崎さんが玄関から飛び出して来て、ちょっと大げさなその正門を開いた。


「やあ、こんな晩くにごめん。どうしても気になって……顔を見に来た」

「入って……」


「いやここでいいよ、さすがに迷惑だから――おわっ!?」

「入ってって、言ってるでしょ……入って、お願い……」


 彼女の白くてスベスベした両手が俺の手首が引っ張って、それから正門をガチャンと閉じて施錠してしまった。

 ……まあ、いいか。ここじゃヨシュアの顔を見れない。

 塔ヶ崎さんの一歩後ろを歩いて、その立派な玄関をくぐった。


「オンッオンッッ! キュゥゥンッ、キュゥゥゥンッッ♪♪」


 入るなりヨシュアに飛び付かれて、顔をベチャベチャにされた。

 こっちは玄関で軽くだけ話すつもりだったのに、その隙に塔ヶ崎さんが居間に上がってしまった。

 ヨシュアみたいに顔だけ廊下に出して、無言の瞳で、早くこっちに来てと僕に主張している……。


「いや、さすがにそれって、まずくない……?」


 返答はなかった。塔ヶ崎さんに続いてヨシュアが居間の方に駆けて行くと、一緒になって顔を生やしてこちらを見た。

 そんな目で見られたら、理屈や世間体なんて吹っ飛んでしまう。


「クゥーンッ♪」

「うわっ、まだ舐めたりないのかよ、お前……んぶっ?!」


 居間に入るとまたヨシュアに甘えられた。

 塔ヶ崎さんは俺たちのそんな姿を、やさしそうに見つめて、こちらの視線に気づくと自然体で微笑んだ。


「いらっしゃい、聡くん」

「突然こんな夜分にごめんね。ヨシュア、そろそろ落ち着いて……。うっ……後で洗面所貸して……」


「わかった。お風呂入れるね……」

「いやいやいやいやっ!? まずいってそういうのっ!」


「聡くん、シャワー派……?」

「そういう問題じゃないよ……」


 とにかく冷たい麦茶だと、塔ヶ崎さんがいつものように入れてくれた。

 喉が乾いていたので素直に受け取って、確かにシャワーでも浴びたいなと、ベタベタの肌を撫でた。


「あ、手が滑っちゃった……」


 塔ヶ崎さんが壁のボタンを押すと、合成音声が『お風呂にお湯を入れます』と喋った。

 手が滑ったも何も、言ってから押したのを俺は見ていた……。

 なんか変だ。いつもの塔ヶ崎さんじゃない。


「私はシャワー派。お風呂はあまり入れない。独りだともったいないから、入っていって」

「……わかった。ここまでされたら断れるわけないよ」


 やがて当惑を浮ついた気持ちが上書きした。

 泊まっていって欲しい。そう塔ヶ崎さんが行動で示しているも同然に見えたからだ。


「映画見る……? そろそろ返却日だから、聡くんと一緒に見たい……」


 時刻を確認するともう19時半だ。

 これからお風呂に入って、映画を一本見た頃には22時を回ってしまうだろう。


「塔ヶ崎さん、やっぱり今日変じゃないかな……。映画なんて見たら、家に帰る時間が――」

「泊まっていけばいい……」


「え……」

「聡くんは、嫌……?」


 嫌かどうかで言えば、こんなこと言われて嫌な男子などいない。

 これが和邇さんの発言なら笑って断れるけど、塔ヶ崎さんの言葉なのだから、やっぱりこんなの普通じゃなかった。


「デパステート・ハードも借りた……。意外と、熱い……」

「それはちょっと気になるな」


 兄貴が絶賛していたし、ホラーやラブロマンスよりは今夜向けだ。


「1から4まで借りた。これで朝までもつね……」

「いやそれハード過ぎないっ!? というか、さすがに無断外泊はまずいよ……」


 そう伝えると、塔ヶ崎さんの顔から笑顔が消えた。

 苦しそうに胸を鷲掴みにして、それからいつもの冷静な塔ヶ崎さんに戻って、それからハッキリとこう言った。


「聡くん……もう私、寂しさの限界みたい……。だから、今日は絶対に帰さない。私と、一緒にいて……」


 塔ヶ崎さんは己の感情に従って、それを言葉にして伝えてくれた。

 高校生同士でこういうのはまずい。けど寂しさの限界だと言うならば話は別だ。うぬぼれなんて抜きで、今彼女を慰められる人間は自分の他にいない。


「私、もうひとりぼっちは嫌……。聡くんがいてくれなきゃ、もう嫌……お願い、一緒にいて……」

「わかったよ。今日は朝まで映画を見よう。でも出来ればガンアクション漬けはきついから、他のジャンルも混ぜて欲しいかな……」


 ごめん、惟道さん……。

 もしかしたら、惟道さんの予想の斜め上になってしまうかも……。


「なら、これとか、どう……?」


 塔ヶ崎さんが積み円盤を崩して、妙に恥ずかしげにパッケージを見せてきた。

 受け取って裏面を見ると、それはちょっとエッチなラブロマンスものだった……。


 塔ヶ崎さんにはヨシュアしか認められる家族がいない。

 そして今日、兄貴を和邇さんに奪い取られてしまった。

 寂しさの限界を迎えた女の子は、驚くほどに積極的で、また弱々しく、同時に庇護欲を刺激させた。


「濡れ場だけ早送りするなら見る」

「うん、わかった。スロー再生にするね……」


「そうか、俺もわかった。今日はデパステート・ハード一気視聴にしよう」


 しばらくすると合成音声が『お風呂が焚けました』と伝えてくれた。

 俺たちは必要に応じて身体を綺麗に清めて、ふかふかのソファーに楽に腰掛けて、同じ映画を見た。


次話で完結となります。

盗賊を主人公にしたファンタジー作品を始める予定でしたが、難しくてなかなか完成しないので、中継ぎに短編か中編を公開するかもしれません。決まってません。

これからも応援してください。

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