EP-11 ひと 2/2
「汚い! 汚いぞ、このクソ女!」
レトロゲームは一度出るとアップデートなどされない。
よってな、禁じ手のハメ技が当然のものとしてそこに存在する……。
「やっぱこのキャラ楽しいね♪」
「楽しいわけがあるかっ! やられる方はただただ理不尽でムカつくだけだぞ!」
「それが楽しいんじゃん♪」
「性格最低の上にサディストか、貴様はっ!」
なんだこのそびえ立つクソを模したような女は……?
悔しい。ただただ悔しい。この俺が負けるだなんて――次こそは勝つ!
「でさ、ザンゲFなんて置いといて、杏ちゃんの話だけどね」
筐体の画面には、CPUにどつかれて野太い声を上げるザンゲFいる。
この女、CPUは眼中になしか……。ハハハハ、つくづくいい性格をしている……。
「杏ちゃんね、君と聡、両方好きになっちゃったみたいでね……。だから二人は、しばらく距離を取ることにしたの。それで聡の元気がなかったんだよ?」
……この女は、何を言っているのだ?
「このバカめっ!! 俺のような都市排水のヘドロから生まれたヘドロ型怪獣みたいな存在に、あの美少女が惚れるだと? 嘘をつくなぁぁっっ、俺はっ、小学生からっ、美味いバーをっ、巻き上げるような人間のクズだぞっ!!」
「うわ、それって最低じゃん……」
「まあ、そうは言っても最近の子供は金持ちだからな……。だが、勝負で支払ったベットが戻ってきたら、それこそ子供の教育によろしくないというものだろう。それにな、人の金で食う美味いバーは、やはり格別だからな……」
「もっともらしいこと言っといて、やっぱサイテーでしょ、ソレ……」
しかしようやく合点がいった。
だから聡はあんなに落ち込んでいたのか。
「だが感謝する。お前のおかげで事情が飲み込めた。どうすればいいのかなど、皆目検討がつかんが……」
「そこはほら、アンタがバシッと杏ちゃんを振るとか」
和邇は他の筐体のイスを持ってきて、俺の隣に座り込んだ。
冗談で言っているように見えないから、たちが悪い。
「お前こそ最低ではないか……」
「弟の幸せのためじゃん? 出来る出来る♪」
「バカ言え……」
「そう? 芽がないから自分のことは諦めて、俺の大事な弟と幸せになって欲しい。こう言うだけじゃん」
言葉を受けて少し真剣に考えた。
家で苦しそうにふさぎ込む聡のことを思うと、このやり方にうなづきたくもなってくる。
聡が残した晩飯を夜食にする生活も、さすがに長くは続けられない。
「コミュ障の俺が言うと説得力がないかもしれんが、歪な気がするぞ。そのプランの場合、二人のストレスの行きどころが気になる。その後に二人の関係が、長続きするかどうかもわからん」
「考えすぎじゃない?」
「妥協で選んだゲームは、ほぼほぼクソゲーだ」
「あたしは好きだったよ、バーチャソルジャーが売ってなくて、妥協で買ったトヴァルNO1」
む、この女……性格はそびえ立つクソが具現化したような女だが、良い趣味をしている……。
「トヴァルNO1か、なかなか良い趣味をしているな。ククク……素材はいいのに調理法を間違えて台無しにしてしまったクソゲーというのは、実に味わい深い。常人が投げ捨てるであろうクソゲーを、やりこみ尽くしてこそクソゲーマーというものよ」
「うはぁ……コミュ障でクソゲーマーとか、このチャンス逃したら彼女なんて出来ないかもね……」
問題ない。俺は最初からそういう方向は諦めている。
ネットで知り合った先輩方も言っていた。ネットがあるから結婚しなくても寂しくないもん! と……。
孤独死した暁には、我が墓標に、ATAREーLINKSを添えてくれ、聡よ……。
「とにかくわかった。大事な弟のためだ、俺なりに筋を通そう」
「へー、どうするつもり?」
「人生はゲームのようなものだ。やり直しはきかんが、ダメだったらコントローラーをぶん投げて寝ればいい」
「全く意味がわかんないんだけど……」
俺は覚悟を決めた。具体的には、一片すら代案など浮かばなかったが、やる気だけは十分だ。
しかし今は火急の用件もある。
「失敗覚悟でやってみるしかないということだ。おっと、今夜は『眠れる獅子』がポップする日なので、そろそろ失礼させてもらおう」
「え、もしかしてアンタもラミアスの盾狙ってるの?」
「当然だ。両方手に入る日はいつになるかわからんが、その二つを手に入れたとき、俺は神となれるのだ。ゲームの世界でちやほやされたいっ!」
ん? この女、もしや同志か……?
「ちなみにレベルは? スキルは? 装備とかパラ振りはどんな感じ?」
「ククク……パラメーターは全て運に振っている。クリティカル&状態異常特化だ!」
「運極振りとかアホでしょ、アンタ……。まーいいや。じゃ、続きはオンラインで話そ。キャラID教えてくれたら帰してあげる」
「ならばチャットソフトの交換からだな」
ともあれこの女には、聡の面倒を見てくれた恩義がある。
性格は断りも入れずにザンゲFを使うようなクソだが、この機会に交流を始めるのも悪くないだろう。
・
帰宅した俺は聡の部屋の電気を消してからゲームにログインして、和邇のキャラと落ち合った。
あの乳のでかい姿からは想像が付かないような、痩躯長身のエルフ♂が現れて驚かされた。口調がそのままあの女なので、まるでオカマ野郎みたいに見える濃さがある。
ミナ :ちょっ、何その名前っ!? マジ引くんですけど!?
サトシ :自慢の弟の名前だ
ミナ :うっわー……ひくわー、超ひくわー……
ミナ :で、いいアイデア出た?
サトシ :ああ、初心に返ってエロゲーっぽい方向で考えたら思い付いたぞ
ミナ :うはー……嫌な予感しかしないんだけどー……
サトシ :やはり面と向かって振るというのは良くない。ならば、俺とお前が、付き合っていることにすればいい
サトシ :どうか頼む。俺の大事な弟のために、ゲーム内結婚を前提として付き合ってくれ。ただし! ザンゲFだけは禁止だ
ミナ :ヤバ、マジどん引き……
サトシとミナは聡のために結婚した。かわいい弟のためなら、そびえ立つクソを伴侶にすることなど安いものだった。