忘れられし物
忘れられしもの
あなたはぬいぐるみです。ボディは細かい花柄の布地で、大人の両手の中にすっぽり隠れてしまうほどのうさぎです。
あなたより先に造られた、くまとねこと一緒に一列に座らされたり、コの字に囲んで座らせたり。あなたを造った人は、長方形の板を縦に横に構え、近寄ったり遠ざかったり。
「うん、これでよし」
あなたを造った人は、ほうと息を吐くと、あなたがすっぽり入ってしまう大きさの箱の中へ、くまとねこを入れ、あなたも入れようとします。
と、長方形の板が震え、音楽が流れます。
「アリサ、うん、なんとか仕上がったよ。あとでインスタとツイッターにあげる。いつも通り始発に乗って、待ち合わせの駅でお昼を調達するつもり。OK 、また明日」
あなたを造った人は、おしゃべりしながらあなたを箱に入れようとするものだから、あなたは箱の中に入らずに机の上に落ち、さらに机の下に転がります。
あなたを造った人は、あなたが机の下に転がってしまったことに気付きません。箱を閉じ、ガムテープで封をし、あぐらをかきながら、長方形の板に指を滑らしている間も、あなたが近くで転がっていることに気付きません。
「うわっ、もうこんな時間。寝よっ」
ぱちん。辺りはたちまち真っ暗。あなたを造った人の足音が遠ざかっていきます。
翌朝、まだお日様が姿を現すよりも早く、あなたを造った人は、くまとねこを入れた箱を持って、家を出ました。
あなたはずっと机の下に転がったまま。お日様が昇って部屋が明るくなりだすと、外からジイジイという音が重なって聞こえます。やがて外から聞こえていた音がやみ、すっかり暗くなり、あなたを造った人が帰ってきたのは、日付が変わろうかとする頃。
「アリサ、今、家に着いたよ」
あなたを造った人は、長方形の板に向かって話しながら、あなたの周りをうろうろして、ようやく目が合います。
「アリサのいうとおり、机の下に落ちてたわ。姪っ子に誕生日プレゼントとして贈るのだったよね。こっちで包装しようか? ……わかった、ラッピングしたらすぐ送るね」
あなたを造った人は、あなたを机の上に置き、そのままお風呂にいってしまいます。
次の日の夜、あなたを造った人は、あなたの両手に花束を手に持たせ、キラキラしたビーズで造った髪飾りを首にかけ、引き出しの中から透明のビニール袋を取り出し、あなたをその中に入れ赤いリボンで袋の口を閉じ、さらに大きな紙の袋に入れます。
こうしてあなたは、あなたを造った人の手を離れたのです。
あなたが袋の中から出されたのは、クリスマスを少し過ぎた頃。
「はい、ナナちゃんに。遅くなったけれど、私からプレゼント」
ナナちゃんのお母さんに耳打ちされ、ナナちゃんはあなたを袋から出そうとする手を止め、「ありがとう」と可愛らしい声でお礼を言います。
ナナちゃんはあなたを袋から出すなり、思いっきりハグをしたその時から、あなたはナナちゃんの友達になりました。
ナナちゃんは、保育園に行くとき以外、あたなたと一緒にお出かけ。あちらこちら一緒に行くものですから、あなたが手にしていた花束は公園で遊んでいる間になくしてしまい、あなたの首にかけられたキラキラしたビーズは、ゴムが切れてお店のあちこちに散らばってしまいました。
そうしてある日、ナナちゃんはあなたを電車の中に置いたまま、降りてしまったのです。
あなたは駅員さんによって、あなたと同じように電車の中で置き忘れられたものたちが集まる場所へと運ばれました。
定期券は、すぐに持ち主が見つかりました。
あなたを造った人が持っていたのと同じような長方形の板は、音を鳴らされたことで、お家に帰ることができました。けれどもナナちゃんのお母さんから、「ここにいますか? 」の問い合わせはありませんでした。
ある日、あなたはあなたと同じように、電車や駅で忘れられたものたちは、大きな箱に入れられてどこかへと運ばれていきます。
運ばれた先で、傘は壊れたところを直され、一纏めにされました。
文庫本は閉じ口以外を削られ、後ろにシールを貼られ再び箱の中に入れられました。
あなたはボディに付いた汚れを落とされ、取れそうになっていた手足を直され、ぬいぐるみの中に入れられました。
あなたは運ばれます。運ばれた先は、ナナちゃんとお出かけして、首飾りをなくしてしまったお店とよく似たお店へと。
軽やかな鐘の音が鳴り、次々と人が駆けてきます。
あなたは願います。その願いは……