第六節 葵ショコラ
「……えぇっと、葵?」
無視された。
数分して、部屋から出てきた葵はそのまま何も言わずにキッチンへ向かった。
「お前何したんだ」
同時に出てきた天に僕は呆れ気味に聞くが、あははと苦笑いをされ流された。
「で、でも風邪治ったから良いでしょ?」
―ほんとかよ。
「おーい、葵ー?」
キッチンで夕食の準備をしている葵の肩をポンッと叩く。「ちょっとおでこ」と言うと今まで以上に火照った顔があらわになる。熱の赤さじゃなくて、なんだか照れてるような。
「熱は…ないな。体は? だるくないか?」
「大丈夫。喉も、痛くない」
「そっか」
鼻声気味だった声もいつも通りに戻ってる。ほんとに治っている。
「ね? 言ったでしょ?」
「ああ。……てかいつまでいるつもりだ。もうすぐ9時だぞ」
「ああ、それね。今日泊まってくことにしたの」
「は?」
「だから泊まってく――」
「いや無理だ帰れ。今すぐ帰れ。妹治してくれてありがとう、もう大丈夫だ帰れ。家の人とか心配するぞ帰れ。はよはよ」
「無理です。もう決めたことなので。ねーあおちゃん?」
葵は夕食の準備をしながらコクと頷く。僕は「まじかよ」と呟きつつも、これ以上言っても無駄だと判断しソファーに腰をかけ、テレビをつける。
「あおちゃん、手伝うよー」
そう言うと、天はキッチンへ向かっていった。
政治番組では奇病の特集がやっていた。奇病者に人権はあるのかどうか。奇病は病気だからただの人間と提言する者。姿が人ではないから人権などないと提言する者。奇病持ちの僕からしたら前者の意見に賛成だ。ただ、僕の奇病はあまり目立たないから正直こういった議論に関してはどうでもよく感じる。
『奇病者はまだしも"奇病能力者"に関しては別ではないでしょうか? 彼らは人智を超えた力を持ってます。あれらを人と言うのはどうでしょうか』
『奇病者も奇病能力者も別物と扱うのは無理がありますよ。同じ病気です。あなたはA型インフルエンザとB型インフルエンザを別で扱いま――』
僕はどうでもいい政治番組からバラエティー番組に変える。芸人や俳優達が笑い合い、語り合っている。この方が面白いし、変に考えなくてすむ。
「おにぃ、ご飯」
キッチンから呼ぶ声が聞こえ、ソファーから立ち上がる。キッチン前の食卓には贅沢にカレーライスが3人分並んでいる。金曜日はカレーの日と決まっているらしい。ちなみにカレーは僕の大好物だ。だから1週間学校お疲れ様を兼ねたカレーライスだろう。天は真っ先に「いっただっきまーす!」と叫びカレーを口へ放り込んだ。
「あおちゃんこれ凄い美味しい!」
「あ、ありがとうございます」
まだ少し緊張してるらしい葵は、褒められ照れているのか顔を俯いてモジモジしている。
「でもあおちゃんとあかねくんってホントに似てるよね。まあ、あおちゃんの方がしっかりしてるけど、無口なとことか、無愛想なとことか」
「まあ兄妹だし……って一言余計だな」
「えへへ。私にも血の繋がった兄妹欲しかったなー」
「白上は一人っ子?」
「うーん多分」
「多分?」
「私、ちっちゃい頃に親に捨てられて、今孤児院にいるんだ」
「ほーそうなのか……って尚更泊まりとかダメじゃないのか」
「ちゃんとさっき連絡したからだーいじょーぶですっ」
もぐもぐしながらもビシッと敬礼を取り、再び食べ始める。相当美味いのか、食べる速度が異常に早い。
「あ、あの、そんな急いで食べなくても……ってあぁぁ水!」
見ていて心配したのか、葵が声をかけると、天は喉を詰まらせたらしくもがき始めるので、慌てて水を与える。こう見てるとなんともまあ、愛々しい。
食べ終えて、ぷふぅと言いつつもお腹をぽんぽん叩くおっさん天使に半ば呆れつつも食器をキッチンに運ぶ。
「天さん、この後ガトーショコラ作ろうかと思ってるんですけど……食べれますか?」
「え? 食べる食べる!」
―えまじかよ。
と思いつつも口には出さない。ガトーショコラまで食べたらさすがに食いすぎではないか。よくそんな細い体型を維持出来るものだ。
「ならお先にお風呂入っていてください」
「えぇ! いいの? なら入るね……けど着替え」
「あっ私の使ってください。持ってきますね」
「うん。ありがとう」
葵はキッチンから自分の部屋に入っていく。それを見た天が僕にため息混じりの呆れ顔をしてくる。
「悪かったな。ダメな兄で」
「えー私何も言ってないよ?」
「うるさい」
「天さん、これ使ってください」
「うんありがとう」
再度僕を呆れ顔で見てくる。僕はハイハイと流しリビングのソファーにくつろいだ。
「んじゃ入ってくるねぇ」
天はそう言って風呂場に入っていった。
「ちょっと、おにぃ」
キッチンの片付けが終わって紅茶を入れてくれた葵が隣に座ってきた。
「おー紅茶。ありがとう」
「天さんとはどういう関係?」
「え? どうって、クラスの友達」
「嘘。おにぃに友達なんか居ないから。どーゆーかんけ――」
「いるわ友達くらい」
軽いデコピンをくらわすと葵は「あぅ」と声出してよろけた。
―まあ友達くらいは、いる、はず、だし。
「ふーん。ならいいんだけど」
葵はそう言うと立ち上がって再びキッチンに向かった。
「そうだ。奏叶と奏恵さんも呼んできたら?」
「嫌だよ、白上がいるってあの二人が知ったらどうなるか。一生ネタにされる」
「…そっか」
奏恵とは奏叶の姉で、母親、または姉がいない俺らはよく子供の頃に面倒を見てもらっていた。今は大学生で外国語の勉強してるらしい。性格はポジティブ思考の……奏叶と同じ性格だ。姉弟揃って性格がそっくりで正直うるさい。
葵も察したらしく、ガトーショコラ作りに戻る。
「嘘だろ……」
目の前に広がる光景は、完食された皿と口元にクリームを付けた天使の姿だった。
天が風呂から上がり、髪の毛―多分羽も―を乾かし終えた頃には、机の上にガトーショコラが3つ並んでいた。見た途端目を輝かせた天はまた真っ先に「いっただっきまーす」と言ってからかぶりついた。そして一瞬にしてショコラが1つ、皿から消えた。その時間わずか2分。
「あおちゃん! これ凄く美味しい!! ガトーショコラだっけ? いいや、これは葵ショコラだよ! あおちゃん今すぐ店出そ!」
「あぇ、えぇっと……その」
褒められるのに馴れていない葵は、照れているのか恥ずかしがっているのか、戸惑っている。僕はとりあえず暴走している天を止めに入った。
「もうその辺にしとけよ。葵が困ってる」
「ああ……ごめんねあおちゃん。美味しすぎてつい……」
「い、いや! 嬉しいです。とても」
なんとか天の暴走は収まり、僕もガトーショコラを食べ始める。
この後、天に半分ほど取られた。
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