第五節 不慣れな再生
「君さ、あの子が死ぬこと知ってたの?」
バスに揺られながら俯き気味に天は言った。
「ああ。ちょうど今日の昼間知った」
「なんで言ってくれなかったの」
「言ったところで君はどうした」
「……何とかして助けた」
「無理だ。言ったろ? 僕の奇病はその人の死ぬタイミングが分かるんだ。絶対に変えられないんだ」
「なら私のは? いつ私は死ぬの」
「……言えない」
「なんで」
「君の死ぬ時間を伝えたら、伝えた瞬間に君は死ぬ。これは君だけじゃなく誰かに話した瞬間にも君は死ぬ。だから誰にも教えられないんだ」
「なによ……それ」
バスアナウンスからいつもの停車駅が聞こえたためボタンを押す。数分して目的地のバス停に到着し、降りる。目の前に8階建てのマンションがあり、それが僕の家だ。エントランスで暗証番号を入力しドアが開く。すぐ目の前のエレベーターに乗り3階のボタンを押す。
「かなとくんもこのマンションなんだよね?」
「うん。あいつは2階」
「へーそうなんだ」
ちょうど2階を通り過ぎ、チンッと言う音がなりドアが開いた。
出て奥から2番目の部屋が我が家だ。
家のドアを開け、中に入る。
「ただい――」
「おっじゃまっしまーす!!」
さっきまでとは打って変わって元気少女になった天が僕の挨拶を遮って入る。
「おい。うるせぇ近所迷惑だろ」
「えっへへぇ」
「……おにぃおかえり」
奥から顔だけ出した妹がこっちを覗いてくる。というか少し睨んでいる。
「葵、ただいま。てかお前熱出してんだから寝てなきゃダメだろ」
「おにぃ。その人誰」
「どーも! 友達の白上天って言います! あおいちゃん、だっけ? よろしくね!」
「あえ、えぇっと、よ、よろしくお願いします……」
少しテンパりながらも、照れくさそうに挨拶する。
「んでおにぃ。なんで連れてきたの」
再びこちらを睨んでくる。その表情から何も準備してないぞとひしひし感じる。
「あーっと…勝手に着いてきた」
「ねえ。…ええっとね。私はあかねくんと同じ奇病持ちなの。この羽見れば分かるんだけどね。あおいちゃん今、風邪ひいてるんでしょ? だから私の奇病で治してあげようって思って」
「おにぃ話したの?」
三割呆れ、七割睨みを含めた目線を感じ少し逸らしながら「ああ」と肯定する。
「大丈夫だよあおいちゃん! 誰にも言わないから」
「そ、そうですか……遅れました。おにぃがお世話になってます」
「この子ホントに君の妹?」
「うるせぇ」
「では上がってください」
葵はそう言うと下駄箱からスリッパを取り出し天の前に置いた。
「…この子ホントに君の妹?」
「うるせぇ」
そう言うと天はスリッパを履き家に上がる。僕も続いてスリッパを取り出しリビングへ向かった。
「……んで、どうやって治すんだ」
リビングの食卓に3人。向かい合って座っている。いつも2人だけだからか少し新鮮だ。ごほんと咳をして天が説明し始めた。
「まず、あかねくんには出ていって貰います」
「は?」
「そのあと、あおいちゃんと私で――」
「おいおいちょっと待て! なんで僕が出ていかなきゃいけないんだよ」
「だって……」
天は俯きながらモジモジしている。髪の間から出ている耳は少し赤らんでいるのが見えた。
「……しいから」
「ん?」
「恥ずかしいの!!!」
「ん?」
顔を真っ赤にしながら怒鳴る彼女に少し驚きながらも続ける。
「お前、何するつもりだ」
「治療」
「どうやって」
「いろいろ」
「どうやって」
「……いろいろ」
「おにぃ、もういいでしょ? 天さん困ってるよ」
僕はため息をつき「分かったよ」と言い出ていこうとする。すると妹が口を出した。
「でも天さん。私の部屋でやったらダメなの?」
「あかねくんが入ってこないって約束するなら別に大丈夫だよ?」
「だっておにぃ。リビングで待っててよ」
「……ホントに覗かない?」
これまで以上に不安な目線を浴びせてくる天に負けてまたため息をつく。「分かったよ」とだけ言うと2人は葵の部屋に入っていった。
✻ ✻ ✻
「……それで、何をすれば?」
「あおいちゃんはねぇ、何もしなくて大丈夫だよ。痛いことはしないし」
「は、はぁ……」
部屋に入ると葵はやけに緊張した。いつもの自分の部屋に1人、羽の生えた綺麗な人がいる。純白の羽に髪、乳白色の綺麗な肌、人形のように整った顔。日本の美人女優と比べても劣らない、むしろ優ってるようなスタイルの女子高生、言うならば天使そのものだ。しかも茜が連れてきたのだ。熱のせいもあるが、あんなネクラな兄が連れてきたというのもあり余計緊張してくる。
「そんな緊張しなくていいよ。ほらそこ座って」
「は、はい!」
指を差された先に正座する。
「そんな気を張らないでよ。こっちまで緊張してくるじゃん。はい、深呼吸ね」
目の前に天使が座り羽を少し広げる。葵は言われた通りに深く深呼吸をした。
「なら、目をつぶってね」
「え、あはい」
視界が暗くなり、部屋は静寂に包まれた。心臓の音だけが耳に届く。
「じゃ、やるね」
ゴクリ。唾を飲み込む。すると両頬に手を当てられる。少しビクッとしたがこれで治すのだろうと思いそのまま治療を終えるのを待とうとした。
突然、唇に柔らかい感触がする。
ほんのり暖かくぷにぷにで癒され――
「……っ! な、なな何するんですか!」
咄嗟に我に返り天を突き放してしまった。
―今、キスされた?
「ご、ごめん! ビックリさせちゃったよね? でもね、これがあおいちゃんを治す方法なの……」
上目遣いで申し訳無さそうにする天の顔からは嘘をついてるようには見えなかった。葵は「分かりました」とだけ伝え再び目を閉じた。
「今度こそ、いくね?」
「は、はい」
ここ最近で1番緊張しただろう。心臓の音が爆音で鳴っている。
再び手を頬に当てられ、唇を重ねた。
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百合回でした。
百合って最高ですね。はい。