お菓子な異世界
転生した日の午後、里寺愛里寿は食料の確保の仕方を習うため、森精霊のピッポに連れられて集落からほど近くの森の中に来ていた。
ピッポからは、家で待つかと問われたが愛里寿は迷わずに同行を選んだ。
愛里寿の心を占めるのは不安よりも好奇心。ピッポの出したお茶菓子があまりに大ヒットだったのだ。見知らぬ世界。謎の生き物。そしておいしい食事。この世界の様々な魅力が愛里寿の心を捉えていた。
ピッポの見た目は二足歩行のエルフ耳の猫である。エルフも猫も大好きだった愛里寿は、転生後あっという間にピッポと打ち解けた。
ピッポは、足元の不確かな道無き森の中、はちみつのように甘い匂いを放つ竹状の木々の間を縫うように先へ先へと進んでいく。
木には葉がないので光が十分に入ってくる。森とはいえ見通しはいい。けれども、段差や木陰に入るたびに、愛里寿からはピッポの小さな背中が見えなくなるのだった。
高校時代、ワンダーフォーゲル部の主将をしていた愛里寿は体力には自信のある方だったが、この世界に慣れていない事もあるのだろう。踏みしめると粒に変わる足場に気を取られて、思ったとおり進めずに苛つきを感じていた。
「まったく。なんて歩きづらいの?」
足を止める愛里寿に構うことなく、ぴょこりぴょこりと耳と尻尾を揺らしてピッポはずんずん奥へと進んでいく。体重の軽さゆえか、肉球の構造ゆえか、粒化する足元はピッポの速度を妨げない。
ピッポとの距離がどんどん開いていく。
「待ってよ! ピッポ! 少し休も? のどが渇いた。口がベタつく。歩くの早い。しんどい」
立ち止まり、振り返って苦笑するピッポに、愛里寿はここぞとばかりに不満を表明した。
「もうすぐウィスケ川に突き当たる。川のせせらぎが聞こえてくるじゃろ? そこで休もう」
老人のような喋り方とは裏腹にピッポの声は可愛く優しい。
愛里寿は、やったと思った。ろくな装備もなく水無しで森を歩いていたのだ。乾いた喉にさぞや川の水は美味しいことだろう。ペットボトルでもあれば、水を汲んで持っていきたいところだ。
果たしてピッポの言葉の通り、ウィスケ川にはすぐに着いた。
「川だー!」
愛里寿が川を覗き込む。川の色は琥珀色をしていて、澄んでいる。不透明なクラゲのようなプリンのような生き物が川の流れに沿うようにゆっくりと泳いでいる。外敵が少ないのかのんきなものだ。
「ババロアじゃな。産卵期になると川へ登ってくるのじゃ」
「ババロア!?」
「何を驚く? 昼間、お主が『日本にもあるー』と嬉しそうにむしゃむしゃ食べていたじゃろ? それがこのチョコババロア。卵も飲み物として出したじゃろ?」
「まさか、卵はタピオカっていうんじゃないでしょうね?」
「タピオカじゃ」
「頭痛くなってきた」
夢ならば覚めてくれ。愛里寿はそう願った。
あの、ふんわり甘く美味しいババロアが川を泳ぐ不思議生物だったなんて。あの、もっちりぷるぷるしたタピオカが不思議生物の生んだ卵だったなんて。
頬をつねってみたり、叩いてみたりしたが、一向に状況は変わってはくれない。
げんなりした表情を愛里寿はピッポへと向ける。ピッポの方は釣り針にかかったババロアを引き上げるのに忙しい。
「この川の水、飲めるのかしら?」
ひんやりした川の水を両手ですくい上げ愛里寿はピッポに聞いた。不思議生物の棲む川の水だ。うかつに飲んだら危険なことになりかねない。水からは木々を通り抜けたせいだろう、樽のようないい香りがした。
「ストレートで飲む豪のものは、現地人でもなかなかおらん。割って飲むのじゃ」
ピッポがどこから取り出したのか、水筒を愛里寿へと差し出す。
「ストレートって、まさかアルコールが入ってるんじゃないでしょうね?」
「60度じゃ」
「飲めるかっ! っていうか水筒あるなら、さっさとそっちをよこしなさいよ!」
「おーこわ。見た目と違っておそろしい客人じゃな」
水筒を傾けてグビグビと水を飲む愛里寿を横目にピッポはババロアを釣りまくる。
初めは遠巻きに眺めていた愛里寿もタピオカを空になった水筒に詰めだした。
、釣りあげるピッポと競うように、日が傾き始める頃には愛里寿も水筒一杯になるほどにタピオカを集めていた。そうして釣果もたくさんに、意気揚々と二人は集落へと帰っていくのであった。
――続かない。