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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
9/126

9、海賊の洞窟

 

 ほんのりと、焼き立てのパンの香りが漂ってきた。


「月美ちゃん、百合ちゃん、もうすぐ着くよっ」

「はい。ありがとうございますわ」

 機馬車はビーチから少し北へ戻り、港の近くまで来ていた。この辺りに洞窟レストランがあるらしい。

「色んな家がありますわねぇ・・・」

「そうですねぇ♪」

 月美と百合は、初めて来るエリアの街並みに心を躍らせた。


 フランスやドイツの田舎町みたいなおもむきがあるこの場所は、主に農園や花畑の運営を担当している先輩たちがのんびり暮らしている小さな寮の集まりである。学舎までは遠いが、ビーチや港が近く自然も多いので、遊び場には恵まれているのかも知れない。

「あら・・・」

 馬車が、ひらけたロータリーに着いたかと思うと、正面に体育館くらいのサイズの巨大な洋館が現れた。古びた木製に見えるその洋館の入り口の上部には、海賊船のマストをそのまま豪快に再利用したような看板がかかげられており、帆の部分には英語とスペイン語で『海賊洞窟のレストラン』みたいなことが書かれていた。どうやらここが目的地らしい。


 ロータリー付近の建物は、さながらテーマパークのように近世の港街の雰囲気で統一されていた。パン屋は重厚な石の砦そっくりに作られ、雑貨屋の前にはたるが乱雑に積まれており、あちこちで小さな海賊旗が青空にはためいている。ついでに、オルガンやギターやアコーディオンで収録した陽気な音楽が流れている。


「はい、到着だよー」

 そう言って翼が機馬車を停めようとすると、レストランの入り口から生徒が二人、駆け寄ってきた。なんとこの二人、思いっきり海賊船の乗組員みたいな衣装で仮装している。

「お待ちください。どちら様でしょうか」

 少女たちは尋ねてきた。

「あぁ、私はとどろき翼。機馬部のメンバーだよ。今日は依頼通り、月美ちゃんと百合ちゃんをここにお連れしたんだけど」

 少女たちは何やらひそひそと話し合いをし始めた。なんだか様子が変である。

「失礼いたしました。歓迎いたします。このまま馬車でお入りください」

「え? あぁ、うん。わかった」

 どうやらこのまま機馬車で入口に突入するらしい。変わったレストランである。

「・・・なんだか不穏ふおんな空気ですわね。招待されたから来てあげましたのに、警戒しすぎですわ」

「何かあったんでしょうか」

 百合も不安げな顔で月美に耳打ちをしてきた。耳打ちは顔が真っ赤になるので本当にやめて欲しいところである。

「まあ、大丈夫だろう。言われた通りにしよう」

 翼は明るく笑い飛ばして、機馬車を発進させた。



 機馬車がレストランのゲートに入ると、そこから先は床が木製だったため、木がきしむ音が通路に響いた。当然ながら屋内なので太陽光は遮られ、代わりに天井から吊るされた古びたランプや、壁に設置されたロウソク型の照明を頼りに進むことになった。陽気なBGMが無かったらただのお化け屋敷である。


「暗くなってきましたわ・・・」

「そうですね・・・」

 月美は不安をまぎらわすため、かばんをぎゅっと抱きしめて、少し窓から離れた。機馬車には窓ガラスが無いので、どうしても座席の中央に寄りたくなるのだ。

 しかしそれは百合も同じだったので、二人の肩がぴたっと触れ合ってしまった。月美は「ひっ!」と小さく声を上げてすぐに窓際へ逃げた。このレストランの雰囲気なんかより、百合への恋心のほうがよっぽど厄介で恐ろしいものである。


 しばらくすると、急に天井が高くなり、景色が開けた。そしてそこに、数えきれないほどのランプに飾られた洋館が現れたのである。ここは屋内なのに、さらに洋館が建っていたのだから驚きである。

「な、なんですのここ・・・!?」

 闇に浮かぶ光の洋館は実に幻想的であった。

 よく見ると洋館の周りには小さな川が流れており、水面みなもに映るランプの影がちゃぷちゃぷと水音を立てながら揺れていた。優しい明滅を見せるホタルのような光も、いくつかふわふわ飛んでいる。

「んー、馬車はここまでみたいだね」

 翼はそう言ってブレーキのレバーを引いた。暗くてよく分からないが、川には橋が掛かっていないようなのだ。


 そこへ、レストランの店員と思われる、海賊衣装の生徒が一人やってきた。

「ここからはボートでお進みください。船長は、月美様と百合様にお見せしたいものがあるそうです」

 そう言って少女はボートに乗り込み、オールを川面かわもに差した。

「いや、ボートは私が漕ぐよ。月美ちゃんたちを最後まで送り届けるのが私の義務だからさ」

「しかし・・・」

「私はマリンスポーツ部も兼任してるんだ。このくらいのボートは操縦できるさ」

 二人を心配してくれたのか、翼が船頭せんどうをやってくれることになった。これなら月美たちも安心である。

「ではとどろき様。洞窟の随所に海賊船員がいるはずですので、細かいルートはそのメンバーたちにお尋ね下さい」

「あれ、レストランって、その洋館じゃないのかい? もっと先?」

「レストランはここですが、お二人にお見せしたいものはもっと先です」

「ふーん」

 馬車を下りた月美と百合は、仕方がないのでボートに乗ることにした。足元は暗いし、桟橋は滑りやすいので気を付けなければならない。百合さんの前ですてーんと転んだりしたら、月美のお嬢様人生は終了だ。

 ボートは意外と横幅があり、かなり頑丈な作りをしているようだった。

「ゆ、百合さん、私が先に乗りますわ」

「はい。お願いします」

 百合のボディーガードでもある月美が、まず舟に乗り込んだ。片足ずつ慎重に乗ったのだが、心配したほど舟は揺れず、安定していた。座席は丈夫なビニール製のクッションタイプであり、下手したら馬車より居心地がいいくらいである。百合も舟に乗り込み、月美のすぐ隣りに腰かけた。あまりくっつかないで欲しいところである。

「月美ちゃん、百合ちゃん、これを着るといい」

「え?」

 どこから取り出したのか知らないが、翼が半透明のレインコートを二人に差し出してくれた。

「霧も出ているし、滝のような水音もする。制服が濡れそうだ」

「あ、ありがとうございますわ」

 用意がいい先輩である。それにしてもなぜレストランに来てレインコートを着なければならないのか。

「それではお気をつけて、いってらっしゃいませ」

 海賊船員の少女に見送られ、舟は滑るようにゆっくりと動き出した。

 月美たちの前の席で、翼はオールを使いながら起用に舟を操縦した。どうやら本当にマリンスポーツ部員だったらしい。

 空気清浄機から出る風のような、妙に快適な味がするミストの中を、舟は進んでいった。


「何があるんでしょうね」

「全然わかりませんわ・・・」

 月美はレインコートなんてカッコ悪いもの久しぶりに着たが、腰のあたりがキュッと絞れるタイプだったので意外とデザインは良かった。

 小川は、無数のランプに照らされたレストランからどんどん離れていき、やがて暗闇の洞窟に入ったようだった。閉所にして暗所である。「ほとんどが人工物なのだ」という安心感がなければ、怖くてたまらない空間だ。

(こ、怖がってるところを百合さんに見られたら、おしまいですわ・・・!)

 月美はクールで硬派であることが売りのお嬢様である。突然「びえ~ん! 怖いよぉ!」などと泣いた日には、二度と百合の顔を見て話が出来なくなる。ここは耐えねばならない。月美は、お金持ちの家で飼われている毛の長い猫ちゃんみたいな顔をして、洞窟に光が差すのをじっと待った。


 やがて、暗闇の先に青や紫のライトに照らされた小さな滝や鍾乳石が見えてきた。この辺の演出は不気味というよりはちょっと幻想的で、非日常に足を踏み入れた高揚感すら、月美は覚えた。

(あら・・・?)

 水音に紛れて、かすかに音楽が聞こえてきた。外のロータリーで流れていたような、陽気なメロディーである。

「わぁ・・・」

 隣りの席の百合がそう声を上げたのは、舟が洞窟の小さなカーブを曲がり終えた時だった。

 行く手には、先ほどレストランがあった空間と同じくらいの大きさの、ひらけた世界が広がっていたのだ。しかも今度は、星空の下で燃えるように赤く輝く三隻の巨大な海賊船と、大勢の海賊衣装の少女たちが騒ぐ、石造りの港のエリアだったのだ。少女たちはいくつかのグループに分かれて気ままに楽器を演奏したり、小川を挟んでバドミントンをしたり、樽の上でチェスをしたりと、大変自由な様子である。これがもし遊園地のアトラクションだったら全員人形なのだが、おそらくここにいるのは人間である。こんなところに大勢集まって一体なにをしているのかちょっと謎であるが、海賊たちの世界に月美と百合は見とれてしまった。


「あ、百合さんだわ!」

「月美さんも一緒よ! なんてお美しい!」

 小川沿いのランプの近くで井戸水を汲んでいた海賊船員が3、4人、ボートへ駆け寄ってきた。海賊の世界でも二人は有名人らしい。

 舟を漕ぐ翼は、少女たちに尋ねた。

「キミたちの船長さんが、この二人に見せたいものというのは、どこかな。このまま進んでいけばいいのかい?」

「ご案内します! こちらです!」

 少女たちはランプをかかげ、石造りの港を歩いて三人の舟を先導してくれた。しばらくはこの川をまっすぐ行くらしい。


「月美さん、あれ見て下さい!」

「わっ。ど、どれですの?」

 百合に話しかけられて、月美は慌ててクールな顔を作った。月美はこの洞窟の雰囲気に飲まれていたため、いつの間にかポカーンと口を開けていたのだ。

「ほら、あれ」

 百合が指差したのは、天井の星空だ。もちろんあれも人工物なわけだが、そうとは感じさせない繊細な輝きを見せており、突然一部の星たちが光を強めたかと思うと、大きな帆船はんせんの形になって夜空を滑り出した。海賊船座という星座があるのかどうか不明だが、その星の一群は夜の港の賑やかさに虹を掛けるように月美たちの頭上を駆け抜けて夜空の彼方へ消えていった。見送った先に見えたのはおそらく北極星であり、昔の船乗りたちが羅針盤の代わりに毎晩見上げていた、守り神のような星である。

 港の少女たちのった衣装や、細部まで作り込まれた夜の港に見とれていたら、完全に見落としてしまう、一瞬の星座のショーであった。教えてくれた百合に、月美は感謝した。


「この水門の先です!」

「なるほど、開けてくれるかい?」

「はいっ」

 ここまで来ると川幅はかなり広がっており、鉄格子で作られた水門もとても大きく、重厚だった。海賊衣装の生徒たちは、首に下げていた金色の鍵を使い、鉄製の巻き取り機のようなもののロックを解除し、ガラガラと音を立ててレバーを回し始めた。水門は、星空の映る水面みなもに小さな渦をいくつも作りながら、ゆっくり開いた。

「立派な水門だ。目的の物はこの先だね?」

「はいっ。すぐそこです」

「どうもありがとう。案内はここまでで結構だよ」

 翼は舟を進めた。

 水音とコウモリの鳴き声だけが響く暗闇を、舟はゆっくりゆっくり滑っていく。月美は恐怖と期待が混ざった不思議な気持ちをかばんと一緒に抱きしめながら、闇の向こうをじっと見つめた。そんな月美の様子を、百合がにこにこしながら見守っているとも知らずに。


 そしてついに、海賊洞窟の秘宝が姿を現したのだ。

「わぁ・・・」

 さすがのお嬢様月美もこれには感嘆の声をもらした。

 大きな黄金の海賊船が、あふれるほどの金銀財宝を積み、ギラギラとした橙赤色とうせきしょくに照らし出されていたのだ。船が金で出来ていたら絶対沈むはずなのでメッキに違いないが、いずれにしても普通の海賊船ではない。とても大事なものに違いないのだ。


 すると突然、翼が小舟の上で立ち上がった。

「危ないですわよ、翼先輩・・・」

「耳をふさいでくれ」

「え?」

 次の瞬間、翼はオレンジ色の閃光せんこうを発するロケット花火を、後方へ向けてバヒューンと発射した。月美は飛び上がるほど驚いた。

「我らがシャンパーニュ号を見つけたぞぉ!! 船員! 作戦開始だ!」

 すると石造りの港から、洞窟を震わせるような大勢の少女たちのときの声が響いたかと思うと、海賊衣装の少女たちが水門を器用にくぐり抜けて黄金の海賊船の元へ集まってきたのである。

「月美ちゃん、百合ちゃん。キミたちのお陰で敵対する海賊のアジトに潜入できた。この海賊船は私たちチョコレートウイング海賊団の船なのさ。ようやく取り戻す日が来たようだ!」

「へ?」

 翼はポニーテールにまとめていた髪をほどき、舟の座席に忍ばせていた大きな海賊帽を被った。そして金貨が散らばった岸に舟を着け、飛び降りてしまった。

「キミたちもついてきなさい」

「あ、あの、お話についていけないんですけど!」

「大丈夫さ! 話についてくるより、私についてきなさい!」

「わあ!」

 翼に手を引かれて、月美と百合は小舟を下り、そのまま黄金の海賊船に乗り込むことになった。少女たちも続々と船に集まってくる。

 黄金の海賊船は足元の甲板かんぱんまで金色であり、滑り止めのためか、紙やすりみたいにザラザラしていた。船に積まれた宝物たちは星影に照らされてゲレンデのように眩しく輝いている。

「奪われた時より随分お宝が増えているようだが、丸ごと返してもらおう。船員配置につけ!」

「つ、翼先輩、まさか、これに乗って逃げるつもりですの・・・?」

「もちろんさ! この船を取り戻しに来たんだからね!」

 チョコレートなんたら団のメンバーはおよそ30人であり、残りは全て敵対する海賊たちということになる。これは面倒なことになりそうだ。

「狭い水路は通れませんから、引き返すルートはダメですのよ」

「わかっている。この船を丸ごとここに運んだ水路がこの先にあるはずだ。どこに繋がっているか知らないが、とにかく進むだけだ!」

 翼は金色のかじを大きく切った。どういう原理か不明だが、風も受けずに海賊船はゆっくりと動き始めた。ザブンザブンという波音と、金貨が甲板の上で踊る音が洞窟の闇を切り裂いていった。

「月美さん、揺れるので、気を付けて下さいね!」

 百合がそう月美に声を掛けた。

「わ、分かってますわ・・・!」

 月美は手すりにつかまって身構えているのだが、すぐ後ろに立つ百合が、船が揺れるたびに肩や腰にふわっとタッチしてくるので、冷静に現状を整理する余裕があまりなかった。

「追っ手が来ましたー!」

 マストに上って望遠鏡を覗いていた生徒がそう叫んだかと思うと、あっという間に黄金の船は、三隻の真っ赤な海賊船に囲まれていた。星空の下で、夕焼けのように赤く輝く船に囲まれ、月美はなんだか恒星が並んだ宇宙博物館にでも来たような気分になった。

「翼ぁ! 今すぐ船を返しなさぁい!」

「何を言う! 元々この船は我らのものだ! くやしければ力ずくで止めてみせたまえ!」

 翼は喧嘩を売る時も爽やかである。

「船員! 構えろぉ!」

 そう声を上げた翼は、月美と百合に水鉄砲を手渡して「ここを何度か動かして空気をためて、ここを押して発射ね」と小声で説明してくれた。結構親切な船長である。

「撃てぇー!」

「ひぃ!」

 なんだか分からないうちに撃ち合いが始まって、月美は大層慌てたが、自分と百合がレインコートを着ている意味に気付いて少し落ち着きを取り戻した。こうなったらとことん付き合うしかない。

「ゆ、百合さん、仕方ないので、私たちも撃ちますわよ」

「はい!」

 砲台タイプの水鉄砲の轟音や少女たちの威勢のいい声が、陽気なBGMをさらに盛り上げた。月美が撃った水鉄砲の水に当たった少女は「うわー!」と言って倒れてくれるので、月美はちょっと嬉しいような恥ずかしいような、不思議な気持ちになった。こんな高揚感は、普通に寮生活をしていたら味わえないものである。


 月美たちの善戦の甲斐あってか、黄金の海賊船は洞窟での海戦を無事制し、追っ手を振り切ることに成功したのであった。



「え! ゆ、百合さんは知ってたんですの!?」

「はい♪」

 パンには、クリーミーなアボカドがスパイシーに味付けされてサンドされていた。

「はいって・・・百合さんも不安そうな顔されてたじゃないですか」

「あれはまあ・・・盛り上げようと思いまして♪」

 黄金の海賊船はルートを一周して、レストランのある大部屋に戻ってきたのである。船を降りると、もう月美たちの夕ご飯がテラス席に用意されていた。

 学園案内を読み込んでいた百合は、実はこのレストランの詳細を知っており、月に何度か、演劇部のメンバーが総出で海賊のショーをやってくれることを分かっていたのだ。だから月美ほど動揺はしなかったし、純粋に海賊洞窟のアトラクションを楽しむことができた。しかし、何も分からず海賊の世界を冒険させられた月美のほうが、ある意味純粋な冒険家と呼べるかも知れない。


「やあやあ月美ちゃん、百合ちゃん、楽しんでもらえたかな?」

 海賊船長の格好をした翼が、コーヒーカップを3つ持って二人の元に戻ってきた。

「ちょっとやりすぎですわ・・・。途中からずっと演技でしたのね」

「いやぁ、みんな張り切っちゃってさぁ、吹奏楽部の子たちもエキストラで入ってくれたよ」

「バドミントン部の人もいましたわよ・・・」

「ああ、そうそう。とにかくたくさん参加してくれたんだ」

 翼は機馬車を使って郵便委員もやっているため、簡単に参加者を募ることが出来たのだ。あのスーパー美少女百合ちゃんと、その同室に選ばれたクールなお嬢様月美ちゃんがお客様であると聞けば、すぐに100人くらい集まっちゃうのである。

「翼先輩、結局のところ、私と百合さんをここに招待して下さったのは誰ですの?」

「私だよ。演劇部の部長として、キミたちをお呼びしたのさ」

「部長さんでしたの・・・」

「ああ。私は機馬部やマリンスポーツ部も掛け持ちしているがね」

 さすが、アテナ会長の同室の生徒だけあって行動力が凄い。


 よく考えてみると、月美はアテナ会長の近くにいる人間と知り合いになれたのは初めてのことである。

 いつかストラーシャ学区に戻ってしまう百合と共に過ごしている以上、月美にとって生徒会同士の争いは他人事ではない。翼先輩に、なぜビドゥ学区とストラーシャ学区は仲が悪いのか、アテナ様はどういう人間なのか、そしてローザ様とかいう露骨に百合さんを狙ってくる悪女はどんな生徒なのか・・・こういった質問をいつかしてみたいものである。


「ところで、演劇部の代表としてキミたちを招待したのには理由があるんだ」

「あら・・・もしかして、勧誘ですの?」

「ご名答!」

 実は演劇部はそれほど部員が多くないのである。演劇部は海賊洞窟に限らず、学園の様々な場所で公演を行っているが、翼みたいな生徒はスター扱いを受けており、自分がそんなスターの仲間入りなんて出来るわけがないと考えている謙虚な生徒ばかりだからだ。

「翼先輩、私と百合さんは演劇部には入りませんわよ。特に百合さんは・・・」

「ああ、もちろん。その辺りの事情は把握しているさ。モテたくないと思っている百合ちゃんが演劇で舞台に立つなんて飛んで火にいる何とやらさ」

 百合は苦笑いした。演劇は楽しそうだが、翼の言う通り、あまり目立つことはしたくないのである。

「キミたちにお願いしたいのは入部じゃなくて勧誘のほうなのさ」

「あら」

「この学園の演劇部員に必要なのは、とにかく度胸さ。自分なんかはスターになれないだろう、と遠慮している子ばかりだからね。相談だが、キミたちの近くに、度胸があって、冒険家で、ついでに声が大きい友達はいないかい?」

「え?」

「月美ちゃんと百合ちゃんは今、学園で大注目されているペアだ。その二人に気軽に話しかけてくるだけでもかなりの度胸だ。だから、身の回りにそういう子がいたら、演劇部に勧誘して欲しいんだ」

 月美と百合は思わず視線を合わせた。

「あー・・・実は一人いますわ」

「本当かい!?」

 百合はクスクス笑った。

「・・・ただちょっと頭が悪いんですけど、それでも良ければ」

「必要なのは情熱さ! 将来のスター候補として、ぜひ演劇部に迎えたい、そう伝えてくれ!」

「わかりましたわ。100%勧誘を成功させてみせますわ」

 月美はなぜかとても自信がある。

「その代わり翼先輩、これからもよろしくお願いします。生徒会の件とかで、いろいろご相談させて頂くと思いますので」

「もちろんさ。こちらこそ、よろしく!」

 海賊船長の翼は月美たちと握手を交わした。翼先輩の手は月美たちの手より少し大きくて、ポカポカ温かかった。




「月美!百合! おはよー!」


 月美たちが二人で優雅な朝食を楽しんでいると、隣の席に騒がしいやつがやってきた。

「・・・あら、おはようございますわ。綺麗子さん」

「おはよ~ん!」

 例によって、まだ桃香ちゃんは到着しておらず、綺麗子だけが席についた。

「それで月美、例の写真コンテストだけど」

「その前にお話がありますわ」

「え? なによ」

 月美はいきなり本題に入ることにした。

「演劇部があなたを欲しがっていますわ」

「え? 演劇部? なによそれ」

「舞台で劇をやるクラブ活動ですわよ」

「えー、つまんなそう」

 そんな風に即答した綺麗子は、スプーンで一口なにかを食べ、「え、ヤバい。アイスだと思ったらポテトサラダだったんだけど」とつぶやいた。いつもマイペースな綺麗子に、百合はクスクス笑った。

「そんなことより月美。昨日約束した写真勝負はどうなったの? ちゃんといい写真撮ってきたんでしょうね。もしどうしようもない写真しか撮ってなかったら、私の勝ちだからね」

「写真ならここですわ」

 月美は胸ポケットから取り出した写真を綺麗子のポテトサラダにそっと突き立てた。

「ん、何これ・・・私の写真じゃない」

「そうですわよ」

 それは、月美たちが昨日の朝、カメラを借りた直後に試し撮りした、綺麗子のウインク顔の写真だった。

「私と百合さんは昨日、ビドゥ学区をあちこち回って、美しい物や場所を懸命に探しましたわ。けれど、この写真よりも素晴らしい写真は一枚も撮れませんでしたのよ」

「え!?」

 綺麗子がにわかに頬を赤らめた。

「やっぱり綺麗子さんには、もって生まれた気品というか、風格がありますし」

「で、でしょ!? でしょ!?」

「はい。これはまさに、演劇部の将来のスターだなと思いましたわ」

「ほ、ホントに!? 私スターなの!?」

「演劇部に入れば、確実にスターになれますわ。あなたには舞台が似合いますのよ」

「くぅううー!」

 ライバルであるはずの月美に褒められて、綺麗子は有頂天うちょうてんになり、椅子の上に立って腰に手を当て、スプーンで天を差した。

「いいわ! 私その、演劇部っていうのに入部するわ! 私の美しさと気品を、学園中にとどろかせてみせるわ!」

 実にちょろい少女である。


「お、おはようございまぁす・・・」

 月美たちのテーブルに、ポテトサラダてんこ盛りのお皿を持った桃香が、遠慮がちに現れた。

「桃香!!」

「え!? た、食べすぎですかね! そ、そうですよね! やっぱり食べすぎです私ぃ・・・!」

「違うわよ、桃香も私と一緒に演劇部に入りなさい!」

「え、な、何のことですか!?」

「一緒にスターになるわよ!!」

「えええっ!?」

 このようにして、演劇部は二人の有望な新入部員を獲得したのだった。桃香ちゃんには悪いが、頑張ってもらうしかない。



「また冒険したいですね、月美さん♪」

「ひっ!」

 自室に戻る時、百合は月美にそう耳打ちした。耳打ちをコミュニケーションのメインに使うのはそろそろ本当にやめて欲しいところである。

「べべ、別に・・・」

 月美の頭の中を昨日の様々な体験が駆け巡った。

 色と香りと感触にあふれ、止まらない物語の激流に身を投じながら味わった一本の映画のような半日を、月美の全身が記憶している。その中に見た百合の笑顔の、なんと美しかったことか。

「別に・・・時々なら・・・いい・・ですけど・・・」

「ホントに?」

「と、時々ですわよ! 私は冒険とか、そういう子供っぽいの・・・全然興味ないんですから!」

「ふふっ♪」

 百合はちょっとだけ駆けて月美の前に立ち、にっこり笑った。

「じゃあその時も、一緒に行きましょうね♪」


 窓の外の青々としたプラタナスの木が、日差しの中で、優しいそよ風に吹かれていた。

 

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