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83、旅立ち

 

 機馬車のわだちが、港へ向かって真っすぐに伸びていく。


 車輪が舞い上げた雪煙は、北風に巻かれて渦を作り、まるでレースのカーテンのように美しく揺れてレンガの道を飾った。アテナたちが乗った機馬車は、そのベールの中にひづめと車輪の音を残して、雪色の坂道を下っていくのである。


「あと3分だよ!」


 フェリー出港の時間が迫っている緊張感が機馬車の中を満たしているが、それと同時に、白百合のような上品で甘い香りが、月美の鼻をくすぐっている。おそらく、アテナが着ている白いドレスの匂いだ。


「月美さん、百合さん、本当にありがとう。もし間に合わなくても、私、悔いは無いわ」

 三人掛けの座席はガタガタと揺れており、車内に飾り付けられたサンタやトナカイのぬいぐるみもブルンブルンと踊り狂っている。

「諦めちゃダメですわよっ」

「そうだよ。港が見えたらすぐに大声で知らせようっ。もう少し待ってくれるはず」


 ビドゥ学区の機馬車はなかなか高性能なので、雪道でも安全に坂を下っていける。冬用の車輪は重いので、夏の高原を駆け抜ける時に比べれば速度は鈍いが、このまま走っていけばなんとかギリギリ間に合いそうだ。


 この先、少しばかり急勾配の坂を下り、大きな画材屋の角を曲がって、人魚の像が立つ噴水の広場を抜ければ、もうフェリー乗り場が見えてくるのだ。フェリーが本当に予定時刻より15分長く停泊してくれているならば、無事にアテナは翼と合流できるはずだ。


「アテナ様っ」

「なぁに?」

「もしかして、このまま一緒にフェリーに乗っていくつもりですの?」

 ガシャンガシャンという車輪の音や振動に負けないようにしゃべらなければならないので、体が密着するように座っているアテナに話しかけるのにも、大声を出す必要がある。

「そうかもね。南半球に行くのは初めてよ」

「す、すごい行動力ですわね」

 飛行機のチケットは空港に着いてから何とかすればいいのだ。

「もし翼さんが私を受け入れてくれなかったら、もちろんどこにも行かないけれど、私のなぐさめパーティーは開いてくれなくていいわよ。翼さんがイカロス競技会を終えて戻ってきた時に、皆で一緒にお茶会をしたいから。友人としてね」

「え・・・わ、分かりましたわ」

 先日アテナは翼から愛の告白をされたのだが、その時は断ってしまった。しかし今、こんな風にアテナが翼を追いかけているのだから、恋とは不思議なものである。



『皆さん! 正午のフェリーには翼様が乗っています! アテナ様はそれを追いかけているのです!』

 マイクを取り戻した放送部員の少女が、ビドゥの街頭放送を利用し、最新情報を全校生徒に知らせてくれた。

「アテナ様が翼様に恋を!?」

「やっぱり! お似合いだと思ってたわぁ!」

「フェリーはもう出発してるんじゃない!?」

「少しだけ遅れて出発するらしいよ」

「それでも間に合うかどうか・・・」

「急いでアテナさぁーん!!」

 実に物分かりの良い生徒たちである。

 舞踏館を出た生徒たちは、ビドゥ学区で最も見晴らしが良いと言われる学舎前の高原広場や、図書館前の展望スペース、大通りの3階建てレストランなどに集まり、アテナの行方を見守ることにした。



「桃香! ぼーっとしてちゃダメデース!」

「ひゃあっ!」

 学舎前のロータリーで銀花と一緒に突っ立っていた桃香の胸を、背後から鷲掴みにしたのはキャロリンだ。桃香たちは大きなクリスマスツリーのそばの混雑に巻き込まれていたのだ。

「すぐに馬車に乗るデース!」

「うっ・・・え、機馬車どこかにあるんですか?」

 ロータリーにあったほとんどの機馬車と機馬は、もう出払ってしまっている。

「千夜子が用意してくれたデース!」

「あ、あの・・・モミモミするのやめて下さいぃ・・・!」

「こっちにありマース。銀花は迷子になっちゃダメデスよ~」

 銀花と桃香の手を握って、キャロリンは駆け出した。手袋越しでも伝わるキャロリンの手の温もりと感触に、桃香は人知れずドキドキした。

 キャロリンの周りには、いつもアロマのシャボン玉が浮かんでいるかのようなキラキラしたいい香りが弾けており、彼女の長いブロンドヘアーが、12月の清らかな日差しの中で光り輝く様子に、桃香はうっとりしてしまった。

「わっ!」

「桃香大丈夫デース?」

 お陰で雪に何度も足を取られたのである。

「桃香、そっちは雪かなり積もってる。もう少しこっち歩いたほうがいい」

「あ、ありがとう~・・・」

 2年生の銀花が、6年生の桃香の手を引いて助けていた。放って置けない可愛い先輩なのである。



 アテナたちの機馬車は雪道を駆け下り、大きな画材屋の角を曲がった。曲がる時の遠心力で、月美はアテナの肩に頭をちょっぴりくっつけてしまったのだが、アテナはそんな月美の頭をぽんぽんと撫でてくれた。

 百合はそんな月美の様子を見て、少しニヤけてしまった。

(月美ちゃん、可愛い♪)

 今はフェリーの時間に間に合うかどうかだけを考えるべきなのだろうが、百合はなんだか胸がポカポカしてしまったのである。


 しかしこの時間は、嵐の前の小さな静けさであった。


 ダイヤモンドのように光る水が人魚の水瓶からこぼれる噴水の広場に機馬車が差し掛かると、どういうわけか、急に車輪の回転速度が落ち始めたのだ。

「あれ!?」

「ど、どうしましたの、これ」

 大事件である。百合と月美は馬車の窓を開けて周囲を確認した。


 ビドゥ学区の機馬と機馬車は、雪道でもそこそこスピードが出せる性能を持っているが、その分安全面への配慮も抜かりが無く、生き物を見つけると自動で減速するようになっているのだ。


「たぶん、人魚の像に反応したんだわ」

「え・・・!?」

 アテナは冷静に分析した。

 体温のある生き物だけでなく、生き物っぽい形を検知するだけで反応するのがビドゥの機馬である。この像を作ったのは学園のOGなのだが、かなりリアルな美女の姿で制作してくれちゃったのでこのような事態が起きたのである。


「まずいですわ!!」

「これじゃあ間に合わないよ・・・」

 徐行中の機馬車は、田舎の河原をお散歩中のポメラニアンくらいの速度なので、降車して走ったほうがいいくらいである。しかし、人間の足で走ってフェリー乗り場へ向かっても到底間に合わない。時計の針が、まもなく12時14分を差そうとしていたからだ。


「あと少しですのにぃ!!」

 冷たい海風の中に、ウミネコたちの声が聞こえてくる。目と鼻の先にまで迫った翼のフェリーを、まさかこんな形で見送る事になってしまうなんて、実に不運である。


 アテナと翼はこうして離れ離れになってしまうのだった。



 と、思いきや。



 乙女たちの恋の世界には、ちょっと不思議な巡り合わせや、運命を感じさせる瞬間、そしてささやかな助け舟が、あちこちに散らばって身を隠している。運が良ければ、それらに気が付けるのだ。


 今回、それを見つけたのは、百合だった。

「あっ」


 広場の一段下にある、休眠期のブドウ畑の小道に、青い小鳥がちょこちょこと歩いていたのだ。そしてその小鳥の後ろには、白いウサギと小鹿が続いて行進しており、最後尾には、自動でゆっくりと走行中の白い機馬がいたのだ。おそらくピヨたちは、勝手に動くロボット馬に興味を持ち、一緒に散歩しているのだ。


「あんなところに、白い機馬が・・・!」

「えっ! あれは、翼さんの機馬だわっ!」

 百合のお陰で機馬を見つけたアテナは、ほんの一瞬だけ息を止めて思案したが、すぐに決心し、機馬車を停めてドアを開け、飛び降りた。

「あれに乗れば、フェリー乗り場まで走れるわ。月美さん、百合さん、本当にありがとう。よいお年をっ」

「あ、は、はい!」

 1秒すら惜しいこの状況では、ゆっくり話している時間はないが、アテナは月美と百合に明るく微笑み掛けて手を振り、ブドウ畑への木製フェンスを軽やかに飛び越えていった。アテナの姿が見えなくなった先に、まっさらな青空が見える。


「私たちも行こう、月美ちゃん!」

「そ、そうですわね!」

 人魚姫に見とれている機馬車を降り、月美たちも走り出した。



「ピヨさんたち! ちょっとその機馬借りるわ!」

「ピヨ~?」

 ピヨたちはアテナの状況など知らないので、せっかく見つけたロボット馬を奪われてしまうのはもちろんイヤだったのが、アテナがあまりにも真っ直ぐな眼差しでお願いしてくるので、もう機馬を譲るしかなかった。

「ありがとうっ。いつか美味しいベリーをご馳走するわ」

「ピヨ~」

 くらの下に収納されていたヘルメットを被り、アテナは機馬に飛び乗った。港からフェリーの汽笛が聞こえてくる。

(どうやって操縦すればいいかしら・・・)

 機馬の説明書は国語辞典みたいに分厚いことで有名なので、そんなものを読んでいる暇はない。

「きゃっ!」

 とりあえず手綱たづなを引っ張ると、思いの外、勢いよく機馬が動き出した。アテナは、翼と一緒に機馬に乗った時のことを思い出しながら、勘で操縦してみることにした。自動で港まで行ってくれるよう設定することもできるが、大急ぎならば手動で頑張るしかない。

「あなた確か、ルルちゃんって名前よね。フェリー乗り場まで、全力疾走をお願い!」

 翼の愛馬ルルとアテナはブドウ畑の小道を抜け、フェリー乗り場に直接繋がる大通りの坂道を駆け出した。



「アテナたちが乗ってた機馬車が広場で停まってるデース!」

「アテナさん、どこだろう・・・?」

「あの白馬じゃ。白馬に乗っておるぞ」

「ええ!?」

 千夜子が用意してくれていたアヤギメ学区の機馬車の中から、キャロリンたちは双眼鏡を覗き込んだ。白いドレスを風になびかせ、アテナが北風を切り裂いてフェリーに向かっていくのだ。


 他の大勢の生徒たちも、フェリー乗り場が見えるそれぞれの展望スペースに辿り着いたようで、アテナの機馬を発見して興奮している。

「アテナ様がんばってー!!」

「もう少しだよぉー!」

 放送部の生徒がマイクを使って『アテナ様ぁー!! がんばれー!!』などと大きな声で声援を送ったので、それに合わせて、生徒たちの声がビドゥ学区の街並みに響き渡った。島じゅうの野生動物たちが驚いてキョロキョロしている。




 一方その頃、既にフェリーに乗り込んでぼんやりしていた翼は、出港の合図を聞いて船室に入っていた。船室は温かくて快適で、仮眠用のベッドやシャワー室までついているので、とても落ち着ける場所である。

(あ、動き出した)

 フェリーの出港に気付いた翼は、お昼ご飯のサンドイッチが入った紙袋を手に、窓辺の椅子に腰かけた。

「ん・・・?」

 そしてついに、気付くのである。

「え!?!?」

 およそ100メートル離れた雪化粧のレンガの坂道を、フェリー乗り場に向かって駆け下りる白い機馬がいるではないか。しかもその馬上には、ドレス姿のアテナがいるのだ。

「ア、アア、アテナさん!?」

 目を疑う光景とはまさにこの事である。翼はサンドイッチをひっくり返しそうになりながら、慌てて部屋を出た。


 階段を駆け上がり、フェリーのデッキに出ると、海風の冷たさよりも先に、驚くほどの声援が翼の耳に届いた。それらは全て、アテナへの声援だった。

「アテナ様ぁー!!」

「頑張ってー!!」

 しかし、その声には悲鳴も混じっていた。

「アテナさん危ない!!」

「アテナ様止まってー!!」

 翼はデッキの手すりに駆け寄った。

「ま、まずい! アテナさん!!」



 動き出してしまったフェリーを前に、アテナは機馬の速度を緩めなかったのだ。

(出港してしまったのねっ・・・!)

 アテナの機馬はフェリー乗り場より一段高いところでさらに加速し、レンガの下り階段へ向かって真っ直ぐに走っていった。丁度その先には、既に動き出してしまったフェリーがあり、デッキの上には、翼の姿が見えた。


 そう、アテナは機馬で飛ぶつもりなのだ。


「私の人生なんだから、私の好きなようにするわ!」


 覚悟を決めたアテナには、怖いものなんてなかったのである。


 アテナは左足の付近にある3つのペダルを当てずっぽうで踏み込み、手綱を力いっぱい手前に引いた。機馬はガラガラガラッという異音を立てたが、すぐに歯車が噛み合ったようにガシャンと振動し、左右に揺れた。振り落とされないようにアテナが姿勢を低くした瞬間、機馬の中で何かが小さくパンッと爆発し、機馬の側面から一気に蒸気が吹きあがった。


 月美をはじめとした全校生徒が、その様子に息を呑んだのである。


「きゃっ!」

 次の瞬間、アテナの機馬は宙に飛び立っていた。


 音と振動から解放され、水平線がシーソーのように斜めになって揺れた。お腹の中がフワッと浮かび上がるような感覚の中、眼前に広がる全ての景色を一気に駆け上がって青空に顔を浸すのは、別の次元に飛び込んだような神秘的な体験である。


 高度はそれほど出ていないが、アテナの機馬は確実にフェリーに向かって滑空していた。機馬を包みながら広がっていく蒸気はまるで白い羽のように見えるため、その姿はペガサスにそっくりである。


 十数メートル先に迫った翼に向かって、アテナは叫んだ。

「翼さん!!」

「アテナさん!! 手を伸ばして!!」

 翼はすぐに手を差し伸べてくれた。


 しかし、機馬はほんの少しばかり高度が足りていなかった。手を伸ばしてもギリギリ届きそうにないのだ。


 機馬は少し横に逸れたルートで滑空しているので、フェリーの壁面に激突する心配はないが、このままでは何もできないまま徐々に高度を落とし、海に落ちてしまう。


 が、覚悟を決めてここまでやってきたアテナの意識は、極めて集中していた。


(私は、籠の中の鳥じゃない。羽ばたけるわ・・・!)


 アテナはほとんど無意識のうちに機馬の鞍に右足を乗せ、ぐんぐん迫る翼の手をじっと見据えた。そしてすれ違う瞬間、手綱から両手を離し、宙へ跳んだのだ。



 生徒たちの熱い視線が一点に集まるその場所で、ついに二人の気持ちが交差した。

 アテナの手首を、翼ががっしりと掴んだのだ。



 その瞬間、街中から大歓声と拍手が湧き起こった。マーメイドとキャプテンが決まった時のために用意していたロケット花火が、ビドゥ学区のあちこちでヒューッと打ち上がった。

「やりましたわ!!!」

「やったー! すごいよアテナさん!!」

 フェリー乗り場の手前の坂にいる月美と百合も、思わず手を取ってはしゃいだ。



「アテナさん、大丈夫かい?」

 翼は、自分の肩にとんでもない力が掛かったにも関わらず、まずアテナの心配をした。

 その温かい眼差しを見て、アテナの心の緊張が一気に解けていったのである。

(私・・・翼さんの元へたどり着いたのね・・・)

 自分で選んで、そして羽ばたいたのだ。


 まるで天使の白い羽が舞い下りてくるように、ウツクシウムの蒸気が二人の周りでふわりふわりと揺れている。とっても幻想的なのだが、アテナはそんなものにうっとりしてはいられなかった。すぐに翼に伝えなければならないことがあるのだ。


「翼さん!」

「な、なんだい?」

「私、あなたを愛してる!」

「うぅぇえ!? い、今それ言うの!?」

 翼は今、猛烈に腕が痛いので、早くデッキに上がって欲しいのだ。

「翼さん、私を受け入れてくれる?」

「もちろん・・・! もちろんさ!」

 これは翼の本心である。

「嬉しい・・・! じゃあ、私を引き上げて」

「あぁ! うん! じゃあ行くよ、せーのっ!」


 白いドレスのすそをふんわりと広げて手すりを乗り越える様子は、遠く離れた生徒たちからもよく見えた。アテナは翼にお姫様抱っこされる形で、無事にデッキへ上がったのである。


「よいしょっ! 大丈夫だったかい? よく機馬で飛ぼうなんて・・・」

 そう言いかけた翼に、大事件が起こる。

 翼の首に腕を回したアテナが、彼女の唇にそっとキスをしたのだ。

(ぎ、ぎゃああああああ!!!!)

 さっきの翼は、とにかく咄嗟にアテナを助け、反射的に本心を言い、そして彼女をデッキに引き上げただけなので、心の準備なんて全然できてなかったのだ。ピュアピュアな翼が、憧れのアテナさんからのキスに動揺しないわけがない。

「これから、ずっと一緒よ、翼さん」

 おまけにこんな風に言われてしまった翼はすっかりクラクラしてしまい、よろけて尻もちをついてしまった。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫・・・・・・じゃない」

「え・・・フフ♪」

 アテナは笑ってしまった。照れている翼がとても可愛かったからだ。

 ウミネコたちがフェリーの上空をくるくる旋回しながら、二人を祝福するように歌っている。

「私、無賃乗船しちゃった」

「あぁ、あとで払おう・・・」

「あ! そういえば、あなたの機馬のルルちゃんが海に落ちちゃったわ!」

「ルルは大丈夫。自動で岸まで泳げるから」

「良かった」

 アテナは翼の手を引いて彼女を起こし、港のほうを振り返った。花火の白い煙がうっすら南に流れる晴天の下で、島の皆が歓声を上げていた。アテナが生徒たちに向かって大きく手を振ると、翼も顔を赤くしながら、一緒に手を振った。



「手を振ってますわ!」

「おめでとー!!」

 月美と百合が、アテナに向かって手を振り返していると、青い小鳥のピヨたちが集まってきた。「おい人間。これは何の騒ぎピヨ?」みたいな顔をしている。

「ピヨ、あなたもいつか飛べますわよ♪」

 月美はピヨの小さな頭を指先でちょこっと撫でてあげた。


 そしてそれに続くように、キャロリンたちが乗った千夜子の機馬車や、ルネとローザたちが乗った機馬車も港に到着した。もうフェリーはかなり遠くへ行ってしまっているので、この辺りまで下りて来ないと声が届かないのだ。

「アテナさーん! お土産買って来てねぇー!」

「ローザにはいらないわよー!」

 ローザとルネの声が、潮騒に乗ってフェリーを追いかけていった。


 ローザの馬車に乗ってやってきたキキミミ姉妹は、なぜか月美を両側から挟むように近づいてきた。この双子はいつもちょっと不気味である。

「アテナ様と翼様の旅立ちと掛けまして」

「掛けまして~?」

「露天風呂で転ぶと解きますなの」

「その心は~?」

「どちらも、祝いたい(岩痛い)なの」

「上手いなのー♪」

「上手いなのー♪」

 ステレオサウンドで謎掛けを聞かせたくて近寄ってきたらしい。月美は引きつった笑みで二人に小さく拍手しておいた。

 キキとミミは満足そうにフェリーの航跡を眺めながら、そっと微笑んだ。

「今のアテナ様には、翼がついてるの♪」

「二つの意味でなの♪」

 あら、上手いこと言いますわね、と月美は思った。


「ねえ、アテナさんと翼さんが帰ってきたら、皆で一緒にお茶会しようよ」

「おお! やるデース! うちの寮でやるデース!」

 百合の提案に、皆大賛成してくれた。


 その盛り上がりの中で、百合の瞳は月美の表情をこっそり窺っていた。月美は銀花ちゃんの首に自分のマフラーを巻いてあげており、百合の視線には気づいていない。


(次はいよいよ・・・私の番だ・・・)


 この後、月美と二人で夕焼けを見に行く約束をしている百合にとって、クリスマスイブはここからが本番みたいなものである。百合は自分でも驚くくらいドキドキしてしまっていた。




 結ばれた翼とアテナを乗せたフェリーは、晴天の大海原に真珠色の航跡を描きながら、遥か遠い水平線に向かって大きな汽笛を鳴らした。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 尊い…次はあの二人組のお話かな?
[一言] アテナ様と翼様が無事に結ばれて良かったです!途中ドキドキな展開もありましたが安心しました。次回からは月美と百合になりそうなので非常に楽しみです(*^^*) コメントするのは初ですが、椎さんの…
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