8、カメラ
「私ってやっぱり、冒険家だと思うのよねぇ~」
月美と百合が二人で優雅な朝食を楽しんでいると、隣の席に騒がしいやつがやってきた。
「・・・あら、おはようございますわ。綺麗子さん」
「おはよう月美! 百合!」
綺麗子はトレーを置くとすぐに、4、5枚の写真を取り出して月美に見せびらかすようにテーブルに広げた。ちなみに桃香は基本的に綺麗子と一緒に行動をする子なのだが、食事がバイキング形式の日は、選ぶのに時間が掛かるらしく、このようになかなかテーブルにやって来ないことが多い。
「・・・なんですの、この写真は」
春キャベツのサラダを食べながら、月美は大して興味なさそうに尋ねた。
「これは私が昨日の放課後、ビドゥ学区のあちこちを探検して撮ってきた写真よ!」
「百合さん、ホワイトペッパーの小瓶、とって下さる?」
「はい♪」
「ちょっと! 私の話聞きなさいよ!」
「ふふっ♪」
百合は月美と綺麗子のやり取りが結構好きである。
「・・・食事中にごちゃごちゃと物を広げないで下さる?」
「まあ見なさいってこれ! すっごく綺麗でしょ! あっちこっち行って撮ってきたのよ!」
月美はしぶしぶ写真を見ることにした。
「あら」
確かに美しい景色ばかりだった。
ツタが絡まった聖堂や、光が差し込むステンドグラス、白亜の噴水など、綺麗子のアホウなキャラに似合わぬ上品な眺めばかりが写真に収まっていたのだ。
「すごいでしょ!」
「べ、別に・・・。というか綺麗子さん、カメラなんて持ってましたの?」
「当たり前よ! 私は冒険家なんだから!」
女子高生である。
「ねえ、カメラ貸してあげるから、月美たちも何かいい写真撮って来なさいよ!」
「いや・・・面倒なんですけど」
「ほらほら! 百合に渡しておくわよ」
「あ、お借りしていいんですか?」
百合はなぜかちょっと乗り気である。
「いいわよ! やっぱり百合は話が分かるわね!」
百合にとって、これはクールな月美さんとお友達になるチャンスである。二人三脚の練習は大体いつも四人で行っているし、それ以外の時間の月美は自室で真面目に勉強をしているから、なかなか二人きりで遠出する機会に恵まれないのだ。分厚い学園案内に載っている魅力的なスポットの数々に、月美と一緒に出掛け、ただの「ルームメイト」から「お友達」へ格上げして貰えることを百合はいつも願っている。
「じゃあ期限は明日のこの時間までね!」
「勝手ですわねぇ・・・」
「もし一枚も撮って来なかったらその時点で、お嬢様の称号はこの私、綺麗子様のものよ!」
お嬢様の称号とは一体何なのか。
「んー・・・」
月美は百合からカメラを受け取り、何気なく綺麗子にレンズを向けた。シャッターが切られる瞬間、綺麗子はウインクをして可愛いポーズを決めた。
「どうやら本物のカメラみたいですわね」
「当然でしょ」
「これどうやって印刷しますの」
「エントランスにコピー機があるわ。適当に接続して印刷しなさい」
「面倒ですわねぇ」
「逃げたら負けだからね!」
とにかく、月美はまた綺麗子と勝負することになってしまった。さながら写真コンテストといった感じである。
「お、おはようございまぁす・・・」
月美たちのテーブルに、謎の野菜てんこ盛りのお皿を持った桃香が、遠慮がちに現れた。
「桃香さんって、かなり・・・食べるんですのね」
「え!? た、食べすぎでしょうか! そ、そうですよね! やっぱり食べすぎですよね・・・あぁ! うぅ!」
桃香は顔を真っ赤にして恥ずかしがった。彼女は小柄な割に結構食いしん坊なのである。
「楽しみですね、月美さん♪」
「ひっ!」
自室に戻る時、百合は月美にそう耳打ちした。耳打ちはゾクゾクしてしまうのでやめて欲しいところである。
「しゃ、写真のことですか? 別に・・・面倒なだけですわ」
百合さんと二人だけで出掛けて、クールな状態を保っていられるのか・・・月美はそればかり気にしている。これは気合を入れなければならない。
とはいえ今日は普通に平日だから、荷物をまとめたらすぐに学舎へ行き、授業を受けなければならない。カメラは鞄に入れておいて、放課後にやってくるはずの出番を待ってもらうことにした。
「あら?」
出かける直前、何気なくドアのポストを確認すると、三通も手紙が入っていた。百合へのラブレターはしょっちゅう届くのだが、今朝の手紙はいずれも違うようだ。
歩いて学舎に向かいながら、二人は手紙を開封していくことにした。
「えーと、『ストラーシャ学区の新聞部より全学区にお知らせ。本年度入学の生徒の中に魔女っ子がいます。怪しげな呪術を使うところを目撃した生徒がいますので用心して下さい』ですって。・・・何ですのこれ」
「なんだろうね」
「謎ですわ」
自分のことだとも知らず、月美は一通目を雑にポケットにしまった。
「次ですわ。『今年の12月24日の天気を知る者は、次の日曜日の正午、例の広場へ』。んー、こっちも意味分かんないですわ」
何かの暗号だろうか。
去年のクリスマスイブの天気なら覚えているかも知れないが、今年の年末の事など知るはずがない。クイズ同好会みたいなものが、優秀な新入生を探している可能性もあるが、月美は興味がないので、この手紙もすぐにポケットにしまった。
「まったく、ろくな手紙ありませんわね。次が最後ですわ」
月美は金色の装飾が施された赤い洋封筒を開けた。
「えーと、『招待状。白浜百合様、黒宮月美様、ご両名にはぜひ、私たちのレストランにお越し頂きたいと思い、お手紙をしたためました。誠に勝手ではありますが、お二人をお招きすべく、本日の放課後に一台の機馬車を学舎前に停めておきますので、もしよろしければ、御者に一声お掛けください。私たちの、海賊洞窟レストランへご招待いたします』ですって」
「海賊洞窟レストランですか!」
「・・・な、なんですのそれ」
真面目な月美と違い、百合は学園案内のレストランやレジャーの章ばかり読み込んでいるため、このレストランを知っていた。
「海のほうにある、ちょっと変わったレストランですよ。ビドゥの先輩たちが運営してるんです」
「そ、そうでしたわね。し、知ってますわ」
「招待されちゃいましたね♪」
「う・・・」
百合に微笑まれて、月美は思わずうつむいた。朝のプラタナス並木を渡る風が、月美の火照った頬を涼しく撫でていく。
「いえ、でも・・・二人きりで夕ご飯の外食をするというのは・・・その・・・」
恥ずかしいのである。
「私たちはただのルームメイトなわけで、ただの知り合いなわけで・・・まあ・・・その・・・二人きりで晩ご飯とかは・・・」
クールな月美さんがお断りムードを出しているのを百合は察した。
「だ、大丈夫ですよ。招待して下さった先輩がいるんですから、きっとその人とおしゃべりができます。二人きりじゃないですよ。先輩方との交流だと思って、行ってみましょう♪」
「うーん・・・」
たしかにその通りかも知れない。
「あ! それに! きっといい写真が撮れますよ!」
「あ・・・」
「港のほうへ行けば、綺麗な場所がたくさんあります!」
これだけ理由を並べてもらえれば、月美は断る理由がなくなる。
「しょ、しょうがないですわね・・・じゃあ、一緒に行ってあげますわ。か、感謝して下さいね」
「はい!」
月美は招待状を胸ポケットに大事そうにしまった。百合さんと外食・・・これは気を引き締めないといけない。油断をすると、恋心などすぐバレてしまうだろう。
放課後、二人は掃除当番だったので少し遅れて下校することになった。学舎には無駄に凝った彫刻を施された柱や手すりが多いので拭き掃除は大変だった。
「本当に機馬車なんか停まってますかしら」
「どうでしょうね」
二人は普段、南口から出ているのだが、今日は学舎の正面玄関から外へ出ることにした。馬車が来ているとすれば正面の広場である。
「あら」
そこにはちゃんと一台の機馬車があり、白樺の木陰で静かに風を受けていた。
大通りを上り下りする華やかな機馬車より、やや地味な色合いをしているが、ダークブラウンを基調に、細かな金色の装飾が施されているその姿は、なかなかに高級感を感じさせる。
「あれですね!」
「そうですわね。御者というのは・・・あの人かしら」
首に赤いスカーフを巻いたお姉さんが、馬車の前席で足を組みながら本を読んでいる。あの人が機馬車を操縦してくれるのだろう。
「あの、ごきげんよう」
「おぉっと・・・!」
月美が声を掛けると、スカーフのお姉さんは慌てて本を閉じ、髪や制服を整えた。
「や、やあ、ごきげんよう! キミたちが月美ちゃんと百合ちゃんかな?」
お姉さんは結構ボーイッシュな声をしており、顔立ちも爽やかでカッコよく、髪は百合と同じようにポニーテールでまとめていた。
「あの、招待状を頂いたんですの」
「うん。話は聞いているよ。来てくれて感謝する。乗ってくれ」
「は、はい」
先輩は前席から下りて、わざわざ機馬車の扉を開けてくれた。
楽し気な百合に背中をぽんぽんと押されて、月美は機馬車に乗り込んだ。ボディータッチはドキドキしてしまうのでやめて欲しいところである。
この機馬車の内装は赤で統一されており、席もふわふわで、ほんのり薔薇のような香りがした。前の操縦席を含めても三人しか乗れない小振りな馬車だが、お姫様になったような気分が味わえる素敵な空間である。
「じゃあ、出発するよっ」
機馬車は蒸気を出すようなパシューッという音を立てたあと、滑らかに動き始めた。ロボットの黒馬は後ろ足は車輪だが、前足は本物の馬のように動くので、カタトンカタトンと蹄の音をレンガの道に響かせた。なかなか味のある音である。
「そういえば、私の名前は翼だよ」
機馬車が大通りへ出て、坂をゆっくり下り始めると、前席にいる先輩が振り返ってそう名乗った。
「轟翼。翼先輩と呼んでくれたら、嬉しいかな」
「よろしくお願いしますわ。翼先輩」
「うん。よろしく」
なかなか爽やかな先輩である。やはりローザのようなネットリした悪女が珍しいのであって、この学園には優しい先輩が多いのだろう。
「体育祭では二人三脚に出場するんだってね」
「は、はい。私と百合さんで」
「応援してるよ。あの競技は色んな意味で注目されるからねぇ」
色んな意味とはどういうことなのか、月美にはよく分からない。
「あの・・・」
大人しい百合が珍しく口を開いた。
「どうして私と月美さんが二人三脚に出ること、ご存知なんですか?」
「街中で噂になっているし、それに、えへへ。私ってアテナのルームメイトなんだよね」
「ええ!?」
アテナ様のルームメイトに偶然出会ってしまったようだ。ビドゥ学区の生徒会長のパートナーにしては威厳がなく、近所にいる面倒見がいいお姉さんみたいにフレンドリーだが、実はすごい人だったようだ。
「アテナがよくキミたちの話をしているよ。私が必ずあの子たちを守るんだって。まあ、ストラーシャ学区との争いに巻き込んじゃった自責の念もあるだろうが、アテナは昔から、真面目で優しい子だから」
素晴らしい先輩だなと月美は思った。アテナ様がいる限り、ビドゥ学区は安泰である。
(真面目で優しい子って・・・なんだか月美さんに似てるなぁ)
百合はそんなことを思って、ちょっぴり微笑んでいた。
「ねえ、月美さん」
「ひ!」
大通りの街並みから自分好みの服屋を探している月美の肩を、百合がちょんちょんとつついた。肩ちょんちょんは変な気持ちになってしまうのでやめて欲しいところである。月美は顔が熱くなった。
「な、なんですの・・・?」
「カメラ、貸して下さいますか?」
「あ・・・そ、そうですわね」
綺麗子との写真コンテストはもう始まっている。素晴らしいと思った景色はどんどん撮影すべきだし、思いがけずやってくるシャッターチャンスに備えてカメラを構えておく必要がある。
「おや、カメラを持ってきたのかい?」
「ええ。隣部屋の子と写真勝負になってしまいまして、いい景色を撮影しなければなりませんの」
「なるほど、それなら洞窟レストランは最適だね。あそこは面白いよ。でも・・・」
翼は手元のレバーをガチャンガチャンと動かした。
「レストランまでのルートも、ちょっとだけ面白いものにしてあげよう」
「え? あ、ありがとうございますわ」
三人の乗った機馬車は、大通りを左折して脇道に入った。
カフェテラスを満たすコーヒーの香りや、誰かが弾くアコーディオンの音色、そして賑やかな広場の噴水の涼しげなせせらぎなど、五感を刺激する素敵な光景が車窓いっぱいに次々に広がり、百合は夢中でカメラのシャッターを切った。段々になった葡萄畑が見えてきたかと思うと景色は急にひらけ、広大な海が右手に現れるのだった。
「わぁ・・・!」
「久々に海まで来ましたわね」
白い帆を張ったヨットがいくつか、風を受けて波間に浮かんでいるのだが、海の色が限りなく空色に近いため、まるで空を飛んでいるように見えた。
さて、実は百合には小さな野望がある。
(月美さんと一緒に・・・写真撮りたいなぁ・・・)
機馬車に揺られながら、百合は横目でこっそり月美を見た。
百合が夢見る「友達関係」の像は様々であるが、一緒にお出掛けし、「はいチーズ♪」で二人の姿を一枚の写真の中に収める、という行為もその一つなのだ。百合は今までそんな事、誰ともやった事がない。
(今、いきなりお願いしても、ダメだよね・・・)
相手は超クールなお嬢様である。いつでも撮影オーケーな綺麗子ちゃんとはわけが違うのだ。百合は結局、窓の外にカメラを向けるしかなかった。
「少し海に寄っていこうか」
「え?」
「約束の時間よりかなり早く着きそうだからね。一度じっくり海を見ていったらいいと思うよ」
気が利く先輩である。
翼はオススメの写真スポットを二人に教えてあげようと思ったのだ。
「ぜひ、お願いしますわ」
「はーい。じゃあ、行くよっ」
港よりずっと南に来ると、そこには美しい浜がある。
ビドゥと言えば大きな港があることで有名な学区なのだが、この辺りまで来ると海底は遠浅であり、大きな船が入って来られないエリアになる。レンガの道が小さなロータリーに行きつくと、もうその先は広大な白砂のビーチであった。夕日がよく見えるであろう、西向きのサンセットビーチである。
「わぁ! 月美さん! ビーチですよ! ビーチ!」
「み、見れば分かりますわ・・・。恥ずかしいからあんまりはしゃがないで下さい・・・」
とはいえ月美もわくわくしていた。女学園島は海やビーチの綺麗さが有名なのだが、今までちゃんとそれを味わっていなかったからである。三日月型をした島の巨大な内湾を有するストラーシャ学区の浜が綺麗であることは知っていたが、島の西側のビドゥ学区にも、南部の方にはこんな綺麗な砂浜があることに月美は驚いた。
「さあ、下りていいよ。靴が濡れちゃうだろうから、そこの桟橋の辺りで写真を撮るといいよ」
「はいっ」
こんないい場所に来られると知っていたらサンダルを持ってくればよかったと二人は思った。
南国の楽園に来たかのような、美しい浜辺だった。
ふっかふかに温まった白砂は、靴で踏みしめるととても心地よく、髪を撫でる海の香りと、穏やかに広がる波音に乙女たちの胸は高鳴った。
「月美さん、早く!」
「そ、そんなに慌てなくても海はどっこも行きませんわよ・・・」
沖に向かって突き出した木製の桟橋に辿り着いた百合は、月美を呼びながらさらに奥へと駆けた。ガラスのように透き通った水が、1メートルくらいの浅くて白い海底に波模様をキラキラと描いており、桟橋に繋がれた小さなボートたちの陰と一緒にゆったり揺れていた。顔を上げれば、遥かな水平線は春霞の中で水彩のように美しくぼやけ、空と繋がっていた。
(海の色って、空の色が映ってるのかも知れないなぁ・・・)
きっとよく晴れているから、こんなに綺麗なのである。どこまでも続く広大なブルーに身も心も包まれながら、太陽に向かってグッと伸びをした百合は、なんだかとても元気が出てきた。
(よし・・・)
百合の目標は一つである。
(月美さんと一緒に写真撮るぞ!!)
優しい波音の中で、百合はカメラをきゅっと握り直した。
木製の桟橋に靴音をトントンと響かせながら、月美は百合にどこまで近づいていいか考えながら歩いていた。翼先輩は馬車に残ってウトウトしているし、ここは完全に二人きりである。
寮部屋でもいつも二人きりだが、困った時はいつでも勉強するフリをして間を持たせることができる。しかし、このように目的が特にない自由時間を二人で過ごすのは月美にとってなかなかハードな試練である。せめて青い小鳥みたいな親しい動物がひょっこり現れれば楽なのだが、今日は姿を見せていない。
「それじゃあ、写真撮ってみますね」
「あ・・・はい」
百合は桟橋の先が映るような位置から水平線に向かってシャッターを切った。
「お魚がいますよ! ほら、そっちにも」
「お、落ちないで下さいね・・・」
どんな一瞬が素晴らしい作品に繋がるか分からないので、百合はあちこちにカメラを向けた。
ひと通り撮影し終えた百合は、桟橋の一番先に腰かけた。この辺りでも、海の深さは変わらず1メートルほどであり、靴が濡れないようにピーンと伸ばした足の陰が白砂の海底をゆらゆらと泳ぐのがハッキリ見える。素晴らしい透明度だ。
「どうです? 結構撮れましたの?」
「はいっ」
百合はそう答えて、ちょっとだけ左に寄った。隣りに座って欲しいというアピールである。
(う・・・)
月美は困ってしまった。このような場所で自分だけが百合の背後に立ち尽くしているのはなんだか不自然な感じになってしまうだろう。仕方がないので月美も、桟橋の先っぽに腰かけることにした。海と太陽の間で、二人はお互いのことばかりを意識していた。
「・・・自分が写ってる写真、撮ってみようかなぁ~」
百合は何気なくそう言って、自分にカメラを向けてみた。
「自意識過剰ですわ。私は自分の写真なんて絶対撮らないですわよ」
「そう?」
「そうですわ」
「じゃ、私は撮っちゃおっと♪」
百合は白い砂浜を背景に、カメラに向かってピースをして一枚撮影した。この時、月美は自分の姿が一緒に写り込まぬよう、体をぐい~んと斜めにして避けていた。
「自分がここに来たっていう証拠写真みたいな感じですよ」
「・・・そんなの今どき簡単に合成できますわ」
月美は夢のない女である。
「もう一枚撮っちゃおっと♪」
百合は今度はもう少し角度を変えて、月美が映るように工夫してみた。すると月美も負けじと、桟橋に仰向けに倒れ込んで画角から姿を消した。
一緒に写真を撮りたい少女と、恥ずかしくて一緒に写りたくない少女の戦いである。
「あ、今度は海を背景にして撮らなきゃ」
それを聞いた月美はすぐに体の向きを変えて桟橋に腹ばいになる。
「もう少し低い角度から空を映してみよっと」
月美は桟橋に座って不自然なほど身を乗り出してカメラから逃げた。
「さっきの角度からもう一枚写そうかな」
月美は百合の背後に伏せて丸くなった。制服が砂だらけになってきたが、こういう時の月美はかなり根性があるのだ。
しばらくして、百合は写真を撮るのを諦めてしまった。
硬派なお嬢様である月美さんと一緒に仲良く写真に写るなんて、叶わぬ夢だったのかも知れない。百合はちょっぴり寂しい気持ちになった。
(月美さん、やっぱり嫌がってるんだよね・・・。正直にお願いする勇気も出ないし、もう無理なのかな)
一方、月美のほうも落ち込んでいた。
どう考えても、さっきから百合さんが自分と写真を撮りたがっているのは明らかなのに、あまりにも逃げ回りすぎている自分が情けなくなったのだ。百合は美しすぎるがゆえに昔から友達がいない可哀想な少女である。一緒に写真に写るくらいの小さな夢、叶えてあげてもいいではないか。
(私ってどうしていつも素直になれませんの・・・。私だって、一人ぼっちの寂しいお嬢様でしたのよ。だから百合さんには感謝していますのに・・・)
月美は涙が出そうになるのを誤魔化すために、うつむきながら自分の長い髪を何度も触った。好きな人の前で素直になれないのは、ある意味自然なことなのだが、これが初恋である月美にそんな事は分からないのだった。
その時、不器用な二人の間に、突然天使の翼が舞い降りる。
「写真、撮ってあげようかー?」
機馬車で居眠りしていた翼先輩が、呑気に体操しながら桟橋へ歩いてきたのだ。
「二人の写真、撮ってあげるよ」
翼は特に深い意味もなく、何気なくそう提案したに過ぎなかったのだが、月美たちにとってそれは天の救いみたいなものであった。
「どど、どうします!? 月美さん!」
「しょ、しょうがないですわねぇ。全然乗り気じゃないですけど、先輩の提案でしたら断われませんわね・・・一緒に写ってあげます」
「わぁ・・・。ありがとうございます!」
百合は嬉しくって、カメラを胸の前で握りしめたまま桟橋の上を行ったり来たりした。百合がこんなにはしゃぐのは珍しい事である。
「じゃあ、撮るよー!」
爽やかな青空と美しい海を背に、二人は桟橋に並んだ。
二人三脚の練習の時はピッタリくっついているくせに、写真を撮る時の二人は少し離れていた。しかし、二人の間を埋め、心と心を繋ぐように、遠い海原はキラキラと輝いていた。
「月美さん、ピースしますか?」
「し、しませんわ! そんな格好悪いポーズ・・・」
「ふふっ♪」
カメラのレンズに自分の心の中まで覗かれている気がして緊張してしまった月美は、少し怒ったような顔をしているが、ほっぺは桜色であり、ふわふわと宙に浮くような、とっても幸せな気持ちである。
そして月美と同じくハッピーな気分の百合は、ちょっぴり月美のほうに首を傾けてピースをした。友達というのはきっとこんな感じの関係なのだ。
「はい、チーズ!」
太陽を浴びた冷たいソーダ水のように、甘酸っぱく透き通る二人の青春の1ページが今、カメラによって切り取られたのである。