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78、家族団欒


 ガラス製のティーポットから、ほんのり湯気が立ち上っている。


 ポットの中で金色に輝く紅茶は、上下にゆったり対流しているので、それに合わせて茶葉もクルクル踊っている。その様子を、銀花はいつもじっと眺めるのだ。



 この学園に編入したての頃の銀花は、お湯を沸かすことすら出来なかったのだが、月美のお茶淹れ作業を観察したり、お手伝いしたりしているうちに徐々にそのやり方を覚えていったのだ。今では桃香と二人で、それなりに美味しい紅茶を淹れられるようになった。


「なら決まりよ! 愛の告白をすればいいんだわ!」

「なななな! そんなの無理だよっ!!」


 初等部寮の午後は、いつもオルゴールの音色のような穏やかな時間が流れているが、今日は珍しく、高等部二年の翼さんが遊びに来ていて賑やかだ。


「大丈夫よ翼さん! 悪の中枢ローザから、アテナ様を救い出す白馬の王子様、それがあなたよ!」

「王子様ってがらじゃないんだけど・・・」


 寮の一階にある初等部部屋は、月美、キャロリン、桃香、銀花の4人が寝泊まりする部屋なのだが、勉強机や二段ベッドは両側の壁に寄せて設置されているし、中央の空間は広々と空いているから、こんな風に大勢が集まって談笑するのに丁度いい場所なのである。

 お茶係に自ら名乗りを上げた銀花と桃香以外の仲間たちは、もこもこのカーペットの上に既に座り込み、丸くて大きなローテーブルを囲んでいる。


「次の日曜日は最後のチャンスですのよ」

「さ、最後のチャンス・・・?」

「だって、もうすぐアテナ様は選挙でマーメイドになっちゃいますし、翼様も同じタイミングでニュージーランドへ行きますでしょ?」

「そうだね・・・」

「マーメイドになったら、アテナ様とローザ様は学園公認カップルですわ。翼様の入り込む余地なんてありませんのよ」

「うぃぃ・・・」


 銀花は全員分のティーカップにお湯を注ぎ、カップを温めることにした。これも月美から教わった技術の一つである。


 翼先輩の悩みは銀花もなんとなく理解しているが、一緒に話し合えるほど饒舌ではないので、お茶で応援するわけである。翼先輩のソーサーには、ペガサスの形をした角砂糖を添えておくことにした。喜んでくれるかもしれない。


「翼さん、もしも告白するなら、一緒にその言葉考えてあげる」

「え、百合ちゃんが?」

「うん。私だけじゃなくて、皆の力を合わせて、一緒に考える」

「告白なんてできないよぉ・・・!」

「アテナさんも、翼さんのこと好きだと思うよ。きっとね」

「そうは思えないけどなぁ・・・。あれ! ありがとう銀花ちゃん! 紅茶淹れてくれたの? んー、いい香りぃ・・・!」


 お茶を出した銀花は、翼にお礼を言われてとても嬉しかった。

 翼はいつも変人みたいな言動をしており、自信が無さそうにしていて、今日も暗~い顔をしているのだが、外見は物凄く美人なので、目を合わせて「ありがとう」と言われると、銀花は照れてしまうのである。



 窓際のオイルヒーターのお陰で部屋はとっても暖かく、二重窓のガラスの向こうで揺れる冬枯れの枝々が別世界のもののように見える。銀花は桃香と一緒に、月美たちにもお茶を配っていった。


「あら、ありがとうございますわっ」

「ありがとう、銀花ちゃん♪」

「美味しそう。ありがとね銀花」

「ありがとデース!!」


 銀花は恥ずかしさと嬉しさで、顔と胸がポカポカ温かくなった。


「ところで、翼はアテナのどんなところが好きデース?」

「うっ! そ、それは・・・答えにくい質問だな・・・」

「恥ずかしがることはないデスよぉ!」

「い、いや・・・その・・・あはは・・・」

「初めて会った時に、ビビッときたデース?」

「そ、それは、どうだったかなぁ」

「ビビッときたデース!?」

「も、もうその質問はいいよぉ!」


 盛り上がっている。

 銀花は紅茶ではなくココアが飲みたかったので、桃香と一緒にホットミルクココアを作った。ちなみに銀花のマグカップにはダンスする黒い猫たちが描かれており、月美のカップとお揃いである。




 さて、仲間たちは丸いローテーブルを囲んでいるわけだが、銀花は自分がどこに座るかちょっと迷った。

 月美と百合の間がベストなのだが、今日はその二人がぴったり並んでいるため隙間が無い。ゆえにそれ以外の場所から選ぶ必要があるのだが、話し合いの中心にいる翼の両隣は遠慮しておくとしても、候補位置はたくさんあった。


(ん~・・・)


 もし、百合の右隣に座った場合、銀花は百合に思い切りもたれ掛かる事が出来る。

 百合はどんな事をしても優しく受け入れてくれる温厚なお姉様なので、彼女の温もりや髪の香りを存分に楽しみながら、先輩たちの話に耳を傾けることができるはずだ。


 百合は他の先輩たちより癒しパワーが強いようで、抱き着いているだけで頭の中がぽわぽわしてきて、とても幸せな気持ちになれるのだが、あまり長時間密着していると、月美がジトッとした目で見てくる場合がある。銀花はまだ幼いが、月美と百合の間に流れる特別な空気感や、強い友情みたいなものは日頃かなり感じており、こういう場合は少し遠慮したほうがいいのかなと思うのだが、ただ百合から離れるだけではつまらないので、思い切って月美に抱き着きにいくのである。そうすると百合も笑ってくれるし、月美も照れながらご機嫌になるのだ。やっぱり銀花の理想は、仲良しの月美と百合の間に挟まれて、仲良く遊んだり、ごはんを食べたりすることである。



 次の候補は、ルネの隣だ。

 百合と同じ高等部2年生のルネは、いつも放課後の美術クラブの時間に優しくお絵描きを教えてくれるフランス出身のお姉様である。ほんわかした絵を描く百合とは対照的に、かなり本格的な風景画も描く彼女の制服は、いつもなんとなく絵の具の匂いがしており、いかにも芸術家といった雰囲気がとてもカッコイイのだ。料理がとても上手な、お母さんポジションでもあるルネは、初等部メンバーが危ない遊びをしようとしているとしっかり注意してくれるので、頼りになる先輩だ。


 以前銀花は、皆で近所のお風呂屋に行った時、湯舟に浸かっているルネの肩に横からあごを乗せてみたのだが、ルネはちょっと頬を染めながら見つめ返し、ウインクして、銀花のほっぺをぷにっとつついてくれた。それ以来銀花は、ルネの膝の上に乗って、動物図鑑などを眺めるのがたまらなく好きになったのだった。



「ところで、ローザ様は気付いてますの? 最近のアテナ様について」

「ぜーんぜん。ローザはアテナ様に興味がないのよ。ランタン祭りに行った事すら知らないんじゃない?」

「あらまぁ。翼様はやっぱり挑戦すべきですわ。アテナ様のためにも」

「いや・・・アテナさんの望みは、誰かと恋愛することじゃなくて、マーメイドになることだろうし、私なんかが邪魔できないよ・・・」

「もっと自信持っていいですのに・・・」



 話し合いが続いているが、銀花はまだ座るポジションを思案中である。



 次の候補は、キャロリンの右隣りだ。

 キャロリンの近くにいると、大体いつもトラブルに巻き込まれるのだが、銀花はそういう非日常をくれるキャロリンのことも大好きである。もちろん、月美が一緒にいることが前提となるが、大抵の問題はいつも面白い方向に解決するし、銀花もつい笑顔になってしまうケースが多いのだ。


 つい3日前のことだが、もうすぐ降るはずの初雪に備えて、雪だるまの作り方を予習しようとしたキャロリンは、桃香や銀花の手も借りて、ビーチの白砂しらすなをわざわざ寮前のロータリーまでバケツで運んできた。

 さっそく転がして丸くしようとしたのだが、サラサラの砂は上手く固まらなかったので、キャロリンは「水持って来るデース。このまま続けててくだサーイ」と言い残し、玄関脇の水道のホースに向かったのである。

 ここで、タイミング良く登場した買い物帰りの月美が、不審な砂山に近づいたところ、運悪く足を取られて転倒し、全身に砂を被ってしまった。

 その物音に気付いて振り返ったキャロリンは、ロータリーに立つ真っ白な人影を見て「も、もう雪だるま完成したデース!?」と叫び、腰を抜かしていた。無表情な銀花も、あれにはちょっと笑ってしまったわけである。


 キャロリンは銀花より4つも年上なのに、銀花に負けないくらい好奇心旺盛で、食べ物の好みも幼いため、考える事や疑問に思う事が銀花と同じである場合が多く、おしゃべりしていると案外話が合う。キャロリンは桃香のおっぱいが大好きで、隙あらば桃香に触ろうとしているのだが、銀花も近々触ってみようかなと思っているくらいだ。



「わ~、ココア美味しいよ、銀花ちゃん」


 キャロリンの隣に腰をおろした桃香が、おっとりした声でそう言った。桃香の右隣りに座るというのもありかも知れない。


 銀花にとって6年生の桃香は、当然年上の先輩なのだが、少々性格がゆるふわ過ぎるところがあり、銀花は時折、桃香の手助けをしてあげているくらいだ。


 この間も「焼きそば」のことを「やそきば」と言い間違えていたり、誤って裏返しに着てしまったシャツのボタンをなぜかしっかり留めていたり、じゃんけんで指を三本立てていたり、風呂上りに空っぽのコップを持って飲み干そうとしたり、肩にピヨが乗っていても5分くらい気付かなかったり・・・とにかく、桃香はポンコツで可愛い先輩なのだ。


 桃香の背中にぴったりくっついて、ぎゅっと抱き着きながら、キャロリンが夢中になっているおっぱいをこっそり触って過ごす午後のひと時も悪くない。ココアが少々飲みにくい格好になるかも知れないが、きっと甘~い時間になるだろう。



「そう言えば、ルネってどうしてそんなにローザに詳しいデース?」

「え・・・」

 キャロリンは疑問に思った事をすぐに口に出すタイプの少女である。

「ローザの最新情報だいたい知ってるデース」

「そ、それは! 敵の動向を探るのは当然だからよ」

「選挙の時の衣装とかチェックしてたデース」

「・・・興味ないけど、仕方なく調べてるのよ」

「誕生日も知ってたデース」

「こ、この話はここまでよキャロリン! 翼さんの話に戻りましょう!」

「オッケーデース!」



 さて、最後の候補は月美の隣である。

 銀花にとって月美は、この学園で初めて出来た友達であり、同じ二段ベッドで窓辺の月を眺めて暮らす親友だ。


 銀花は物心ついた頃から孤独だった少女であり、家族の愛や、友人の温もりについて、絵本で見かける以上には知らず、美術館に飾られた額縁の向こう側の花畑のように、それらを遠くに感じてきたのだ。


 しかし今年の春、月美に出会ったその日から、絵画の中の花たちが泉のように溢れ出し、暗く冷たかった銀花の世界をいつしか愛と温もりに満ちた花畑に変身させたのだ。月美はいつだってクールだが、隠し切れない優しさと愛情が、いつだって銀花の心を温めてくれたし、月美に集まってくる仲間たちの笑顔も、銀花の毎日を明るく照らしてくれたのである。


(月美の隣にしよ)


 銀花は月美の隣にペタンと座り、マグカップをローテーブルに置いた。そして挨拶代わりに月美の肩の辺りに頬をむにっと押し当てた。

 

 月美のモコモコセーターの温もりにキスをしながら、銀花が顔を上げると、月美がちょっぴり頬を染めながら「な、なんでそんなにくっつきますの・・・?」みたいな顔で見ていた。銀花は、月美のこういう顔が大好きである。


 月美の腕に抱き着いて、ココアを飲みながら、銀花は仲間たちを見回した。


(家族って・・・きっとこんな感じ)


 銀花は本当に本当に幸せで、何度も月美の腕に頬ずりした。



「とにかく、ラストチャンスを全力で応援しますわよ、私たちは」

「で、でも・・・うぅ・・・どうしよう」

「きっとうまくいくよ翼さん!」

「自信がない・・・」

「翼さんなら、ローザなんかに負けないわ!」

「ローザ会長と争うなんて、そんな度胸ないよ・・・あの人怖いもん」

「が、頑張って下さいっ」

「あ、ありがとう桃香ちゃん・・・」

「頑張るデース!!」

「キャロリンちゃん、それ私の紅茶・・・」


 皆で勇気づけようとしているが、翼は踏ん切りがつかないようだ。愛の告白というのは大成功か大失敗しかないイメージなので、その愛が本気であればあるほど、勇気が出ないものである。


「銀花はどう思うデース?」


 キャロリンのその一言で、皆の視線が銀花に集まった。

 銀花は、人に注目されるのが大の苦手だったはずなのに、この瞬間を、まるで自分のステージのように感じた。自分を尊重してくれる仲間たちが集まったこの場所は、銀花の安全地帯なわけである。

 ちょっぴり考えてから、銀花は自分の今の気持ちを素直に口に出してみる事にした。


「告白が終わったら、皆でお茶飲みたい」

「え?」


 銀花はココアを一口飲んでにっこり笑った。


「アテナとローザも呼んで、皆でお茶飲みたい♪」


 純粋な銀花の一言は、散らかってしまった翼の心に、月明かりのように透き通る一輪の花を咲かせた。

 成功や失敗なんてカードの裏表に過ぎず、それにこだわり過ぎていると、もっと大事なものが見えなくなるのかも知れない。どんな結果になっても、翼には仲間がいるし、最善を尽くすことが、自分の青春への誠意である。


(ダメで元々の恋じゃないか。臆病になりすぎだ、私・・・)


 お皿に乗ったペガサス型の角砂糖を見つけて、翼はほっと息を吐くように微笑んだ。海に落ちる覚悟で翼を広げ、大空に向かって羽ばたくことの素晴らしさを、翼は誰よりも知っているはずなのだ。


「・・・分かった。私頑張るよ」

「ほ、ホントですの!?」

「恥ずかしいからさ、多分、ものすごく遠回しな告白をすると思うけどね。まあ・・・アテナさんなら分かってくれるだろう」

 角砂糖を頬張って、翼は立ち上がった。


「全部終わったら、皆でお茶会しよう! 約束だ!」


 爽やかに笑った時の翼の瞳は、太陽にかざしたビー玉みたいにキラキラしており、銀花は思わずうっとりと見つめてしまった。


 激励の歓声に包まれた寮部屋で、月美の腕に抱き着いたまま、銀花はにっこり笑って頷いたのだった。

 

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