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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
7/126

7、二人三脚

 

「あの・・・綺麗子きれいこさん、本当にこっちで合ってますの?」


 三年生の教室は学舎の3階にあるらしい。


「間違いないわ! アテナ会長は今、この先の大教室にいるはずよ!」

 月美と百合を先導して、綺麗子は躊躇ためらいもなくどんどん廊下を進んでいく。綺麗子はビドゥ学区のあちこちを探検しているらしいので、学舎の構造にも詳しいのだ。

「わぁ・・・! 一年生の百合さんだわ」

「黒宮月美ちゃんも一緒よ!」

「かわいいいい!」

「素敵ぃ・・・!」

「あぁっ。眩暈めまいが~・・・♪」

 月美と百合はもう学園じゅうで話題になっている美少女コンビであるので、周囲の先輩たちからの注目を自然と集めてしまい、既に4、5人の生徒が、百合の美貌のせいで卒倒している。これでアテナ様を見つけられず、ただ歩き回って終わったら申し訳ないなと月美は思った。

「綺麗子さん、一応言っておきますけど、休み時間は10分間ですのよ・・・」

「大丈夫大丈夫! あの山田一族の末裔まつえいである山田綺麗子を信じなさい!」

 どの山田一族なのか。



 しかし、綺麗子の読みは大当たりであった。

 アテナは、ほんのりジャスミンの花の香りがする大教室の窓辺で、数人の生徒と一緒に、穏やかに何かを話し合っていた。

「助かりましたわ綺麗子さん。もう帰っていいですわよ」

「うん! ・・・え?」

 月美は綺麗子を廊下に残し、百合と一緒に教室に足を踏み入れた。



「なるほど、二人三脚ね」

 アテナは体育祭の出場希望者のリストを取り出しながら、優しく微笑んだ。

「とてもいい案だわ。二人で協力して活躍すれば、学園一の美少女と噂される百合さんには、ボディーガードを務めるパートナーがいるというアピールが出来るしね」

 百合が一人で何かの競技に出場して活躍すると、最終的にはアテナ会長のライバル、ローザ会長が得をする事になるのだが、二人で出場すれば話は違う。百合はこのビドゥ学区にいてこそ輝くのだと印象づけることが出来るからだ。

「じゃあ月美さん、申し訳ないのだけれど、リレーのほうはあきらめてくれる? 確かアンカーを希望していたけれど」

「え! いや、もちろんですわ! 二人三脚に全力を出しますので! ハイ!」

 出場できるのは一人一種目が目安らしいので月美はリレーをやらないで済んだ。実にめでたい。

「それで、そちらにいる子は? 失礼だけどお名前教えて下さる?」

「え?」

 月美が振り返ってみると、そこには廊下に置いてきたはずの綺麗子がにこにこしながら立っていた。

「はい! アテナ会長! 私は山田綺麗子と申します! ビドゥ学区に舞い降りた天才お嬢様です! 私も二人三脚やりたいです!!」

 月美たちの話を聞いていて、自分も参加したくなったらしい。

「いいわよ。二人三脚はわくがたくさんあるからね。パートナーは決まっている?」

桃園ももぞの桃香ももかっていう同室の子と一緒に出ます!」

「同室の桃香さんね。分かったわ」

 知らないところで勝手に決められてしまった桃香が可哀想である。

「じゃあ月美さん、百合さん、それに綺麗子さん。ビドゥ学区の代表として、活躍してくれることを期待しているわ」

「は、はい!」

 アテナ会長にそう言われ、月美は気持ちが引き締まった。こういう気品のある女性に、月美はなりたいと思っている。



「月美!百合! そういうことだから、運動会では私たちと勝負よ!!」

 階段を下りながら、綺麗子はすぐに月美に戦いを挑んできた。

「・・・いや、ビドゥ学区の生徒はみんな同じチームですけどね」

「じゃあタイムで勝負だからね! 真のお嬢様がどっちか決めましょう!」

「・・・競争はもうこの前しましたわよ」

「なんのことか分からないわ!」

 綺麗子は負けず嫌いである。

「ふふっ♪」

 百合はあまり学舎では笑わないのだが、月美と綺麗子のやり取りに思わずニコっとしてしまったのだった。



「・・・二人三脚か、懐かしいわね」

 大教室の窓辺のアテナ会長は、大きな木蓮もくれんの木のえだしに、遠い空を眺めながら、感傷にふけった。アテナとて、生まれながらの生徒会長ではない。名もなき一般生徒だった時代があり、様々な物語を積み重ねてこの瞬間を迎えているわけだ。

(あとで、練習を手伝ってあげようかしら。あれは始めるまでが長いのよね)

 アテナはそっと微笑んで、教科書を開いた。



 放課後、桃香を加えた4人は、寮の近くのプラタナス並木に集合した。

「それじゃあ、練習するわよ!」

 並木道はレンガがかれているが、それ以外は鮮やかなグリーンの芝生である。この辺りならば、転んでもケガはしにくいはずだし、学舎近くの公園より人が少ないので落ち着いて練習できる。

「・・・綺麗子さん、やる気があるのは結構ですけど、なんで4人そろって練習しますの?」

「だって二人三脚ってやったことないんだもん。桃香じゃ頼りにならないし、あなたたちに教えてもらおうと思って」

 勝手に巻き込まれた挙句、頼りにならないなどと言われている桃香ちゃんが実に可哀想である。



 百合は、プラタナスの木陰で、ちょっともじもじしていた。

(私、月美さんと・・・二人三脚できるんだぁ・・・)

 自分で希望したというのに、百合は今さらながら緊張しているのだ。あのクールな月美さんと、まるで友達のように仲良くくっついて足並みを揃えるのだから、照れてしまうのも無理はない。無礼がないようにしなきゃ、という気持ちも手伝い、百合の胸はいつも以上に高鳴っている。


 そして言うまでもなく、月美もドキドキしていた。

(ゆ、百合さんと・・・二人三脚なんて・・・うぅうう!)

 軽々しく百合の望みを叶えてしまったが、満足に目も合わせられない関係なのに、体を密着させて走るだなんて無理がある。よほどの切っ掛けがなければ練習を始めることすら困難だ。



「ねえ月美、とりあえず二人三脚のルールを教えなさい!」

 華奢きゃしゃな手足を振り回して準備体操をし終えた綺麗子がそう言った。

「いえまあ、ルールは簡単ですのよ」

 百合のことを意識し過ぎている月美は、一度頭を冷やす意味で、綺麗子に二人三脚をレクチャーすることにした。月美は別に運動に詳しくはないが、説明くらいはできる。

「こうやって二人並んで、紐で片足を結ぶんです」

「なんでよ」

「・・・そういうルールなんです」

「それじゃ走れないじゃない!」

「それでも走るのが二人三脚なんですのよ。とにかく、ちょっとやってみましょう。お二人はそこで見ていて下さい」

「は、はい」

 百合と桃香は見学する形になった。

 正直この時、百合はホッとしていた。それじゃあさっそく、みたいな気軽さで月美さんと肩を組めないと感じていたからだ。先に月美、綺麗子のペアが動きを見せてくれるとその後がスムーズにいく気がしたのである。

「これはさっき体育委員さんからお借りしたハチマキです。体育祭の本番もこのようなもので足を結ぶはずですわ」

「もっとカワイイ色ないの?」

「ありませんわ。もっと薄汚い色で充分だと思いましたが、わたくしも使いますのでこれにしました」

「ふーん」

「では結びます」

「はいはーい♪」

 綺麗子はちょっとアホなお嬢様なので、多少悪口を言っても気づかない。

(すごいなぁ・・・綺麗子さん。クールな月美さんと密着して、緊張しないんだ)

 良く言えば、細かいことを気にしない豪胆な性格であるということだ。綺麗子は背が低いが、器は大きいようである。


「はい、これでわたくしの左足と綺麗子さんの右足がくっつきました。では走りますわよ」

「よーし! 行くわよっ!」

 最初の一歩目で、二人は見事に転倒した。

「ちょっと! こんなんで走れるわけないでしょ!」

「うぅ・・・」

 月美は顔を赤くしながら立ち上がり、ひざについた砂を上品に払った。

「コホン。ですから練習をするんですのよ。これは難しい競技なんです」

「なんかコツとかないの?」

「コツコツやることがコツですわ」

「なにそれ・・・ハイヒールってこと?」

 綺麗子ちゃんには時々日本語が通じない。


「それなら私に案がありますよ」

 百合が遠慮がちに手を上げて二人にそっと歩み寄った。

「二人で声を掛け合うんです。いちっ、にっ、いちっ、にっ、て」

「な、なるほどですわ」

 百合は二人三脚を幼い頃から憧れの眼差しで見ていたのでこれくらいは知っているのだ。

「いちって言った時は外側の足を前に出すことに決めれば、転びにくいと思いますよ♪」

 そう言いながら、百合は月美の制服に付いた芝の葉をとってあげようとした。が、急に百合に触れられそうになった月美は、びっくりして俊敏なネコのように飛び退いてしまった。

「あ、えーと、そうですわね。次は百合さんがやってみて下さいます? わたくしより詳しそうですので・・・!」

 月美は慌てて足のハチマキをほどいて客席に引っ込んだ。心の準備なしに百合に接近されると心身が破壊されるおそれがあるので、月美の行動は決して誤りではない。

(思わず逃げてしまいましたわ・・・)

 月美は桃香の隣で制服を整え直した。さっきから無言の桃香は、顔を赤くしながら月美を横目で見ている。


「それじゃあ綺麗子さんと私で、一度やってみましょうか」

「いいわよ百合!」

 綺麗子は平気な顔で百合の足にハチマキを巻いた。綺麗子の鈍感パワーを、月美はうらやましいとすら感じた。

(綺麗子さんくらい自然体で百合さんと接したいですわ・・・悔しいですけど、わたくしにそんな能力はないですわよ・・・)


「それじゃあ綺麗子さん、行きますよ、せーの、いちっ、にっ」

「わぁ!」

 百合と綺麗子のコンビも、すぐに転倒してしまった。こんなに転ぶのなら体操着で来るべきであった。

「えへへ、転んじゃいましたね♪」

「えへへじゃないわよ! 百合も結構ドジなのね」

 しかし今の転倒が百合のせいではない事は傍目はためからは明らかであった。

「いや、今のは綺麗子さんが足を出すのが早かったんですのよ」

「え? そうなの?」

「百合さんが、いちって言った時に外側の足を踏み込むんですのよ。でも綺麗子さんは、せーの、の辺りでもう動き出してましたわ」

「んー、口で言われても分からないからちょっとやってみてよ」

 まずい、これは月美と百合がペアで二人三脚をしてみせる流れである。

「じゃ、じゃあ私と月美さんがまた交代しましょ・・・!」

 百合は慌ててこう提案した。

「そ、そうですわね。綺麗子さんは逃げないで下さい」

「別に逃げないわよ」

わたくしたちがしっかり教えてあげますからね」

 月美と百合は二人とも完全に恥ずかしがっている。


「そもそも綺麗子さんは、せーの、の合図が分かってませんわ。せーのの後に一拍いっぱく開いてからようやく、いちっ、が来ますのよ。そこで足が出ていればいいんですのよ」

「一泊って何よ。朝まで待てないわ」

「一泊じゃなくて一拍ですわ。音楽の用語通じませんの?」

「わ、わかるわよ! ト音記号でしょ!」

「ほら、もう一回やってみますわよ。せーのっ」

「うわっ!」

 また転んでしまった。お嬢様同士だからといって相性がいいとは限らない。

「あの、そしたら、最初は走ろうとせずに、歩くだけにしてみたらどうでしょう」

 百合が遠慮がちに再び提案したので、すかさず月美は彼女に場所を譲る。

「で、では百合さん。やってみて下さい」

「は、はい!」

 なぜ二人は交代交代で綺麗子の相手をしているのか・・・その不自然さに、少なくとも綺麗子と桃香は気づいていない。

「じゃあ、せーの、からやりますよ」

「今度は歩きね!」

「はい。せーのっ」

「わぁ! まず一歩目が出ないわよ!」

「それ一回紐外してやったほうがいいんじゃありませんの?」

「では月美さん、お願いします!」

「は、はい! 交代しましょう」

 このような調子で、長い時間が流れたのだった。



 ビドゥ学区の夕焼けは、夕餉ゆうげの匂いと共に訪れる。

 英国風のガス灯をした街灯がいとうが一斉に輝き出すのは、それらの電源が入るよりも先である。ライオンのたてがみのような金色が、遥かな夕空から港へ向かって駆け下りてくる時間のほうが早いからだ。黄昏たそがれ色に染められた街並みは、乙女たちの清らかなハートによく似た一番星のきらめきをその頂きに掲げながら、空の色の移りゆく様を、波音の中で穏やかに見守るのである。



「オッケー! だいたい理解したわ!」

 月美も百合もヘトヘトになりながら試行錯誤をし、なんとか綺麗子と二人三脚で歩けるまでになった。

「よし! 桃香! 今度は私たちで二人三脚するわよ! もうそのまま寮に帰りましょう! お腹空いたわ!」

「は、はい!」

「先に行ってるわよ! 月美、百合! じゃあね♪」

 しまったと思った時にはもう遅い。月美は百合と二人きりになってしまった。



 二人の間の火照ったような沈黙に、夕焼けの海風が駆け抜け、二人の髪を撫でながら風車の丘へ駆け上がっていく。お互いに緊張してしまい、不自然にけ続けていたが、もうそれも限界のようだ。

「わ、私たちも二人三脚、しましょっか」

「そ、そ、そうですわね。まあ、はい。・・・してあげます」

 照れ隠しに、百合は「ふふっ♪」と小さく笑いながら、月美の横に立った。

 大好きな百合の香りと、ふわっとした温もりを感じて、月美はますます無口になり、うつむきがちになってしまった。

 そして百合も、憧れの「お友達的行為」を、信頼できる月美さんと共にできる喜びに心を躍らせた。

「じゃあ、紐、結びますね♪」

 月美は顔を赤くしながら「はい」だか「ふい」だかよく分からない返事をした。

 しゃがんだ百合のポニーテールが、さらりと自分の手の甲に触れて、月美はとってもうろたえた。

「できました♪」

 百合は綺麗子の時よりもずっとずっと丁寧にハチマキを足に結んだ。これでもう二人は一つである。

 二人は肩を組むことまでは出来なかったが、互いの腰にそっと手を回して二人三脚の準備を整えた。

(こ、こんなに百合さんにくっついたのは・・・初めてですわぁ!)

 月美は恥ずかしくて恥ずかしくてずっと地面を見つめたままだ。


「それじゃ、このまま、帰りましょうか♪」

「は、は、はい・・・」

「歩く感じでいきますよ」

「はい・・・」

「じゃあ、せーのっ」

 月美と百合は一緒に歩き始めた。


 二人は、自分たちでもびっくりするくらい息がぴったりで、転ぶことはなかった。速度も、歩幅も、そして呼吸さえも一つになったような充実した感覚が、かめいっぱいのハチミツのように、二人だけの時間を甘く満たした。月美はもう心臓がバックバクであり、百合も緊張で頭の中がふわふわして、他に何も考えられず、夢中で足を前に出した。

「いちっ♪ にっ♪ いちっ♪ にっ♪」

 このまま空まで駆けのぼっていけそうな高揚感に月美は包まれた。

 ずっとこの時間が続けばいいのに・・・夕日が沈む大海原が見える並木道を、月美はそんな風に思いながら歩いたのだった。



「あら?」

 アテナは月美たちの様子が気になって、彼女らの寮へなんとなく足を運んでいたが、その途中、息ぴったりで二人三脚をする月美と百合の姿を見つけた。

「ふふっ。どうやら杞憂きゆうだったみたいね」

 アテナは二人の後ろ姿が夕焼けの色のプラタナスの木々の向こうに消えていくまで、優しい眼差しを送り続けたあと、静かに坂道を下り始めたのだった。


 

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[良い点] ヒロイン2人ともかわいい [一言] タイトルのファーストキスに釣られた私なんですけど、ファーストキスはまだですか?
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