55、ペガサス
パインフォレストと呼ばれる森がある。
カナダあたりでよく見られるような、マツ科の針葉樹が集まった森林だ。ストラーシャ学区はハワイっぽい温暖な雰囲気で知られる地域だが、島の中央の山部に近いエリアには、力強い陰を落とす針葉樹の森があるのだ。
「跳べっ!」
翼の掛け声と同時に土が巻き上がり、白い機馬が倒木を飛び越えた。点在する眩しい陽だまりには野生の鹿たちがおり、森を駆け抜けていく機馬の一団を不思議そうに見物している。機馬は自動車やバイクに比べれば静かな乗り物なので動物たちを驚かせないという利点がある。
『現在、選手たちはパインフォレストを通過中です! 森を一番最初に抜けるのはどの選手なのでしょうか!』
森の中の様子は誰にも分からず、生徒たちは学園中のモニターやスクリーンに熱い眼差しを送るのみである。森の傾斜を駆け上がった先には、広大な畑が両側に広がる一本道の丘があり、そこではカメラが待ち構えているから、カッコ良く登場するシーンが間もなく見られるはずだ。この辺りはレースの中間地点だから、順位を占う大事な場面だ。
「ハロー翼さーん♪」
「えっ」
ヘルメットに内蔵された無線マイクの音声が、道なき道を必死に駆け抜ける翼の耳を突然くすぐってきた。ふと横を見れば、翼の機馬から10メートル程離れた木々の向こうにローザ会長の黒い機馬が走っていた。
「やっぱりあなた、いい走りっぷりねぇ♪」
「それほどでもないですよっ」
しゃべっている余裕などない翼は、息を切らせながら返事をした。機馬の操縦は手綱だけでなく、ちょっとしたスイッチ操作や重心のコントロールなども必要なので大忙しだ。
「私と翼さんがトップ2って感じね。後ろの子たちはもう見えないわ♪」
「そ、そうですか?」
「正々堂々、優勝争いしましょうね♪」
「もちろんですよっ」
ローザは笑いながら斜面を駆け上がり、光差す高原に飛び出していった。
青々とした山の麓の丘に、ローザの機馬が姿を現した。
『おーっと! 先頭はローザ会長でーす!』
そしてそのすぐ後ろに、真珠のように輝く白馬が続いていたのである。
『二番手は翼選手です! ほとんど差がありませーん!!』
スクリーンの中で風を切る美しい騎手たち勇姿に、生徒たちはきゃあきゃあ言った。
さて、その頃月美と百合は、ゴール前の直線が見下ろせる丘の上を、逆走するように駆けていた。
二人はローザ会長のイカサマがどんなものか分かっていないのだが、いくつか予想できるポイントがあったのだ。
(ローザ会長は既にガラス玉をばら撒くという不正をやったわけですけど、同じようなイカサマをもうひとつやってるとは思えませんわ・・・)
レースはもう中間を過ぎ、後半に入っている。ここまで選手たちは順調に走ってきているのだから、罠は再び、ゴール付近にあるはずだ。
(ガラス玉の場所とかなり近いですから、きっと全然違うパターンのイカサマに違いないですわ)
簡単に見つかるとは思えないが、諦めてはいけない。誰かが怪我をしてからでは遅いのだ。
「ねえ月美ちゃん!」
「はい!」
「あの農場の辺りに給水ポイントがあるよ!」
「え? そんなのありますの?」
「うん! 何か罠があるかも!」
機馬レースにはマラソンと同じように、給水ポイントがある。
給水と言っても、人間が飲むための水ではない。機馬のタンクに入れるガソリン代わりの塩水だ。
『選手たちはまもなく給水ポイントに到着します!! 機馬を下りて地面に足を着けても反則ではありませんが、素早い給水のためには乗ったままで行う必要があるでしょう!!』
こんなアナウンスの声と同時に、月美たちの正面に、小さな機馬の姿が見えて来た。ローザ会長と翼である。
「もうここまで来てますの!?」
「間に合わなかったかな」
月美と百合は道を譲り、農場の庭へ入った。これ以上は道を走っていたら危険である。
「翼さん、大丈夫かしら」
「今のところ、問題なさそうだけど」
給水所は100メートルほど向こうなので目を凝らしても小さな異変には気付けないし、気付いたとしても間に合わない。今はもう祈るだけだ。
「この丘の一本道と急カーブ、それからゴール前の直線・・・。特に怪しいものはありませんでしたから、意外ともう心配ないかも知れませんわね」
「どうだろうね・・・」
二人は肩で息をしながら、辺りを見回した。
(でも、さっきローザ会長が意味深なこと言ってましたわよね・・・。やっぱりどこかに罠や不正が・・・)
その時月美は、道を挟んだ向こう側の大豆畑の茂みに、キキとミミが隠れているのを見つけた。あの可愛い双子ちゃんはローザの付き人なので、非常に怪しい。
「百合さん!」
月美がそう叫んだ、次の瞬間、給水所のほうから小さな悲鳴が上がり、ざわめきが広がった。
「あらごめんなさい♪」
ボトルの塩水をタンクに入れたローザは、機馬を発進すると同時に、ブーツの先でウッドテーブルを蹴飛ばしたのだ。絶対わざとであるが、ローザは知らん顔で駆けていってしまった。
「うっ! これはまずい!」
テーブルは横転し、翼や後続の選手たちのための塩水は一滴残らずこぼれてしまったのだ。
「くっ・・・! 仕方ないか・・・!」
翼の機馬はこの時、塩水を思い切り被ってしまったが、翼がメンテナンスしている機馬はどれも防水性が高いので、この程度問題ではなかった。
翼はやむを得ず給水を諦め、機馬を前進させた。
(ど、どうすればいい!?)
機馬はあまり燃費のいい乗り物ではない。これまでと同じ速度で走り続ければ、あと200メートルあまりで止まってしまうだろう。カタツムリみたいなスピードで走れば、あと3キロくらいは移動できるかも知れないが、それではたぶん体育祭が終わってしまう。
(どうしようどうしよう! 電源を切って、下り坂の勢いだけでゴールする!? いや絶対無理だ!)
混乱している翼は決断が出来ず、機馬のスピードを維持したまま走り続けた。
「ローザ会長が来たなの」
「今こそ作戦実行なの!」
キキとミミは茂みから飛び出し、大きな取っ手のついたバスケットを置いてすぐに茂みに戻った。バスケットとは、お洒落な買い物かごみたいなもので、焼き立てのパンや新鮮なお野菜を持ち運ぶのに多くの生徒が使っている便利な入れ物である。
「ローザ様、上手く拾って欲しいなの」
「欲しいなの」
バスケット中身は、砂状に細かく砕かれたウツクシウム鉱石だった。
(翼さん、どうして付いてくるのかしら・・・!)
先頭を走るローザが意外に思ったのは、翼がスピードを落としていない点である。給水に失敗した時点で、減速せざるを得ないはずなのに、30メートルほど後方をずっと追ってくるからだ。
(諦めが悪い人ね・・・!)
本来ローザはここでウツクシウム鉱石のバスケットを拾い上げ、機馬のエンジン部分のケースに素早く入れるつもりだったのだ。これはもちろんルール違反なのだが、ウツクシウムを追加することでさらに加速できるし、給水所でテーブルを蹴り損なった時の保険にしようと考えていたわけである。
(こんなすぐ近くに翼さんがいたんじゃ、不正はできないわね)
さすがのローザも、キキミミ姉妹が用意したバスケットには手を出さず、通過することにした。
(ウツクシウムを足さなくても、私の勝利は間違いありませんもの♪)
ローザはチェックポイントの旗の前を華麗に駆け抜けて突き当りを曲がり、最後のカーブへと続く坂道を下っていった。
驚いたのは翼である。
ローザ会長の機馬が横に逸れたかと思うと、道の真ん中に可愛らしいカゴが現れたからだ。
「翼様! 避けて下さい!」
少し先の路傍にいた月美たちはそう叫んで注意を促したが、給水できなかった動揺を引きずっている、本番に弱い翼ちゃんは、なんとこのバスケットを機馬の前脚に思い切り引っ掛けてしまったのである。
「つ、翼様ぁ!!」
機馬は転倒こそしなかったが、道路が一瞬黒い砂煙に覆われるほど、ウツクシウムの砂が辺りに飛び散ってしまった。これでは前が見えないだろう。翼は散々な目に遭っている。
しかし、ここまでの流れをよく思い返していただきたい。
前提として、機馬の動力はウツクシウム鉱石に塩化ナトリウム水溶液が注がれることによって発生する軽~い気体であり、その極めて高い上昇力でタービンを回している。
そして翼の機馬にはたっぷりの塩水が掛かっており、たった今、ウツクシウムを細かく砕いた砂を浴びてしまったのだ。
黒い砂煙の中から飛び出してきた白馬は、片輪を浮かしたような不自然な体勢になっており、前脚の関節や胴体、そして車輪のあちこちから、白煙が勢いよく噴き出していた。
「えええ!?」
無意識に翼の機馬を追いかけて走っていた月美と百合は、言葉を失ってしまった。
「わあああああああ!」
斜めになった機馬にしがみ付く翼は、悲鳴に似た情けない声を出したが、持ち前の機馬愛と運動能力でしっかりとまたがることに成功した。
しかし機馬の体じゅうから上がる白煙はその勢いをみるみる増していき、ついに後ろ足の車輪が両方とも宙に浮いてしまったのだ。
(ま、まずい・・・!)
翼はようやく自分の身に何が起きているのか理解したが、機馬は後ろの車輪が浮いてしまうとブレーキが効かず、左右に曲がることも出来ない設計なのである。丘の一本道はまもなく急カーブであり、もしも直進してしまったらストラーシャの大通りへと落下することになる。崖というほど危険な場所ではないが、もしも柵を越えてしまったら怪我は免れない。
『おっとこれは・・・!? 翼選手の機馬が! 真っ白な煙に包まれています!! これは緊急事態です!!』
慌てる実況の声に学園中が騒然となった。このままでは翼が危ない。
「翼様ぁ!」
月美の叫びが虚しく風にかき消されていく。ローザが不正をすることまでは気づけたのに、未然に防げなかった悔しさで月美の小さな胸はいっぱいになってしまった。
しかし、人はピンチになった時、意外なほど集中力を取り戻す。
翼は前脚もほとんど浮かび上がってしまっているこの状況で、自分が怪我をしない方法を考えた。
(今、無理して飛び降りたらもちろんまずい・・・。だがこのままだと突き当りの柵を越える・・・。柵を突き破るというより、ぴょーんと飛び越えることになる・・・まるで本物の乗馬みたいにね・・・)
木の柵の向こうに見える大通りのオレンジ色の屋根たちと、遠い空のブルーが妙に鮮やかに目に映った。
(なるほど・・・そういうことなら・・・このまま飛んでやる!!)
覚悟した後の翼の行動は早かった。
翼はバランスをとることに集中するため機馬の電源を完全に切り、手綱をぎゅっと握り直したのだ。
『だ、誰か翼選手の機馬を止めて下さいぃ!! 緊急事態でーす!!』
翼の機馬は白煙をさらに強く噴き上げながら、時計回りにゆっくり回り出したかと思うと、とうとう完全に宙に浮き、柵を越えて青空に飛び出していってしまった。大量のウツクシウムが一気に反応するとこれほどのパワーを生んでしまうのだ。
地面を離れた瞬間から、翼は意識は不思議な静寂の中にいた。
左の車輪付近から発生するウツクシウムガスがやたら強く、機馬はどんどん斜めになっていってしまったが、ウインドサーフィンで鍛えた風の受け方とバランスと取り方で、翼はなんとかひっくり返らずに水平に飛び続けた。眼下の景色が異様に立体的に見え、応援席の生徒たちが目を丸くして見上げている表情がはっきりと見えた。
やがてウツクシウムの砂が強い風で少しずつ払われていき、機馬の高度はゆっくり下がっていく。大通りの三階建ての建物の屋根がぐんぐん迫ってきたので、翼は冷静に右脚を伸ばし、白いブーツで屋根瓦を蹴った。機馬は叩かれた風船のような不安定な動きを一瞬見せながらも、大通りに向かって滑るように下りていった。
『つ、翼選手!? こ、これはなんということでしょう!?』
エム・ジラフィーの三階席で、モニターの中継を見ていたアテナは、窓のすぐ外に、白煙を上げながら斜めに下りていく白馬の姿を見た。
「え・・・」
それはまるで、大きな翼を広げて空を駆けるペガサスのようだった。
機馬が大通りに着地した瞬間、翼の胸の中で止まっていた時間が動き出す。
ガシャンと大きな音を立てて車輪が接地したと思うと、翼は大通りの大歓声と声援に包まれたのである。
「あっ」
我に返った翼は機馬がスピードを落としてしまう前に動力のスイッチを入れた。燃料の塩水は、まだわずかにタンクの中に残っていた。
『翼選手! 着地と同時に最後のチェックポイントを通過です!! 大きな近道をしましたが、反則ではありませーん!!』
この時、下り坂のカーブを抜けたばかりだったローザの慌てぶりは凄まじかった。
(な、なによそれ!! 反則じゃない!?)
自分がまき散らした給水所の塩水と、自分が設置したウツクシウムによって翼が空を飛ぶことになったのだから完全に自業自得である。反則をしているのはローザのほうだ。
そもそも「空飛ぶお馬さんは開発できたかしらぁ?」などとバカにしていた後輩が、本当に空を飛んで自分を追い越してしまったのだから、非常に恥ずかしい事態である。このレースで圧倒的な勝利を手にし、キャプテンの座へグッと近づく予定だったローザの思惑は完全に崩れ去ってしまったのだ。
「あれが・・・翼さん・・・」
アテナは無意識のうちに立ち上がり、三階席の窓に張り付いてゴールを見ていた。翼がゴールテープを切った時、もう機馬からは白煙が上がっておらず、ちょうど燃料の塩水が底をついたためか、近くのレモンの木の下でゆっくり停車した。
この華麗なる大逆転により、体育祭はストラーシャ学区の優勝となった。
合計で3つも不正行為をしていたことになるローザは、浄令院千夜子からの厳しい詰問を受けることになり、今後開催されるイベントでも監視対象とされることになった。月美と百合がローザの不正の目撃者となったことも大きな功労だったので、二人の努力は無駄ではなかったのである。
夕暮れは恋する乙女たちの味方だ。
桃色の染まった頬を隠すには夕焼けが一番であり、想い人とのデートに最適なのである。顔色を気にしなくていいから、いつもよりちょっぴり恥ずかしい話や内緒話もできるわけだ。
「月美ちゃん、今日はいっぱい走ったね♪」
「は、はい・・・」
わざと関係ない話をして和まそうとしてくれる百合の靴跡をなぞるように、月美は砂浜を歩いた。体育祭の片づけは大方終わったのだが、生徒たちはまだ冷めやらぬ興奮を持て余し、体操服姿のまま街を歩き回っている。
さっきまでキャロリンや桃香や銀花が一緒にいたのだが、ルネがライチのソーダをご馳走してくれるというので三人ともジュースバーへ行った。
穏やかな内海はピンクグレープフルーツの輪切りのように輝いており、静かに打ち寄せる波は白いカーペットみたいに優しく広がって月美たちの足をくすぐってきた。
「あの・・・百合さん・・・?」
「なぁに♪」
百合の声はいつもよりちょっぴり大人びており、落ち着いていた。
「や、約束通り言いますわよ? 本当に言いますわよ」
「うん。もう心の準備できてるよ♪」
「言いますわよ。引っ張ったりせずに・・・いきなり言いますわよ」
「う、うん。もう引っ張ってるけど♪」
立ち止まった月美は足元に置いている小さな白い貝殻と百合の瞳を見比べながら、深呼吸をした。
相手はあの百合さんだ。記憶のほぼ100%を失っているが、月美に愛の告白をしてくれた程の理解者であり最高のパートナーである。あの日、月美に告白してくれた時の百合は、きっと人生で最大のドキドキを味わっていただろうし、月美のことを信じて前へ踏み出してくれたのだろう。今日は月美が勇気を出す番なのだ。
「私・・・」
「うん♪」
「私・・・去年は高校生でしたの」
ついに言ってしまった。もう後には退けない。
「去年の私は三日月女学園の高校一年生で、百合さんのルームメイトとしてビドゥ学区の寮で1年近く生活しましたのよ」
「・・・私の・・・ルームメイト?」
「はい」
波の音が二人の間をやさしく行き来した。
「でも12月のある日、気絶しちゃって・・・目が覚めたら9才の体になってたんです。ここは去年の私が見てきた世界とだいぶ違って、知り合いの年齢や人間関係がすっかり変わってて、私のことを覚えてくれている人が全くいないっていう、とんでもない世界なんですが、似ているところもありますわ。今日、ローザ会長がレースでイカサマを使ってくるっていう予想は、何の根拠もない直感を頼りにしたわけじゃなくて、会長がどういう人か私は既によく知ってたからですのよ。あの人、極悪人というわけではないんですけど、目的のためなら手段を選ばないところがあって、去年の世界では、百合さんを無理矢理恋人にしようとしてたくらいですのよ」
百合は月美の話に必死についていこうとしており、小さくうなずきながら聴いてくれた。
「まあ・・・信じて貰えないかも知れませんけど、とにかく私・・・中身は高校生ですので、その・・・そういうつもりで、これからよろしくお願いしますわ・・・」
「高校生・・・」
少しの間、海鳥たちの声に時間を預けて沈黙していた百合は、やがて安心したように微笑んでつぶやいた。
「そっか・・・」
「え・・・」
百合は月美の前で砂浜に膝をつき、月美の小さな手をそっと握った。百合の手はとても温かくてすべすべである。
「ちょ、ちょっと・・・」
「私、なんだかすっごく納得しちゃった♪」
「え!?」
「体が小さくなった理由とか、知り合いの年齢が変わってる原因とか、月美ちゃんは分からないんでしょう?」
「は、はい」
「私も全然分かんない。だから一緒だね♪」
百合の笑顔はいつだって透き通った輝きをしているが、月美はまだ彼女の心を掴めずにいる。
「え・・・あの、私の話、信じてくれますの? こんな・・・女子小学生が夏休みに作ったオリジナル小説みたいな話・・・」
「うん♪」
「ど、どうしてですの!?」
そう尋ねると百合は、ずっと言おうとしていた事をちょっぴり照れながら月美に打ち明けた。
「だってさ・・・だって月美ちゃん、初めて私に会った時、いきなり私の名前呼んでたんだもん♪」
「へ?」
「百合さん、って♪」
「私・・・呼んでました?」
「うん♪ なんでこの子、私の名前知ってたんだろうってずーっと疑問だったの♪」
月美は無意識のうちに、この壮大で意味不明な話を信じて貰えるだけの足掛かりを百合に与えていたのだ。
「小学生にしては異常に大人っぽいし、それになんだか・・・他人じゃない気がしてたの。だから、去年は高校生で、しかも私のルームメイトでしたって言われたら、妙に納得しちゃったんだ」
こんなにもあっさり受け入れられると思っていなかった月美は、ちょっと拍子抜けだった。
「おーい! 月美! 百合! マンゴーソーダ買ってきたデース!」
キャロリンたちが浜にやってきて、夕焼け色のジュースを手渡してくれた。もう内緒話は終了である。
「ライチのやつは売り切れでしたけど、これも美味しいデース!」
「あ、ありがとうございますわ」
まるでお祝いのジュースみたいなタイミングである。
他の仲間たちが水平線の彼方を眺めている隙に、百合は月美の小さな耳に唇を寄せて囁いた。
「また後で続き話そ♪ 話したいこと、いっぱいあるから!」
百合はそう言って、ジュースのカップを月美のほっぺにそっと当てた。
火照った頬に心地良いカップの感触を指先でなぞりながら、月美は百合の笑顔をぼんやりと見上げた。
大好きな大好きな百合さんが、ついに味方になってくれたという事実を月美が実感し、喜びが一気に爆発するのは、もう少し後のことだった。キャロリンたちが砂浜を歩いていき、ぼーっと立ち尽くしている月美に気付いて振り返り、「どうしたデース! 早く帰るデスよぉ!」と呼んでくれたあたりである。
「百合さんが・・・信じてくれましたわ・・・」
月美の目頭は急に熱くなった。
「百合さんが・・・ぅう・・・」
月美は靴を脱ぐと、小さな裸足の足跡を付けながら、仲間の元へ力一杯走った。ちょっぴりこぼれた冷たいソーダのしぶきが、鼻先に掛かって気持ちよかった。
(やっぱり、私と月美ちゃんって知り合いだったんだ・・・)
百合のほうも、心に引っかかっていたものが解消され、とても晴れやかな気持ちであり、月美を全く疑っていなかった。現象自体はサッパリ理解不能でちょっと笑ってしまうくらいぶっ飛んだアホみたいな話であるが、理屈を超えた絆が百合をあっさりと納得させたのである。
「月美ちゃん! 寮まで競争する?」
「し、しませんわ・・・今日はもう散々走りましたから」
「じゃあ置いてっちゃうよ♪」
「ま、待って下さい!」
「ふふっ♪」
ただし、百合と月美が両想いのカップルであったという事実は、月美から語られることはなかった。
あまりにも恥ずかしいので、これだけは絶対打ち明けられないのである。
いつか月美の心にペガサスみたいな翼が生えた時、打ち明けることになるかも知れない。