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53、助っ人

 

 応援席が、畳まれた着物とたくさんの下駄に覆われている。


 下駄の赤い鼻緒はなおは小川に浮かんだ無数の紅葉もみじのように美しく列をなし、月美たちが座っているストラーシャの応援席のすぐ隣にまで迫っていた。

 

「日本の伝統ウッドシューズデース・・・!」

「綺麗ですわね」

「あの黒いやつがクールデース!」

「勝手に履いちゃだめですわよ」

 キャロリンは下駄に興味津々であり、隣に座る月美の腕をくいくい引っ張りながら興奮している。


 体育祭が一大イベントであることは、どの学区の生徒にとっても同じなのだが、アヤギメの生徒たちはちょっと特別な方法で自分たちのカラーを出してきたのだ。ストラーシャの会場までわざわざはかま姿でやってきて、入場行進も下駄で行ったのだ。お陰で他の学区の生徒たちも大正浪漫の世界を見物できて楽しかったのだが、最初の競技が始まる前に大急ぎで袴を脱いでいる様子を見ると、ちょっと滑稽であった。ちなみに体操服は和服の下に着ていたようなので、絶対暑かったはずである。


「月美ちゃん♪」

「うっ!」

「月美ちゃんたちは中等部と一緒に借り物競争に出るんでしょう?」

「そ、そうですけど、あんまり触らないで下さい・・・」

「あ、ごめん♪」

 百合は体育祭の雰囲気に少々興奮気味であり、後ろから月美の両肩に手を置いてくっついてきたのだ。無自覚に月美の恋心をもてあそばないで欲しいものである。

(秘密を言うって約束しちゃった日ですから、百合さんのテンションが高いですわ・・・)

 朝から緊張している月美と対照的である。


 誰にも相談できないとんでもない秘密を一人で抱え、孤独感を味わっている月美の毎日が、めでたく転換期を迎えることになるかも知れない正念場が、この体育祭だ。どんなタイミングで打ち明けるかは未定だが、とにかく月美と百合の二人きりになる必要があるため、静かで落ち着ける場所を見つける必要がある。


「月美月美! 桃香のおっぱいはすごいデスヨ!」

「ちょ、ちょっと! 人前で何言ってるんですかぁ!」

「銀花もどうデース?」

「人に薦めないで下さぁーい!」

「私、桃香のおっぱい大好きデース!」

「ひゃあああああ!!」

 少なくともこの場所ではなさそうである。


 桃香はキャロリンに胸を触られて嫌がっているように見えるが、実は喜んでいるから、余程の事がない限り助けに行かなくてもよい。桃香はキャロリンのことが好きなのだ。


 さて、キャロリンが銀花にイタズラしないように月美がさりげなく警戒していると、背後から月美の髪をそっと触る者がいた。

「ひ!」

「今日は髪まとめとこっか」

「え・・・」

 百合だった。百合は月美の長い黒髪が運動の邪魔にならないように、ピンク色のヘアゴムでポニーテールを作ってくれたのだ。

「じ、自分でできますわ・・・!」

「やってあげる♪ ほら、すごく可愛いよ」

「か、かわ・・・うぅ・・・」

 優しい指先で髪を撫でられ、おまけに頭をぽんぽんされた月美は、恥ずかしすぎて真下を向いた。午前の陽が当たる地面には月美の小さな靴跡がいくつかついており、砂漠で見つかった古代遺跡の空撮みたいな面白い模様になっていた。何かをじっと見つける系の現実逃避は意外と楽しいのでオススメである。



「百合、そろそろ二人三脚の準備しましょっ」

「うん!」

 ルネと百合は二人三脚に出場するのだ。キャロリンは大きく手を振りながら「頑張ってきて下さいデース!」と叫んで送り出した。

 

 去年の女学園島の百合は、月美と二人三脚したわけである。二人三脚という競技自体も、こんな序盤で行われるような一般的な種目ではなく、もっと注目される一大イベントだった。おそらく今回の体育祭のメインは午後に行われる機馬レースなのだろう。

(ぬぅ・・・)

 スタート地点に並ぶ百合とルネを見て、月美の気分は沈んでしまった。本来ならルネのポジションに自分がいるはずだからだ。

(あんなに体を密着させて、百合さんと肩を組んで・・・羨ましいですわ・・・)

 前回の女学園島の記憶がある月美にとって、ルネはローザ会長と結ばれる女性だから、ルネと百合がラブラブになる心配はしていないのだが、やはり羨ましいのだ。



 そう言えば、ついさきほどの開会式で、ローザ会長が気になることを言っていた。


『学園にはたくさんのイベントがありますけれど、体育祭は特に、海賊船長を決めるいい機会ですわよねぇ♪ 皆さん活躍して、女学園のスターを目指して下さぁい♪』

 こんな感じである。


(年末の演劇のことを言ってたのかしら。配役を決めるのはちょっと早い気がしますけどねぇ)

 隣に座っている銀花ちゃんの肩になんとなく寄りかかりながら、月美は考え事をしていた。百合たちがスタートするまではもう少し時間があるようだ。

「月美、ポニーテール可愛いなの」

「可愛いなの」

「わ!!」

 ローザのことを考えていたせいか、ローザの付き人の双子ちゃんが現れてしまった。

 キキとミミはビドゥの体操着に身を包んでおり、いつものミステリアスな雰囲気が少し緩和されていたが、人形のようにクールな眼差しは健在である。

「キキさんとミミさん・・・ごきげんよう」

 二人とも顔が同じなので、どちらがキキさんなのか月美は全く理解していない。

「ポニーテールと掛けまして♪」

「掛けましてぇ?」

「チラシ配りと解きますなの」

「その心はぁ?」

「どちらも、髪を上げる(紙をあげる)なの!」

「うまいなのー!」

「うまいなのー!」

 挨拶代わりの謎掛けである。キャロリンや桃香や銀花もそばにいるのだが、彼女らはキョトンとしている。小学生にも分かる冗談を言って欲しいものだ。

「えーと、何かご用ですの?」

「この辺りは二人三脚のゴールがよく見えるから来たなの」

「来たなの」

「そ、そうですのね」

 そういうことなら仕方がない。百合とルネが座っていた席をキキとミミに貸すことにした。キキミミ姉妹は中等部1年の生徒なので、初等部のメンバーと一緒にいてもあまり違和感がない。


「キキ様、ミミ様、ちょっとおきしたいことがあるんですけど」

「何でも訊いてなの」

「何でも訊いてなの」

 二人がほぼ同時に返事をするのでステレオサウンドである。

「ローザ会長がさっきの演説で、海賊船長がどうとかおっしゃってましたけど、演劇のことですの?」

 そう尋ねるとキャロリンが「海賊船!?」と言って身を乗り出してきた。あらゆるものに興味がある少女である。

「演劇でも海賊船でもなくて、この学園の伝統なの」

「・・・伝統?」

「学園に伝わる、マーメイドとキャプテンの役職のお話なの」

 キキとミミが教えてくれたのは、次のような話である。


 学園の権力の頂点と言えば生徒会長であり、既にローザはその座に就いているわけだが、実はさらなる高みがあるのだ。生徒たちの憧れの的である、マーメイドとキャプテンだ。名前は絶妙にダサいが、人魚姫の伝説や海賊の伝承がベースとなっており、簡単に言えばお姫様と王子様みたいなポジションなのだ。常に誰かが就いている役職ではなく、数年に一度、ふさわしい人物が現れた時に二人揃って就任するのだ。暗黙のルールだが、マーメイドとキャプテンはカップルであることが通例である。

 人魚姫のほうは学業や文化的な活動で優れている傾向があるが、海賊船長のほうはスポーツで活躍できる資質を求められることが多い。両方とも可愛いお姫様みたいな感じだったケースもあるようだが、海賊船長の座はスポーティーなスターであるというイメージは根強くあるようだ。なので、体育祭は海賊船長の選考に大きな影響を及ぼすイベントだといえるのだ。


「アテナ様は人魚姫にふさわしい人なの。そしてローザ様が海賊船長になるなの」

「な、なるほど・・・」

「ローザ様はアテナ様のパートナーになるために、体育祭では大活躍する予定なの」

「そういうことでしたのねぇ」

 月美はなんとなく状況を理解した。


 マーメイドだとかキャプテンだとか、そういうシステムは前回の女学園島に無かったのだが、より強い権力を求めたローザが、手段を選ばず邁進している様子はなんだか既視感があって月美は懐かしさを感じた。

(アテナ様とローザ様が結ばれるわけありませんわ。アテナ様は翼様とラブラブになるはずですもの)

 そういえば翼先輩はどこにいるのか。月美は二人三脚で盛り上がるグランドを見回してみたが、翼を発見できなかった。もしかしたらグランドの隅っこで機馬の整備をしているのかも知れない。

(んー・・・?)

 この時月美は、なんとなくイヤな予感に襲われたのである。


「あ! 百合とルネがスタートデース!」

 月美が考え事をしている間に、百合たちの二人三脚がスタートした。

 百合と一緒に走れるルネに軽く嫉妬していたはずの月美は、風を切って駆け抜ける二人の様子を見て少しずつ気が変わっていった。

 去年の女学園島では完全に病人だったルネが、今こうして大勢の声援を浴びながら百合と肩を組み、一心不乱にゴールテープの先を見据えているのは、もはや奇跡のように思えてきたのだ。ルネ本人や月美たちが去年あれだけ頑張ったからこそ今の世界があると考えた場合、月美はもうルネを不必要にライバル視できるほど暇ではなくなっていた。月美が今やるべき事はルネと百合の応援だ。

「百合ぃー! ルネー! がんばるデース!!」

 キャロリンの声に紛れるように、月美は「がんばってくださぁい・・・!」と小さく声を上げながら、祈るように小さな手を合わせた。とにかく、努力した人が報われる世の中であって欲しいものである。

 月美たちの願いは届いた。息の合った百合とルネのコンビは一着でゴールテープを切ったのだ。歓声に満たされた青い空を威勢よく泳いだゴールテープが、百合とルネが築いてきた友情を爽やかな白で縁取った。実にめでたい瞬間である。



「ちょっとわたくし、出掛けてきますわ」

「どこ行くデース?」

「ちょっと準備体操ですわ。すぐ戻ります」

 一人で行動したい時は、キャロリンの好奇心を刺激しないように注意しなければならない。月美はそーっと応援席から出た。


 月美が先程感じた嫌な予感・・・それは、ローザ会長が何か卑怯な手段で機馬レースに勝とうとしているのではないか、というものである。


 去年のローザ会長も、ルネさんのためだったら周囲からの評判など一向に気にしないスタンスだったから、今年も同レベルのことをやってくる気がしたのだ。今年は海賊船長の座を手にしたいという、権力欲に囚われた単純な動機であるが、おそらく手加減などしてこないだろう。

(・・・手段を選ばないローザ会長の性格を知ってるのは、わたくしだけですの?)

 会場ではしゃぐ先輩たちは競技に夢中であり、ローザを警戒している者などいないようだった。

(卑怯な手段は100歩譲って見逃してもいいですけど、危険なことだけは絶対許せませんわ。何か計画しているならわたくしが突き止めて阻止しませんと・・・)

 月美は幼い体でちょこまかと動き回って人混みをすり抜け、午後に行われる機馬レースのスタート地点に向かうことにした。何か手がかりがあるかも知れない。


「月美の様子が怪しいなの」

「ローザ様の計画に気付いたなの?」

「そんなはずないなの。月美はまだ小学生なの」

「確かに。でも要チェックなの」

 キキとミミは冷たい眼差しで月美の背中を見ていた。この姉妹はただの謎掛けマニアではなく、ローザの付き人として非常に優秀な小悪魔たちなので、油断していると厄介な存在になりうるのだが、月美はそんなこと気付いていないのだった。


わたくし一人で行動して大丈夫かしら・・・)

 自分よりずっと背が高いお姉様たちの間を縫って歩いているうちに、月美は不安になってきた。

(問題を見つけたら、百合さんに協力してもらいましょう・・・)

 ルネさんの力も借りたいところなのだが、「ローザ様がこんな不正をしようとしてました。一緒に阻止しましょう」みたいな話をすると、ルネさんとローザ様がますます険悪になりそうでイヤなのだ。あの二人はぜひとも、去年のようなラブラブな関係になって欲しいものである。

(百合さんと私でどうにか出来るか分かりませんけど、仕方ないですわよね・・・)

 今は心細いが、ローザの不正は一刻を争う問題かもしれないので仕方がない。



 月美は一人ぼっちのまま、機馬の停車場に辿り着いた。

 たくさんの機馬が、木漏れ日を浴びてきらきら輝いている。


 体育祭に向けて磨き上げられているのは操縦者たちの腕前だけではないようで、ゆっくり落ちてきた緑の木の葉がするりと滑って落ち、かたわらに咲くイングリッシュローズの淡いオレンジ色がほんのり反射するほど、機馬たちの体はピカピカだった。

 翼先輩の姿は無かったが、機馬を整備する体操服姿の生徒たちが何人かいた。ここは海風が吹き抜けるし、美味しいスムージーを売っているジュースバーが目の前にあるから、結構快適な作業場になっているようだ。

(えーと、何から調べればいいかしら・・・)

 月美はしばらく周辺をキョロキョロしていたが、とりあえず近くにいるお姉さんに話しかけてみることにした。


「あの、すみません」

 話しかけてから、もっと暇そうな人にすれば良かったですわと月美は後悔した。お姉さんは機馬のくらを開け、エンジンやタンクになっている部分を覗き込みながら、忙しそうに工具を選んでいたのだ。


「なんじゃ。今は手が放せんぞ」


 その声を聞いて、月美の胸はドキッと音を立てた。


「え!? も、もしかして、浄令院じょうれいいん様!?」

「ん?」


 顔を上げたその人は、ちょっと眠そうな瞳と和風な姫カットが特徴的な和服美人だった。この人は去年、月美たちを何度も助けてくれた、毒舌お姉さんである。一見すると変人なのだが、ローザ会長とは対極のタイプの常識人であり、ローザ会長と対等に渡り合える知力と胆力を持った数少ない女性の一人だ。


「・・・なんじゃお前、私の名前を知っておるのか? 生意気じゃな」

 去年より少し背が伸びた浄令院千夜子ちやこは、体操服ではなく袴姿であり、燃えるように赤いサツキ柄の着物に身を包んで月美を見おろしていた。


 月美は思いがけず、非常に頼れる助っ人に出会えてしまったのである。

 

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