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50、決意

 

 はちみつレモンの香りが、ゆっくり立ちのぼっていく。


 真っ赤なソファーに腰かけたローザは、天井のシャンデリアが朝の窓明かりに照らされて輝く様子を、うっとりと目を細めて見つめながら、カップに口をつけた。


「んー、おいしい♪」


 生徒会長のローザは毎週日曜日の午前中、必ず紅茶を飲んでいるのだが、今日ははちみつレモンを味わっている。ローザの付き人をしている中等部のキキちゃんとミミちゃんが最近、アヤギメ学区で美味しいハチミツを買ってきてくれたからだ。ミカヅキミツバチという名の温和なハチたちが、この島に咲く不思議な花たちのミツを集めて作った逸品である。


「キキ、今日のアテナちゃんの動向は?」

「はい。図書の返却期限なので、ストラーシャの図書館に行くはずなの」

「午後かしら?」

「時間は分からないなの」

「ふーん。待ちぼうけはイヤだから、今日は諦めようかしら」

 より強大な権力を欲しているローザは、今ちょっとした計画を立てており、その実現のためにアテナと仲良くなろうとしているのだ。アテナの外出先に顔を出し、雑にアプローチしていくのが近頃のローザの習慣だ。

「アテナちゃんが無理なら、代わりに百合ちゃんにでもちょっかい出そうかしら」

「百合様は今日、寮で美術クラブの活動をするはずなの」

「時間は分かる?」

「13時からなの」

「それなら行けそうね」

 ローザははちみつレモンをもう一口飲み、長い脚を組んだ。

「百合ちゃんに会うの、楽しみだわ。あの子の寮には初等部の子たちもいるしね」

「ルネ様もいるなの」

「え?」

 ローザはちょっぴり真顔になったが、すぐに余裕の表情を取り戻した。

「まあ、そうね、ルネさんのお間抜けなお顔も拝んでくるわ」

 やたら自分につっかかってくるルネのことをローザは良い遊び相手だと感じ始めている。ローザはいつも周りに無礼な態度をとっているのに、それを指摘してくる生徒が皆無だったため、ルネの存在は新鮮なのだ。

(ローザ様、なんだか楽しそうなの)

 メイド服に身を包んだキキとミミは、ローザの横顔を見ながらそう思った。



 香ばしい匂いがいっぱいに満ちたパン屋の一角には、ケーキ売り場がある。

「ねえ月美ちゃん、どれがいい?」

 百合はショーケースを覗き込みながら月美に尋ねた。

 二人きりでストラーシャの大通りへ買い物に来ること自体初めてなのに、こんな可愛い店に入ってしまったら、クールな月美はどんな顔をしていいかいよいよ分からなくなる。月美は百合の質問なんか聞こえないフリをして床のタイルを靴の先でなぞっていた。

(月美ちゃん可愛い。恥ずかしがってる♪)

 クールな月美は、誰かにケーキを買って貰ったことなどないのである。

「これ美味しそうだよ♪」

「い、要りませんわ・・・」

「遠慮しないの♪ チョコケーキにする?」

「チョコ・・・うぅ・・・」

 月美はしばらく抵抗していたが、やがて小さな声で「・・・そのモンブランで」と言った。

(ど、どうしてわたくしがこんな、親戚のお姉さんと一緒に買い物に来た夏休みの小学生みたいになってますのぉー!!)

 月美の羞恥心を絶妙にくすぐるひと時だった。



「ただいまぁ♪」

「おかえりデース!」

 寮へ戻ると、キャロリンたちがエントランスで迎えてくれた。

「どんなケーキ買ってきてくれたデース!?」

 今日はちょっと汗ばむ陽気だったため、エントランスを吹き抜ける風は月美の頬を心地よく撫でた。キャロリンと桃香が駆け寄ってくると、ほんのり香るシャンプーの匂いが鼻をくすぐってきて、それと同時に銀花ちゃんが何も言わずに月美の肩におでこをトンッとつけてきた。月美はだんだんこの寮生活に愛着が湧いてきている。



 今日の午後はルネが代表になっている超小規模な美術クラブの活動があるのだが、今回は初等部の子たちが参加できるようなおもしろ図画工作の教室をしようということになったのだ。月美は図工に興味はないのだが、キャロリンがノリノリだし、初等部の4人のためにルネや百合が色々準備してくれているようなので参加するつもりである。


「そんなに保冷剤集めてどうしますの?」

 背筋せすじを伸ばし、ちょっとずつモンブランを食べる上品な月美の横で、百合は小さな保冷バッグを5、6個まとめてにこにこしている。ケーキを買ってきた理由の半分は、実は保冷剤を貰うためだったのだ。

「このあと分かるから、楽しみにしててね♪」

「た、楽しみになんてしてないですけど・・・」

 月美はモンブランのクリームをフォークでつつきながら頬を染めた。

「モンブラン、美味しい?」

「お、おいし・・・うぅ・・・」

 皆が見てる前で「うん! 美味しいですわ百合お姉様!」みたいなカワイイ返事、出来るわけがない。

「別に、普通です・・・」

 寮生活には慣れてきたが、子供扱いされる事に慣れる日は来ないだろうと月美は思っている。



 キッチンとダイニングのちょうど真上の部屋が、美術室として使われている広間である。

 この寮は他と比べてかなり小さいのだが、二階の広間は教室くらいのサイズがある。内海が見渡せるベランダがついているため、ベッドや勉強机がある自室よりも居心地が良いくらいだ。

 ケーキとランチを一緒に平らげた月美たち初等部メンバーは、しばらくはお皿洗いを手伝ったり、キャロリンの髪型を三つ編みに変えたりして遊んでいたが、13時になる頃には二階の広間に集合した。

「じゃあ今日は保冷剤と小さなボトルを使って、面白いミニチュアを作ってみたいと思いまーす♪」

 ルネが先生となり、図工の授業が始まった。お手伝いという立場の百合は、月美と銀花ちゃんの間に小さな木椅子を置いて腰かけた。月美はちょっと体を斜めにして百合から距離を置こうとしたが、その様子を面白がった百合が負けじと斜めになってきた。波に揺れる海藻がこんな感じである。


 凍っていない保冷剤の中身はトロッとした透明のゼリーであり、色水を混ぜることが出来る。水性ペンの先を水面みなもにちょんっとつけるだけで簡単に色水は作れるので、保冷剤を美しいライトブルーのゼリーにすることも容易なのだ。色のついたゼリーを小さなボトルやビンに入れたあと、つまようじなどを使ってビーズやスパンコールを好きな場所に設置すれば、あっという間に綺麗なミニチュアの完成である。光が当たる窓際などに置くと綺麗なのでオススメだ。

 ちなみに保冷剤を水道に流すとつまってしまうので取り扱いには注意である。

「手についたらキッチンペーパーとかで拭いてね。そのまま手を洗うと水つまるかも知れないから」

「それはまずいデース。お風呂場も危険デース。知らないうちに顔とかについててシャワー浴びたらおしまいデース」

「まあ、少量なら問題ないけどね」

「オッケーデース。でも気を付けるデース!」

「うん。偉いねキャロリン」

「ぐへへ」

 ルネに褒められたキャロリンは自分の三つ編みヘアーを触りながら分かりやすく喜んだ。キャロリンは6年生なのだが、初等部メンバーの中で一番子供っぽい。


「んー・・・」

 月美はちょっとでも大人っぽいものを作ろうと、紫色の色水を作り始めた。百合の優しい眼差しが降り注ぐ場所では、月美の指先はちょっとぎこちなくなるため、図らずとも小学生らしい初々しさが出ている。



「ごめん下さーい♪」

「え?」

 不意にエントランスから聞こえてきた来客の声に真っ先に反応したのがルネだ。

「え、う、嘘! ローザの声じゃない?」

 イントロクイズ並の回答速度である。

「え? ローザ様はこんなところに来ないと思うけど」

「ま、間違いないわ!」

 ルネは赤面して広間をうろうろし始めた。いつもローザの悪口を言っているくせに、急に来られるとドキドキしちゃうらしい。

「ごめん下さーい♪ どなたかいらっしゃいませーん?」

 確かにローザ様の声だなと月美は思った。


 ルネがエントランスに下りていったあと、しばらくの間楽しげな皮肉合戦が聞こえていたのだが、やがて二階にローザが上がってきた。

「ごきげんよーう♪ 百合ちゃんたちぃ♪」

 ビドゥの黒い制服を着たローザ様が、マロン色の巻髪をふわふわ揺らして広間に顔を出した。


 付き人の双子ちゃんはおらず、ローザは一人でここへ来たらしいのだが、背が高いローザが椅子に座っていると存在感が凄かった。若干悪者のイメージがあるローザ会長に、桃香や銀花ちゃんは委縮しているが、キャロリンは平気らしく、巻き髪をちょんちょん触ったりした。

「いや~んこれ可愛い♪ 私も作りたいわぁ!」

「勝手に作って下さ~い」

 ルネが皮肉たっぷりの対応をしてくれるので月美の出番がない。

(去年の女学園島のローザ様は百合さんを執拗に狙ってましたけど、今年はちょっと違うみたいですわね・・・)

 ローザは百合に会いに来たような事を言っていたが、どちらかと言えばルネとしゃべっている。


 噂によればローザは、ストラーシャ学区の大人気生徒であるアテナと仲良くなりたいと思っているらしく、そのせいでルネと険悪な関係になっているらしい。ルネはアテナの大ファンなのだ。

 百合が無事なら月美はそれでいいのだが、去年あんなに仲良しだったローザとルネが、こんな感じになっているのは、やはりちょっと違和感がある。なんとか二人の距離を縮める方法はないものか。

「月美ちゃん、何考えてるのかしら~?」

「う!」

 保冷剤に色水を加えてスプーンでぐるぐるかき混ぜていた月美は、ローザに目を付けられてしまった。

「べ、別に・・・何も考えてませんわ・・・」

「そう? さっきからずーっとかき混ぜ続けてるけど」

「ぬぅ・・・」

 ルネとしゃべっていたはずなのに、実は他の子たちを色々観察していたらしい。実に抜け目ない女である。

「ねえ月美ちゃん」

「ひ!」

 今度は百合から話しかけられた。

「こっちのスプーン使うとボトルに入れやすいよ♪」

「あ・・・どうも・・・」

 百合の白い指先が月美の手元に小さなスプーンを運んでくれた。百合に親切にされると月美は顔が熱くなってしまうのだが、今この瞬間もローザがこちらを見ているはずなので月美はいつもより必死で平常心を保とうと努めた。こういう時は広い宇宙の息吹いぶきや46億年の壮大な地球の物語などに思いを馳せると効果的である。

「あら月美ちゃん、お顔が赤いわよぉ?」

「ひいいいいい!!」

 いつか誰かに指摘されてしまうかも知れないと思っていたが、ついに言われてしまった。ローザには早く帰って頂かないと月美の立場が危うい。



 ボトルの中にビーズを適当に浮かべて作品を完成させた月美は、ローザと百合の視線に挟まれた状況から抜け出すため、ベランダで一息入れることにした。百合は銀花ちゃんの手伝いをしていて手が離せないようだ。


 雲は浮かんでいるが、太陽がよく見えるいい天気である。

 二階のベランダから眺めると、三日月型をしているこの島の内湾の形がハッキリ分かる。爽やかに火照るビーチの白砂しらすなが、内海うちうみを綺麗に縁取っているのだ。

 広間に置かれた小さなオーディオから流れる静かなピアノジャズは、料理に添えられるレモンの輪切りのように、穏やかな波間に輝きを加えている。うっとりするようなこの景色に体を浸して深呼吸すれば、景色がそのまま胸の中に流れ込んで来て、心まで綺麗にしてくれそうだ。


「月美ちゃ~ん♪」

「うっ!!」

 風景に癒されていた月美を、突然背中から抱きしめてきた女がいる。ピンクローズの香りを振りまきながら、ボリュームのある胸を小学生に押し当て、耳元に唇を寄せてこのたわけは、もちろんローザである。

「放して下さい・・・」

「何のお話するぅ?」

「話してじゃなくて放してですわ・・・」

「いや~ん月美ちゃん可愛い~」

 ローザは月美の髪の香りをくんくんしながら、月美の腕の辺りをいやらしく撫でてきた。とんでもないヘンタイである。

「触らないで下さる?」

「ねえ、月美ちゃん。きたいことがあるんだけど」

 無視しないで欲しいものである。

 小学4年生らしからぬ落ち着きを見せる月美は、ため息をつきながら返事をした。

「はぁ・・・一体なんですの?」

「月美ちゃんって、私たちに何か隠し事してないかしらぁ?」

 何を訊かれたのか理解できず、月美は一瞬黙った。

「はい?」

「月美ちゃんには何かヒミツがある気がするんだけど、違うかしらぁ?」

 月美は自分の鼓動が駆け足になるのを感じたが、相手が百合ではなくローザだったせいもあって理性は無事だった。

(こ、これは・・・どういうことですの?)

 月美が去年高校生であったことや、この世界が4月になって新たに誕生したものかも知れないことなど、月美が抱えている秘密は多い。しかしそれらの秘密をローザが完全に知っているとは思えなかった。なぜなら、病弱だった去年のルネのことをローザが全く覚えていないからだ。

「べ、別に、秘密なんてありませんわ」

「本当にぃ?」

 ローザは抱き着いたまま月美の体を左右にゆっくり揺すった。酔いそうなのでやめて欲しいものである。

「学園のこと色々知ってるし、私たちのこともちょっと不思議な目で見てるじゃなぁい? 普通の小学生の眼差しじゃないのよねぇ」

 さすがの観察眼である。

「月美ちゃんは何を知ってるの? どうして知ってるの? この学園に詳しい親戚のお姉さんでもいるのかしらぁ?」

「い、いや、別にわたくしは何も知らないですわよ」

「私には言えないって事かしらぁ?」

「・・・いやローザ様だから言えないってわけじゃないですわ。誰にも言いませんのよ」

「あーら! やっぱり何かヒミツがあるんじゃなーい♪」

 腹立つお姉さんである。

 ローザは月美の脇腹をくすぐりながら続けた。

「じゃあその秘密、私じゃなくて百合ちゃんに打ち明けてみたらぁ?」

「だだだだめです!!!」

 広間にいる皆にも聞こえそうな声を出してしまった月美は慌てた。

「あらあらぁ♪ なんでそんなに必死に拒絶するのぉ?」

「べ、別に拒絶してないですわ」

「一人で秘密を抱えるのって辛いわよねぇ♪」

「いや、まあ・・・」

 月美は海風に前髪を揺らしながら、ちょっぴり目を伏せて言った。

「言っても、信じてくれるわけないので・・・」

 その眼差しがあまりにも大人びており、横顔は日陰の花みたいにアンニュイで美しかったのでローザは不思議な気持ちになった。

「ふふっ♪ 面白い子だわ♪」

 ローザは月美のほっぺをこねこねするように撫でまわした後、部屋に向かって声を上げた。

「百合ちゃ~ん」

「はーい?」

「月美ちゃんが百合ちゃんに言いたいことがあるらしいわよ♪」

 焦った月美は「いやいや! 何もないですわ!」と言ったのだが、百合はもう笑顔でベランダに出て来てしまった。眩しい海風に目を細める仕草がとても素敵である。

「どうかしたの? 月美ちゃん♪」

「いや・・・その・・・」

 背の高い二人に挟まれて、月美は観念したように小さくなった。

「モンブラン・・・」

「え?」

「モンブラン、本当は・・・美味しかったですわ」

 この場を切り抜けるための適当なセリフを慌てて探したら、ついつい本音が出てしまい、かなり恥ずかしかった。しかし、美味しかったと一言言えて良かったなと月美は思った。

「そっか♪ 喜んでもらえて嬉しい。また買ってこようね♪」

 キャロリンが「何デース?」と言いながらベランダに出て来た。もう内緒話は出来ない空気なので、諦めたローザは笑いながら部屋に戻っていった。一応月美は危機を乗り越えたわけである。



 紫陽花あじさい色の夕暮れが、星座の輝きの向こう側に馴染んでいく頃、月美は寮のシャワー室で、銀花ちゃんと一緒に今日の疲れを流していた。

(百合さんに打ち明けるなんて・・・できませんわ・・・)

 シャワー室は、近所のお風呂屋さんに行くのが面倒な時などにサッと体を洗える場所として利用されている。全体的に桃色のタイルで覆われていて電気もやたら明るいのだが、ウエスタンドアの仕切りによって個室風になっているので恥ずかしがり屋の生徒も気軽に使えるのだ。ちなみに月美は百合がお風呂屋に行く日はいつもここを利用している。一緒に入浴なんてしたら気を失うからだ。

「月美、いる?」

「はーい。いますわよー」

 隣の個室からこのように銀花ちゃんが声をかけてくるので、月美は毎回返事をしている。小学二年生の銀花ちゃんは、一人ぼっちが嫌いらしく、月美が先に帰らないか心配しているのだ。

(んー・・・百合さんにもし打ち明けたら・・・信じてくれるでしょうか・・・)

 信じてくれそうな気はするのだが、全く信じてくれず笑ってスルーされてしまった時のショックが大きいのだ。月美が抱える秘密はとても大きいが、そんなことよりももっと大事なのは百合の存在である。

(今のまま先輩と後輩の関係で居続けるか、一か八か、親友の関係に戻れるよう努力してみるか・・・っていうことですわね。リスクが大きすぎますわ・・・。どうも~別の世界の記憶がありま~す。実は高校生で~す。なんて言ったらアホウだと思われちゃいますわ・・・)

 考えただけで恥ずかしくなってきた。月美はため息をつきながらシャワーを止め、バスタオルで体を拭き始めた。


 バスタオルを体に巻いてウエスタンドアを開き、個室から出た月美は、水切りワイパーで床を軽く掃除しながら銀花が出てくるのを待った。

「月美、いる?」

「いますわよー。よく体拭いて下さいね」

 やがて銀花は素っ裸のまま出て来た。銀花の肌はぽかぽかと火照っていたが、水の拭き残しがかなりあり、このまま脱衣所へ行ったら風邪を引いてしまうかも知れない。

「拭いてあげますわ」

 月美は銀花のバスタオルを借り、彼女の小さな背中や肩を優しく拭いていってあげた。初等部4年にしてはしっかりしすぎの行動であるが、銀花ちゃんはたぶん気にしないだろう。月美にとって銀花ちゃんは妹みたいな感じだ。

「月美」

「なんですの」

「月美はさ、悩みがあるの?」

 銀花の腰の辺りをぽんぽんと拭いていた月美の手が止まった。

(あ・・・)

 どうやら、今日一日の月美の動揺が、銀花ちゃんに伝わっていたようだ。

 学園最年少の銀花ちゃんを心配させているようでは、クールなお嬢様失格かも知れない。

(・・・ずっと秘密にしてても、周りに心配掛けちゃうみたいですわね)

 月美はもう観念したような心持ちになり、微笑みながら顔を上げた。


「大丈夫ですわよ。一人で悩んだりしませんわ」

「ほんと?」

「本当ですわよ」

 月美は銀花ちゃんの鼻先をちょんと人差し指で触って笑った。その様子に銀花は安心したようで、バスタオルを体に巻かぬまま脱衣所へ向かっていった。


(決めましたわ。百合さんに打ち明けてみます。わたくしの見てきた去年までの世界と、本当のわたくしについて・・・!)


 これは非常に大きな決断である。


 相手が自分のことを信じてくれるか悩む前に、まず自分が相手を信じるべきなのである。相手は最愛の百合さんなのだから、きっと大丈夫だ。


 きゅっと握りしめた拳を天井のライトに向けてかざした月美の表情は、まさにクールなお嬢様であり、今後の人生を左右するかも知れない勝負に出ることを決意したオトナの顔でもあった。

「月美ぃい! 水つまってないデース!?」

「わあああああ!」

 しかし、びっくりした時の顔はやはり小学生である。

 

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