5、訪問者
土曜日の昼下がり、女学園は花の香りでいっぱいだった。
丘から海へ向かって吹く風には、陽だまりの花壇や、野山に咲く花たちの芳香がふんわり乗るため、街は高級ハチミツのような、甘くて繊細で華やかな香りに包まれるのだ。しかもこの香りは季節や時間、風向きによってどんどん変化していくから、この島で暮らす生徒たちは毎日深呼吸するのが楽しみになるのである。
「ねぇ月美さん♪」
その心地よい春風の中、二人は見晴らしの良いベンチに腰かけて、ランチのサンドイッチを食べていた。
「寮へ戻ったら、そのあとは何をしますか?」
土曜日の午後は授業がないため、自由時間なのだ。
「そ、そうですわね。図書館にでも行ってみましょうかしら」
「いいですねぇ! 図書館で自習するんですか?」
「はい。もちろんですわ」
月美は精一杯、格好つけながら答えた。
動物たちに傘を貸した一件のせいで、自分のクールなイメージが崩れつつあるという危機感を抱いた月美は、近頃は特にクールさを意識した態度で百合と接している。とにかく超クールな少女で居続けないと、いつか恋心がバレてしまいそうだからだ。しかし、百合は今日もにこにこしながら月美についてくるので、効果が出ているかどうかは疑問である。
百合は相変わらず、目が合った相手を次々に気絶させていく魔物的美貌を常に周囲に放っているが、人が多い場所に行く時は月美の後ろに隠れるという手段を使うようになったため、比較的自由に行動できている。もちろん、その時の月美の心臓がバックバクに飛び跳ねていることは言うまでもないが、月美を信じきっているピュアな百合はそんなこと全然気づかないのだった。
謎の野菜がいっぱい挟まった美味しいサンドイッチを食べ終えた二人は、とりあえず寮に帰ることにしたのである。
「お帰りなさいませ、月美さん! 百合さん!」
寮の広いエントランスでは、だいたいいつも4、5人がトランプなどをしてくつろいでおり、二人が帰ってくるとこのように挨拶してくれる。百合は恥ずかしそうに頭を下げて月美の後ろに隠れてしまうが、お嬢様月美はこのように声を掛けて貰えると嬉しくてたまらない。
「ごきげんよう」
そう一言言い残して階段を上がっていく月美の様子があまりにも優美であるため、寮生たちはキュンキュンしちゃうのだった。
「あのお二人、本当にお美しいわ~」
「上品ですね~」
この隙に隣りの子の手札を見るべきである。
階段を上りながら、月美はふとある事を思いついた。
「そういえば、エントランスに自販機がありましたわね」
「え? うん。あったね」
「ちょっと紅茶を買ってみますわ。自動販売機で売られているどうしようもない紅茶と、私が淹れる美味しい紅茶、どちらが優れているか勝負したいと思っていましたの」
「ふふっ。じゃあ、買っていきましょうか♪」
百合はくすくす笑って月美のあとをついてきた。
この学園にはダリアと呼ばれる通貨がある。
感覚的にはドルに似た通貨で、全生徒に毎月少しずつ支給されるのだが、成績優秀だったり、部活で活躍したり、人望を集められた生徒にはちょっぴり多く配られるお金である。ちなみに自動販売機の飲み物は1ダリアだ。
二人がエントランスまで戻ると、先ほどトランプをしていた寮生たちが、困った顔をして自販機の前に集まっていた。
「あら、どうかしましたの?」
「つ、月美さん! 百合さん!」
同級生相手に緊張しすぎである。
「実は・・・私のシュシュが飛んでいって、自販機の上に乗ってしまったんです・・・」
「あら」
シュシュというのは薄手の布でボリューム感を出したヘアゴムのことであるが、ある少女が髪をまとめようとした時、それがぴょーんと手から飛び出してしまったらしいのだ。シュシュの姿は自販機の上にチラッと見えてはいるが、手が届かない高さである。
(ぬぬ・・・私がなんとかするしかありませんわ・・・!)
月美は困っている人を放っておけない性格である。
しかしここで物置から脚立などを持って来て普通にシュシュを取ったら、また百合から「月美さんって優しいんですね♪」と言われて終わってしまうので、月美は知恵を使い、美しく、クールに取ってみることにした。
(華麗なジャンプで取ってみせますわ・・・!)
美しい動きを見せれば、寮生たちからの評判もますます上がるだろう。
「しょうがないですわねぇ。私が取りますわ」
「えっ」
月美は自販機に向かって軽く助走をつけると、美しく宙に飛び出した。そして、ジュースの取り出し口にこっそり足先を掛けてさらにもう一段高く上がり、シュシュをキャッチしたのである。そんなところに足を掛けるのは品が無いかも知れないが、美しくない行為もバレなければセーフ、というのが月美の生き方であり、実際それが功を奏し、月美は自分の美しいお嬢様道を築いてきた。
「すっごーい!! 月美さんのジャンプ力、素晴らしいです!」
「お見それしました!!」
「翼が生えているような華麗なジャンプでしたねぇ!!」
足を掛けたところなんか誰も見ていなかった。月美はシュシュを持ち主の手に返すと、サッと自分の髪を撫でて格好をつけた。
「次からは、気を付けて下さいね」
「は、はい! 月美さんって運動も出来るんですね!」
「え!? ま、まぁそうですわね。脚も長いので、運動能力は高いんですの」
「素敵です・・・!」
「はい。素敵なんですのよ」
月美は自分の美しさに惚れ惚れした。本当は運動はあまり得意ではないのに、調子に乗って返事をしてしまったが、これで自分のクールなイメージが百合に伝わるなら月美としては大成功である。
(百合さん、見ていてくれたかしら?)
月美はチラッと百合に目を遣った。
(やっぱり優しいなぁ、月美さんって♪)
残念だが、百合には月美のカッコよさよりも親切さのほうが伝わってしまったようである。
さて、気を取り直して月美が紅茶を買おうとしていると、エントランスの外に馬車が止まったような物音がした。
「どなたか来ましたよ」
誰かがそう言ったかと思うと、エントランスに白い制服の生徒が登場する。
「ハ~イ♪ 百合ちゃ~ん、それに寮生のみんなぁ~♪」
マロン色の髪の毛をふんわりカールさせた、妖艶なお姉様である。
「初めましての人はど~も、私はローザ。お隣りのストラーシャ学区の生徒会長よ♪」
思いがけずとんでもない訪問者が来て、月美と百合は焦った。これは図書館などに遊びに行っている場合ではなさそうだ。
「こ、こんにちは・・・」
百合は遠慮がちに挨拶をした。
「んもーぅ、百合ちゃんったら今日もかーわーいーい~♪ 一人ぼっちなんじゃないかと思って心配して来てみたのに、案外ビドゥ学区に馴染んでいるのね♪ お姉さん安心したわ♪」
ローザが百合にぐいぐい迫っていくので、月美はすぐに二人の間に割り込んだ。
「コ、コホン。わたくし黒宮月美と申しますの。百合さんのルームメイトを務めさせて頂いている、お嬢様ですのよ」
「あらぁ! あなたのこともよ~く知ってるわ。私の学区でも噂になっているのよ♪ クールなルームメイトが百合ちゃんをいつも守っているって♪」
ローザは色んな角度からじろじろと月美の顔を眺め、胸や腰、脚までじっくり見まわしてきた。
「月美ちゃん、あなたも本当に可愛いわね~♪ お姉さん興奮しちゃうわ♪」
「で・・・何のご用ですの?」
こういうアホウなお姉様とはあまり関わらないほうがよい。
「百合ちゃんの様子を見に来たのと、それともう一つ♪ 百合ちゃんにお願いがあって来たのよ。わざわざ丘を越えてビドゥ学区まで来たんだから、話だけでも聞いて欲しいわ♪」
ローザは自動販売機で缶コーヒーを一本買い、エントランスのソファに腰かけた。
何をお願いされるか分からない百合は、緊張の面持ちで月美の背中に隠れた。
(ひっ!)
百合の胸がふわっと背中に当たって月美は動揺してしまった。顔が一気に火照ってしまったが、ローザには見られていないようで助かった。
「この学園ね、6月に体育祭があるのよ」
しばらくコーヒーの香りを楽しんでいたローザが、そんな風に話を切り出した。
「体育祭はビドゥ、ストラーシャ、アヤギメの3学区全てが参加し、優勝を争う一大行事よ」
「そ、そうですの?」
それが百合と何の関係があるというのか。
「出場する選手は運営委員たちの手で決められる事も多いけど、基本は立候補制よ。体育祭に出て活躍したいと思った子は、自分で名乗り出られるの」
ローザは天井のシャンデリアを見上げながらニヤリと笑った。
「百合ちゃんに出場してもらいたいのよねぇ、体育祭♪」
寮生たちは「えぇ!?」と声をそろえて驚いた。清楚な百合さんが体育祭に出る姿など誰も想像できなかったのだ。
「調べてみると百合ちゃんは運動の成績も悪くないようだし、体育祭で活躍してくれれば、私助かるのよねぇ♪」
「ちょ、ちょっと待って下さいます!?」
月美が声を上げた。
目立つことを嫌う百合に、そんなことさせられない。
「ローザ様、あなたはストラーシャ学区の会長なんですよね。百合さんはビドゥ学区の生徒です。百合さんが出場して活躍したところで、あなたに何のメリットがあるんですの?」
「来年、メリットがあるのよ♪」
ローザは髪を揺らしてふわりと立ち上がった。
「この一年間、各行事で百合さんにはしっかり名声を上げていって貰うわ。もちろん今はビドゥの生徒だけど、1月からは私たちの仲間になるんだから、メリットがあるでしょう♪ ストラーシャ学区の栄光のために、百合さんには今から頑張ってもらいたいの♪」
なんでビドゥとストラーシャがこんなに仲違いしているのか月美には分からないが、百合の平和な毎日を脅かすと言うのなら、相手が生徒会長であっても許すわけにはいかない。
「百合さんは目立つことが嫌いなんです。それくらいローザ様も分かっていますでしょう」
「分かってるわよ♪ だからわざわざお願いしに来たのよ」
「そ、そんな事、この月美が許しませんのよ」
「あら、それって月美ちゃんが代わりに出場するってこと?」
「え?」
エントランスに、コーヒーの香りの沈黙が流れた。
「そうですよ! 月美さん、運動得意じゃないですか!」
「月美さんが活躍するところ、私見たいです!!」
寮生たちが急に盛り上がり始めた。
確かに一年生の中から一人くらいは有名な生徒が出場しないとビドゥの立場がないかも知れないので、月美が百合の代わりをするのはいいアイディアである。が、そこには大きな問題があった。
(い、いや、私、そんなに運動得意じゃないんですけどぉ!!)
ついさっきシュシュを取った時に調子に乗った発言をしたせいで、断る理由がなくなってしまった。
「あ、あのー・・・私はですね、そのー・・・」
月美は一気に弱腰になる。
「月美さんが美しく走っている姿、見たいわ!」
「そうねぇ!! きっと一着でゴール出来るわ!」
寮生たちは、百合を守り、しかも月美の活躍も見られるというこの案に大賛成のムードである。もう後に引ける状況ではない。
「うぅ・・・わ、私が百合さんの代わり・・・ですの? まあ・・・そういうことなら、立候補、するかもしれませんわ・・・たぶん」
寮生たちは大喝采である。
ローザはしばらく真顔で月美と百合の表情を見比べていたが、やがてコーヒーを飲み干して歩き出した。
「まあいいわ♪ 本当は百合さんに出場してもらいたかったけど、ルームメイトのあなたが活躍するだけで、百合さんの注目度も上がるわけだし」
ローザは肩が触れ合うくらい月美に接近し、すれ違いざまに囁いてきた。
「でも忘れないでね、百合ちゃんがあなたのルームメイトでいられるのは12月までよ。それまで用心棒、頑張ってね♪」
ローザは月美の脇腹を人差し指でちょんとつついて笑いながら寮を去っていった。
(も、もう! なんて人ですの・・・!)
どうやらローザは完全に月美たちの敵であるようだ。ローザは百合の影響力と、そして体まで狙っているに違いないのだ。百合のために、月美はなんとかローザ会長と戦っていかなければならない。
「ローザが来たというのは本当?」
この学区の生徒会長、アテナ様が寮に駆け込んできたのは、それから10分ほど経ってからだった。
「はい! でも月美さんが場を丸く収めてくれたんです」
「そうなのね、ありがとう。状況を詳しく教えて」
月美たちはローザの発言だけでなく、彼女の買ったコーヒーや、細かい動作まで、物真似などを交えつつ全てアテナに説明した。
「なるほど」
アテナは腕を組んでしばらく何かを考え込んだ。アテナのサラサラ金髪ヘアーに寮生たちはウットリである。
「月美さん、ローザの挑発に乗って、立候補する必要はないわよ」
「え?」
そう言って貰えると月美としては非常に有難い。月美はたぶん短距離走とかに出ても3位とか4位みたいな、絶妙に面白くない順位しか取れないだろう。
「でも聞いて下さいアテナ様! 実は月美さん、すごく運動が得意なんですよ!」
寮生たちが余計なことを言い始めた。
「そうなんです! さっきも素晴らしい跳躍力で私のシュシュを取ってくれましたし、スポーツ万能なんですって!」
「い、いや・・・別に万能とまでは・・・」
口は災いの元というやつである。
「そうなの? それなら正直助かるわ。月美さんほど知名度がある子に出場して貰えたら、私としても助かるもの。ビドゥ学区の意地を、見せてやりましょう」
(ひぃいい・・・!!!)
アテナまで乗り気になってしまった。もう誰も止めてくれる者がいない。
「月美さん、得意な種目はある? リレーが一番の花形だけれど」
アテナはさっそくカバンから体育祭の資料を取り出した。
「いや・・・リ、リレーですの? あー・・・えーと・・・」
しいて言えば、最初の走者になってしまうと遅いのがバレバレなので後ろの方がマシである。
「リレーでしたら・・・後ろの方がいいですけど・・・」
「アンカー希望ね。さすがだわ」
(ア、アンカー!!??)
どんどん悪い方向へ行っている。
「ありがとう、月美さん。あなたが出場してくれて助かるわ。ローザの思い通りにはさせないわよ」
「うぅ・・・」
種目はともかく、月美は体育祭に出ることになってしまったようだ。百合の身代わりになれたことは嬉しいが、月美の気持ちはブルーである。
夕食時の食堂は体育祭の話題で持ち切りだった。
月美さんには期待しちゃうわとか、ローザ様は恐ろしい人物だわとか、みんなで百合さんを守りましょうとか、そんな言葉が飛び交ったが、百合はほとんど無言のままだった。
(んー・・・)
心配した月美が、盗み見るように百合に視線を遣ると、百合は恥ずかしそうに俯いたり、ちょっと微笑み返したりするばかりである。一体百合が今どんなことを思っているのか、月美には分からなかった。
シャンプーの香りが広がる二人の自室に、消灯時間がやってきた。
「月美さんっ! 消灯時間ですよ! 急いで急いで♪」
「・・・いまいきまふわ」
月美は洗面所で歯磨きをしている。
夜9時の消灯以降も、電池式ライトを利用して起きていて問題はないのだが、月曜までの宿題は夕方かなり進めたし、もう布団に潜ってもいいかも知れない。あとは二人だけの、秘密のおしゃべりタイムだ。
消灯合図の音楽が鳴り終わると同時に、部屋の電気はふわっと消える。そのタイミングピッタリにベッドに辿り着くのがカッコいいと思っている変人の月美は、今夜もそれが上手くできてかなり満足である。
しかし、月明かりがそっと差し込む薄暗闇に浮かんでくるのは体育祭への心配事ばかりだ。
(私、恥だけは絶対かきたくないですわ。なんとか今から猛特訓して、足を鍛えなきゃいけませんわね・・・)
月美はこういう根性だけは人一倍ある。
(それにしてもあのローザ様・・・絶対百合さんを狙っていますわ! 私がしっかりボディーガードをしていきませんと・・・)
「月美さん、起きてますか?」
「ひ!」
月美は魚のようにビクッと跳ねてしまった。
「な、なんですの・・・?」
月美は布団に顔をちょっぴり埋めながら、火照った声で返事をした。
「私、いろいろ考えたんだけどね」
百合は寝返りを打って月美のベッドのほうに体を向けた。
「私ね、月美さんと一緒なら、体育祭出てみたいの」
「え!?」
それはあまりにも意外な一言だった。
「私、目立ちたくない性格だから・・・昔から体育祭みたいなイベントにまともに参加した事ないの。体力測定とかでわざと手を抜いて、選手に選ばれないようにしたりとか、選手になっちゃった時も、ゴールしたらすぐに客席に戻ってタオル被って隠れたりとかしてたの。学校のイベントを楽しんだこと、あんまりないの」
モテすぎる女子にしか分からない悩みである。
実のところ、百合は体育祭で青春の汗を流す選手たちの雰囲気に憧れていた。ゴールした後に仲間同士でハイタッチするような、友達同士の関係に。
「でも私、月美さんと一緒なら、少しだけ、人前に出られる気がしてきたの。もちろん、月美さんの陰に隠れちゃえばいいっていうのもあるけど、それだけじゃなくて、すごく・・・安心するの。月美さんは、私をちゃんと一人の人間として見てくれているから・・・」
百合は、皆からちやほやされて育ってきたが、正面から向き合ってくれる友人は一人もいなかった。でも今は月美さんがいる、自分に恋をせず、時には叱ってもくれる良いルームメイトがいる・・・そんな幸福感が、百合に勇気を与えたのだ。
「アテナ様が持ってた資料、横から少し見てたんだけど、二人三脚があったの。もし月美さんと一緒なら、私やってみたいな♪」
「に、二人三脚!?」
「うん♪ 足を結んで走るやつ。あれ、一度やってみたかったの♪」
「や、やですわ! そんなベタベタくっつく競技・・・!」
百合さんと二人三脚・・・考えただけで、月美は全身が熱くなってしまった。
「お願い、月美さん♪ 月美さんにしか、お願いできないの」
百合が今まで味わってきた、大勢の賛美の中の孤独ともいうべき空虚な心持ちを考えると、月美も胸が痛い。心を開いてくれた百合のために、月美は今、決断しなければいけないのかも知れない。
「か・・・考えておきます・・・」
しばらく黙った後、月美は小さなかすれ声で、百合に精一杯の真心をプレゼントした。
「ホントですか!?」
「か、考えておくだけですわよ!!」
「ありがとうございます! 月美さん!」
「聞いてますの!? 考えておくだけですからね!」
「月美さん、私嬉しい~!」
「だから! もうっ!!」
「ふふっ」
オーケーなのがバレバレである。
ドキドキしているのは月美だけではなかった。百合は、ある強い希望に胸を躍らせてなかなか寝付けなくなったのである。
(私、月美さんと・・・お友達になりたい!!)
今は『知り合い』だとか『ルームメイト』だとか言って誤魔化されてしまっているが、百合はどうしても月美と『友達』になりたいのである。一緒に体育祭に出れば、その夢が叶う気がするのだ。美しすぎる百合にとって、誰かと友情を結び合うのは、初めての経験ということになる。
(誰かと二人三脚で走るって、どんな感じなんだろう・・・)
百合は、自分の胸の高鳴りを宝箱にしまうように、そっと目を閉じた。
孤独感と共に生きてきた美少女を、月明かりが、夢見る乙女に変身させた瞬間である。