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46、植物園の睡魔

 

 パプリカみたいに鮮やかな太陽が見える。


 六角形のガラスのフレームが無数に組み合わさって出来たドーム状の巨大天井は、太陽の温もりをたっぷり増幅させて、温室の植物たちにご馳走を振舞っている。たまごの上半分だけを切り取ってきたような形のこの施設は、女学園島の不思議な花たちを集めた植物園だ。


「こんなところでランチなんか食べていいんですの?」

「うん。皆自由に使ってる♪」

 恐竜映画に出てくるような大きなモンステラの葉陰のベンチで、月美は百合たちと一緒にサンドイッチを食べていた。植物園の目の前にあるジュースバーはストラーシャ学区でも屈指の人気店であり、お昼休みのこの時間はいつも混雑している。


「百合ー! 高等部も、今日の午後は授業ないデース!?」

 とんでもない色のジュースを片手に、キャロリンがやってきた。

「うん。土曜日だからね。午後は皆と一緒に遊べるよ♪」

「やったデース!」

 喜んだキャロリンは、一緒にいる桃香の手を無理矢理握ってダンスをした。桃香はちょっと恥ずかしそうである。

「桃香さん、イヤならイヤって言ったほうがいいですわよ」

「え! いえいえ、私は、その・・・」

 実はこの桃香ちゃん、キャロリンに手を握って貰えて幸せなのだ。桃香は照れ屋で小心者で優しい子だが、女の人に惚れっぽいという特徴を持っている。


 それにしても、キャロリンが今見せたダンスの動きが、12月の文化祭で見たアイリッシュダンスのものにそっくりだったため、月美は少し驚いてしまった。

(キャロリンさんは、去年の女学園島ことを全然覚えていませんけど、実は体が覚えてるとかあるかも知れませんわ。だから無意識に、習ってないはずのダンスを踊ってしまったんじゃないかしら。あ、でも、キャロリンさんはダンスの発表に参加してなかった気もしますわね・・・)

 謎は深まるばかりである。


 月美は昨夜、寮の窓辺の月が傾くまで、ずっと考え事をしていた。


 以前の女学園島が無かったことにされ、すっかりリニューアルさせた世界に放り込まれてしまった事。自分の体が小学生になってしまった事。自分以外の全員の記憶が失われ別の世界の記憶に置き換わっている事。それらの原因は、どんなに考えてもサッパリ分からなかったのである。

 なんだか単純に自分の頭がおかしくなってしまっているだけのような気もしたが、以前の女学園島の思い出が全て夢だったとは到底思えないし、初めて会うはずの生徒の事を知っている点などは、以前の世界の存在を証明する重要なポイントである。百合さんを始め、翼先輩や桃香ちゃんなど、ここ数日で初めて会ったとされる生徒たちの性格や好みを、月美はだいたい知っていたのだ。塾で予習済みの箇所を学校で習う時の気分である。だからこの学園に関するクイズ大会とかがあれば、かなり上位にいけるだろうなと月美は思った。商品として高校生に戻れる魔法の木の実が欲しいものである。


「月美ちゃん、どうかした?」

「え!」

 月美は夕方の野良猫みたいな半目の状態でぼんやり考え事をしていたため、百合に心配されてしまった。

「だ、大丈夫ですのよ。ピヨは今頃どこにいるのかなぁって考えてましたのよ」

 咄嗟に思いついた言い訳が妙に可愛くて、月美は恥ずかしくなった。

「ピヨってなぁに?」

 いつの間にか隣に来ていた銀花ちゃんが、珍しく月美に話しかけてくれた。彼女はだいたいいつも月美の近くにいるが、自分から喋り出してくれるケースは滅多にない。

「あ、えぇと、入学式の時にわたくしに付きまとってきた青い小鳥ですのよ」

「ふぅん。月美、ピヨと仲良しなの?」

「い、いや、別に仲良しではありませんわ。知り合いって感じですわね・・・」

 銀花はいつも非常に無垢な瞳で月美を見上げてくるので、月美はちょっと緊張してしまう。適当なことを言って傷つけてしまいたくないからだ。

「そうだ、ピヨちゃんで思い出したけど、温室の一番上、行ってみる?」

「え、一番上ですの?」

「うん♪」

 この植物園は月美が以前いた女学園島にはなかった施設なので、当然そんなところへ行ったことはない。

「植物園の中だけど、もっと眺めがいいところ。ガラスの外を鳥たちがよく通り過ぎるから、もしかしたらピヨちゃんも来るかも♪」

「ピヨは空を飛ばない子なので、いないと思いますわよ」

「え、飛ばないの? 珍しい。高所恐怖症なのかな」

「さぁ・・・」

 そう言えば月美は、ピヨが空を飛ばない理由を知らない。翼を怪我しているようには見えないので、ただのナマケモノかも知れない。

「でもまあ、そこ行ってみてもいいですわよ。この植物園面白いですし」

 月美はクールな感じでそう言った。人が多いところでサンドイッチを食べていると、「いや~ん初等部の子たち可愛い~」とか「月美ちゃ~ん、こっち見て~」みたいな声が聞こえてきて恥ずかしいのである。穴場の観光スポットを知っているならぜひそちらに移動したいものだ。

「ちょっと階段上るけど、いい?」

「いいですわよ。銀花さんはどうですの」

 銀花は月美の肩にほっぺを押し当てながらうなずいた。

「よしっ。キャロリンちゃーん、桃香ちゃーん! 私たちこれから、上のガーデンに行くけど、一緒に来るー?」

「先に行ってて下さいデース!」

 小学6年生コンビはジュースバーで新たな飲み物を作りにいくようだ。無難にフルーツばかりをミックスすれば最高に美味しいのだが、野菜やハーブを混ぜていくとだんだん漢方薬みたいな香りになっていき、最後はこの世の液体では無くなるので悪ノリもほどほどにしないと後悔するだろう。

「じゃあ先に行っちゃいましょう」

「そうだね」

 月美と百合と銀花は、植物園の中央にある滝のそばの大階段へ向かった。滝つぼ周辺はカラフルな植物たちに彩られた熱帯エリアである。


 大階段には電飾がたくさん隠されており、日が暮れると季節の色でライトアップされるから隠れた人気スポットである。今回の女学園島は、例のウツクシウムガスのお陰で電気の使い方が大胆だ。


 月美は銀花が転ばないかどうか心配して何度も振り返ったが、そんな月美のことを、百合は何度も振り返っていた。仲良し三姉妹みたいな感じである。


 大階段を上がると、温室のドームの外にある博物館へ続く映画館風の入り口が現れるがそれを無視し、さらに別の階段を上がっていくことになる。この植物園には残念ながらエレベーターが無いが、銀花ちゃんは一生懸命月美たちについてきてくれた。

 温室は巨大な吹き抜けになっているから、最上層まで上がってきてもキャロリンたちがいる場所を見おろすことができた。ストラーシャの爽やかな街並みと、オパールのような輝きを見せる内海うちうみが、六角形のガラスたちの向こうに広がっていた。

 人のざわめきが減った分、いろいろな音が月美の耳をくすぐってくる。ウッドデッキ風の床に響く三人の靴音、園内に巣を作っているハチドリの可愛い羽音、涼しげな滝の水音、ついでにBGMとして流れているクラシック曲。月美はその中から、大好きな百合さんの声を聞き逃すまいと、ずっと耳を澄ましていた。


「ここにしよっか♪」

「は、はい」

 薄紅色の花をたくさんつけた大樹を囲む半円のベンチに、月美たちは腰掛けることになった。この木はハナズオウという木の仲間で、ハート型の葉を茂らせることからハートツリーという名で親しまれている。

「銀花ちゃん、よく頑張ったね、到着だよ」

「うん」

 銀花は意外と疲れていないらしく、ベンチにぴょんと飛び乗った。月美のほうが疲れているくらいである。

 月美を真ん中にするように、百合もベンチに腰かけた。サンドイッチボックスの中身はまだ半分残っているので、これからランチの続きである。


 百合が隣にいると、月美は緊張のせいで食べ物があまり喉を通らないのだが、時間を掛けてゆっくり食べていくうちにお腹いっぱいになっていった。フルーツアボカドという謎野菜を使用したジャムサンドは、濃厚なメロン味であり、ケーキのようなボリュームがあって美味しかったので、気持ちに余裕がある時にまた買ってゆっくり味わいたいものである。


「あ、ヨットが出て来たね」

「え、どこですの?」

「ほら、西側の浜から。カラフルなやつ」

「あー、ほんとですわね」

 月美たちの前方にはまず吹き抜けがあり、その向こうに温室ドームを形作るガラス面がある。ここから景色を見ていると、緑豊かな別の惑星に来た宇宙船の内部にいるような不思議なドキドキを味わえる。

「でもあれは、ヨットというよりは、ウインドサーフィンですのよ」

「あ、そういう名前なんだ」

「はい」

 内海には大きな船が入ってこない上に、最高の透明度を誇る海水がプールのような浅さで広がっているから、女子中高生たちのウォータースポーツの天国である。

「月美ちゃんって、物知りだね♪」

「え! いや、まあ、これくらいは普通ですのよ・・・はい」

 月美は今小学4年生なので、本当に褒められているのか、「小学生にしては詳しいねぇ!」みたいなハードル低めの感心なのか、判断しかねた。いずれにしても、百合から褒められるだけで月美の顔はハートツリーの花みたいに赤くなってしまう。


 しばらくすると、さっきまで足をぶらぶらさせてアップルパイを食べていた銀花がうとうとし始めた。階段を上がってきた疲労感が、時間差をつけて心地よく襲ってきたようだ。彼女は月美に寄り添うように座っていたので、眠ってしまった場合、高い確率で月美の肩にもたれることになる。

「あら」

 そして銀花は、見事その柔らかいほっぺを月美の肩に当てて眠り始めたのだ。

「ふふ♪ 寝ちゃったね」

「うぅ・・・」

「かわいい♪」

 月美はクールなお嬢様のはずなのに、なぜこのような絵本の裏表紙に描かれる動物たちみたいなピースフルな触れ合いをしなければいけないのか。恥ずかしくてたまらない。

(月美ちゃんたち、かわいい!!)

 まるで姉妹のように寄り添う二人に、百合はきゅんきゅんしてしまった。

「そ、そんなに見ないで下さい・・・」

「しーっ♪」

 銀花ちゃんの安らかな眠りを妨げぬよう、おしゃべりは控えるべきである

「うぬぅ・・・」

 仕方ないので月美は銀花ちゃんとくっついたまま、百合と一緒に花と海を眺めることにした。


 花の香りが溶け込んだ午後の光は、月美たちの時間を静かな温もりで包んでいく。

 遠くで聞こえる少女たちの笑い声が、ずっと昔の思い出の中からこぼれてきた音色のように感じられ、スカートのすそを揺らす春風は、洗いたてのシーツのような心地良さで月美の肌を滑っていった。


(んー・・・)

 昨夜の寝不足のせいもあり、月美はだんだん眠くなってきてしまった。

(ま、まずいですわ!! 百合さんに寝顔を見られたら、は、恥ずかしいですぅ!)

 眠気を覚ますために、グッと伸びをしたり、百合と会話したり、ベンチから下りて歩き回ったりしたいところだったが、銀花ちゃんが寄り添って寝ているため出来ない。これは大ピンチである。

 月美の焦りとは裏腹に、彼女の意識はどんどん夢の世界に引きずり込まれていく。

(だだだだめですわ・・・! しっかりして下さいわたくしぃ!!)

 銀花ちゃんのぽかぽかした温もりがますます眠気を誘ってくる。


(月美ちゃん、眠らないように我慢してる!)

 その様子がたまらなく可愛くて、百合はときめいてしまった。いつもあんなに大人っぽい月美ちゃんが、眠気に勝てなくて頭をこっくりこっくりさせているのだ。

(なんだろうこの気持ち・・・なんだかすごく・・・抱きしめたい・・・)

 昔からモテ過ぎて困っている百合は、あまり自分からスキンシップをしたがることは無いのだが、今は妙に月美の柔らかい温もりが愛おしく、恋しく感じられたのである。

(こっちにもたれてくれたらいいのになぁ・・・)

 百合はドキドキしながら月美が眠るのを待った。


 そしてとうとう、月美は睡魔に負けてしまう。


 しかし月美は、銀花と支え合うような形で眠ったので、百合の方へは倒れてこなかった。百合はとても残念だった。

(でも、すごくかわいい・・・)

 頬に触れてみたいが、起こしてしまったら可哀想だし、変な先輩だと思われたくなかった。今はこの微笑ましい光景を目に焼き付けておくくらいしかやれることがない。


 だが百合はしばらくして名案を思い付いた。

(そうだ・・・!)

 自分も眠ったフリをして、月美にふわっともたれ掛かればいいのである。もしかしたら起こしてしまうかも知れないが、「あら、百合さんも眠いんですのね」くらいの思考が一瞬よぎる程度だろうし、気にしないでいてくれるだろう。百合はそう思ったのだ。

(じゃあ、失礼しまーす♪)

 百合は出来る限りゆっくりと、優しく、そーっと、月美にもたれ掛かった。



 不意に感じた、くすぐったいような感触。

 最高に幸せな温もり。


 眠りの世界にいた月美は、これらの感覚を敏感に察知し、ある事実を瞬時に導き出して目を覚ました。

(んっ!?)

 愛する百合さんの長い髪が月美の首筋くびすじに流れ、耳と耳が触れ合いそうなほど近づき、百合の甘い香りに包まれていたのだ。

(な、な、何ですのこの状況おおおおお!!)

 月美は足をぴーんと伸ばし、目を白黒させた。眠気など完璧に吹っ飛んだのである。

(キャロリンさーん! 桃香さーん! ピヨー! どなたでもいいから早く来て下さぁーい!!)

 結局、午後3時に館内放送があるまで銀花ちゃんはお昼寝を続けたので、その間ずっと、月美は百合に密着されたままだった。

 体じゅうがじんじんするほど熱くなってしまった月美は、夜になってもずっとドキドキしたままだったので、今夜もきっと眠れないだろう。

 

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