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45、双子

 

「今日は私がお皿洗うわ♪」

 晩ご飯が終わると、ルネは笑顔でそう言って立ち上がった。


 ローザ会長の奇襲によって無駄に盛り上がってしまった初等部歓迎会は無事に終わり、月美たちは寮へ戻ってきた。ルネはしばらくプンプン怒りながらローザの悪口を言っていたが、百合が作った謎野菜のなんたらソテーを食べているうちにすっかり機嫌を直したようだ。百合の料理には、人を元気にする魔法が掛けられている。


 自分の体が小学生になってしまった異常事態を月美はまだ完全に受け入れられたわけでなく、正直いまだ混乱中なのだが、とにかくこの新しい世界で生活をしていかなければならないので、原因などを考えるのは後回しだ。


 月美はお皿洗いを手伝おうと思ってピョンと椅子から飛び降り、キッチンへ向かったのだが、百合に呼び止められることになる。

「月美ちゃん」

「はい?」

「お風呂、行こっ」

「え?」

 昨夜の月美は、ルネ先輩や銀花ちゃんと一緒に近所のお風呂屋へ行ったのだが、どうやら今日は違うらしい。

「銀花ちゃんも、キャロリンちゃんも、桃香ちゃんも、皆一緒にお風呂行こうね♪」

「お風呂大好きデース!」

 キャロリンが飛び跳ねて喜ぶキッチンの片隅で、月美はしばらく立ち尽くしていたが、やがて事態の重さを理解して震え出した。

(どどど、どうしましょううう!!!!)


 月美は前回の女学園島でも百合と一緒のお風呂に浸かったことは一度もない。周りにキャロリンたちがいるとは言え、裸の百合と一緒に入浴なんかしたら、月美はまた気絶して二度と目覚めないかも知れない。この島には救急車のかわりに救急機馬車があり、滅多に使われないらしいのだが、いよいよその出番かも知れない。


(ま、まずいですわぁ!! もう、クールなお嬢様でいたいとか、子供扱いして欲しくないとか、そんなのどうでもいいくらいまずいですわ!!)

 百合の裸を想像するだけで、月美は立ち眩みを起こしそうだったので、ダイニングの椅子に座り直し、テーブルに突っ伏して足をもじもじさせた。耳まで真っ赤になっている。

「月美! さっさと出発デース!」

「わぁ!」

 キャロリンに引っ張られ、月美は出掛けることになってしまった。これは大ピンチである。

「月美ちゃん、お着替え持って行こうね♪」

「うぅ!」

 百合にそっと肩を触られて、月美はびくんと跳ねてしまった。相手が小学生だと思っている百合は気軽にボディータッチをしてくる。


 星影のまばゆいビーチ沿いの大通りを、月美たちは歩いていく。

「キャ、キャロリンさん・・・」

「なんデース?」

 着替えとタオルが入ったクリアバッグを抱えた月美は、キャロリンにそっと耳打ちをした。キャロリンは6年生なので、月美よりはちょっぴり背が高く、金色の美しい髪からいい匂いがする。

「実はお願いがあるんですけど」

「オー! 私に何でも任せるデース!」

 ノリノリである。キャロリンは年下の面倒を見たい年頃なのかも知れない。

「え、えーと」

 なんとか百合に別の用事を作らせ、お風呂屋到着を遅らせればいいことに月美は気づいたのだ。月美だけがさっさとお風呂に入り、出てきてしまう作戦である。


 百合は、無意識のうちに月美ばかりを目で追っていた。

 小学4年生の月美の背中はとても愛らしく、夜風に似た長い黒髪がふわふわと揺れる様子がとても可憐でキュートである。

(月美ちゃんって・・・何者なんだろう・・・)

 ただの小学生であるはずだが、郷愁に似た懐かしさや、昔からの親友と一緒にいる時の安心感、そしてちょっとくらいいたずらしても許してくれそうな信頼感など、不思議な魅力を強く感じてしまうのだ。

「あれ?」

 そんな月美ちゃんが、突然一人で駆け出していったのだ。彼女はビーチ沿いの大通りをどんどん進み、お風呂屋へ続く小さなパイナップル畑の角を曲がっていってしまった。

「百合センパーイ! 今日は近くの雑貨屋でトリートメントが安い日みたいデース!」

「え、そうなの?」

「そうデース! 今日行かないと三日くらい後悔しマース!」

「で、でも夜に行ってももう売り切れてるんじゃない?」

「そんなことないデース! 余ってるやつはさらに安くなってマース!」

「え、そんな、お弁当みたいな感じ?」

「イエース! 桃香たちも一緒に行くデース!」

 月美の計らいで、桃香や銀花も、キャロリンと一緒に雑貨屋に寄ることになっている。自分のスピーディーな入浴に付き合わせてしまったら銀花ちゃんたちが風邪を引くと月美は思ったのだ。

(皆で寄り道はいいけど、月美ちゃん一人で大丈夫かなぁ)

 百合はちょっと心配になったが、月美は既に昨夜お風呂屋に行っているから場所は分かっているはずであり、現地にはたくさん生徒がいるはずだから、何かあっても誰かが面倒を見てくれるだろう。

(急いでお風呂屋で合流してあげよう。月美ちゃん、まだほとんど友達いないわけだし、寂しいもんね)

 百合はちょっぴり駆け足で、キャロリンたちと雑貨屋に向かった。



 お風呂場の湯気は優しい香草の匂いでいっぱいである。

「あ、初等部の子!」

「月美ちゃん、一人で来たの~?」

「お姉さんたちと洗いっこしましょう~」

「いやーん、かわいい!」

 声を掛けてくる危なそうな女たちを無視して、月美はすぐに体を洗い始めた。

 この島には他では見かけないような特殊な植物が多く自生しているのだが、その中には夢のようにいい香りを放つ花や、ちょっと加工すれば簡単にせっけんのようになる樹脂など、お風呂関連で役立つものもたくさんあるから、洗い場のシャンプー類はとても充実している。天然の素材なのでどれもこれも保存できる期間が短いのが難点だが、それゆえにじゃんじゃん使えるし、環境にも優しいらしい。


 月美は鏡に映る自分の幼い体にテンションを下げながらも、一生懸命全身を洗っていった。昨夜ルネさんから貰ったハート型のボディースポンジは、デザインはともかく泡立ちは最高なので気に入った。

(よし! このペースでいけば、百合さんが来る前に出られそうですわ!)

 頭からシャワーを浴びながら、月美はほくそ笑んだ。


 しかし、次の瞬間、あまりにも予想外な訪問者たちが、月美の洗い場に現れるのである。


「月美なの?」

「月美なの?」


「ひいいいい!!」

 月美は自分の左右から、全く同じ声で話しかけられ、飛び上がってしまった。

「ど、どなたですの!?」

 月美は慌ててタオルで顔を拭いて、自分の両側を見回したが、そこにいたのは、意外な少女たちだった。

「え・・・? あ・・・どうも・・・」

 ローザの付き人をしている、双子のお姉さんたちに挟まれていたのだ。

(わ、わたくし、この人たちとおしゃべりしたことありませんわ・・・!)

 双子の姉妹は月美より年上なのだが、それほど身長差を感じない小柄な先輩たちであり、人形のような真顔で月美を見つめてきている。とても不気味だ。

「こ、こんばんはぁ・・・何かご用ですの?」

「あなたからは知性を感じるの」

「感じるの」

 全く同じ声で左右からしゃべりかけられるので、月美は頭がおかしくなりそうだった。


 月美は前回の女学園島でも、この二人と一度もしゃべった事がなかった。ストラーシャ学区の生徒会長だったローザ会長が、ごく稀に、この二人と一緒に歩いているところを見かけていた程度の面識である。正直、知り合いですらない他人である。黒い制服をメイド服風にアレンジしていたり、前髪パッツンでクールな顔をしているところなどが月美の趣味に合っているのだが、正直どんな人たちなのかサッパリ分からず、少し怖い。ついでに、お互い裸なので恥ずかしい。


「私はキキなの」

「私はミミなの」

「一人でお風呂、気持ちいいなの?」

 クールなのに可愛い声、特徴的なしゃべり方、そして不思議な質問・・・実にミステリアスな姉妹である。

「ええ・・・まあ、一人でお風呂もいい感じですのよ・・・」

 早くお風呂から出なければならない事を思い出した月美は、双子の姉妹のペースに巻き込まれる前にシャンプーを再開した。ちなみにシャンプーは香りが8種類以上用意されているので、時間がある時は好みの香りのボトルを探して使うとよい。

「シャンプーと掛けまして」

「掛けましてぇ?」

「教会のシスターさんと解くなの」

「その心はぁ?」

「どちらも、髪に使えます(神に仕えます)なの!」

「うまいなのー!」

「うまいなのー!」

 月美を挟んだまま、二人が何か妙な会話を始めた。

(な、なんですのこの人たち・・・)

 のちに分かることだが、このキキとミミという名の双子の姉妹は、『なぞかけ部』という部員が二人しかいない超マイナークラブに所属しており、事あるごとにこのようななぞかけをしてしまうらしい。その頻度が異常なため、ローザはいつも笑顔でスルーしているようだ。例えば今の月美のような状況に陥った時、迂闊に「今の面白いですわね」などと反応してしまったら、今後ずっと付きまとわれるので注意しなければならない。そうなったら付き人ではなく付きまとい人である。

「月美にオススメの湯舟があるなの」

「あるなの」

「え・・・いや、今日はシャワーだけで出ようと思ってますのよ」

 月美はシャワーを頭から被りながらタオルを絞ったりして、忙しさをアピールした。そもそも、お互い全裸のこの状況であまり話しかけないで欲しいところである。

「こっちなの」

「こっちなの」

「わぁ!」

 月美は強引に湯舟に連れていかれることになった。

 手を引いてくれればいいのに、なぜか姉妹は月美の腕におっぱいをむにっと密着させて移動するので、月美は慌てた。

「わ、分かりましたから、普通に連れてってくださーい!」

 足元は滑るので暴れないほうがいい。



 涼しい夜風の舞う露天風呂は、観光バスが五台くらい停まれそうなほど広い。

 内風呂はどちらかと言えば洋風でモダンな印象だが、外は和洋折衷で味わい深い作りである。たぶん、純和風のお風呂屋はアヤギメ学区の専売特許なのだろうが、日本人がイメージするお風呂の雰囲気は、ここで充分に味わえる。垣根のせいで海は見えないが、美味しい夜の空気と満天の星空を楽しめる素敵な場所だ。


 底の部分に暖色のライトがあるオシャレな湯舟に浸かった月美は、残念ながらリラックスしていなかった。

(早く出ないとまずいですわぁああ!!!)

 月美は双子に挟まれたまま、百合の登場に怯えている。

「月美の肌、綺麗なの」

「綺麗なの」

「あの、触らないで下さいます?」

 キキミミ姉妹は月美の腕をゆーっくりゆーっくり撫でてきた。なんだかいやらしい。

「月美と掛けまして」

「掛けましてぇ?」

「試験の日に寝坊しちゃった生徒への再テストと解きますなの」

「その心は?」

「どちらも9才(救済)なの!」

「うまいなのー!」

「うまいなのー!」

 月美はなぞかけという遊びのルールをよく知らず、落語好きのおばあちゃんたちがやってるちょっと高度なダジャレという程度の理解しかない。興味が無いことはないが、早くお風呂から出たくて焦っている月美が楽しめるものではない。

「あ、あのー・・・わたくし、そろそろ出たいんですけどぉ・・・」

「恥ずかしがることはないなの」

「ないなの」

「恥ずかしいわけじゃないんですけど・・・」

 キキとミミは無表情のまま月美をじーっと見つめてくる。逃げようとしても、腕や太ももに体を密着させられているので動けない。このまま首や肩にキスでもしてくるんじゃないかという危機感も覚える。

 月美は辺りを見回してみたが、内風呂に比べると露天風呂にいる生徒は少なく、助けてくれそうな者はいない。お湯が注ぐせせらぎと、かすかな波の音が、時間を満たしていった。


 顔に当たる涼しい風と温かいお湯のコントラストが気持ちよくて、月美はだんだん落ち着いてきてしまった。

(い、いけませんわ! 早く出ないと百合さんが来ちゃいます!)

 月美は自分を奮い立たせた。

「わ、わたくし、暑がりなので、もう充分なんですけどぉ・・・」

「暑がりと掛けまして」

「掛けましてぇ?」

「盆踊りマニアと解きますなの!」

「その心はぁ?」

「どちらも温度(音頭)に敏感なの!」

「うまいなのー!」

「うまいなのー!」

 話を聞いてくれない。月美は姉妹の腕をそーっとほどき、ちょっとずつ移動しようと試みた。

「どこにいくなの?」

「え! いや、ちょっと夜風に当たろうかと・・・」

「夜風と掛けまして」

「掛けましてぇ?」

「ガスコンロを安全に掃除する人と解くなの!」

「その心はぁ?」

「日が出たら吹かない(火が出たら拭かない)なの!」

「まあまあなのー!」

「まあまあなのー!」

 このままでは完全にキキとミミのペースに巻き込まれ、長風呂になってしまう。月美は姉妹に両腕を抱かれたまま、一緒に移動を開始した。ちなみにキキとミミは中等部3年なので、月美に比べれば大きめのおっぱいがある。

「も、もーう! そろそろ離れてくださーい!」

「月美、照れてるなの?」

「照れてないですぅ!」

「今の月美のほっぺと掛けまして」

「掛けましてぇ?」

「10年前は教頭先生だったおばちゃんの現在と解きますなの!」

「その心はぁ?」

「どちらも、紅潮してます(校長してます)なの!」

「うまいなのー!」

「うまいなのー!」

 月美の頬が赤くなっている原因は、単純に暑いのと、周りからの視線が恥ずかしいからである。小柄な中学生が、小学4年生の子をむにゅっと挟み、無邪気にいちゃいちゃしながら歩く様子は、とても微笑ましいものに違いない。クールなお嬢様のイメージからどんどんかけ離れていっている。

「お、お二人とも、そんなにくっつかないで下さいぃ!」

 内風呂の生徒たちの視線を浴びながら、月美は必死に歩き続ける。

「今の月美と掛けまして」

「掛けましてぇ?」

「4回目にようやく勝敗が着いたじゃんけんと解きますなの!」

「その心はぁ?」

「どちらも、サンドイッチ(三度一致)なの!」

「うまいなのー!」

「うまいなのー!」

 辺りにいるお姉様たちはクスクス笑いながら「双子ちゃんたちに捕まっちゃったねぇ♪」とか「月美ちゃん頑張って~!」みたいに声をかけてくる。なんだか他人事だ。



 一方、雑貨屋で買い物をし、ようやくお風呂屋に着いた百合は、小走りで脱衣所に入り、すぐに制服を脱ぎ始めた。一人ぼっちの月美を可哀想に思っているのだ。

 しかし、百合がブラウスのボタンを二つほど外したところで、お風呂場のガラス扉が開き、見覚えのある可愛い子が出てきた。

「もー! 放してくださいぃー!」

 登場した月美は、両手を中学生の双子ちゃんたちに握られており、同じタイミングで出て来た数人の先輩たちも朗らかに笑っていた。

(あ、心配しすぎだったかな)

 月美ちゃんって意外と友達作るの上手い子なんだなぁと百合は思った。


 百合と目があった月美はとっさにキキの後ろに隠れ、カゴから取り出した大きな白いバスタオルをバフッと抱きしめた。

「月美ちゃん、いい湯だった?」

「うっ・・・まあ、その、ふえぇ・・・はい・・・」

 月美は百合の裸を見ずに済んだ安堵と、自分の裸を見られたくないという照れのせいで、挙動不審な返事をしてしまった。

「急いだんだけど、間に合わなくてごめんね」

「べ、別に・・・いいですのよ」

 恥じらいながら返事をする湯上りの月美を見て、百合はなんだか不思議な気持ちになった。もしも今、二人きりだったら、こんな風におしゃべり出来ていないんじゃないかと思うほど、緊張してしまったのだ。

(なんで私・・・こんなにドキドキしてるんだろ・・・)

 百合はなんとなく、背中を向けてしまった。


 そんな様子を見たキキとミミは不思議そうに顔を見合わせた。お互い気に掛けている仲良しの先輩後輩かと思いきや、急に赤面してしゃべらなくなり視線を逸らしているのが面白かったのである。

「私から見た月美たちと掛けまして」

「掛けましてぇ?」

「樹齢100年おめでとう、と解くなの」

「その心はぁ?」

「気に入った(木に言った)なの~!」

「うまいなの~!」

 月美は結構、変人から気に入られるケースが多い。

 この女学園島には、愉快な先輩がたくさんいるようだ。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 百合ちゃんが何も知らないわけじゃないのは救いですね… でもやっぱり二人の思いの温度差には胸がチクチクします…
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