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44、喧嘩するほど

  

「今から浜で遊ぶデース!!」

 カフェテラスからは内海うちうみ沿った広大なビーチが一望出来る。


 やや高所にあるこのカフェテラスで、初等部メンバーの歓迎会が行われていた。3時のおやつを食べながら改めて自己紹介するだけのゆるいイベントだったが、小学生に興味がある大勢の先輩たちが集まった。

「え、浜で遊びますの? ・・・わたくしはもう少しここにいますわ」

 月美はもっと百合やルネの話を聞きたかったし、水遊びする気分じゃなかったのだ。

「もう、月美はノリが悪いデース!」

 キャロリンは月美の肩をつんつんしながらじっとりと睨んできた。キャロリンの瞳は、太陽に透かしたサファイアみたいな綺麗なブルーなので、怒ってもあまり迫力はない。

「銀花は来るデース?」

 銀花は月美の腕につかまりながら首を横に振った。

「じゃあ桃香を連れてくデース!」

「えぇ! 私ですかぁ?」

 桃香はさっきからフルーツに夢中であり、食いしん坊だと思われないギリギリの食べ方を模索している最中だったため、急に遊びに誘われてびっくりした。

「二人だけじゃ危ないから、私がついていくよ」

「あなた誰デース?」

とどろき翼だ。翼せんぱーいと気軽に呼んでくれ」

「翼センパーイ♪」

「はいはーい♪」

「お魚捕まえたいデース!」

「いいよぉ! でもこの島の魚たちは世界的に貴重なやつばかりだから傷つけないようにね!」

「オーケィ!」

「じゃあしゅっぱーつ!」

「イェーイ!!」

 翼はキャロリンを上手に手懐け、桃香と一緒にビーチへ向かっていった。日差しにきらきらと照らされる三人の背中が美しくて、月美はしばらく遠い目をして見つめてしまった。


 このカフェに限らず、ストラーシャ学区の建物は、緻密に作られた白い切り絵のような、明るくて華やかな感じのものが多いので、爽やかな浅葱あさぎ色の海原がよく似合う。そんな絵画のような風景の中で、少女たちの長い髪が揺れる様子は、どこか幻想的で、月美の感性を刺激したわけである。


「ホントはビーチに行きたかったの?」

「ひぃ!」

 耳元でささやかれた月美は、上半身をウナギのようにうにょっと曲げて逃げてしまった。

「ゆ、百合さん! 急に話しかけないで下さい・・・!」

「ごめんごめん♪ じゃあ、今から話しかけるね♪」

「おそいですわ・・・」

「ホントはビーチに行きたかったのっ?」

「ひいいいいい!」

「ふふふっ♪ 月美ちゃんって面白い子だね」

 二度に渡って耳元で囁かれ、月美は激しく赤面した。月美は耳が弱点なのかも知れない。

 隣の席の百合は、恥ずかしがりながら怒る月美を見て天使みたいに笑った。月美が少しもイヤがっていないのがバレているのだ。

「百合、ほどほどにしときなよ」

 ルネも楽しそうにクスクス笑っている。

 去年の女学園島では病弱で、療養所から出られなかったルネが、今はヒマワリみたいな笑顔で笑っているから、月美はちょっと幸せな気持ちである。金色に光る美しい髪と、健康的な頬の色がとっても素敵だ。


 先程からの話を聞いていると、どうやらルネはフランスの田舎町出身で、美しいものに溢れていると噂のこの島に憧れ、高等部から入学したらしい。美術部とは別の、小規模な美術クラブを自主的に作っており、寮の二階の大部屋で絵を描いているらしく、「初等部のみんなも、興味があったら図工を教えてあげるよ!」とさっそく勧誘してきた。月美はピアノは上手に弾けるのだが、絵にはあまり自信がないので乗り気でない。キャロリンは目を輝かせていたので、入部するかも知れない。


「あ、月美ちゃん、肩に葉っぱが」

「うっ!」

 カフェテラスのそばに生えていたオリーブに似た木から、パステルグリーンの葉が一枚、月美の小さな肩に落ちてきた。百合はそれをやさしく取ってくれたのである。

(うぅう! 恥ずかしいですわぁ! これじゃまるで小学生ですわよ!)

 小学生である。

(このままじゃいけませんわ・・・。小学二年生の銀花さんの前でこんな・・・!)

 プライドの高い月美は、あくまでもカッコイイお嬢様であることにこだわっている。

 月美は冷静になるためにも、何か話題を探した。高校生のお姉様たちと対等におしゃべり出来る頭脳を持っていると証明すれば、子供扱いされにくくなるに違いない。

 クールな表情で何か考え込んでいる月美を、銀花は不思議そうな顔で見つめていた。



 その頃、白い石の階段を下りてビーチにやってきたキャロリンたちは、素足で駆け回っていた。

 内海うちうみはとてつもない遠浅とおあさである上に、今はひざくらいの高さまで海水が引いているので、水着が無くても、スカートをしっかりたくし上げていればどこまでも走っていける。ちなみにこの内海、潮の引き具合によっては水深20センチくらいになる時があるので、ボリビアのユウニ湖に若干似た見た目になるから、写真部の生徒たちは天文部員よりも月や太陽の動きに詳しかったりする。水深20センチになった時は、「このまま水が無くなったらどうしようー!」と焦っている魚たちをぜひ見に来て欲しい。


「桃香って名前、言いにくいデスから、ニックネームつけるデース!」

 素足で水しぶきを上げながら、キャロリンが振り返った。

「ニ、ニックネームですか?」

「イエス! じゃあ、ジャニファー!」

「ええ! ジャニファーって、別人になってますけどぉ・・・」

「じゃあ、卑弥呼ォ?」

「それ有名人ですよぉ・・・」

「かまぼこでどうデース?」

「食べ物になっちゃってます・・・!」

「じゃあ四捨五入ぅ!」

「知ってる日本語適当に言ってません・・・?」

「もう、じゃあ何て呼ばれたいデース?」

「えーっと・・・桃香でお願いします」

「オーケー桃香! カモーン!」

 小学6年生コンビは既に仲良しになったようだ。

 桃香は前回の女学園島でもやんちゃな綺麗子の相棒だった子なので、本質的にこういう役回りが多い、苦労人なのだろう。

「いやぁ、かわいいなぁ~」

 翼は波打ち際に立ち、キャロリンたちを見守っていた。気持ちのいい風の中でグッと伸びをすると、青空に白い月が出ているのが見えた。

「翼さんかしらー?」

「え?」

 すると突然、翼の背後に怪しげな陰が現れた。二人の付き人を連れた、生徒会長のローザ様だ。

「ローザ会長! こんにちは。さきほどはお疲れさまでした。何かご用ですか?」

「初等部の子たちにご挨拶しておこうと思って♪」

「そうですか。キャロリンちゃんと桃香ちゃんはあそこです。今呼びますね」

「いえ、遊びの邪魔しちゃ悪いわ。あとの二人はどこ?」

「歓迎会の会場です。あの階段の上のカフェテラスですよ」

「ありがとう♪」

 ビドゥ学区の黒いスカートと、マロン色のふわふわ髪を風に揺らして、ローザは階段へ向かっていった。



 月美は良い話題を見つけた。

 月美にとって、ルネさんと言えばローザ様である。去年の女学園島では、複雑な事情によりラブラブな仲を秘密にしていた二人だが、今回の世界では違うかも知れない。堂々とカップルになっている可能性があるのだ。

 月美は生徒会長のローザ様の仕事ぶりに興味があるフリをして自然に話を切り出した。

「生徒会長さんって3人いますわよね」

「え? どういうこと?」

 ルネが首を傾げると、美しい髪がキラッと揺れた。

「えーと、各学区にひとりずつで、3人」

「いいえ、生徒会長は一人だけよ。学校の代表だもの」

「え!」

 本題に行く前に衝撃の事実を知らされてしまった。今回の女学園島には、ビドゥの生徒会長とか、アヤギメの生徒会長みたいな概念が無いらしい。そうなると、ローザ会長のパワーは相当なものといえる。

「あのー、ルネさんはローザ会長と仲が良いんですの? ちょっと変わった人みたいですけど」

 月美がそう言うと、それまで機嫌よくアップルティーを飲んでいたルネが、急にムスッとした顔になった。

(ん・・・?)

 様子がおかしい。

「ローザ会長なんて大っ嫌いよ。あんな無礼な人」

「え!?」

 月美は衝撃のあまりかなり大きめのリアクションをしてしまった。

「月美たちはまだ分からないと思うけど、この学区にはアテナ様っていう有名な方がいるのよ。私や百合の同級生だけどね。そのアテナ様をローザ会長はしつこく狙っているのよ」

 月美はまだアテナ様に会っていないが、どうやら彼女はこの世界でも人気者らしい。

「本当にアテナ様のことが好きなんだったら、別に狙ったっていいわ。けど、そんな気無いくせに狙っているのよ。自分の権力のためにね」

「な、なるほど・・・」

 去年の世界でも、ローザは基本的に悪者だったが、それはルネの生活を守るために仕方なくやっていたことだった。今回も何か裏があるのかも知れませんが、真相は分からない。

「私はアテナ様の大ファンなの。だからローザ会長が許せないのよ」

「んん!?」

 ルネさんがアテナ様を慕っているというは意外な展開である。

(困りましたわ・・・! この世界では、ルネさんとローザ様の仲が険悪ですの!? おまけにルネさんはアテナ様の大ファン・・・!)

 妙な言い方になるが、このままでは歴史が変わってしまうので、月美は危機感を覚えた。病弱なルネさんを支えるローザ会長の美しい愛情を知っている月美にとって、これは異常事態である。

(やっぱりルネさんとローザ会長はラブラブになって欲しいですわ・・・!)

 それが月美の願いである。


 そもそも、去年の世界とは違うメンバーがカップルになるような世界だったら、月美が愛する百合さんも、誰か別の人と恋をする可能性があることになる。それだけは絶対に絶対にイヤである。


「だから私、ローザ会長なんて嫌いよ」

「私の話で盛り上がってくれてるのかしら~?」

「ひ!」

 なぜか月美が一番ビックリしてしまった。

 ビーチに下りる石段のそば、紫の花をたくさん咲かせたジャカランダという珍しい種類の木の陰から、ローザが姿を現したのだ。黒い服を着ているせいで、去年より悪者感が増しているが、月美は黒とか紫とかそういう色が好きなので、正直ちょっとカッコイイと思ってしまった。

「あらルネさ~ん、今日も不機嫌そうなお顔されてるわね♪」

「ローザ会長のお陰です~♪」

「その紅茶冷めてませ~ん?」

「たった今冷めました~不思議ですねぇー♪」

 バッチバチである。

 お互い既に面識があるようで、二人は笑いながら眉を吊り上げていた。

「お、お二人は仲がよろしくないんですの?」

 思わず月美は尋ねてしまった。

「そ~んなことないわよねぇルネさ~ん♪」

「そんなことありますよローザ会長ぉ~♪」

「あらルネさん、リボンが思いっきり曲がってますけど、わざとかしら?」

「ローザ会長のためにおめかししました~♪」

 背が高いローザ会長にルネは一歩も退かず、笑顔で舌戦を繰り広げる。月美はすっかり慌ててしまったが、百合をはじめ、周りの生徒たちは微笑みながら二人を見守っていた。どうやらこの程度の喧嘩はいつものことらしい。

 二人は会話に疲れたらしく、プンプン怒った顔で腕を組み、そっぽを向いてしまった。ラブラブだった頃が懐かしいですわねと思いながら、月美は小さくため息をついた。


 すると、白い石段のほうからペタペタと可愛い足音が近づいてきた。


「We got a fiiiiiiish! (お魚捕まえたデース!)」


 小さなバケツを掲げて階段を駆け上がってきたのはキャロリンである。彼女の大きな声はブルーの海風に乗り、カフェテラスじゅうに響き渡った。無邪気でとても可愛い。


 しかし、その直後に事件は起きた。キャロリンは月美たちがいるテーブルに一直線で駆けてきたのだが、バケツの中いたピンクゴールド色に光る天然記念物の魚が、そこで大きく飛び跳ねたのだ。

「きゃっ!」

 魚は偶然、ルネに向かってジャンプしており、驚いたルネは飛び退いたのである。


 結論から言えば、お魚ちゃんは無事だった。ローザの付き人をしている双子の少女たちがたまたまキャッチしてくれたからだ。

 問題はルネの状況である。

 彼女は飛び退いた拍子に足元のタイルのわずかな段差につまずいてしまったのだ。ルネは月美に比べればずっと大きいが、かなり華奢な体をしているから、まるで木の葉のようにふらついてしまった。


「あっ」


 だが、ルネが床に倒れることはなかった。

 なんと彼女はローザに支えられたのだ。


「え・・・?」

「え・・・?」


 ローザはルネを助けようと思ったわけでなく、自分の胸に倒れ込んできたから無意識に支えてあげたに過ぎなかった。完全に偶然なのである。

 しかし二人は、思いがけず触ってしまったお互いの手の温もりや、優しい胸の感触、そして近くで見た美しい顔が新鮮で、言葉を失ってしまった。不思議な緊張とドキドキに包まれた二人は、澄んだ瞳で見つめ合ったまま、かなり分かりやすく頬を染めたのである。一瞬の出来事だったのだが、二人にとっては10秒くらいに感じられる、神秘的な時間だった。


「は、放して下さい!」

「なっ・・・!? あなたが飛びついて来たんでしょう!?」


 二人は思い出したように飛び退き、喧嘩を再開した。


「わ、私は飛びついてません! ローザ会長が私の手を!」

「手なんて握ってないわ・・・!」

「に、握ったじゃないですか! こうやって、ぎゅうって!」

「握ってないわよっ! ルネさんこそ、なんか・・・見つめてきちゃって・・・!」

「み、見つめてませんけどぉ!?」

「見てきたじゃない!」

「今日も悪そうな顔だなぁと思って見ちゃいましたー!」

「な、なんて無礼な人かしら!」

 いつも余裕に満ちているローザ会長が、すっかり動揺していた。落ち着いていれば非常に美人で悪役っぽくて気品もあって格好良いのに、今は何だか子供っぽくて可愛い感じである。


 しばらくの間、呆気あっけに取られて二人の様子を見ていた月美は、やがて察したのだ。


(たぶんこの二人・・・ほっといてもいつかラブラブになりますわね)


 喧嘩するほど仲が良い、のパターンである。


 百合はくすくす笑いながら、目が合った月美と銀花にウインクをした。

「この学校、面白い先輩がいっぱいでしょ?」

「え、ええ・・・まあ・・・」

 ハラハラドキドキには事欠かない学校である。


 バケツの中のお魚が、得意げにピチャンと水しぶきを上げた。

 

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