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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
4/126

4、虹

 

 カーテンの向こうは、レモン色の朝だった。


「わぁ・・・」

 百合は目を輝かせた。

「月美さん! ベランダの窓、開けてみてもいいですか!?」

「・・・べふにいいえふけど」

 月美は今洗面所で歯磨きをしている。

「えい」

 窓を開けた瞬間、寝室いっぱいに白いレースのカーテンがふわーっと広がり、爽やかな潮風が百合の長い髪を包み込んだ。顔いっぱいに当たる朝の空気は、ソーダ水のように澄み切った涼しさである。

「すっごいいい景色!」

 昨夜は窓の外をほとんど見なかったので、寮からの眺望の良さに気付かなかったのだ。


 真珠のように滑らかに光る空には桜色の雲が浮かび、眼下に広がるレンガ造りの港街では白いカモメたちがゆったりと飛んでいる。ビドゥ学区は島の西側なので朝日は見えないが、朝焼けのグラデーションに染まる西の空も、桃のように瑞々みずみずしくて素敵だった。

 目の覚めるような広大な海原うなばらを朝一番に見られるのは、都会育ちの百合にとっては大変ドキドキする体験である。


「百合さん、景色に見とれるのはいいですけど、早く制服にお着換えして下さい。先に食堂へ行っちゃいますわよ」

「あ、待って下さーい!」

 小走りで脱衣所に向かった百合は、ビドゥの黒い制服に初めてそでを通したのだった。



 自室よりさらに景色の良い、空色の食堂で、二人は新鮮なサラダとポテトスープを味わうことになった。

 この島で採れる野菜はどれもこれも一般人が見たことない変わったものばかりであるが、とても美味しい上に栄養価が非常に高く、たんぱく質も豊富である。


「見て~、百合様と月美様よ。素敵ねぇ・・・」

「月美さんは本当にクールだわ」

 食事中にそんな声が聞こえてきて、月美のお嬢様魂が震えた。

わたくしの評判は上々ですわ! そうなんですのよ。わたくしは硬派なお嬢様。趣味はお勉強ですのよ)

 月美は背筋せすじを伸ばしたまま、トマトに似た謎の野菜を上品に頬張った。が、正面に目をった瞬間、心臓がドキリと飛び跳ね、頬が熱くなってしまった。向かいに腰かけている百合と目が合い、しかも彼女が照れながらそっと微笑みかけてきたからだ。

(うぅぅう! 油断は禁物ですわ・・・。百合さんの前ではもちろん、他の生徒たちがいる場所では、しっかりとクールなお嬢様を演じていかなければいけませんわ。まあ・・・演じるも何も、元からクールなんですけど)

 月美は気合を入れ直した。



 しかし、事件はすぐに起こる。

 優雅に朝食を食べる月美の視界の片隅に、セロハンテープの台のような、青い影がちらりと見えたのである。

(ん?)

 何気なく視線を向けた先に、月美はとんでもないものを見つけてしまった。

(え!?)

 なんと、昨日の昼にクルーズ船の甲板にいた小さな青い小鳥が、赤いカーペットの上をとことこ歩いているではないか。ここは寮の二階で、しかも食堂である。野生動物がいていい場所ではない。

(ちょっと! なんであなた、こんなところにいますの!?)

 月美の心の叫びが聞こえてしまったのか、辺りをキョロキョロ見回していた青い小鳥は、月美を発見した。そしてあろうことか、「お! あの時水くれた人間じゃーん! やっほー」みたいな感じで月美に近寄ってきたのである。

(ちょっと! 来なくていいですのよ! 来なくていいですのよ!!)

 月美は必死に目で威嚇したが、青い小鳥は大変フレンドリーな態度でこちらにやってくる。


 月美は今、寮生たちから超クールな乙女であると評価されている。しかし、食堂に現れた可愛~い小鳥を飼いならしている少女だと勘違いされたら、「なんだかイメージと違うわね」とか「食堂にペットを連れてくるなんて、常識がないわ」みたいに言われてしまうかも知れない。これはお嬢様生命の危機である。


(か、隠すしかないですわ・・・!)

 月美はお嬢様プライドに賭けて、この小鳥を隠すことにした。

 彼女は姿勢を正したまま、歩いてきた小鳥をスカートのすその中にサッと入れて捕らえたのだ。百合も含め、周りの寮生たちは月美のこの行動には気付いていないようだ。


 しかし、スカートの中に閉じ込められた小鳥はたまったものではない。小鳥は「なんだなんだ!?」みたいな様子で、月美のスカートの中で動き回った。

(ちょ、ちょっと! 落ち着いて下さい! 落ち着いてくださーい・・・!)

 月美が根気よく念じ続けると、小鳥はスカートの中で静かになってくれたが、代わりに月美のソックスの辺りをついばみ始めた。これが実にくすぐったいのだ。

(やめっ! やめなさい! こら!)

 月美は足だけを動かして小鳥のくちばしから逃げたが、小鳥はそれを自分と遊んでくれているものと勘違いし、さらに元気よく月美の靴下を追いかけまわした。

「月美さん、どうかしたの?」

「え!? な、なんでもないですわよっ」

 手を止めてずっと真剣な顔をしていたため、百合に心配されてしまった。月美はもう足を動かすのをやめ、小鳥にされるがままになることにした。とてもくすぐったいが、ここでニヤニヤしてしまったら、クールなイメージが崩れてしまうし、皆から怪しまれてしまう。

(我慢・・・! 我慢ですわよ・・・!)

 月美は持ち前の忍耐力で、青い小鳥のついばみ攻撃を真顔でしのぎきった。朝食をゆっくり味わう余裕など全くなかった。



「・・・百合さん、ちょっと先に部屋に戻っていて下さい」

「え?」

わたくしは少し、食後の考え事をしますので」

「そ、そうなんですか? わかりました。お部屋で待ってます」

「はい。すぐ戻りますので」

 食堂から出るタイミングを一番最後にし、隙を見てスカートの中の小鳥を両手でぽふっと掴んだ月美は、階段を駆け降りてエントランスにダッシュした。この小鳥が空を飛んでいるところを見たことがない月美は、二階のベランダに追い出したら可哀想だと思ったのである。

「いいですわね! もう寮に入って来ちゃダメですのよ!」

「ピヨ~」

「ピヨ~じゃないですわ・・・わたくしじゃなくて、お外で動物のお友達を見つけなさい」

「ピヨ」

 よく言い聞かせた月美は急いで部屋に戻ることにした。ぬいぐるみのようにふわふわで、そして温かい小鳥の感触は、なぜかいつまでも月美の手の中にぽかぽかと優しく残り続けた。



 はじめての授業は、月美にとって素晴らしいものになった。

 そもそもこの学園島には大人が3名しかおらず、しかもその3名は皆お医者様であり、せいぜい体育の担当が出来るくらいである。他の授業は世界中の有名女性学者たちによる遠隔映像授業になっているのだ。

 映像授業と言っても、リアルタイムで相互に映像のやり取りがされるので、授業中に居眠りをするとスクリーン越しに注意されるので気を付けなければならない。


 月美は大教室で行われた数学の授業で、前へ出て黒板に式と解答を書くよう求められたが、得意の計算力ですらすらと問題を解き、喝采を浴びた。席を立つ時の動作から字を書く所作まで、全て美しさにこだわった完璧なムーブメントを披露したので、同じ寮に暮らしていない生徒たちからの注目度も獲得することができた。ハイパー美少女百合さんの同室に選ばれた黒宮月美さんという人物は、とても怜悧れいりで硬派であるというイメージは揺るぎないものとなりつつある。



 さて、そろそろお昼ご飯の時間だ。

 ビドゥ学区は天気が変わりやすいらしいのだが、今日は朝からポカポカとした春の陽気が続いているので、月美と百合は散策がてら屋外のレストランや売店を探すことにした。

「ゆ、百合さんは何か食べたいものありますの・・・?」

「私は・・・何でも♪」

「な、何でも・・・ですのね」

「はい♪」

 百合は月美と一緒にいられれば何でもいいのである。


 学園内でのみ利用できる通貨で、二人は美味しそうなサンドイッチを購入し、海と桜並木を見下ろせる、なだらかな傾斜が特徴の、広い芝生の公園で昼食をとることにした。周りにも生徒はたくさんいる。

 貸し出しされている桜色のレジャーシートを広げて、二人は腰を下ろした。ふわっとした芝生の感触が、まるでクッションのように心地よかった。


「月美さんって、お勉強できるんですね」

 サンドイッチに挟まれた謎の野菜を月美がじろじろ観察していると、百合がそう声を掛けてきた。

「と、当然ですのよ。わたくしは幼い頃から英才教育を受けていますから、お勉強なんて呼吸やまばたきと変わらない事ですの」

 芝生を渡ってくる春の香りの風が、二人の髪を揺らした。

「月美さんって、趣味はあるんですか?」

「読書ですわね。あとはピアノとか。とにかく硬派で美しいものですの。可愛いものには昔から興味ありませんわ」

「ぬいぐるみとか好きじゃなかったんですか? 小さい頃とか」

「ぜーんぜん。ぬいぐるみなんて、ただの綿わたの塊ですわ。ハウスダストの温床です。動物ももちろん興味ないです」

「そうなの?」

「そ、そうです。愛着とか愛情とか、そういう感情、持ってませんので、わたくし

「ふふっ」

 百合はちょっぴり笑いながら、それを隠すようにサンドイッチを頬張った。船の上では青い小鳥にとても優しくしていたのに、全然そんな素振そぶりを見せないのが面白かったのだ。

(本当は優しい人なのに、素直じゃないな、月美さんって♪)

 遠い海の上に白い帆を張ったヨットが見えた。



 月美が二つ目のサンドイッチに手を伸ばした時、彼女の視界の片隅に、再び面倒なものがチラリと映り込んだ。

(え・・・!?)

 例の青い小鳥が、芝生の上をちょこちょこと跳ねながら月美に向かって来たのである。しかも今度は白いウサギのような丸っこい生き物も一匹引き連れているではないか。

(な、なんで増えてますのぉ!?)

 小鳥は「言われた通り、友達見つけてきたよーん。あそぼー」みたいな感じで月美の腰のあたりをつんつんしてきた。

(そ、そういう意味じゃありませんわっ! 今はダメです! ちょっと、あっちへ行って下さい!)

 この芝生の公園にはたくさんの生徒がいる。もし小鳥やウサギを可愛がっている姿を見られたら、「月美さん? あぁ、あの人は意外と普通の人よ。別にクールじゃないわ」みたいな噂が立ってしまうかも知れない。


 こうなったら小鳥とウサギを上手いこと隠すしかないようだ。

 月美はサンドイッチをそっと紙袋の上に置き、両手を体の後ろのほうについて、天を仰いだ。月美の腰のあたりに寄って来た小鳥とウサギは、これでギリギリ隠すことが出来る。


 周囲の生徒たちは、月美のポーズの変化にすぐに気が付いた。

「見て! 月美様が、とても大人っぽいポーズをとってるわ」

「セクシーですねぇ」

「いいえ、あれは、この島の周辺のオゾン層がしっかり機能していて、紫外線を恐れなくていいという知識がある人だけがとれる知的なポーズよ!」

「なるほどぉ!」

「月美さん、かっこいいー!」

 こういった会話を耳で受信しながら、月美は自分の背中や腰に感じる小鳥のくちばしやウサギのぽわぽわした感触のくすぐったさを耐えなければならなかった。ここでニヤついたりしたら、クールな月美様のイメージは失墜する。


 別に、向こうから近づいてき動物たちとちょっとたわむれたからと言って月美の硬派な印象は崩れないし、好感度に関してはむしろアップするだろう。しかし、自分はクールな女であるという過剰な自意識が月美をこのような奇妙な行動に駆り立てている。お嬢様というのは実に不器用な生き物だ。


(月美さんって、時々不思議なことするなぁ・・・!)

 百合は月美の生態についてますます知りたくなるのだった。



 青い小鳥と白ウサギをなんとか隠し通した月美は、無事に午後の授業を受けていた。

 世界史の先生はフランスに住む日本人のお姉様だったのだが、非常にネイティブな発音で人名を言うので半分リスニングテストみたいになっていて気が抜けなかった。

(なかなかハイレベルな授業ですわねぇ。予習は必須ですわ)

 窓際の席で授業を聴いていた月美は、ノートをとり終えてふと顔を上げた。すると、彼女の視界に三度みたび、とんでもないものが映り込んだのである。

(ええ!?)

 つぶらな瞳をした、野生の子鹿である。しかも鹿の頭の上にはウサギがぽよんと乗っており、その上には例の青い小鳥もちょこんと乗っていた。まるで鏡餅である。

(な、なんでどんどん増えていきますのぉおお!?)

 小鳥は「やっほー人間。友達増えたよー」みたいな顔で、月美のすぐ近くの窓から挨拶してきた。これはまずい。教室にペットを連れて来ていると勘違いされたら、月美のクールなお嬢様人生はおしまいである。

(な、なんとかしなきゃいけませんわ・・・)

 月美はすぐ隣りの席で授業を受けている百合にも気づかれないように、こっそり腕を伸ばしてカーテンを閉めようとしたが、手はギリギリ届かないし、子鹿は遊んでもらえると思って嬉しそうに鼻を近づけてくる。

(まずいですわ・・・)

 仕方がないので、月美はノートを丸めて棒を作り、カーテンを素早くサッと閉めた。百合にはさすがに気付かれたが、スクリーンの向こう側の先生は教科書を確認しているタイミングだったため、注意はされなかった。

「どうかしたの、月美さん」

「べ、別に。ちょっと眩しかったので閉めただけです・・・」

 外はだいぶ曇ってきたので眩しいことはないのだが、月美さんはお嬢様だから、細かいこだわりがあるんだろうなと百合は思った。


 時折カーテンがもぞもぞ動いたりして月美はひやひやしたが、やがてそれも無くなり、平穏な授業時間が戻ってきた。クールな月美のイメージは無事に守られたのである。

(よし! 小鳥たちには悪いですけど、このまま距離を置かせてもらいますわよ! 何と言ったって、わたくしは、硬派な女なんですから!)

 月美の胸は達成感でいっぱいになった。



 しかし、ちょっと気になる事が起きる。


「あれ、雨降ってきましたね」

 誰かがそう言ったかと思うと、窓の外からサラサラと涼し気な雨音が聞こえてきたのだ。

(え・・・)

 ビドゥ学区にありがちな俄雨にわかあめらしいが、これで月美の意識はすっかり世界史から離れてしまった。

(あの子たち、今どこにいるのかしら・・・)

 みんな野生動物なので、多少雨に濡れたところでへっちゃらかも知れないが、月美と遊べると思ってここまでやってきたのに、カーテンを閉められて、おまけに冷たい雨に打たれたのでは、なんだか気の毒だと月美には思えてきたのだ。

 窓際の生徒たちが、開いている窓を自主的に閉め始めた。今なら堂々と席を立つことが出来る。

(大丈夫かしら・・・あの子たち)

 席を立った月美は、カーテンをそっと開けた。

(あっ!)

 そこにはまだ三匹がおり、窓のすぐ下でしゃがみ込んで、ひと休みしていたのだ。たしかにここなら雨に直接降られることはないが、跳ね返りの水しぶきが小鹿の柔らかな毛並みを濡らしているのが見えた。

 月美はほとんど無意識に、カバンの中から高級な折り畳み傘を取り出し、カーテンの陰に隠れながらそれを広げ、三匹の上にそっと被せてあげた。小鳥たちは最初驚いていたが、傘の下の快適さにすぐに気が付き、嬉しそうにしっぽを振ったり、ぴょんぴょん跳ねたりした。

(まったく・・・世話が焼けますわ・・・)

 月美は何事も無かったかのように窓を閉め、席に戻った。

「月美さん、傘なんか広げて、何してたんですか♪」

「え!?」

 百合が小さな声でささやいてきた。月美は顔が一気に熱くなる。

「べべ、別に。傘を干しただけですわ・・・!」

「雨降ってるのに?」

「あぁ! その、新品の傘なので、撥水はっすい性を確かめようと思いまして・・・!」

「そうなんですか?」

「はい。そうなんです・・・!」

 月美さんの妙な行動には何か素敵な理由があるのではないかと疑っている百合は、にこにこしながら月美の横顔をしばらく見ていたが、やがて視線を教科書に戻した。ただでさえ百合の眼差しは月美のハートをめちゃくちゃにドキドキさせるものなのに、こういう時にじっと見つめないで欲しいところである。


(はぁ・・・また動物に優しくしてしまいましたわ・・・)

 月美はクールを気取っているくせに、困っている人や動物をほうっておけない気質を持って生まれてしまったお嬢様なのだ。

 でも、傘を貸してもらって嬉しそうにしていた小鳥たちの様子を思い出すと、月美の胸の中はちょっぴり温まったのだった。



 午後の授業が終わった頃、雨はすっかり上がっていた。

 雲間から差す光が幾筋いくすじものスポットライトになって穏やかな海原をまばらに照らしている。


「月美さん、寮に帰ろ♪」

「そうですわね」

 放課後は自由なのでビドゥ学区のあちこちを探検したいところだが、最初のうちは授業についていけるようしっかり予習する時間が必要かも知れない。寮部屋へ戻って、お勉強するのが正解だ。


「あ」

「ん? どうしたの月美さん」

 まるで美術館のように重厚で美しい学舎から一歩出て、湿ったレンガの道を見た瞬間、月美は傘のことを思い出した。

「んー・・・」

 小鳥たちにまた会ってしまう可能が無いわけではないが、もう晴れているし、さすがに移動したはずである。

「ちょっとわたくし、取りに行くものを思い出しましたの」

「もしかして、傘?」

「え・・・まあ、そうですけど」

「それなら、外から回って行ったほうがいいよ」

「そ、そうですわね」

「一緒に行くね♪」

「あ、うぅ・・・」

 百合と二人きりになると月美は緊張でひざがガクガクして、頭がくらくらしてしまうのだが、もう仕方ない。二人は芝生の公園に沿ってしばらく歩き、青々した紫陽花あじさいも植えられた白樺しらかば並木へ入って、教室の外側へ向かった。



 陽だまりの中で、傘はひっそりときらめいていた。

 買ったばかりのお気に入りの傘なので、小鳥たちに持って行かれなくて月美はホッとした。

「ありましたわ」

「うん」

 月美は白樺の葉をそよがせる春風に髪を揺らしながら、傘をひょいっと持ち上げた。

「あっ!」

「あ」

 するとどうだろう。なんと傘の下では、小鹿と白ウサギ、そして青い小鳥が、実に安らかな顔ですやすや昼寝をしているではないか。

「こ、こ、これはですね、百合さん、あの、その!」

「ふふっ。かわいいですねぇ♪」

 なぜ月美が教室で傘を外に出したのか、百合にはすぐに分かってしまった。

「これはその・・・わたくしがたまたま出した傘の下に、動物が集まって来ただけでして・・・」

「そうなんですか? でも、昨日の青い小鳥ちゃんもいますよ」

「ま、まあそうなんですけど、この子たちは別にわたくしの友達とかじゃなくてですね・・・!」

 百合はにこにこしながら月美の顔をじっと覗き込んできた。

「な、なんですの・・・」

「もしかして、雨に濡れるのが、可哀想だったんですか?」

「ち、違いますぅ! 全然違いますのぉ!」

 月美の声に目を覚ました小鳥たちは、当然のように月美を取り巻き、靴下を突っついたりして挨拶してきた。

「すごく懐いてるように見えますよ?」

「ち、ちがっ! ちょっとあなた達、何度言ったら分かりますの! 馴れ馴れしくしないで下さい!」

「ふふっ」

 百合は、待ちくたびれていたであろう小鳥たちをいっぱいいっぱい撫でて可愛がってあげた。小鳥たちも百合にとっても懐いてくれた。百合も動物は大好きなのである。


「それじゃあ、優しい月美さん、寮に戻りましょうか♪」

「や、や、優しいとかじゃないですわ!! もう!!」

「朝から時々様子がおかしかったですけど、もしかして、この子たちを隠してたんですか?」

「ちちち、違いますわ!!」

 月美は必死に首を横に振った。

「それなのに傘を貸してあげるなんて、優しいんですね、月美さんって♪」

「優しくないですぅ!!! 動物なんて、興味ないんですのぉ!!」

「ふふっ♪」

 天使のように笑いながら駆けだした百合を追いかけて、月美は恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら白樺並木を走り抜けていったのだった。


 海が見える坂道を、寮へ向かって二人が駆け上がっている頃、まるで二人の心を繋ぐ架け橋のように、街には大きな虹が掛かっていた。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほんとに尊い…死にそう… あと動物達とポンコツお嬢様のコンボほんとに好き笑
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