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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
23/126

23、ぺもぺも

 

 輝く朝の窓辺から、美しい歌声がこぼれている。

 

「らんらんらんら~♪」


 このしっとりとした優しい歌声の主は、意外にもローザである。


 彼女は哀愁の漂う『愛のロマンス』という南ヨーロッパの民謡を口ずさみながら、ご機嫌な様子で髪をとかしていた。香水の小ビンが光の中で紅くきらめき、ローザの美しい顔をほんのり照らしている。


 今日から二学期が始まるので、生徒会長のローザはストラーシャ学区の始業式でスピーチをすることになっているのだが、その緊張を微塵も感じさせない朝のひと時である。ローザほど肝の据わった女は学園中探してもあまりいない。

「ローザ様、起きてるなの?」

「ええ。今いくわ♪」

 ストラーシャの生徒会寮にはローザ以外にも生徒が何人か暮らしており、ローザの付き人をしている。

「今朝はローザ様にお手紙が来てるなの」

「どなたから?」

「アテナ様なの」

「ふーん」

 ローザはニヤけた表情を変えぬまましばらく黙り、制服のボタンをとめながら、窓の外に広がる青空を仰ぎ見て答えた。

「そのまま捨てて♪」

「はい」

 何を考えているのかサッパリ分からない、謎多き女性である。



 さて、そんなローザと今後対決していくことを決意した少女がビドゥ学区にいる。

 今朝も美しい姿勢で朝食を食べる、月美ちゃんだ。


(百合さんをこのままビドゥに引きとめておくには、ローザ様の気を変えさせる必要がありますわ・・・)

 そうしなければ百合は、今から4か月後にはストラーシャの生徒会寮でローザの付き人をやる運命である。

わたくし一人では難しいかも知れないですわ・・・誰かに相談すべきかしら)

 月美は食堂で同じテーブルについているメンバーを見渡した。


「ねえねえ綺麗子さん、そのお野菜は何ですか?」

「これ? にょろんすぺもぺもよ! 百合のお皿にも乗ってるじゃない」

「あ、ホントだ♪」


 まずは百合であるが、本当は今すぐにでも「百合さん、わたくしはあなたをローザ様に渡したくありません! 行動を起こしましょう!」と言って共に戦いたいものである。しかしそんな恥ずかしい台詞は言えないし、具体的な作戦が一切決まってない状態で百合をぬか喜びさせるのも良くない気がした。


「美味しそう♪ でも、にょろんすぺもぺもって何ですか?」

「百合知らないの? これめっちゃ美味しいんだから」


 そして綺麗子である。彼女は頭がパァなところはあるが、百合のことを仲間だと思ってくれている同志の一人であるし、顔が広く、翼先輩とも親しいから、意外と頼りになるかも知れない。しかし今は無邪気に謎野菜のサラダを頬張っているから、そんな表情を見ていると、何も今すぐこの危険な事態に巻き込まなくてもいい気がする。


「ぺもぺもの中でも、完熟したやつがにょろんすぺもぺもなの」

「へ~」

「桃香はにょろんすぺもぺもの砂糖漬けが好きなのよね!」

「そ、そうなんです。美味しいですし、見た目が面白いですから・・・」


 最後に桃香ちゃんだ。彼女はとても心優しく頭も結構いいので相談するには持って来いだが、ちょっと気が小さいので、ローザ様相手に行動を起こす計画にいきなり参加させてしまうのは気が引ける。


(んー、まずはわたくし一人で、アテナ様にご相談しにいきましょう・・・)

 今は何をしていいかもよく分かっていない状態なので、ローザと長年戦ってきた先輩から、彼女の生態について教えてもらうことが先決だ。


「月美、さっきから何考え込んでるの?」

「え!? いや、何でもないですわ。このサラダ、美味しいですわね」

「美味しいわよね~」

 ちょっと慌てて誤魔化した月美の横顔を、百合は不思議そうに見ていた。



 始業式は港のそばの体育館で行われたが、それも午前中で終わる。

 アテナ会長はいつも通りのクールで穏やかな様子でスピーチをしてくれた。始業式は学区別に行われたので、当然ローザの顔を拝む機会はない。

(アテナ様、式の後はお時間あるのかしら)

 お昼ご飯を食べる前にアテナ様の元にちょこっとお邪魔しちゃおうと月美は思った。


 月美の計画など知らない百合は、式が終わるとすぐに月美に寄り添ってきた。

「月美ちゃん、今日はどこでお昼食べる?」

「あ、ええと、実はわたくしちょっと用事がありまして」

「え、そうなの・・・」

 百合は露骨に寂しそうな顔をした。

「そ、そんな情けないお顔しないで下さい・・・」

「えへへ♪」

「今日だけですわよ。綺麗子さんたちと学食に行って下さい」

「分かった!」

 百合に内緒にしたまま行動するのにも限界があるように月美は感じた。近々打ち明けなければならないだろう。


 三年生の教室は学舎の最上階であり、階段を上っていくにしたがってすれ違う生徒の先輩率が増えていく。

「あ! 月美ちゃんよ!」

「いやん、カワイイ!」

「いい匂いがする・・・」

「まつ毛なが~い」

 かなりちやほやしてくれるので、月美はちょっと気分が良かった。百合と違って月美は目立ちたがりのお嬢様だからだ。

(よ、よし・・・わたくしの美しさを存分に披露しながらいきますわよ)

 調子に乗った月美は、いつも以上に硬派な印象を振りまきながら歩いた。あの百合さんのルームメイトなのだからこれくらいはしなければならない。



 さて、月美はアテナ様のクラスと思われる教室の前までたどり着いた。品のいいカーペットが敷かれた廊下は美術館のような美しさである。

(入っていいのかしら・・・)

 キョロキョロしていると格好悪いので、さっそく月美は勇気を出してドアをノックしようとした。しかし、月美の手が触れる前にドアは開き、教室の中から美しいお姉様が出て来たのである。

「あら、月美さん?」

「ア、アテナ様!」

 素晴らしいタイミングである。

「珍しいわね。もしかして私にご用かしら?」

「そ、そうなんですの。ちょっと大事なお話をさせて頂きたくて!」

 アテナは綺麗なブルーの瞳で月美を見つめて微笑んでくれた。近くで見ると本当に美しい女性である。

「もちろんいいわ。けれど、その前に調理実習に付き合ってくれる?」

「え? 調理実習ですの?」

 始業式の日に家庭科の授業があるのだろうか。

「私は最近、料理部の子たちから料理を教わってるの。今日のお昼ご飯も、これから自分で作ろうと思っているのよ」

「そうなんですのね」

「一緒に来ない? 手伝ってくれるなら月美さんの分も作るし、お昼を二人で食べられるわ。お話はその時できるわ」

 料理部の先輩たちがいるらしいので調理中は大事な話ができないが、その後は二人きりになってくれるらしい。これはアテナ会長と仲良くなれるチャンスでもある。

「ぜひお願いしますわ!」

 愛する百合のため、月美は立ち止まっていられないのだ。


 学舎の二階、北端にある家庭科室へ月美たちは向かった。

「月美さんも一緒にお料理するらしいわよ!」

「アテナ様と月美ちゃんが!?」

「私も見に行くぅー!」

 到着するまでに月美の周囲には数十人の観衆が集まってしまっていた。百合の美貌が異次元なので普段はあまり目立っていないが、月美は将来のビドゥ学区生徒会長とまでもくされている大人気の乙女だから、このように注目が集まるのも無理はない。

(さ、さすがに緊張しますわね・・・)

 月美はしっかり気を引き締め、平然とした顔を保った。ポンコツなところを見せないようにしなければならない。


「それじゃあ、お料理を始めましょう」

「はいっ」

 エプロンを身に着けたアテナは、キッチンの前でそう号令を掛けた。

 料理部の生徒たちはアテナのサポートをするだけらしく、彼女の両脇に立って包丁の扱い方などを教えている様子である。アテナはビドゥ学区最高レベルのお嬢様であるので、きっと彼女が今教わっている包丁さばきは常人にはマスターできないハイレベルなものであるに違いない。

「それでは、わたくしは、フライパンの準備をしますわね」

「お願いするわ」

 どうやら野菜炒めを作るようなので、月美は調理道具を整えることにした。自分の暮らす寮にはない、ちょっと高級そうなオリーブオイルなどが並んでいて月美はわくわくした。

 ふとテーブルを見ると、この島で採れたと思われる珍しい野菜がたくさん置いてあった。これらをカットし、順に加熱して味付けをするだけだから、結構簡単なお料理である。


 しかし、ハプニングは突如として月美お嬢様を襲うのだ。

「よし、上手く切れたわ。ねえ、月美さん」

 野菜を一つ切り終えたアテナが、月美を呼んだ。

「はい、何ですの?」

「そのテーブルから、にょろんすぺもぺもを一つ取って下さる?」

「・・・え?」

 ここで月美の体感時間は止まるのだった。


(にょ、にょ、にょろんすぺもぺも!?)


 聞いたこともない謎の野菜である。月美は激しく動揺した。

(な、何ですのその呪文みたいな名前のお野菜は! ・・・でも、この島の食べ物は変わった名前が多いですからね・・・)

 そう、この島特有の野菜や果物は、発見した生徒が自由に名前を付けているため、ちょっとふざけたような呼び名も多いのだ。

(い、一体どれが、にょろんすぺもぺもなんですの!?)

 テーブルの上にはたくさんの野菜が並んでいる。月美は困ってしまった。

 何しろ周りには大勢の観衆がおり、クールなお嬢様である月美に熱い視線を送ってきているのである。今ここで「すみません、にょろんすぺもぺもっていう野菜はどれですか?」などといてしまったら、「なぁんだ。月美ちゃんって意外と世間知らずなのね」とか「この島に住んでてぺもぺもを知らないの!?」みたいに呆れられてしまうかも知れない。訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥、などというが、その一時の恥すらかきたくないお嬢様だっているわけである。


(ん・・・?)


 と、ここで、月美の記憶の中に現状を打開し得るヒントが不意に顔を出す。

(・・・にょろんすぺもぺもって名前、よく考えるとつい最近聞いた気がしますわ・・・。どこで聞いたのかしら・・・)

 月美は懸命に記憶をたどった。

(そ、そうですわ! 今朝の食堂で、百合さんたちの会話に出てきたんですわ!!)

 あのとき月美は考え事をしていたのでほとんど会話内容を気にしていなかったのだが、確かに今朝、月美の目の前ににょろんすぺもぺもがあったのである。それどころか、月美も食べていたかも知れないのだ。

(確か、今朝のメニューはサラダでしたけど、どんなサラダか覚えてませんわ・・・)

 とりあえず月美は野菜や果物が並んだテーブルを見渡した。


 候補となる野菜は4つである。簡潔に特徴を挙げるならば、紫色のアボカド、白いトマト、ほんのり光るキャベツ、ピンクのほうれん草、といった感じだ。どれも不気味であるが、この中ににょろんすぺもぺもがあるはずだ。推理していかなければならない。


(思い出すんですわ! 綺麗子さんは何と言ってましたの・・・!?)

 早くにょろんすぺもぺもを持って行かないと怪しまれてしまう。こういうのはスピードが大事だ。

(確か・・・最初に百合さんが、美味しそうって言ったんですわよね・・・)

 ということは、このほんのり青白く光っているキャベツはおそらく違うだろう。洞窟とかで出会ったら感動するだろうが、食卓ではあまり見かけたくない外見である。

(その次に・・・えーと・・・ぺもぺもっていう野菜が完熟したのが、にょろんすぺもぺもって言ってた気がしますわ・・・)

 完熟という表現をほうれん草に使うとは思えないから、残る候補は紫色のアボカドと白いトマトである。

(一体どっちが正解ですのぉ!?)

 白いトマトは美しいが、完熟した色には見えなかった。一方アボカドに似たほうは、熟した結果紫イモみたいな色になっているように思える。

(・・・桃香さんは砂糖漬けがお好きと言ってましたわ・・・。ええと確か・・・美味しくて、見た目が面白いって・・・言ってましたっけ・・・)

 面白い色をしているのはやはり紫の方である。もしも白いトマトが正解だったら、「見た目が綺麗」と表現したに違いないのだ。砂糖漬けにしたところで見た目に大きな変化はないだろうしきっと間違いない。

(よし、たぶんこっちですわ・・・!)

 月美は紫色のアボカドを手にとった。


(いや・・・! ちょっと待ったほうがいいですわ!!)


 月美はピタリと動きをとめた。

 島内で生産できる原料の関係だろうが、この島で砂糖と言った場合、黒砂糖を差すケースが多いのだ。黒砂糖に漬けた結果面白い見た目になるのは、紫アボカドではなく、白トマトのほうではないだろうか。特に輪切りにして漬けた場合、中身の模様が複雑なトマトのほうが面白い感じに仕上がるはずだし、元から黒っぽい紫のアボカドを黒砂糖に漬けも大して色に変化はないだろう。

 月美はギリギリのところでアボカドを置き、白いトマトを手にとった。


「・・・ど、どうぞ。アテナ様」


 緊張の一瞬である。


 アテナはまな板の上を片付けて手を洗い直したあと、月美の手の中の白いトマトに目をってこう言ったのだった。

「ありがとう。今が旬なのよね、にょろんすぺもぺも」

 大正解だった。

 

 もう途中で「あ、用事を思い出しましたわ!」と言って逃げてしまいたかったが、月美は頑張って正解に辿り着いたのである。今ここで逃げてしまったらローザに関する情報が手に入らないし、行動は一日でも早いほうがいいに決まっている。月美は愛する百合のためにやり遂げたのだ。

(やりましたわぁあ!!)

 月美は思わず満面の笑みになってしまった。

(月美さん、なんだか楽しそう。お料理が好きなのね)

 にょろんすぺもぺもを輪切りにしながら、アテナも微笑んだのだった。



「料理部の皆さん、ありがとう。またよろしくお願いしますわね」

「はいっ」

 無事にお昼ご飯が完成し、料理部のメンバーは去っていった。

「それじゃあ月美さん、外のテラスで食べましょう。人がいないところを選ぶわ」

「はい、ありがとうございますわ」

 家庭科室にはまだたくさんの観衆がいるから、移動する必要があるのだ。

「あ、それはわたくしが持ちますわ」

「いいのよ。すぐだから」

 アテナは二人の食事が乗った銀のトレーを持って歩き出した。先輩に持たせてしまって月美は申し訳ない気分になったが、こんな感じの自然なやり取りができる事を光栄に思った。


 すると、テラスに出たアテナが不意に立ち止まって振り返ったのである。


「あらいけない。デザートのフルーツを忘れていたわ」

「え?」

「悪いけど月美さん、さっきのテーブルから、るみるんにゃーもっちを二個持ってきて下さる?」

 もう勘弁して下さいと月美は思った。 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぺもぺも [一言] 何度目か読み返していますが、この話は特にユニークでかわいく、好きです! 気長に更新を待っています~
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