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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
20/126

20、怪談

 

 窓辺の天の川に、流れ星が見えた。


 涼しい夜風は、打ち寄せる小さな波のようにゆっくりと寝室のカーテンを揺らし、アテナの頬を撫でてくる。夏の虫の声を遠くに聞きながら、アテナは何度か寝返りを打った。

「・・・眠れないわ」

 アテナは翼の枕をぎゅっと抱きしめて、そうつぶやいた。


 ビドゥ学区の生徒会長であり、学園でも屈指の有名人であるアテナは、多くの生徒たちの憧れの的となっているのだが、彼女が一体どんな人物なのか、詳しく理解している者は少ない。アテナはいつもクールで物静かで美しい先輩である、というのが生徒たちの共通認識であり、それ以上のことはあまり知られていないのだ。


 しかし、実際のアテナはとても寂しがり屋だ。


(翼がいないと眠れないわ・・・)

 アテナは体を起こし、空っぽになっている隣のベッドをじっと見つめた。いつもはそこに、アテナのことを守ってくれる、爽やかで照れ屋な王子様がいるのだが、今日は演劇部の合宿のため不在である。

 アテナはしばらく枕を抱きしめたままベッドの上をゴロゴロと転がっていたが、やがてあきらめ、ベッドから下りた。

(せめて声が聴きたいわ。ストラーシャの宿舎に電話してみようかしら・・・)

 しばらくの間、スリッパで部屋じゅうをうろうろしていた彼女は、やがて意を決し、部屋をこっそり出ることにした。この寮の廊下には島内の様々な施設に掛けられる固定電話があるのだ。



 さてその頃、宿舎で合宿中の演劇部員たちも、まだまだ全然眠くなかった。

「怖い話の続きやりましょう!!」

 恐怖のあまり一瞬でリタイアしたキャロリンは布団の中で既にぐっすり眠っているが、綺麗子はこの程度では満足できないのだ。合宿の夜はもっと盛り上がらなければならない。

「ねえ翼先輩! もっと怖い話聞かせて下さいッ!」

「いやぁ、そんなにレパートリーはないよ。それに今しゃべったのも作り話だし」

 翼は苦笑いも爽やかである。

「綺麗子さんったら、なんでそんなに怖い話にこだわりますの? 普通の雑談でもいいんじゃありませんの」

「それじゃつまんないのぉ!」

「あらまあ」

 月美も正直合宿の雰囲気にワクワクしているのだが、綺麗子みたいにはしゃいだら格好悪いのでこのように大人ぶった態度をとっている。

「よーしじゃあ皆のやる気を出させてあげるわ! 最も怖い話をして、一番大きな悲鳴を上げさせた人には、私が今日の昼間に砂浜で拾った超キレイな石をあげるわ!」

 いらない。

「・・・眠い人もいると思いますけどどうしますの?」

「んー、じゃあ優勝間違いなしの大絶叫エピソードが飛び出したらその時点で終了でいいわ!」

「なるほど・・・」

 それまで眠れないということらしい。真剣にやらないと徹夜になってしまうだろう。

「ねえ綺麗子さん♪ 部屋を真っ暗にするっていうのはどう?」

 百合が楽しげにこんな提案をした。

「それだわ! 良い事言うわね百合! 翼先輩、電気全部消しちゃっていいですか!」

「あはは、いいけど」

 綺麗子は布団の上を飛び跳ねて駆けていき、「スイッチオーン!」と言いながらスイッチをオフにした。めちゃくちゃである。

 暗闇に、乙女たちの髪のシャンプーの香りと畳の匂いだけが広がった。

「ひぃい、く、暗すぎませんかぁ・・・?」

 桃香ちゃんが小動物のように怯えている。

「ほら、ランプあるよ」

「あ・・・どうも」

 演劇部の先輩が桃香の布団のすぐ前に夕焼け色のランプを一つ用意してくれた。桃香は非常に影が薄い女だが、結構カワイイので、ひそかに色んな先輩から狙われている。

「よし、じゃあ皆で桃香ちゃんの周りに集まろうか。怖い話大会だね」

 翼先輩も結構ノリノリである。


 月美はちょうど桃香の隣に布団を敷いていたので移動の必要はなく、少し左に寄るだけで良かった。掛布団はふわふわであり、その上でうつ伏せになっていると雲の上でくつろいでいるかのような安らぎを感じることができた。

 しかし、その安らぎはすぐに、甘い恋の魔力によって破壊されるのだった。

「よいしょ♪」

 月美の右隣の布団を確保していた百合が、アザラシのような動きをして月美の布団の上に乗り込んで来たのだ。慌てた月美は小声で百合に注意をした。

「な、なんで来るんですっ?」

「だって、集まるんでしょ?」

 その通りである。百合の行動が正しい。

 百合は人前であまり月美とフレンドリーに接しないのだが、今はほとんど暗闇なので、ちょっぴり積極的に月美に迫っていくのだった。

「ス、ストップですわ。そこまでにして下さい・・・」

「ここまで?」

「な、なんで近づくんです!」

「じゃここまで?」

「どんどんこっち来ないで下さい!」

「フフッ♪」

 百合は無邪気に遊んでいるだけだろうが、月美にとっては大事おおごとである。月美は自分の枕を持ってさらに桃香のほうへ寄り、枕に顔をバフッとうずめて現実から逃げた。



「じゃあ皆さん! まずは私から行きまーす!」

 綺麗子が一番手に名乗りを上げた。やる気があるのは結構だが、演劇部員総勢20名余りの注目を集めて、大して怖い話が出来なかったらまあまあ恥ずかしいので気を付けて欲しいところである。

 桃香にピッタリ寄り添った綺麗子は、ランプの明かりに鼻を近づけながら神妙な顔つきをし、しばらく黙った。いま大急ぎで怖い話を考えているのかも知れないが、この沈黙が意外と良い演出となり、これまでの楽しい雰囲気は暗闇に沈み、不思議な緊張感が少女たちを包み込んだのである。

「では、いきます・・・」

 月美は意識の半分を百合のほうへ持って行かれながらも、綺麗子の横顔にじっと目を凝らし、耳を澄ました。

「むか~しむかし・・・あるところに、おじいさんと、おばあさんと、オバケが住んでいました・・・!!」

 ダメだこれは、と月美が思った、次の瞬間である。

『ジリリリリン・・・! ジリリリリン・・・!』

 少女たちは思わず絶叫してしまった。

「な、なに!?」

「電話が鳴ってる!!」

 宿舎の廊下から突然電話の呼び鈴が鳴ったのだ。暗い静寂の中に突然金属音が飛び込んできたら誰だって驚いてしまう。

 しっかり者の翼先輩でさえ、状況を飲み込んで心を落ち着けるのに時間が掛かってしまい、誰も電話に出ることが出来なかった。

「あ・・・止まりましたわ」

「何の電話だったんだろう・・・」

 月美は何気なく目覚まし時計で時間を確認した。21時20分である。

「今のビックリポイント私のですからね! 今ビックリした人は私の話で怖がったのと同じよ! 私、電話とコラボしたんだから!」

 綺麗子はどうしても優勝したいらしい。


「では次は私が怖い話をしましょう」

 演劇部の先輩の一人の、眼鏡掛けた少女が名乗りを上げた。月美と百合はこの先輩の名前すら知らないが、どうやら副部長であるらしく、部員たちから慕われている様子である。

「割と怖いのでご注意下さいね」

 とんでもない前置きをしてきた。月美は百合の前で「キャー」とか「ひえええ」とか叫びたくないので、枕をそっと抱きしめて覚悟を決めた。

「これは私がアヤギメ学区の図書館に行った時のことです」

 どうやらまともな怖い話が聴けそうだ。

「目当ての本は他の生徒に貸し出し中だったため無かったのですが、そのまま手ぶらで帰るのもつまらないと思い、私はアヤギメ神宮に寄ったのです」

 アヤギメ神宮とはこの女学園島唯一の神社であり、今の時期は夏祭りなども行われている観光スポットだ。

「すると、広い境内の一角に出店を一つ発見したのです。お祭りの日でもないのにおかしいなぁと思い、私は近づいてみました。すると、そこで売られていたのは・・・」

 少女たちは息を呑んだ。

「納豆だああああ!!!」

「きゃあああああ!!!」

 綺麗子の話の時を上回る、かなりの絶叫が大広間に響き渡った。

 これは割と事実なのだが、お嬢様校に通う生徒たちの納豆嫌いの割合は尋常ではない。特にこの学園は海外出身者が多いため、納豆と聞いただけで絶叫する者もいるわけである。

(ぐぅ・・・納豆の話を急に出してくるとは・・・さすがですわね)

 かく言う月美も納豆が苦手である。月美は納豆の見た目が恐ろしくて一度も食べたことがないのだ。

(でも、わたくしは絶叫しませんでしたわよ。クールなお嬢様ですから)

 月美は百合の前でカッコ悪いところは絶対見せない。

「・・・あの、先輩、今の話は本当なんですか?」

「いや、作り話ですよ。実際に屋台で売られていたのは、確かリンゴ飴だったかな」

「そ、そうですか」

 桃香ちゃんはなぜか少しがっかりした。

 食いしん坊の桃香ちゃんはこの学園に入ってから一度も納豆を見かけていなかったので近頃恋しく思っていたのである。この学園にも納豆を愛する少女はちゃんといるので日本中の納豆たちはどうか気を落とさないで欲しい。


「今の話も結構怖かったわね。さすが先輩です。じゃあ次は、桃香!」

「ええ!」

「あなた怖がりだから、怖い話いっぱい知ってそうじゃん」

 微妙に的外れな理屈である。

「ええと・・・どうしようかなぁ・・・」

 そもそも人前でしゃべることが苦手な桃香にとってこれはかなりの難題であったが、いつも仲良くしてくれる皆のために桃香は頑張ることにした。

「えーと、その日はかなり暑くて、日差しがジリジリと・・・」

『ジリリリリン!』

「きゃあああああ!」

 なんと、ここで再び廊下の電話が鳴ったのだ。

「・・・一応消灯時間は過ぎているわけだが、なにか急用だろうか」

 翼部長はランプの明かりだけを頼りに大部屋の出口へ向かったが、ふすまを開ける前に電話のベルは鳴りやんでしまった。

「止まってしまった。仕方ないか・・・」

 翼が戻ってきたタイミングで月美は目覚まし時計に目をやった。針は21時30分を指している。

「桃香、続きしゃべっていいわよ」

「え! あ、いや・・・充分叫んでもらえたので私はもういいですぅ」

 話を全然思いついていなかった桃香にとって電話は助け舟であった。


「では次は私が話します。いいです?」

 演劇部の先輩の一人が、新たにエントリーした。演劇部員だけあって先輩たちは話し方が上手いので聞いていて楽しいのだが、もう納豆オチはやめて欲しいなと月美は思った。

「これは私の姉が体験したことなんですけど・・・」


 先輩が話し始めたが、ここでちょっと妙な行動をし始めた者がいる。

(月美ちゃんのこと、驚かせてみようかな)

 それは、すっかり無邪気になっている百合だった。

 実は彼女はこの怖い話大会が始まった時からほとんどの時間、月美の横顔を眺めており、その表情の変化に注目していたのだ。怖い話が盛り上がれば、普段は見られない月美ちゃんの珍しい顔を拝めるのではないかと期待していたのである。しかし、クールな月美お嬢様は、電話が突然鳴っても納豆が出現してもほとんど動じず、美しい氷像のような横顔を崩さなかった。

(皆にバレないように、こっそりくすぐっちゃお♪)

 百合は月美の脇腹にそっと手を伸ばし、ビックリさせてみることにした。


「私の姉はアヤギメ学区の生徒なのですが、ある日姉は、学舎に忘れ物をしていることに気付いて一人で取りに帰ったのです」

 またアヤギメですか、と思いながら話を聴いていた月美は、自分の右の脇腹に温かい指先の感触をふわっと感じて、飛び上がりそうになるほど驚いてしまった。幼い頃から英才教育を受けたハイパークールなお嬢様でなかったら確実に絶叫していたであろう。犯人が百合であることを瞬時に理解した月美は、恐怖や驚きよりも恋のドキドキに手を焼きながら、横目で百合に訴えかけた。

(ゆ、百合さん、何してるんです・・・!)

 月美は体をもぞもぞ動かして逃げようとしたがあまり効果はなく、百合の指先は暗闇の中でも正確に月美のくすぐったい場所を追跡し、いたずらを続けてきた。

(月美ちゃんこちょこちょ♪)

(や、やめて下さい・・・!)

 月美はクールな表情を崩してはならないという謎のかせを自らに掛けているお嬢様なので、このくすぐりはとても厳しい攻撃であったが、反面とても幸せな気持ちにさせてくれるものでもあった。パジャマ越しではあるが、大好きな百合さんの人差し指が自分の体をつんつんしてなぞっているのだから、ドキドキは加速し続けた。月美の顔は線香花火のように赤くなったが、暗闇が味方し、誰にも気づかれてはいない。


「姉が中庭を通りかかった時、園芸部の人が花壇に水をあげていたんです・・・」

 先輩の話が全然月美の頭に入って来ない。

 百合の指先はしばらく月美の脇腹辺りをゆっくりつんつんしていたが、やがて二本の指で歩くように肩の方へ移動してきた。月美はうつ伏せでひじを布団の上についているのだが、腕の下だか胸の横だか分からない謎のエリアを百合の人差し指がそっとなぞってきたのである。月美はゾクゾクしてしまった。

(ビックリさせようと思ったんだけどダメかぁ。それなら、笑った顔でもいいや♪)

 そんな風にすっかり割り切った百合は、月美をくすぐりを続けた。

「一年生と思われる園芸部の子が、ジョウロを使って水をあげているのを見た私の姉は、近くに転がっている水道のホースを手に取りました」

 ジョウロでもホースでも何でもいいですわよと月美は思った。月美はもう話を楽しむ余裕がなく、ドキドキのあまり呼吸が乱れないように口元に手を当ててじっと耐え続けたのだった。ちなみに、月美を撫でてくる百合の指先は、無邪気なくせにちょっぴりえっちで、とても気持ちがいい。

「姉は園芸部の子に、ここにホースありますけど、こっちのほうが良くないですかー? と声を掛けたのです。しかし園芸部の子は姉を顔を見たきり返事をしません」

 百合は月美の肩や二の腕をゆっくり何度も指先でさすった。こんなに月美ちゃんに触って怒られないチャンスは滅多にないので百合はとても嬉しかった。

「すると、園芸部の子の顔がみるみる青くなっていくではありませんか。一体どうしたのだろうかと、姉が何気なくホースを見てみるとそれは・・・」

 たぶんヘビだなと月美は思った。

「ヘビだああああ!!」

「きゃああああああ!!」

 絶叫度はまあまあである。

 話にオチがついたので、百合はいたずらを一旦やめ、そっと月美から指を離した。月美はちょっぴり呼吸が乱れていた。

「せ、先輩! 今の話は実話ですか!?」

「うそうそ♪」

「なんだぁ・・・そうですか」

 綺麗子はちょっとガッカリした様子である。綺麗子は恐竜が好きなのでヘビやトカゲも好きなのだ。


「よし、じゃあ次は・・・月美よ!」

「え!?」

 月美は焦った。自分が指名された時どんなことを話そうか、さっきまで考えていたのだが、結局まとまっていなかったのだ。

「頑張ってね、月美ちゃん♪」

「う・・・」

 百合が笑顔でエールを送ってきた。これはたぶん、月美が話し始めたらさっきのように暗闇に紛れていたずらしてくるつもりに違いない。

(またあんな風にくすぐられたら・・・まずいですわ・・・)

 怖い話をしゃべっている途中で「うっ」とか「あっ」みたいな変な声を出してしまったら非常にシュールである。クールなお嬢様として、そんな訳の分からない恥はかきたくない。

(どどど、どうしましょう・・・!)

 いたずらっ子モードになってしまった無邪気な百合に直接お願いしても多分やめてくれないので、もっと賢い対処法を考えるべきである。今こそ知恵を絞り、お嬢様の意地を見せる時だ。

(えーと・・・圧倒的に怖い話が出たらもうその人が優勝になってこの怖い話大会は終わるって言ってましたわね・・・。だから、百合さんのくすぐりを受ける時間をなるべく短くて、しかも最高に怖い話をすれば逃げ切れるんですわ)

 そうすればクールな月美のイメージは守られるわけである。

(・・・でもそんな都合のいい話思いつきませんわ。皆さんのお話を参考にしてもいいですけど、納豆とかヘビとか異色なお話ばっかりで参考になりませんし、あとは電話のベルが偶然鳴ったとかそういう・・・)

 この瞬間である。暗闇に閉ざされているかと思われた月美の頭脳に、素晴らしいアイディアが打ち上げ花火のごとき大輪の輝きを見せて突如現れたのだ。月美は目だけをこっそり動かし、ランプの明かりにほんのり照らされた目覚まし時計の時間を確認した。


「・・・ええと、そうですわね。じゃあ私からお話させて頂きますわ」

 闇に包まれた部屋の空気が落ち着くのを待って、月美は語り出した。まだ百合は月美にいたずらを仕掛けて来ない。

「皆さん、やっぱり、屋根の下って落ち着きますわよね。皆でくつろげるリビングがあったり、快適な寝室があったり。そういう場所で暮らしたいと、人間は思うものですわね」

 さあ、ここで百合の指先が月美の脇腹をちょんっとつついてきた。とてもくすぐったいと同時に、最高に幸せな気分が背筋を駆けのぼって来て、月美は頭がクラクラした。負けてはいけない。

(うぅ、やっぱり来ましたわね・・・早く終わらせないと・・・!)

 月美は深呼吸を挟んで話を続けた。

「素敵なおうちが欲しいと思うのは人間だけじゃありませんの。幽霊もですのよ」

 百合のくすぐりは脇腹から胸の横辺りへと移動していく。月美は必死にクールな顔を作ったのだが、それが鬼気迫る表情に映り、演劇部員たちは息を呑んだ。

「幽霊は自分の住処すみかを求めて、人間が住んでいない空き家を探しますのよ。どうやって探すと思います?」

 月美の問いかけに、生徒たちは顔を見合わせた。

「夜中に電話を3回掛けて・・・一度も出なかった家に行きますのよ」

『ジリリリリン!!!』

「きゃあああああああ!!!!」

 完璧なタイミングで鳴り出した電話のベルに少女らは大絶叫をし、大挙して廊下の電話へと向かったのだった。

(た、助かりましたわ・・・)

 ちょうど10分間隔で電話が掛かってくると月美が気づいたのは、電話の相手と同じく月美も几帳面であり、時計を逐一見ていたからである。

「いやぁ、これはたぶん、月美ちゃんの優勝だね。ようやく眠れそうだ」

 部屋に残った数少ないメンバーの一人である翼先輩が笑いながら褒めてくれた。

「月美ちゃん、おめでと♪」

 ようやくくすぐるのをやめてくれた百合は月美の耳元でそう言い、仰向けにごろんと寝転がったあと、天井を見上げながら幸せそうに深呼吸をした。

「楽しいねぇ、合宿♪」

 月美は自分の脇腹を撫でて理性を回復しながら、「べ、別に・・・」とだけ答えておいた。お嬢様はいつだって素直になれない生き物である。



『ももも、もしもし!? もしもし!? いまーす! ここに人間はいまーす!!』

 宿舎に3回目の電話を掛けたアテナは、電話に出てくれた少女たちのあまりの勢いに少し呆気に取られてしまった。

「え・・・あら、そう・・・」

『はい! いますいます!! はーーい!!』

 本当は「用事があるから翼に代わって」と言いたかったところだが、受話器の向こうから異様な必死さが伝わってきており、なんだか頼みづらかった。

「なんでもないわ。失礼するわね」

『ありがとうございまあああす!!!』

 受話器を置いてから、アテナは寮の静かな廊下に立ち尽くし、しばらくぼんやりしていたが、やがて胸の奥から笑いが込み上げてきた。

「翼たち、楽しく合宿してるみたいね」

 なんだか気持ちが明るくなったアテナはくすくす笑いながら自室に戻り、翼の枕を抱きしめてベッドに横たわった。

「おやすみなさい、翼」

 アテナはその夜、いつもと同じくらいぐっすり眠れたのだった。


 満天の星空が見守る、少女たちの夏の思い出の1ページである。

 

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