19、魔女っ子
夕暮れ時の潮風が、ストラーシャの丘を優しく吹き抜けている。
その風を顔いっぱいに受けながら走ってくるのは、金色の髪が美しい、キャロリン・スターフィールドちゃんだ。
「イエース! いい感じの時間デース!」
キャロリンは演劇部員であり、今日の合宿にも最初から参加する気満々だったのだが、レストランのアルバイトと被ってしまったため、夜からの参加となったのだ。レストランで働く上級生たちは、休んでも全然問題ないよと言ってくれたのだが、キャロリンは真面目にちゃんと働いてきたのである。まかないのパスタが美味しすぎるのがいけないのだ。
「皆は今、劇場の近くにいるはずデース。近道していくデース」
そう思った彼女は、蝉が鳴くオリーブ畑に勝手に侵入しようとしたのだが、ストラーシャの市街地に戻る農業用の機馬車が丘を下りて来るのを発見し、操縦する先輩にお願いして劇場まで一緒に乗せてもらうことにした。キャロリンは物怖じせず誰にでも声を掛けるタイプの女である。
ノスタルジックな藁の匂いがする機馬車に乗り込んだキャロリンは、フォーク型の鍬を杖にして木桶に腰かけ、車窓を覗き込んだ。
「ワーオ・・・」
リンゴとオレンジとブドウが溶けあったような美しい夕空に、ソーダ水の泡に似た星たちがパチパチと瞬いて光るのがよく見えた。
「今日もこの学園は平和デ~ス」
キャロリンはとっても幸せな気分になった。
さて、海水浴を終えた月美たちと演劇部一行は、個室のシャワーをしっかり浴びて全身スッキリしたあと、海辺のレストランで栄養豊富な海藻がたっぷり使われた謎のピザやパイン風味のサラダを食べた。そして再び機馬車に乗り込んで、浜から少し離れた劇場へと向かったのだ。
実は、ストラーシャ学区にも大きな劇場がある。
入学式がビドゥ学区で開催されたせいで、劇場と言ったらビドゥ学区、みたいなイメージを持っている生徒は多いが、ストラーシャも負けていないのだ。
「あ、たぶん、あれですわね」
「どれ?」
輝き出した満天の星空が水面に映る田園風景の向こうに、眩しいお城みたいな建物が見えてきた。百合は少し月美に体を寄せ、機馬車の窓を覗き込んだ。百合の髪が月美の鼻をくすぐってきたので、月美はこっそり頬を染めた。
「わぁ! すごく立派な劇場だね。お城みたい」
「・・・そ、そうですわね。背景の山が無かったらモンサンミッシェルにそっくりですわ」
「なになに? モンブラン?」
空気の読めない綺麗子が二人の間に割り込んで窓辺に顔を寄せてきた。綺麗子の耳や柔らかい髪がほっぺに当たって月美はとてもくすぐったかった。
「・・・モンブランはさっき綺麗子さんがおかわりしてたケーキの名前ですわ」
「おいしそうな劇場ね~!」
月美たちが驚くのも無理はない。
女学園島のほぼ中央に位置するこの場所は、かつて学園の中心都市になるよう開発されたせいで一つ一つの建物が大きくて立派なのだ。今はストラーシャ学区の一部地域という扱いを受けているため、広大な畑や運動場が点在している田舎なわけだが、ちょっと本気を出して整備すればビドゥ学区に匹敵する大都会になるに違いない。
「到着かしら」
機馬車はなかなか停車せず、どんどんお城の敷地に入っていったのち、ようやく停まった。お城に見えた建物はたくさんの建造物の集合だったらしく、劇場本体の入り口前の大きな広場は、まさに女学園島の中心といった荘厳な世界だった。ライトアップされた赤や白のレンガは、星空に向かってぐんぐん伸び上がっており、その美しい城壁のあちこちの窓から、夏の花がこぼれ咲いていた。夜風にたなびくストラーシャ学区の白いフラッグの下では、たくさんのレストランや雑貨屋が店を開けており、夏休みに浮かれる生徒たちの姿で賑わっていた。ちなみにこの辺りで一番有名な店はこの島特有の珍しい果物を加工したジャムの専門店である。
「お待ちしてましたわぁ~演劇部の皆さん♪」
月美たちが馬車を下りると、広場の正面から見覚えのあるお姉様が近づいてきた。ストラーシャの生徒会長、ローザ様である。
「あれ、ローザ会長がお出迎えしてくれるとは。どうもこんばんは」
先頭の馬車に乗っていた翼は慌ててローザに挨拶をした。翼はローザのことがちょっと苦手である。
「演劇部の合宿にこの劇場を使わさせて頂こうと思ってるんだけど」
「ええ、もちろんお話は伺っていますわ♪ どうぞお好きに使っていって下さい♪」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして♪」
やけに素直にそう言って微笑んだローザは、月美の背後に隠れている百合を見つけて目の色を変えた。
「いやーん! 百合ちゃん今日も可愛いわねぇ~」
「こ・・・こんばんはぁ・・・」
「あと半年の辛抱よ、そしたらあなたは私と同じ寮になれるんだから。はぁ~ん、楽しみねぇ♪」
ローザが百合の手を握ろうとしたところで、月美が二人の間にサッと割り込んだ。
「コホン。い、今はビドゥの生徒ですわよ。あんまり好き勝手なさらないで下さい」
「あら、やだぁ~。分かってるわよ、月美ちゃん♪」
さすがのローザもこれでは百合に手出しができない。月美のディフェンス力は一流だ。
「それじゃあ皆さん、素晴らしい合宿にしてね♪」
ローザは広場に停まっていたひと際立派な機馬車に乗り込むと、双子っぽいカワイイ少女を二人連れて去っていってしまった。たぶんローザはたくさん恋人がいる。
「まったく、困った人だなぁ・・・」
翼は苦笑いしながら頭をかいた。
「本当ですわ。あんな人が会長をしているようではストラーシャもお先真っ暗です」
猫みたいな顔で怒る月美を横目で見て、百合はくすくす笑った。
ローザの馬車が小さくなって行き、花屋の曲がり角の向こうに消えるのを目で追いかけていた綺麗子は、ふと夜空を見上げながら隣の桃香に尋ねた。
「ねえ桃香、私たち、前にここ来たことある?」
「え・・・? いや、初めてだけど・・・」
「ほえー」
どうやら綺麗子は日中の日差しで頭をやられてしまったらしい。今日は早く寝るべきである。
演劇部員が合宿で劇場に訪れたのにはもちろん理由がある。
この学園の文化祭はなぜかここ数年、12月に開催されているのだが、そのメインイベントとなる三学区合同の演劇会が、この場所で行われるからだ。演劇部として、会場の下見は誰よりも早く来るべきというのが翼部長の考えなのだ。
「よし皆、宿舎に入る前に、さっそく劇場を見学しようか」
「はい!」
演劇部員ではない月美と百合も一緒に返事をした。この学園には各所にテーマパークのように美しい魅力的なスポットがあるが、ここもその一つであることは明らかだ。月美はワクワクする気持ちをクールな表情で隠しながら、よく掃き清められた大理石の階段を上り始めた。やたら幅が広く、一段一段が離れた階段であり、本当にお城の入り口みたいな趣である。ガラスの靴が落ちていても不思議でない。
「ハーイ! 遅れて到着するタイプの主人公、キャロリンデース!」
そんな明るい声が広場に響いたのは、月美と百合が劇場のエントランスに足を踏み入れた時だった。
入口から既に豪奢な造りを見せる劇場に感動してしまった月美たちは、キャロリンの登場にほとんど意識が向かなかった。エアコンが効いた劇場内はとても快適だ。
「お、キャロリン! 遅かったじゃない!」
広場でぼーっとしていた綺麗子はキャロリンにすぐ気付いた。顔が広い彼女はキャロリンとも既に友達である。
「ハーイ! ええと、こんばんハー!」
「ん!? ちょっとキャロリン! 私の名前忘れてない!?」
「ええと、あ! キリン子デース!」
「綺麗子よ!!」
「私のコト、首長くして待ってたデース!?」
「ま、待ってないわよあなたなんて! ふん!」
仲のいい二人である。すぐ隣にいる桃香はキャロリンの美しい顔にうっとりして声も出せない。
これで演劇部員は全員集合したので、翼も安心して劇場見学を進められるのだが、キャロリンはここでとんでもないものを目にしてしまい、飛び上がった。
「オーノー! あ、あれは!」
「ん、どうしたのよキャロリン」
キャロリンは綺麗子の後ろに素早く隠れた。ちなみにキャロリンも割とおちびちゃんであり、二人の身長は同じくらいである。
「何隠れてんのよ」
「き、き、綺麗子、あ、あの人は魔女デース!」
「は?」
キャロリンは入学式の日から月美のことを魔女だと誤解している。演劇部の合宿にゲストが二人ばかりいることはキャロリンも聞いていたが、まさかあの日見た魔女っ子がやってくるとは思ってなかったわけである。
(演劇部を乗っ取る気デース!?)
劇場のエントランスの高い天井を見上げる月美の表情はとてもクールであり、何を考えているのかキャロリンにはサッパリ分からなかった。
「綺麗子、あの人は何ていう女デース!?」
「ああ、あれは私の友達よ。ポニテのほうが百合で、姫カットのほうが月美よ」
綺麗子は少々自慢げに月美たちを紹介した。
「と、友達デース!? 綺麗子はもう操られているデスかぁ・・・」
「え?」
「私が皆さんを救うしかないデース・・・!」
キャロリンは世界を救うため一肌脱ぐ覚悟を決めた。いきなり真っ向勝負を挑んでも魔法で猫に変身させられたりするかも知れないので、まずは様子を見て、相手の弱点などを探り出す必要がある。
そんなキャロリンの考えを月美と百合はもちろん知らない。
「んー、今さっきどなたか来た気がするんですけど、ご挨拶したほうがいいでしょうか」
「そうだね。だけどどこか行っちゃったみたい」
「後でご挨拶しに行きましょう」
「うん」
二人はとりあえずキャロリンのことは忘れ、大きな舞台があるメインホールへと向かってみることにした。
しかし、この時既にキャロリンは抜き足差し足で月美たちの追跡を始めていた。
(相手は魔女っ子デース・・・綺麗子を巻き込むわけにいかないデース)
単独での追跡である。キャロリンは緊張で震えながら客席に足を踏み入れた。
カーペットはとても綺麗で、ふわふわとはしていなかったが、歴史博物館の床みたいな品の良さがあり、ラズベリーのような瑞々しい輝きを足元に演出していた。
床を気にしていたキャロリンは、ここでとんでもないものに気付いてしまった。なんと、魔女っ子月美ちゃんのすぐ後ろに、可愛い青い小鳥がトテトテと歩いているではないか。
(あ、危ないデース!)
背後に小鳥がいると気づいた魔女はきっと「ん? 何です? 目障りですわねぇ」などと言って即座に魔法を掛け、あの小鳥をビスケットか何かに変えられてしまうかも知れない。
(あの子を助けるデース!)
そう思ったキャロリンは座席の陰から飛び出したが、ほぼ同時に月美が振り返り、小鳥の存在に気付いてしまった。こうなってしまったらもうキャロリンは身を隠すしかない。
「あら、またこの鳥いますわ」
「こんばんは♪」
「ピヨ~」
キャロリンの予想に反し、月美と百合は小鳥にフレンドリーな挨拶をし、なんと優しく頭を撫で始めたのだ。
(こ、これは一体どういうことデース?)
特に百合とかいう魔女っ子の友達は小鳥を非常に可愛がっており、肩に乗せて歩き始めてしまった。
(あ・・・!)
そしてキャロリンは気づいたのである。
(あ、あの小鳥も魔女の仲間デース!?)
助けにいかなくて本当に良かったとキャロリンは思った。危うく自分がビスケットになるところである。
演劇部員たちはステージに上がってその中央に立ち、興奮した様子でそこからの眺めを楽しんでいるが、月美たちは演劇部ではないため少し遠慮してしまい、まずはステージの裏側などを見学することにした。
「裏側も綺麗ですわねぇ・・・」
「そうだね♪」
「ピヨ~」
二人きりだと月美は緊張してしまうため、小鳥がやってきたのは実は少しラッキーだった。
(お、今度はステージの裏に行くデース?)
キャロリンはすかさず二人を追いかけた。
ストラーシャ学区には昔から人魚にまつわる伝説があり、あちこちに飾られた絵画や石柱は美しい人魚がモチーフになっており、とても素敵である。今度改めてゆっくり見に来たいデースとキャロリンは思った。
「あら、画鋲が落ちてますわ」
そう言って月美が立ち止まったのは、舞台裏の廊下の掲示板の前である。
(が、画鋲!? これはまずいデース!)
魔女っ子は人を恐怖に陥れることが趣味であるはずなので、きっと「ふふふ、この手がありましたわね。ここにある画鋲を全部床にバラ撒きましょう。恐ろしい通路になりますわ」などと言い始めるに違いないのだ。
(バラ撒かれたら追跡が難しくなるデース・・・)
つま先立ちで歩けばなんとかいけるだろうか、などとキャロリンは策を練り始めたが、月美はまた意外な行動に出る。
「えーと、ここですわね」
と言って、当然のように画鋲を掲示板に刺して歩いていってしまったのだ。
(ど、どういうことデース!?)
掲示板に駆け寄ったキャロリンは、画鋲の配置が怪しげな魔法陣になっていないかなどを確認したが、特に怪しい点はなかった。謎は深まるが、月美たちの背中が曲がり角の向こうに消えてしまったので、キャロリンは慌てて追跡を続けた。
月美たちの少し前を、翼先輩が歩いていたらしい。
「やあ月美ちゃんたち。裏側を見に来るなんてキミたちもなかなか通だね」
「ええ、まあ。あとでステージの上にも少しお邪魔させて頂きますわ」
「うん。少しと言わず、いっぱい探検するといい」
そして翼は歩き出したのだが、この時彼女のポケットから白いハンカチがするりと滑り落ち、カーペットの上に落ちてしまったのだ。
もちろんその現場を見ていたキャロリンは、大きなオルガンの後ろから身を乗り出した。
(あ! 翼先輩のハンカチーフが危ないデース!)
足元に突然邪魔なものが落ちてきたのだから、魔女っ子はきっと「なんです? これは」と冷たく言い放ってハンカチをこんにゃくか何かに変えてしまうかも知れないとキャロリンは思った。
(ハンカチを助けるデース・・・!)
ちょっとシュールな義心を燃やしてキャロリンは廊下に飛び出した。が、彼女の目の前で月美はまたまた意外な行動をするのである。
「あら、翼先輩っ」
「ん?」
「ハンカチ、落としましたわよ」
「ああ、ありがとう」
当たり前のようにハンカチを先輩に届けたのである。
(今日は悪さをしない日デース? でも、油断は金ぴかデース)
キャロリンはローザたちに比べると、まだちょっと日本語は下手かも知れない。
月美と百合はようやくステージまでやってきた。
月美はクールなお嬢様を気取っているくせに非常に目立ちたがり屋なので、スポットライトが集まる場所に立つと心が躍ってしまう。
翼も、ステージの中央に立ち、二階客席あたりをぐるっと見回して目を輝かせている。
「去年の文化祭でももちろん演劇は行われたが、私はアイリッシュダンスもやったんだ」
「アイリッシュダンス?」
「うん。今年もあるかも知れないなぁ。あれは毎年好評だから」
「へー、そうなんですのね」
翼は3年生なのでもうこの場所にたくさん思い出があるらしい。
月美たちが雑談しているあいだに、名探偵キャロリンは月美の背中に迫りつつあった。
(もう少しデース・・・)
物理的に近づいたところで魔女の弱点などが分かるとは思えないが、遠い物陰にいても仕方がないことに気付いたのである。幸いステージの上にはたくさんの演劇部員たちがおり、キャロリンの奇行を怪しむ者はいなかった。
(う・・・鳥にバレてマース)
百合の肩に乗っている青い小鳥だけはキャロリンに気付き、「なんだこいつは」みたいな訝し気な目で見てきたが、キャロリンも負けじと青い瞳で睨み返した。魔女の手下に屈してはならない。
月美が客席とは反対のほうを向いたのでキャロリンは素早く立ち位置を変え、客席側に回った。すぐ下にはスポットライトがたくさん並んでいる。
(んー、ライトが苦手デース? いや、もしそうだったらこんな明るい建物の中に来ないはずデスネ・・・)
推理に夢中のキャロリンは、自分の足がステージのかなり縁の部分にあることに気付いていなかった。そして事件は起こったのである。
「うひぃ!」
ちょっと足を滑らせたキャロリンはステージから落ちそうになってしまったのだ。
このステージはあまり高さがないし、下もカーペットなので、落ちても大した怪我はしないだろうが、突然足元の感覚が消えて体が宙に投げ出される恐ろしさは相当なものである。
(オーマイガー!)
キャロリンは無意識に天に助けを求めた。
次の瞬間である。キャロリンの細い腕をサッと掴み、腰の辺りを優しく支える天使が現れたのだ。
「ちょっと、大丈夫ですの?」
「え・・・?」
その天使は他でもない、月美だった。
「怪我はありませんの?」
「あ・・・な、ないデース・・・」
「良かったですわ」
キャロリンは王子様に命を救ってもらったお姫様の気分になり、なんだかとても顔が熱くなってしまった。
(・・・あれ、もしかしてあの人、いい人デース?)
しばらくステージの上でプレーリードッグのように立ち尽くしていたキャロリンは、いつしかそんな風に考え始めたのだった。
宿舎のシャワールームを貸してもらい、キャロリンは一人でシャワーを浴びていた。
(なんだかすごく安心してきたデース!)
海水浴をせずにレストランで働いていた彼女にとって、これは今日初めてのシャワーである。とにかく今はしっかり汗を流して、気持ち良く寝られる準備をすべきだ。エアコン解禁中なので夜更かしは可能だが、一応消灯時間は21時で決まっているため、急いで皆の元へ戻らなくてはならない。
(魔女なんていないんデース。もしいたとしても、あの人じゃないデース。床に落ちてる画鋲をわざわざ拾って掲示板に刺し直す魔女っ子はいないデスヨー♪)
キャロリンはいつもよりたっぷりボディーソープを泡立てながら、今日一番の笑顔を鏡の前で見せた。
「今日は夜更かしするわよッ!!」
劇場のそばにある宿舎の広間は、ストラーシャ学区には珍しい畳敷きである。合宿の寝床はやっぱり畳がいいという希望が多いため、和風なアヤギメ学区の協力で最近作られた宿舎なのだ。
「・・・夜更かしって、何をするつもりですの?」
「怖い話しましょう!」
「くだらないですわね、私はすぐに寝ますわ」
月美はいつも通りのクールな顔で鞄から歯磨きセットを探している。
「ねえ翼先輩! 怖い話してくれませんか!?」
「ええ、でももう消灯時間だしなぁ」
「合宿の夜更かしは友情を深めると思います! ぜひ翼先輩から!」
「ん、んーと、適当な作り話でよければ」
「もちろんです!」
「じゃあ、そうだなぁ・・・どんな話にしようか」
カッコ良いライトブルーのパジャマに着替えた翼は、布団の上にうつ伏せになり、完全にフィクションの、たった今思い付いた適当な怖い話をしゃべり始めることにした。
そしてちょうどこのタイミングで、キャロリンが合流したのである。
「あれ、皆さんもう寝る準備デース?」
「準備だけよ。それより今から翼先輩がお話をしてくれるそうよ! キャロリンも座って!」
キャロリンは綺麗子に促されるまま、綺麗子と桃香の間に座った。
「んーと、これはこの島に伝わる、恐怖の魔女のお話さ」
翼先輩が唐突に魔女の話を始めたので、キャロリンはおもちゃのカエルみたいなポカンとした顔になってしまった。
「魔女といっても、いつもは普通の女の子のような見た目をしていて、なんというか、無謀なことは好まず、とてもしたたかなんだ。まるで頭脳派の狩人のような綿密な作戦を立てて人間に襲い掛かる。山奥に住んでいて、人間の様子を探るために野生動物とは仲が良く、傍から見れば動物好きの心優しい少女に見えるだろうね」
あれ・・・とキャロリンは思った。
「ヤマネコのような鋭い爪を持っているが、いつもは隠して人間に紛れ込んでくるんだ。けれど、刃物や先が尖ったものを見つけると無意識に拾い上げ、何かに刺したりして狩りの練習をしてしまうらしい。攻撃的な本能がそうさせるのさ」
キャロリンの顔色はどんどん悪くなっていく。
「黒を好み、清らかな白い布などを見るとイライラするらしい。燃やすとか土に埋めるとか、とにかく目の前から片づけてしまわないと気が済まないんだ」
キャロリンはガタガタ震え出した。
「そしていざターゲットとなる人間を見つけると、いきなり襲い掛かったりはせず、まずは優しくするんだ。怪我しそうな危ないところを助けたりして、この人はいい人だなぁと思わせておいて、深夜になったら闇に紛れて近づき、あとは強力な魔術でじわじわと・・・!」
「え!? ちょっと、キャロリン!? つ、翼先輩! キャロリンが気を失ってまーす!!」
「ええ!? ご、ごめんよキャロリンちゃん。そんなに怖かったかい? 全部作り話なんだけどなぁ・・・!」
偶然とはいえ、全てが月美の行動に当てはまるような作り話を考えた翼先輩が悪い。
こうしてキャロリンは夜の怖い話大会を最序盤でリタイアしてしまったのだった。